ヒゲのいっぷく さーしーえー
ギルマス回です。(*´ω`*).*・゜
「あンの、バカたれどもがぁ……!!」
ヒゲイド・ザッパーは、
顔をしかめずには居られなかった。
すぐそばには、それぞれの反応を示す、
受付穣が二人と、白いまんまる──。
「にょきっと、にょきっと、にょきにょき……!」
「うあぁー。アンティさん達、ハッチャケてますねぃー……」
「すす、すごいっ!! あのお二人、凄いですねっ!?」
そう、凄いのだ。
尋常ではない。
ヒゲイドは、おもむろに言う。
「くっ……! キッティ! ユービー! ここで、あのアホたれ共を観察していろ!」
「にょやっ!」
「えっ、観察って……。ギルマス、新種の魔物じゃないんだから──って!? どこ、行くつもりですか!?」
「か、かしこまりましたーっ!!」
「──むんっ!!」
──ドゥオン!!!
ヒゲイドが巨体を屈め、大きくジャンプする!
「「ぎゃー!!」」
元Aランク冒険者の脚力は、ダテではない!
ダブル受付嬢の声を置き去り、
その巨躯は、いとも容易く、
空の虚空へと、消えるのであった!
「い、いってらっしゃーぃ……」
「す、すっごい、跳んだ……!」
「にょきっと」
上空にて、街を見渡すヒゲイド。
スーツと同じ黒の街の中には、
祭り特有の、オレンジ色の温かな光が分散している。
「……あそこなら、観客の人混みを避けて全体が見えるか。──ふんっ!」
ヒゲイドは落下地点を決め、
着地の姿勢へと入る。
──ッッドゥオン!!
砂煙と、巨体の勢いを殺す音は、
本人の着地の技術もあり、
夜の闇へと、騙される。
そこは街中の坂の上。
見晴らしがよい場所であった。
「……ここからなら、遮蔽物なく、眺められるだろう」
ドニオスの街を熟知する、
ヒゲイドだからこそ、知っている穴場のスポット。
恋人たちが知っていれば、
大人気になりそうなほどである。
彼が降り立った場所からは、
野外ステージのある広場を、
すべて、一望する事ができた。
彼は、見る。
この夜が、これからの未来に。
どのような影響を与えるのか、
考えながら──。
「ぅ……、む── 」
この距離からでも、
ヒゲイドの目は、正確に彼女たちを捉えている。
"公開模擬戦"とでも言えそうなソレを、
彼は、まずは冷静に見ていたのだ。
「まさか、互いに二刀流とは……」
マイスナは、氷のようなナトリ刀を二振り。
アンティは、火のような対の長短剣を振るう。
鮮やかであった。
「あやつらは、剣も使えるのだな……」
いや……使える、などという、
生ぬるいレベルではない。
それは、ヒゲイドの目から見ても、
達人の域に達している。
「剣・本体も……尋常ではない。あれで、火花がでないという事は……硬度がおかしいのだ」
巨人の目は、このような遠くからでも、
その伝説の武装の特異性に、気づけてしまう。
「何てものを、大衆の目の前で使ってやがる……!」
ヒゲイドは、自身が震えているのを感じた。
そして、考える。
これは、怒りか?
「……! ……、いや──」
そうではない。
人として、興奮していた。
感動すらある。
不思議な心の在り方だった。
「……"価値"が、あり過ぎるのだ」
あの場所の、万を超える客の中には、
多数の冒険者たちも含まれている。
あの様な本格的な"一騎打ち"を、
見られる機会は、親子連れだけでなく、
冒険者たちにも、そうそう、あるものではない。
「平和な時代になったからこそ、あのような立ち回りを出来るものは、少なくなった」
今、金と銀の乙女が見せているのは、
ホンモノの、技とプライドを賭けて、ぶつかり合う、
ホンモノの────"勝負"なのだ……!
「無理だ……」
ヒゲイドは、つぶやいた。
「隠せない、ぞ……」
見事だった。
冒険者の何割かは、彼女たちが、
素晴らしい使い手であると、見抜いている。
あれは、熟練された者の動きだ。
彼女たちが弱いのだと、
誰もが、そんな事は信じない。
「くそ……あそこの集団など、視界を確保して、クランメンバー全員に見せてやがる……」
すでに、"見稽古"が行われている。
ヒゲイドは思う。
あの、冒険者たちの表情を見ろよ、
「すげぇ……!!」と、顔に書かれているぜ、と。
「はは……、あそこまで磨かれた技なのだ、腕のあるものが見ただけでも、大いに実りがあるだろうな──」
ヒゲイドは、笑ってしまう。
あの二人のキンキラ乙女は、
祭りの親子連れを楽しませるだけではなく、
冒険者たちの見識を広げ、
ましてや実力の底上げまで行っているのだ。
彼は、苦笑を禁じ得ない。
ギルドマスターとしては、
感謝するべきレベルの、"見世物"だったのだ。
「流れるような剣……見事だ。それに、あのアンティのトリッキーな動き……!」
黄金のマフラーを付けてから、
明らかに金の娘の動きが変わっている。
「前に、出るようになったな……あのような細い丸太の上で、よくやる……! あのマフラー、どのような原理で伸びているのだ──」
観客席の上で飛び跳ね回るクルルカンの軌道を、
彼女の身長の10倍はあろう黄金のマフラーが、
なぞるように、ジグザグに光の尾を引いている。
「……!! マフラーをムチのように、しならせて……氷の刀を防いだ!」
それだけではない。
クルルカンは、黄金のマフラーを使って、
中距離の攻撃も行っている!
