決死のダイブ さーしーえー
「あり、えない・・・っ!!」
「エコープル……!?」
驚愕の声をあげる審議官を、
聖女は背に庇いつつも、確認する。
エコープル・デラ・ベリタの持つ真偽球には、
登録されている審議局関係者のアドレスが、
強制的に表示されていた。
もちろん、本来は敵対していたであろう聖女に、
エコープルが訳もなく、
身内の個人アドレスを晒すはずは無い。
リビエステラは、異常な事態だと察し、
エコープルの顔を見る。
目線は合い、もはや隠す言葉など無く、
審議官は、聖女に語る。
「過激派の人の──」
「──」
「過激派の人の……反応が、ぜんぶ、無い……!」
「──!? な、によ……ソレっ……!! 」
エコープルは、
真偽球に登録してあるアドレスを、
明確な仕分け方にしていた。
すなわち、
"穏健派"を、左側のフォルダに、
"過激派"を、右側のフォルダに、である。
マザーが、短銃のようなデバイスのトリガーを、
裂けるような笑顔で、引いた瞬間──。
箇条書きになったアドレス群は、
世界が書き変わった瞬間を。
ふたりの聖女に、突きつけたのだ────。
◇◇◇ ADDRESS─LIST ◇◇◇
〖 穏健派 〗 〖 過激派 〗
・ ・
・ ・
● マー・ガーリ… ▲ 生体反応不明
● バター・ハニ… ▲ 生体反応不明
● ガリック・ト… ▲ 生体反応不明
● アルフレッド… ▲ 生体反応不明
● イーパー・テ… ▲ 生体反応不明
● レーファン・… ▲ 生体反応不明
● アカシヤ・キ… ▲ 生体反応不明
● ミリエ・ショ… ▲ 生体反応不明
● タレパン・ダ… ▲ 生体反応不明
・ ・
・ ・
・ ・
「マー・ガーリン……、穏健派の方……反対側は……」
「あ、有り得ない、有り得ない、有り得ない……ッ!!」
リビエステラの持つエコープルの肩が、
震えている。
──違う。
たぶん、リビエステラ自身も、
震えていた。
小さな、ふたりの少女は、
目の前に立つ、大司教の真の恐ろしさを。
まるで、理解できてなど、いなかったのだ──……!
「 き ひ ひ ・ ・ ・ っ ♪ 」
見た。ふたりは。
楽しそうな、笑顔。
「 ひじょうに、 ひじょうに、
ひじょうに、 ひじょうに、
ひじょうに、 ひじょうに、
すばらしいぃぃぃいいいい・・・!
きょうは、めでたき ひ・・・!
このよに、いらぬ、ものたちが・・・!
いっせいに、かちを、
うしなうのだから・・・! 」
──歓喜。
──酔いしれるような。
──ほとばしる、笑み。
「こ、ろ……したの、ですか……」
「そん、なぁ……」
確かに、悪であろう。
だが、皆殺しなど。
それも、大司教という立場の者が。
いまの、瞬間で────……?
「──きひひ! やぁねぇ、殺してはいないわ……面倒臭い。同時に死んだら、後始末が、たいへんじゃない……?」
それは、聖人のセリフではない。
「少し──……記憶を吹っ飛ばしただけよ。みんな、幸せなアタマになっているはず。腐る前の──幸せな、純粋な、可愛い、お年寄りにね──?」
「……!! まさか……」
「そ、そんな……! 局長も……っ!? ど、どうやって……!」
リビエステラは、ギリリ、と奥歯を噛み、
エコープルは、まだ上手く状況を飲み込めない。
マザー・レイズは、幼き彼女たちに、
ケラケラと笑い続ける。
「きひは、きひひ! きひひ……驚いた?」
「こんな事をして……許されると、お思い……?」
「──思うわ。そのように動いた」
笑顔は、突風のように消し飛ぶ。
「誰もが嫌う者が罰せられた時、彼らを憐れむ者など、世界の何処にも残らない。まるで価値が無いからだ。無益な同情は、いつも裕福なバカから始まる」
「……国の母たる人の言葉では無いわ」
「そうか? 今回は、そのバカも先に説得している。子を道具として扱う者への、鉄槌を下す金を寄越せ、とな──?」
「ぁ、ぅ、わわ……」
"マザーは、手段を選ばない"。
エコープルは今、やっとその意味を、
骨の髄で、感じ取っていた。
「金を持っている無知な者には、同情をさせる順番が重要だ。一番初めに刷り込まれた"情報"を、奴らは無知の中の唯一の道徳だと思い込む」
