うさ丸バスターと奇跡の日 さーしーえー
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▼クルルカンは うさマルを ぶんなげた!
▼こうかは ばつぐんだ!
▼うけつけじょう は めを さました!
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「手紙の部屋で見つけたんだけど、この"受領書"って、何」
「手紙を預かった時の台帳の事ですね!」
「…………」
あんた、そんな大事な事、先に教えときなさいよ……
私、これから手紙、くばんのよ……。
「受付欄は全部埋まってますから、受け取りのサインを貰ってきてくださいね。これがないと、手紙を配った事になりませんから」
「ええええええ!? そんなの貰うの!? 4万通以上あるのよ!?」
「ああ……それくらいありそうですね……。あ! もし、区画ごとに分けて、まとめて受領書切れば、区画受領できますよ!」
「えっと、まとめて配達できるってこと?」
「配達というか……現地まで持っていったら、後は現地の人に任せちゃえばいいんですよ。ここドニオスでも、ドニオス内で手紙が滞るってことは少ないです。人の流れがありますからね」
「???」
「……要するにですね。個人で配達するより、区画ごとに分けて、とりあえず街まで持っていけば、後は、そこのギルドが分配して、配達を取り持ってくれます」
「え! そ、そんなの簡単じゃないの! まとめて渡せばいいんじゃない! 何で、街と街の間では、手紙が滞るの!?」
「いや、アンティさん……あの量を"区画ごとに分ける"って、めっちゃしんどいですよ……一つの街に、住所帯がどんだけあると思ってるんですか……他の街のギルドに預けたとしても、そこから更に、速達、指定、招待状、役場別、とかに分けるんですよ……」
「…………」
「アンティさん、先に言っておきます。仮にアンティさんが、何週間もかけて、区画別に手紙を分けて、他の街に運んで、区画受領にサインを貰ったとします」
「う、うん」
「その瞬間、その街のギルド職員は、全員、徹夜決定です」
「…………」
「手紙が運び込まれるのはホントに珍しいはずですから、重要な知らせが入っているかもしれませんからね……届いちゃったら、仕分けるしかありません」
「…………」
「だからもう、ちょ──嫌がられますよ……もう、クルルカンとか関係なく」
「ううぅ……」
な、泣けてきた……。
「にょきっと……」
「……手紙がほったからしにされていく理由が、少し分かった気がするわ……」
「どの街も、随分滞納してるはずですからね……こんな事言ったらアンティさんは怒るでしょうが、"届けなければ、相手側のギルドに迷惑がかからない" という暗黙の了解が色濃いんです……」
「……怒る」
「はい……ごめんなさい」
「あ……いや、キッティが悪いんじゃ」
「いえ……多分、少しずつ、少しずつ、何かをしていれば、こんなにひどい状況には、なっていなかったのかもしれません……確かに私も、見て見ぬ振りをしてきました。それはその、恥ずべき事だと思います……」
う……キッティ、普通に落ち込んでるじゃないの。
もう……根は凄くちゃんとしてそうだからな。
確かに、普通は4万通も、条件によって細かく仕分けるのは、大変かな。
ま、普通はだけど……。
「────キッティ、ちょっと出かけてくるわ」
「? はい、お気をつけて?」
「にょっきゅ〜〜!」
「えぇ、えぇ。気をつけますとも」
「?」
────なんせ、4万7千の手紙を、これから配るんですからね。
俺は、戦慄していた。
俺が、パートリッジの街門出張所に勤務して、早いもので、もう3年が経つ。
俺も、ギルド職員として、それなりに様になってきたかな、と、思っていたのに。
とんでもない。
ギルドってのは、たまに、ぶっ飛んだ事態に遭遇する。
俺はまだまだだ。
目の前の大量の机には、恐ろしく綺麗に分けられた、手紙の束たち。
ざっと、400束くらいには、分けられている。
その手紙の束には、法則性がある。
いや、簡潔に言おう。
まるで、パートリッジの地図のように置いてあるのだ。
はは……いや、見てもらえばわかるよ……。
信じられないだろうけど。
これはさ。
さっきまで居た、クルルカンの格好をした女の子が、一瞬でマントから出したんだぜ……?
横には、普段はあまり、仲が良くない同僚がいる。
ただ、今は、同じ気持ちだった。
いや、この出張所にいる、全てのギルド職員は、同じ気持ちだった。
男も、女も、年寄りも。
掃除のおばちゃんも、立ち尽くしている……。
「……これは、偉業だ……!」
「!……ああ!」
そ、その通りだ。
手紙を分けただけで、何を大袈裟だ、と思うだろう?
人数割いてやりゃ、そんくらいできるだろう? って思うんだろう?
────あめぇよ。
区画分割と、
配達場所と、
書類区分と、
記載内容と、
配達期日と、
それを全て整理したリスト……。
か、紙に文字が、焼き付けてある……!!
これは、焼印活版か!?
美しい文字だ……!
手書きでは、これは出せない……!
この、情報量を、どうやってやったんだ!!?
これは、もう、辞書だ!!!
これを、焼印活版でやるなんて、気が狂っている……。
奇跡の本だ……。
「配るんだ……」
誰かが、言った。
「……!!」
「この機を逃す訳にはいかない……そうだろう!!」
「「「……!!」」」
「……仮にだ。今、ここに突風が吹いて、この手紙達がぐちゃぐちゃに混ざったとして、この手紙の辞書が、火にくべられたとして……」
「……!」
「どれだけ時間があれば、俺たちに、同じ事ができるか!? 1年か? 2年か? その間、ずっと寝ないのか!?」
「…………」
「今しかない」
「ああ」
「そうよ」
「その通りだ」
「「「今しかない!」」」
「そうだ! この手紙たちを、可能な限り、短時間で配るには、今を戦うしかない!」
「「「オオオオオオッ!!」」」
「みんなっ!! 頑張ろう!! 今なんだッ!! これは、革命の時だぁあああああ!!!」
「「「しゃああああああ!!!」」」
結果から言うと、パートリッジのギルド職員は、二徹した。
だが、それだけだった。
手紙の辞書によると、約1万2千通あった手紙は、この2日間で、全ての関係各所に配分された。
手紙が、それぞれの人に届くのは、もう、時間の問題だ。
全てが終わった時、ギルド職員は、涙した。
──"やった、やったぞ、俺たちは、やったんだ!"──
と。
残されたリストは"クルルカンの手紙の辞書"として、ギルドに語り継がれる事となる。
しっかり睡眠をとり、気力を持ち直したパートリッジのギルド職員は、流れの商人から、ある噂を聞くことになる。
王都を囲む、四つの街。
ドニオス。
パートリッジ。
ホールエル。
ナトリ。
そのうち、ホールエルと、ナトリに、同じ日の内に、クルルカンの格好をした少女が現れ、完全に仕分けられた手紙と、その全ての情報が記載された本を託していった、と。
その、日付を聞いて、パートリッジのギルド職員は、耳を疑った。
その日に彼女はここにも居たんだぞ……!!!
その事実は、また噂となって、ホールエルと、ナトリにも伝わっていく。
"義賊クルルカンは、生まれ変わった"
"想いを馳せる人々のため、大いなる魔術で、手紙を託す"
"彼女が最後の郵送配達職だ!"
そんな、噂が、広がっていく。
そして、その噂を聞いた、街のギルド職員は、思う。
「次は、ウチの溜め込んだ手紙、持ってってもらおう……」










