聖なる夜更け
「にょきっと」
しゃがんだマザー・レイズの肩には、
もふもふの、まんまるウサギが覗いている。
聖女と審議官は、
何かが変わった雰囲気を、感じ取っている。
「……初めて、あなた達と会った時、よく分かったの」
マザーの声は、先までとは、まるで反対の、
優しい姉のような、それだった。
「まるで……他の全てに興味が無いんだって」
「「……」」
彼女たちが初めて顔を合わせたのは、
形式上は協力体制を成す、
三つの聖なる派閥の会合である。
「色々な思想の溢れる中で……あなた達ふたりは、ちゃんと出来ていたわ」
「……?」
「なにが、ですか?」
「人を怒らせないような、"お芝居としての顔"が」
マザーは、微笑みを浮かべている。
「まるで……お人形さんみたいだったわ。あの時、私に挨拶に来た、あなた達は──」
「「……」」
「体の中に、歯車があるみたいな……作られた、機械じかけの笑顔とお辞儀」
「それは……」
「わ、私、あの時はちゃんと笑ってました……! 愛想よく、しろって……言われて」
「ひどいもんだったわ。ほんとうに、カンペキで……カチカチと動く、紐吊りの道化師みたいな──」
「「……」」
「心がカラッポで──"はいはい、大人の言う通りにやりますよ、これでいいんでしょう?"って感じだった。吐き気がしたわ。あんた達もそうだけど──周りでケラケラしている、大人たちがね?」
「にょんやー……」
リビエステラとエコープルは、
初めて、国の母の本音を聞いていた。
まったく言葉を選ばず、
しかし、彼女たちを見出した神官たちには、
無い、清々しさが、そこにはある。
「記憶を消せるジェムを開発できたのは……たまたまなの。本当に、偶然で……、一部の被害を免れた研究員と、協力して、作りあげた」
「「……っ」」
「もちろん、コレは流通していない、非合法なモノよ。でも……必要な時はあるから、持っていてくれ、と、作った研究員は言ったわ」
「……、……」
「私、……」
「ふぅー……。あの時、会ったばかりの時にコレがあれば、すーぐにでも夜道で使ったんだけれどもね」
「にょっきー!?」
ポリポリと、マザーは頭をかく。
「ずいぶん、人らしくなったもんだわ」
「「……」」
「まさか、あなたが審議官ちゃんを庇うとは、ね──」
ため息まじりのマザーは、
不貞腐れている少女に見えなくもない。
ウサギによって霧散したかもしれない害意に、
リビエステラは、斬りこんだ。
「記憶を……」
「?」
「記憶を……かつて、消して欲しかったのは、貴女の方なのではなくて……?」
「──! あっはっはっはっはっはっはっは・・・!!」
「「──!!」」
夜に響く、鮮やかな女の声は、
大司教のものとは思えない、
血をカッとさせるようなものである。
「ええ、えぇ、その通りよ。本当に……その通りだわ」
「「……」」
「ひどい、話なのよ……。私の人生は、本当に無茶苦茶だったわ。すぐにでも忘れたいのに……ほんの少し、ほんのひと握りだけ……命より大切なものを、見つけてしまったから──」
マザーは、ため息と微笑みを、
ゆっくりと風の魔素へと溶かしていく。
「呪いのような道を、抱え込むハメになった」
「「……」」
「残念なことに、私は耐えられた」
四ツ目の銀の瞳は、恐ろしい仮面である。
形は変わらず、彼女の声と共に、
ここまで表情を変えるのだから。
「貴女の……大切なものが、お後ろの、御二方なのね……?」
「ふふ、ずいぶんと、あの子たちを敬うのね? 何か、ステキな事でも言われた?」
「……! そっ、それは……!///」
リビエステラは、
言い様のない焦りと恥ずかしさを覚える。
素が出ている聖女の代わりに、
今は、素を出す事を恐れない審議官が言う。
「お姉ちゃんたちは……いい人だよ!」
「……! エコ、あなた……」
くわっ、と発言する幼き者は、
演技ではない、
正しき、子供の体を成す。
「カッコよくて……綺麗で! 絵本の通り、見ていて、キラキラするもの!」
「……」
「あんな人たちを……きらいな人なんて、いないもん!」
幼き偽善を聞いて、
マザーは、優しく微笑んだ。
「そうね……。そうだったら、とてもいいのにね……」
「にょきっとな……!」
強烈な狂気は既に夜に溶け、
しゃがむ大司教は、ふたりの子供に、
ショボンと、縮み込むような哀愁すら、
感じさせる。
リビエステラは、
大きく、ゆっくりと夏の夜の冷たい風で呼吸し、
何かを言おうとして、
だが、大司教が紡ぐ。
「……後ろで寝ている二人に、幸せになってほしいのよ」
「「 」」
呆気に取られて、呼吸を止めるような、
そんな感覚。
「たぶん……誰かが利用したくなるようなタカラモノを、あの子たちは……持ちすぎている」
「「……」」
リビエステラとエコープルは、
それが、よく分かる子供たちである。
「私は……あの子達の強さを、まだ、よくは知らない。でも……まだ、皆が知らない秘密を、私はたくさん……知っているから──」
「にょんや?」
────ピコン・・・!