「布状なのに……あの、硬度か。はは、あの四振りの剣もだが……あの黄金のマフラーも、普通ではない」
すぐに、異常性に気づくヒゲイド。
まったく欠けない剣が、四つもあることだけでも、
脅威だというのに……。
無敵の防御を誇る、マフラーだと……?
「ふふふ、貴族連中の一部は、喉から手が出るほど欲しがるぞ」
ヒゲイドは、もはや呆れを通り越している。
あれは、伝説の何かだ。あの二人は、
宝箱がビックリ箱になっちまった感じだ。
彼は、そう思う。
「やれ、やれ……。チカラを隠したいなど、どの口が言いよるのだ……」
間違いなく。
今、この街の主役は、彼女たちだった。
ヒゲイドは、思ってしまったのだ。
"素晴らしい"と──。
「貴重な、経験となるだろう。街の人間にとっても。戦いに身を置く者にとっても。だが……」
ヒゲイドは、彼女たちに、
"感謝"のようなものを感じていた。
この"試合"を見て、
損をする者など、
この街に……誰一人として、いないのだ。
そう──。
"彼女たち"、以外は──。
「それで、良いのか……? アンティ、マイスナ……」
さらけ、出していた。
イキイキと、戦っていた。
どこまでも、ホンモノだった。
盛り上がらない、ワケがない。
皆の、顔を見ろ……!
どこまでも、キラキラとしている、
あの、子供たちの、表情よ……!
ヒゲイドは、思う。
あの、お人好しな二人組が、
まさか、ここまで、やってくれるとは。
だが……よいのか?
流石に、もう。
誰もが、気づきはじめるぞ──……?
「まるで、別人だな……」
ポツリと自身で言った言葉に、
ヒゲイドは、ハッとする。
「……! まさか……」
アンティとマイスナは、言っていた。
あの、金と銀の仮面には……、
"当の本人"の人格が、宿っていると──。
「……! 今の、構えは──」
ヒゲイドが真実に気づき始めた時。
クルルカンと狂銀は、
同じ剣の構えをとる。
金と銀の双剣が織り成す、
無数の剣戟が始まる──……!!
「……、……」
ヒゲイドは、その技に、覚えがあった。
また、自然と言葉が出る。
「……り、……" リバースレイブ帝国流剣術・壱の型 "……?」
かの帝国が滅んだのは、
ほぼ、200年前。
かの英雄が生きていたのも、
ほぼ、200年前。
「やっちまってる……やっちまってるぞ、おまえら……!」
勇者の召喚に成功した帝国は、
一夜にして謎の滅亡を遂げ、
その幻と言われる剣術は、
わずかな型を残して、闇へと葬り去られた。
その、"失われし幻の剣術"を、
あの二人の、アホたれ共は。
祭りの出し物として、
"完全な形"で、披露しているのだ──。
「……は、はは。こいつァ、えらい事になってやがる」
まずいなァ、と、思いつつも。
ヒゲイドは笑みを……彼自身でも、
抑えることができない。
アイツらの剣技は、恐らく、
そんじょそこらの宝物より、
よっぽどの価値があるのだ。
「その剣技は……フフフ、世界中の剣士が探している、遺産だぞ? それを、こんな、フフ……祭りなんかで、くくく……!」
冷や汗は、かいている。
これが、彼女たちの秘密を、
崩壊させる夜かもしれないと、わかっている。
だが──。
「やれやれ……これは、伝説の夜だ。本当の意味での──"続編"なのだ」
ヒゲイドは、噛み締めるように言う。
急に、酒が飲みたくなった。
いや、無い物ねだりは、よくないだろう。
「おっと……丁度いいものがあった」
大きな背広の内ポケットに、
たまたま、くすねておいた葉巻に、
ヒゲイドは、今日ほど感謝したことはない。
──ギッ、チカ──。
噛みちぎり、小さな魔石で、火を付ける。
「ふぅ──────……」
騒がしい音が、少し離れた場所から聞こえる、
夏の夜に。
煙草の葉の香りが、溶けていった。
彼の街は、今日も、生きている。
「ふ、ふ……まったく。絵本の主人公に説教するにゃあ、どうしたらいいんだろうな」
少し、高い場所で。
ヒゲイドは、穏やかな気持ちで、
見守っていた。










