優しき賢者 中
連投のような気もすゆ(*´ω`*)
「ぅ──む……」
「……、……」
「ウッキー」
信じ難い事が、起こっていた。
商人ゲブレイジスは、考える。
「ぉ、おじぃさま……」
「大丈夫なようだ……ティリよ」
どうやら……自分たちは、
この白いサルに、あわれまれたようである。
このような状況で火を起こすのは、
森で凍える自分たちを想いやっての行動に、
他ならないからだ。
商人と孫娘は、焚き火を挟み、
対角線上に、サルの前に座っている。
オレンジ色の、パチパチと鳴る火は温かく。
白きサルは、たまに木切れを投げ込み、
焚き火を管理した。
「ウッキ!」
──カコン!
「うーむ……なんと知能が高いのだろうか」
「火を……扱えるのですね」
「普通ではない。この嵐の後に、乾いた薪を用意できるということは……普段、濡れないように隠しているのだ」
目の前で、薪を自前の爪で割る、
白きバールモンキーに、
ゲブレイジスは、唸るような感情を持つ。
彼の者の爪は非常に鋭利で、
薪は、手斧を振り下ろしたかのように分割される。
──カコン!
「ウッキ」
「「 ! 」」
白きサルが、突如、立ち上がり、
焚き火を避け、こちらに向かってくる。
商人と孫娘は、
どうも親切にされているようなので、
緊張しつつも、動かないことにした。
「「……」」
「ウッキっ」
手渡されたのは、
バナナの房と、ウトイスの実であった。
「……! 先ほどは……これを……わざわざ持ってきてくれたというのか」
「ぁ……ありがとう!」
「ウッキ♪」
白きサルは、よたよたと、
焚き火の対角線上に戻っていく。
「なんと肥えたバナナなのだ……」
「──おいしぃ!」
ウトイスの実は、よく水筒に利用される、
中に水を溜めておける、
空洞のある固い実である。
食事と水を施され、
警戒はしながらも、ゲブレイジスは、
大きく魔物への認識を改める。
「このような事があるとは……」
「ぉ、おじいさま……! また、何か、来る……!」
孫娘の声に視線を向けると、
白いサルの左右に、
二匹のバールモンキーが歩いてくる最中であった。
「……!」
「何か、持ってる……」
四足歩行で歩いてきた、
二匹のバールモンキーは、顔が小さく、
毛並みは茶色がかっている。
よく知られる……姿だった。
二匹は、何やら荷物を白きサルのそばに置き、
挨拶をして、去っていく。
「ウッキ!」
「キッキー」
「ウッキウキ♪」
「おじぃさま……?」
「……うむ。やはり、この白いバールモンキーは、この森の長のようだ。一番、位が高いバールモンキーであろう」
サルの仲間たちが持ってきたものは、
ツルツルの石版のようなものと、
白い粉が入った、皿のような木の実殻である。
「ウッキー!」
白きサルは、
ツルツルの石版の上で、
白い粉と、ウトイスの実の中の水を、
混ぜ合わせた。
商人ゲブレイジスは、
その香りで、たまげるような事実を察する。
「パンを焼く気だ……」
「えっ」
ラワムギ粉と水を練り合わせたサルは、
焚き火に、まな板として使った石の板を置き、
平べったく伸ばした生地を、
2枚、3枚と乗っけていく。
「ウッキー♪」
「……脱穀も、できるというのか」
「いい香りがする」
しばらくして手渡されたのは、
小さな円板型の、ホカホカとしたパンだった。
よく見ると、香草のようなものも練り込まれている。
商人であるゲブレイジスは、
ひと口、噛み。
すぐさま、オールドバジルであると理解する。
塩気は少なく、すこし物足りなくはあるが、
十分に美味である。
「おじぃさま……とっても、美味しいです」
「バールモンキーに、バジルのパンをご馳走になるとは……」
「ウッキー♪」
今宵が忘れられぬ夜になることは、
もはや、確実である。
雨を逃れた、柔らかい木の葉の上で。
知らず知らずのうち、
ゲブレイジスとティリは、眠っていた。
「ウッキ」
「む……」
「まぶしい……」
疲れていたのだろう。
ずいぶんと日が高くなってから起きると、
まだ、白きサルは、そばにいた。
商人ゲブレイジスは、
サルより、ある物を渡される。
「ウッキ♪」
「……」
「おじぃさま、それ……!」
それは、杖であった。
白きサルは、夜、焚き火の番をしながら、
足の不自由なゲブレイジスのために、
杖を彫り出していたのである。
ゲブレイジスは、驚きなど通り越し、
感動に近い衝動に駆られた。
商人である彼は、
この木材が武具の柄などに使われる、
非常に固いヒロモギの木であると、
すぐに分かったし、それを削れる爪は、
恐らくミスリルの刃より鋭いものだろう。
杖の先は、彼らの尻尾のバールのように、
クイッと、小気味よく曲がっていた。
「……、……」
「おじぃさま、泣いてるの……?」
ゲブレイジスが感動したのは、
素材の希少さや、造形ではない。
真に、かのサルが持つ思いやりの心にである。
「ウッキ……!」
明るくなった、光のカーテンが揺れる森で、
白きバールモンキーが、方向を示す。
杖付きのゲブレイジスと、孫娘ティリは、
ゆっくりと、彼の後に続く。
「おじぃさま……!」
「街だ……!」
森の切れ目から、大きな壁が見えた。
間違いなく、目指していた街の結界壁である。
「──おサルさん、ありがとうっ!!」
「──ウッキャーッッ!? ウッ、キャッキャッキャ!! キャキャーッッ!?」
ティリが、いきなり抱きついたので、
白きサルは、慌ててバンザイした。
自らの爪の恐ろしさを、よく理解しているのだ。
つくづく優しきモンキーであると、
ゲブレイジスは、頬を緩める。
ティリが抱きつき終えた後、
彼は、改めてモンキーを見た。
明るい世界で見る森の長は、
まるで動く巨大な、ぬいぐるみである。
このまま進めば、ユニーク個体である彼は、
冒険者たちに狩られてしまうだろう。
別れの、時であった。
ゲブレイジスは、彼の前で、
大地へと、ひざを付ける──。
「──心優しき、森の長よ。この御恩を、我が一族は忘れることはないでしょう。必ずや後世に、この杖と共に語り伝えましょう。貴方様に魂よりの感謝と、精霊王の御加護があらんことを──……」
「ウッキ〜〜♪」
白きサルは、森と草原の境界線から、
出ようとはしなかった。
街へと向かう中、ティリは、
涙ぐみ、手を振る。
「さっ、さようなら……! おサルさん、さようなら……!」
白いサルは、
遠い森の中で、いつまでも爪を振っていた。
ゲブレイジスは、ポツリと言う。
「……。彼が、街の冒険者たちに……狩られなければ良いのだが……」
「そんな! おじぃさま……! あんな、優しいおサルさんなのに!」
「……信じてもらえぬかもしれぬが……街にて、伝えてみよう。あのような素晴らしき者を……討伐して、なるものか……!」
別れのさびしさと、
穏やかな天気。
複雑な気持ちのゲブレイジスとティリは、
街の門へと歩いていった。
( ^ω^ )