「──!」
「「……!」」
エコープルの真偽球が光り、
点滅を開始する。
メッセージが届いたようだ。
「ひらきなさい」
マザーが言い、エコープルは僅かに戸惑い、
言われた通りにする。
────────────────────
from:マー・ガーリン
────────
ことは成りました
しばらく身を隠しなさい
────────────────────
「……! マーちゃんからだ……!」
「っ! 穏健派の……」
「……。今回の、協力者です。彼女には、中核の審議局過激派の全てに、記憶を消すジェムを仕掛けていただきました」
「……!! ま、マーちゃんが……!!」
「穏健派のトップと、共同で動いていたのね……」
このメッセージから分かる事は、
マザーと副局長は繋がっているという事と。
マザーが、聖女と審議官第一席の記憶を、
消しにきた、という事は、
副局長の知る所では無いという事である。
「み、身を隠せ、だって……ど、どうしよう」
「……かなりの長文だわ。本当に……審議局の過激派が──」
魔法球のメッセージ送信術式は、
送信した文章の長さで、
再使用までの時間が決まる。
今の世で、二行にもなる文面は、
かなり説明的で、
リスクを伴う連絡であると、
リビエステラは理解している。
「……エコ。私のギルド水晶球に、その方のアドレスを送りなさい」
「えっ……!? で、でも……」
「いいから……早く。悪いようには、ぜったい、しないから──」
「──、……ぅ、うん……っ!」
「……」
マザーの見る前で、
聖女の魔法球と、審議官の魔法球が、
カチン、と、接触する。
リビエステラは、即座に副局長に、
メッセージを送付する。
────────────────────
from:リビエステラ
────────
聖女の名において
東の教会にて 第一席を保護する
審議球は 持たせておく
何かあれば 私か彼女に
即座に知らせを
────────────────────
「……! リビお姉ちゃん……」
「……送ったわ」
しばらくして、聖女の魔法球が点滅する。
────────────────────
from:マー・ガーリン
────────
驚きと 感謝を
────────────────────
「──どうしたら、良いのです?」
「……!」
メッセージを確認して、
すぐに、リビエステラは言った。
「私たちが記憶を消されないためには、どうして欲しいのですか? 貴女にとって……何においても優先すべき、とても大切な存在がある事は、よく分かりました!」
「……」
「にょんや」
「でも……! だからって、勝手に記憶をリセットされて、そんなのが私の人生なワケがないわ……! そりゃ、貴女の言う通りですわよ……! 初めて御挨拶した時は、希望も何もなくて……言われた通り、死んだ目でフワフワ動いておりましたわ!」
それは、聖なる者たちが初めて見る、
聖女の本音である。
「それでも、今は……! 私だって、生きる楽しさがあります! そんなに……悪くないって、言い聞かせられる時があります! 巷の同年代の子供たちとは、ぜんぜん……かけ離れた性格だし、純粋な子供ってワケじゃありませんけど……私だって、生きて、よく、わかったんです……!」
「……なにが、わかったの?」
「……!」
マザーの質問は、ポソリ、と発言された。
リビエステラには珍しく、
彼女は今、感情的に、しゃべっていた。
マザーの問いには、悪意が無い。
だが、リビエステラは、
これに、答えなければならないと思った。
具体的な答えは、全く頭には浮かんでいなかった。
普段の彼女では、有り得ない事である。
正直に言うと、勢いである。
彼女も、なんでそう答えたか、
分からない。
──でも、それは、まるで迷いのない様に。
しっかりと、発言された。
「ひとは……なんだかんだ言って──、
"情"で動かなきゃいけないって──事をですよ!」
「 」
リビエステラは、思いっきり言い切ってから、
何やら、得体の知れない恥ずかしさを感じた。
夜の青い部屋が、紅潮を隠してくれ、と、
神に願った。
「わ、私も……」
リビエステラにしがみつき、
エコープルも、言う。
「たくさん、お芝居をしてきました。笑顔が、嘘で出来ている事も、よく、知っています。でも……くまさん達といるのは、楽しいです。クルルカンのお姉ちゃんたちと居るのも、楽しいです。これは……ぜったいに本当です。今は……記憶を消したくなんて、ありません。私は、このままの自分で、生きていきたいです」
「にょきっと♪」
沈黙するマザーの代わりに、
まんまるのラビットが答える。
大司教は、静かに彼女たちの答えを、
聞いている。
そして──。
「……王都には、報告しないで」
「……利用、されるからですか」
「……」
「私は、悪意を……信じている。どのような平和な世にも、当たり前のように……知らぬ間に、すれ違うように……ドブのような心を持つものが、潜んでいる」
「「……」」
言葉を選ばない大司教に、
しかし、聖女と審議官は、
否定はしなかった。
