金のウロコ さーしーえー
前話に挿し絵を追加(●´ω`●)
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──雨が、降っている。
夏の雷雲が、最後の抵抗をし。
厳かな装飾の馬車は、
ぬかるみへと傾いていた。
その様子を、
要人御用達の中継所の窓から、
銀の四ツ目の仮面の神官が、
そっと──……、うかがっていた。
「……」
──ザァァァァァ────。
──キィ──……、バタンッ……!
タンタン、タンと、足音がし。
御者と護衛を兼ねる神官ふたりが、
彼女の部屋へとする、4回のノック。
大司教は、入室の許可を与える。
水の魔素の、においがした──。
「──も、申し訳ありません、マザー・レイズ様……。やはり、私達だけでは、あの車輪は持ち上がらなく……」
「あちら側の簡易詰所の冒険者たちに、助力を頼みます。もうしばらくの間だけ……しばし、お待ちを──」
深々と礼をつくす、戦々恐々とする神官たちに。
大司教は、穏やかに返礼する。
「頭を……下げずとも良い。私が無理に、馬車を出していただいたのだ。手数を……かける」
「もっ!」
「勿体なき、お言葉!」
「冒険者たちに、決して高圧的には頼むな」
「「 ──はっ! 」」
すぐさま部屋を出ていった神官たちは、
隣の廊下で、雨避けでも着なおしているのだろう。
「……恐ろしい噂を、よく耳にするお方だが……なんだ、お優しい方ではないか」
「しっ! 聞こえるぞ……何にせよ、お待たせするわけにはいかん。行こう──」
ドアが開く音がし、雨の音が大きくなる。
神官たちは、土砂降りの中を行く。
それを、マザー・レイズは、
動かず……見つめていた。
窓の外は、灰色の世界。
──ザァァァァァ────。
「……」
──大きな使命が、終わった。
唯一の、懸念材料が。
ついに……滅んだのだ。
全てを調べあげ、
やっと……潰した。
憎悪のひとつが、
燃え尽きていた。
「……、……」
──ザァァァァァ────。
もう、70年が経った。
人の道を、外れてから。
刹那に生まれた、ひと息に。
彼女は染まる事ができない。
仮面越しの世界は、
どこまでも、灰色。
雨音は、思考のみを動かす──。
「……」
たったふたつだけ。
持ち出す事のできた、
タカラモノ。
ひとつは、家族を持ち。
あきらめていた、もうひとつも……、
共に、生きていた。
感無量、だ。
当たり前の幸せが、息をしていた。
「……。後は……冒険者など、やめてくれれば──」
──わかる。
あの子たちの目は、キラキラしていた。
私には、まぶしい……不思議な目だ。
あれを、壊してはいけない気がする。
壊れかけた心でも、そう、思う。
「は……タチが悪いわ。どんな、邪悪よりも──」
かつて、あの人と過ごした私も。
あのような目を、したのだろうか。
仮面で隠した、自分の色を。
もう鮮明に、思い出せない。
「きひひ、まったく……。人の気も、知らないで──」
彼女は、隠した。隠し続けた。
壊れたように。憎悪をもって。
だが……今、あの子たちは。
誰もが欲する、タカラモノに、
成ろうとしている。
私だけの、タカラモノが。
キラキラと、ケラケラと。
世界を、ザワザワさせる。
────そんな、予感。
「──ふふ……! なんで、こーなるかなぁ……」
葛藤と、嘲笑が、あった。
少し湧き上がる、神への殺意が。
雨の鮮やかな音で、少しだけ……流されていく。
窓に、ギィン、と。
四ツ目の、ミスリルの仮面が、
触れる。
「……怖さを。私の怖さを……誰か……ぬぐって……」
──ザァァァァァ────。
悪を震え上がらせる、憎悪の大司教の。
誰にも見せられぬ、弱さ。
「……この世に、神などいない。いて、たまるものか……!」
呪いの言葉とは裏腹に、
彼女の脳裏に浮かぶのは、
最初に希望を教えた、彼の笑顔である。
「……」
希望が潰えぬ事の、恐ろしさ。
まだ、燃えている。
消させは、せぬ。
「ははは……ははは。どこまでも、灰色だ……」
よたよたと、あやつり人形のように、
マザー・レイズは、後ろへと下がり、
粗野な椅子に座った。
思い出と、今だけが。
彼女を、傀儡のように、動かす。
「……大丈夫。まだ、私は……思い出せる。
時は、止まっているんだもの」
もう、一人娘よりも、
若くなってしまっただろう。
ゆっくりとは……進んでいる?
だが……決定的に、止まっている。
髪は遅く、爪は伸びず。
肌は、凍りついたように艶やかである。
彼女は、世界に、取り残されている──。
「……──」
大司教は、懐から、
ひとつの袋を、取り出した。
それは、彼女が戦い続けるための、
心の御守りのようなモノだ。
かつて、取れてしまってから、
あの子と共に、大きくなった。
だが、もう……ずっと、このままだ。
あの子も、死んでしまったのだろう。
これが、取れてしまって。
あの子は、怒れなくなってしまった。
あの子の代わりに、彼女が、
怒りを、使った──。
「ふふ、滑稽だわ……バカみたい」
無地の袋から出した、
手のひらより、少しだけ大きいソレは。
────"金色"。
灰色の中、目を覚まさせるような、
黄金である。
「いつ見ても──ほんとうに、綺麗ね……」
思い出す。
かつての、希望に浸かった日々を。
彼と、自分と、この子がいた。
まだ……笑顔に、なれる。
もう、あなたには、会えないけれど。
私は生きて────ここにいる。
「私、まだ……頑張れるわ」
大司教は、金のウロコに、語りかける。
いつも、幸せを願って。
「──そうでしょう? カンタ ──…… 」
黄金龍の逆鱗は、
守り続けている。