「やめなさい……」
「これは……真実だ。道徳を与え、私は、この国を何とか住める場所へと導いてきた」
「……、……」
「ひ、ひぃぃ……」
「本当に……たいへん、だったのだよ?」
マザーは、静かに……ため息を吐きながら。
裸の少女たちの、そばの壁に。
ふぅ──と、もたれかかる。
「これで……主要な鬼畜共の脳みそは、全てお花畑で埋めつくされた。審議局は……まもなく解体へと向かうだろう」
「……、……」
「ど、どうやって、全員を……ほ、ほんとう、に……?」
エコープルは、まだ、信じられない。
昨日までの常識が、
今、破壊されたなど──。
リビエステラは、キッ、と。
人道を外れかけている大司教を、
見つめ、言う──。
「あなたは──それで……正義のつもりなのッ……!? 悪しき者を、たくさんの善意を束ね、誘導し……叩き潰す! それが、気持ちいいと思ってらして? 酔いしれて……快楽で続けているだけではなくて?」
「り、リビお姉ちゃん……!」
「──正義? バカを言うな。私が正義なものか」
マザー・レイズは、即答する。
「私が、国のためにした? 冗談ではない……教えてやる。私が嫌いなモノは、"人"と、"蚊トンボ"だ。私は、このふたつが、何よりも害悪だと感じている」
「言葉を、選んでよ……」
「だ、大司教、なのに……」
あまりの言い分に、
幼き聖女たちは、クラクラとした。
真実だ。
たぶん、そこには──真実だけが、あった。
「ただ……私は、幸運だった。大切なものが、確かに、見つかった。私は……それらが、幸せになる大地を作りたかった」
「……! ……」
「え……?」
リビエステラは、
マザー・レイズの、流れた視線の先を追う。
仮面に隠された、ミスリルの瞳。
だが、それは月明かりの下で、
明確に捉えられる事ができた──。
「すぅ……すぅ……」
「むにゃむにゃ……」
眠る、天使のような、
金と、銀の、女の子たち──。
リビエステラは、問う。
「……その、御二人と──あなたは、御家族ですの……?」
「……!」
「 ……」
聖女の問いに、大司教は、答えない。
「お前たちには、同情している」
関係のない返答を、彼女はした。
「本当だ──ただ、運命に選ばれ、故郷を奪われ、利用され続ける道へと囚われた駒と──連れ去られ、掛け合わされて改造された、金と権力の駒──」
「……答えて……。あなたの大切な者は、その……ふたりなのですか?」
「……、……」
「子どもは、いつだって。楽しく、笑って過ごせば良い──」
"人"が嫌いと言った大司教の──。
だが、その言葉の響きは、
真実の続きであった。
矛盾の中にある、確かな愛情。
その揺らぎを、上手く言い表す事は。
まだ、幼い聖女たちには、出来ない────。
「ぁ、あなたは、なぜ……」
「ま、マザー……?」
「……今日ここに来たのは。あなた達を見に来たのもあるの」
落ち着いた様子で、
四ツ目の仮面の女は、
ふたりの聖女に向き合う。
「──幼いわ。故郷も無くなって。あなた達の血筋は、あなた達しかいない」
「……!! ま、待って……」
「……??」
ジリジリと、歩み寄る、マザー。
リビエステラは、後ろの部屋のドアノブを──。
──ガチャ、ガチャ。
「……っ、あか、ない!」
「えっ……」
リビエステラは、すぐに察した。
ああ、ジェムを……使われたな、と──。
「でもね……? "幼い"、ってのは──チャンスでもあるわ。あなた達の幼さなら
── ま だ 、 や り 直 せ る も の 」
「……ッ!」
「な、なに……」
マザーの手には、ふたつの、
紫色のジェムが、光っていた。
こねる。マザーは。手の中で。
ガラスの玉のような、飴玉のような、
ふたつを。
それは、摩擦し、
ジャリジャリと、音を立てる。
狩人のように、
足音は、静かに──。
「……勘弁してよ……」
「リビ、お姉ちゃん……!? な、なに……?」
接近してくる、マザー。
不安に思う、エコープル。
リビエステラは、答える。