「ぜんぶのバランスを……崩すことができる。でも、私は……彼女たちに、"普通の女の子"として、生きて欲しい……」
「「……」」
マザーは、見た。
月明かりの下で、神話のように照らされる。
重なる、金と銀の髪を。
「私がっ……、できなかった事を──……!」
「「──」」
聖女と審議官は、
彼女が、確かに大司教だということを、
この夜に、実感した。
「それでも」
リビエステラは、言う。
「さいごに選ぶのは、自分の心です」
「──……」
過剰な愛を、大司教は、自覚している。
「……。できる限りの、隠蔽をします」
「!」
「あの方たちは……街の恩人です。私だって……あのような戦力が、欲望のために行使されるような場面は、ごめんです」
「そ、そうだそうだー!」
腕をあげたエコープルを、
一瞬、リビエステラとマザー・レイズが、
キョトン、と見る。
「……可能な限り、功績を記録しないよう、努めます。それで──よろしいですわね……?」
「……」
「にょんや」
マザーは、罪を背負う仮面を、
素直に下げるのだった。
「頼む」
マザーとウサギが出ていった部屋で、
聖女と審議官が、ヘタりこんでいた。
「……」
「……」
「……あんた、しばらく教会にいる事になるわ。腹、くくりなさい……。たぶん……2年とか、3年とか……そういう規模の話よ……」
「……、うん……」
「あと……朝まで私のそばに居なさい。マザーのやつ、"部屋借りるわね"、って言ってたから、たぶん、早朝までは教会にいるわ」
「うん……」
「……ほんとに分かってる?」
「……わかって、ないかも……」
「ぉぃ……」
「本当に……局長、頭、バーンってしちゃったのかな……」
「バーン、って……ぅん。真偽球が光らないのって、恐ろしいわねー……」
「っ! うん……審議局でも、全く光らないんだよ……」
「アンタの恐怖が、よく分かったわ……。クソ野郎が目の前にいると、サイアクな気持ちになる能力よね……」
「で、でも! いい人が目の前にいても、わかるよっ!」
「へーん、そんなの、真偽球なんか無くても、わかるもんねーっ」
「む、むーっ!」
「ふぅ……」
「……、……」
「むにゃ……むぅ……」
「すぅー……すぅー」
「……あああああ。意味わからん約束しちゃったなぁああああああ……! 王都に隠蔽工作するとか、私、大丈夫かなぁああ……!!」
「た、たいへん?」
「そりゃ、たいへんよぉおおお……!! 英雄の存在を、国から隠し通すのよぉおお……!? 一般民の目撃情報も操作しないとだし……! いや、まず……プレミオムズ全員に口ウラ合わせてもらわないと……!」
「く、くまさんとか、オッシーなら隠してくれるよ!」
「ええ、えぇ! そう願いたいですわねぇえええ……!! 正式に発表できないから、ドニオスに今回の謝礼も出来ないしぃぃいいい!! ああ! ヒゲイド・ザッパーは、いったいナニを考えて生きておりますのぉおおおお!!! ありえないですわぁああああ……!!!」
「あ、あはは……」
「つーか、お姉様たちって、結局、何ランク、なんですの……」
「ま、前ね……オッシーとヒキハちゃんに言われて、索引した事があるの」
「! それで!?」
「誰かに、観覧制限が、かけられててね……? 見た瞬間に、マザーが後ろに立ってたの!」
「!? こ、こわぁ……」
「私が見れないって事は、たぶん……リビお姉ちゃんでも、見れないよ……。たぶん、王さまクラスじゃないと、閲覧できない」
「それって、マザーが大司教の権限で、お姉様たちのランクを隠してるって事よね……?」
「うん……私、その時は挨拶してすぐに客室に逃げたけど……布団の中で、しばらく震えてた……」
「マザー、手段選んでねー……。完全に、国家反逆罪レベルだわ……」
「それの、お手伝い、頼まれちゃったね……」
「……、……」
「あはは……」
「もヤだ、ねる」
「う、うん」
「あんた、客室つかっていいから」
「え!? マザーが近いから、こ、こわい!!」
「ぁ……そうだった……。いいや、私の部屋で一日かくまおう……」
「は、はぃ……」
「ぁー……。アンタと一緒に住んだら、審議局やら何やら文句言ってくるやつもいんだろなーっ!」
「ぅ"」
「はぁー。まー、気にしないっ! リビおねーちゃんが、何とかしてさしあげます!」
「その言い方で気にしない方がムリだと思うけど……」
「ねる。ほら、いくわよ」
「ぁ、あの……!」
「うん?」
「お、お風呂……」
「! えー! もう、朝でいーじゃない! 髪、乾かすの、たいへんよぉー!」
「で、でも……」
「いや、まぁ……まだお湯はあるだろうから、別に一人で──」
「……」
「……。わっ、わかりましたわよ! 私も一緒に入ってあげるわ! こっち来なさい! もうっ!」
「──!! ほ、ほんと!!」
「その代わり、もしマザーが襲って来たら、覚悟しなさい!? 裸ふたりのガキンチョが勝てる相手じゃないんだからね?」
「えぇぇぇえええ……」
「まったく、先が思いやられるわ……」
リビエステラが誰かの頭を洗ったのは、
これが、初めての日であった。
(^_^;)……。
うさ丸……マザーに連れてかれてね?










