空飛ぶ豚肉
ザッザッ……
暗い森に、2人の足音が響く。
「……ねぇ、思ったんだけどさ……私を捕まえるって、つまり、行動を共にするって事だよね」
「黙ってお進みなさい」
「……それってさぁ、あなたの護衛対象に、怪しいヤツを近づけるって事じゃないの?」
「じ、自分で怪しいと言いますか、あなたは……」
後ろから剣を突き付けられ、腕を頭の上で組まされて歩いている。
「あのさぁ……ホントにたまたま通りかかっただけなんだって……」
「ええい、さっきからうるさいですよ! なれなれしく話しかけないでくださいまし!」
「何なら、ギルドカード見せるからさ……」
「そんな物、今は何の証明にもなりませんわ……」
「えっ、なんで」
ギルドカードって、絶対複製できない、スゴい魔法で出来てるんじゃないの……?
おい、キッティ、どゆことだ……。
「確かに、ギルドカードの"機能"はかなり特殊な魔法技術が織り込まれているといいます。……ですが、その観てくれは、金属の板に、穴が空いただけです。……見た目など、いくらでも複製できます」
おぉうい、キッティィィイイイ!!!!
「……つまり、私が冒険者かどうか確かめるには……」
「私と街門まで行って、水晶の前でカードをかざすしかありませんね……」
「うわぁ……」
どの道、連行コースじゃないの……。
「とにかく、あなたが賊にしろ、そうでないにしろ、しばらくは行動を共にしてもらいますよ!」
「だからそれって……私が本当に賊なら、逆に危ないでしょって……」
「おだまりなさい! しっかり義賊の格好はしてるでしょう!」
「ぐっ……」
おいヒキハさん。
今、それを言うのは、卑怯じゃないですかぃ?
「! ヒキハ様だ!」
「おお! ヒキハ様!」
「様はおやめになって!」
ああー……男の護衛さん達にも、見られてしまいました。
「な、なんだ、この娘は!」
「ヒキハ様……? この娘が賊ですか?」
「……まだ、わかりません。自称、冒険者を名乗っています。しかし油断しないでください! この娘、"レッドハイオーク"を一撃で倒す程の腕です!」
あっ! こいつ、いきなりバラしやがった!
「な……ヒキハ様、それはいくらなんでも……」
「はっはっは! なんだこいつの格好!」
「おだまりなさい!」
「「ひっ!」」
ああ……せっかく和やかな雰囲気だったのに……。
ヒキハ様、あなたも笑ってくれて良いんですよ?
「……そう思ってしまう気持ちはわかります。が、この娘は、恐らく、私よりも強い戦士です。はっきり言うと、ここに連れてくる事を躊躇いました」
「なっ……」
「ヒキハ様が、そこまで言う相手なのですかッ……」
「しかし、先ほど助け船を出してくれたのも、事実。……説得の上、王都まで同行する事になりました。でも、気は抜かないようになさって」
おい、待ちんさいや、ヒキハ様……
どこに説得された要素があったよ……
思っきし剣、突きつけてんじゃないの……。
「ゴホッ、ごほっ」
「!」
咳?
馬車からだわ。
「! 大奥様!」
「ヒキハ様……大奥様が、先ほどから、咳がとまりませぬ」
「馬車の中が冷えていて……しかし、焚き火の前にお連れしてよいのかわからず……」
「な、馬鹿者! お掛けする布などなかったのですか!」
何、風邪? 風邪っぴきなの?
「先ほどの襲撃で、飲み水がこぼれ、幾つかのショールに被りました……今は乾かしておるのです!」
「……しかたない。焚き火の前にお連れしましょう。魔物は充分警戒しなさい! オークはどこへ?」
「少し離した所まで、なんとか転がしましたが、正直、距離が稼げませんでした……肉に誘われる魔物が来なければ良いのですが……」
ああ──……ハイオーク、4メルくらいあったもんね……。
あれは移動するのキツそうだわ。
ていうか、豚肉ほしいわね……。
収入心許ないし……。
「あの……ハイオーク、私が投げてこようか?」
「はぁ? 鎧の嬢ちゃん、おまえ何言ってんだ?」
「はっはっは! あんな物、投げられるようなモンじゃないぜ!」
「あ──……いや」
チラッと、ヒキハさんの方を見る。
「む…………」
おお、悩んでる悩んでる……。
まぁ、この中で、私の謎腕力を目の当たりにしてるのは、彼女だけだ。
「はぁ……あなた、お願いできますか? 血なまぐさい中で、あの方々を、焚き火の前にお連れしたくありません……」
「あら、いいの? 怪しい賊なのに……」
さっきの"説得"の件があるので、少しニヤニヤしながら、聞き返してしまう。
「……もぅ! ホントにあなた、何者なんですか! ……あなた程の実力者なら、私達を倒そうと思えば、すぐに動けるでしょう! ……格好は、怪しいにも程がありますが、逆に、その格好でいる利点が、よくわかりません……」
し、失礼な……。
これはこれでとても動きやすくて……
って、何で私が、この装備の事を庇わなきゃいけないんだ……。
「……正直に言うと、賊にしては、目立ちすぎる格好だと思います。快楽を楽しむタイプとも考えましたが……」
「やめてください……」
なんてこと言い出すのよ……
思わず敬語で否定したわ。
そんなプレイに、15歳で目覚めたくないわよ……。
すぐ側の草むらに、ハイオークが転がっていた。
……いや近いわね。
うわぁ、あんまり直視したくない……。
このにおいは、食堂の仕込みで慣れてるけど、
普通、夜の森で嗅ぎたいにおいじゃないわね。
「……見えない所まで運べばいいわね?」
「お、お願いします……」
「ぇえっ! いや、ヒキハ様!?」
「そんな事、無理に……」
ゴッ……!
「「…………」」
「……片手ですか」
「えいっ!」
──────ぶぉっ!!
……………………。
………………。
……。
ズズゥン……
「「「…………」」」
「あっ! 豚肉!」
しまった!
私、何してんだ、勿体ない!!
投げちゃダメじゃない!!
あれで、どれだけ豚カツ作れるか!
「……ちょっと、重かったわ。無理せず、残りは歩いて持っていくわね?」
「「「…………」」」
────キン、キン、キン……
豚肉ぅう、ゲット!!
しばらく生きて行けるわ。
ほくほくして、馬車まで戻りましたとさ。
「「…………」」
男の護衛さんチームが、なんと言っていいか、わからない目線を向けてきている。
「…………」
「あの……ヒキハ様……」
「……気持ちはわかります。今は、大奥様をお連れしましょう……」
馬車に向かうヒキハさん。
奇っ怪なモノを見る目の護衛さん。
……あによ。
なんか文句あんの。
……あ。
力隠すの忘れてた……。
だって、肉が……。