「……。今の、ジェムの技術を……数十年かけて、確立したのは……この女なのよ」
「──ッッ!?」
「日々……開発されるジェムの効果を……"これはダメ"、"これはいいよ"、ってジャッジしてるのは、コイツよ。つまり──」
「つま、り?」
「──逆に言えば。この女は、この国で作られた、全ての"非人道的"なジェムの効果を──ぜんぶ、知ってる」
「っ!!!」
「過激派の記憶を消し飛ばしたのは……こいつの作ったジェムよ──」
コツ、コツ、コツ──。
マザーは、ゆっくりと、歩み寄る。
出入りを封じた部屋の中。
ゆっくりと、ふたつの、ジェムを持って。
エコープルも、過剰な勉学を要求されてきた。
さすがに、察す。
言葉に、なった──。
「わたし達の記憶も……消すつもりです、か……」
「あなた達は──幼い。私は、孤児院で記憶を落とした子どもも、たくさん……たくさん、見てきたわ。よく知っているの。その子達が……ちゃあんと、やり直せる事も──。あなた達は、全てを忘れてしまっても、必ず、幸せになれるわ」
「 …… 」
「傲慢だとは……思わないの」
「ゴウマンじゃなきゃ、こんな事──続けてないわ。正義があったら──とても……続けられなかった。耐えてきたのよ。ずっと、ね──」
「─ 」
「─ 」
開かないドアに、トン、と背中をつけ。
ふたりの聖女は、
どうして良いかなど、分からなかった。
──どうしようもなく、本音なのだ。
目の前にいる大司教は。
どこか、壊れている。
でも、確かに、愛があった。
それだけで────動いているのだ。
「……」
「……」
「──誓うわ。然るべき対処をして、幸せになれる場所に配置する。今のあなた達は……身勝手な大人たちに、歪められ過ぎた──」
リビエステラとエコープルは、
手を、握り合っている。
目の前の女は──神のようなものだ。
「 あなた達を歪める大人は
── 私で、最後よ 」
マザー・レイズは、
すぐ、目の前で、立ち止まる。
「これからは──自分たちのためだけに、悩んでいける」
恐ろしいような、優しいような、
四つの瞳が、見つめる。
「……、……」
「……、……」
気づけば、ストン、と。
リビエステラは、お尻をついた。
エコープルは、つられて尻もちをつく。
後ろのドアは、開かない。
「やり直せるわ」
リビエステラは、
逃げられないと、悟った。
「ひとつ……頼みがあります」
「なに?」
「この子とは……姉妹だと、吹き込んで」
「……!!」
聖女は、静かに言う。
「記憶が飛んだ後……何処かで暮らす事になったら、まず、その嘘を……私たちに、与えて……」
「リビ、お姉ちゃん……!」
「……」
「……お願いします」
「……ん」
──少しだけ。
少しだけ、マザーの決意が、揺らいだ。
少しだけ、彼女は、戸惑いを見せた。
「あなた達は」
「「 ? 」」
「世界が嫌いには、ならないのか?」
リビエステラは、力無く、笑う。
エコープルは、彼女に抱きつく。
答えは、嘲笑に似ていた──。
「……ふふふ。いつだって、どんな人生だって。
ちょっとくらいは……キライですよ」
「……ん」
「……、……」
マザーは、悩む。
少しだけ、悩んだのだ。
ジェムを持つ手は、止まっている。
動け、と──言い聞かす。
「──承ったわ」
「ふふ……お優しいこと」
「うぅ……」
「……」
マザーも、思いやりが、無いわけではない。
いや……逆だった。
思いやりのために、自分が泥を、
被り続けてきた人生だった。
だから、やろう。
そう、決めて来た。
だから────。
「──……来世で、また……会いましょう」
そう、決めた時────。
「 にょぉぉおおおおおきっっっっっっと、
なぁあああああああああ──!!!!!! 」
── ビターンんンンンンンンンンン!!!!!!!
聖女:「Σ(゜д゜;)」
幼官:「Σ(゜д゜;)」
マザーの顔に、白い丸い何かが!!!
は り 付 い て い る !!!
「 ・・・・・ 」
「にょきっと、なぁああああああああああぁぁぁ!!!!!」
勇者は、特攻した ── !!!
(((;゜Д゜)))にょんやぁああああああああぁぁぁ!!!