- B[ L/R ]EACHERS - [ブリーチャーズ]
わたしのにんむは、
ある二人の弱みをにぎることです。
わたしが合成された時、
それまでの記憶は消されました。
うっすらと……いえ、
なんでもありません。
局長によると、
私は、最高のできだそうです。
私はひどいことはされませんでしたが、
世の中には、必ず敵になるものがいる、
それは、ふたりいると、教わりました。
審議局の中でも、色んな考えの人がいます。
でも、私を発生させたのは、
過激派、と呼ばれる人たちでした。
彼らは、私に嘘はつきませんでしたが、
それは、恐ろしいことでもありました。
言われたことが、
どんなに嘘であったら良かったか。
そう、子供心に思ったことが、
何度も、あったのです。
私は……優しい嘘に触れられずに、
圧縮教育を受けながら、
淡々と、流されるまま、
成長しました。
プレミオムズの担当になったのは、
もちろん命令でしたが、
彼らは人柄が取っ付きやすいこともあり、
私は、ずいぶん安心したものです。
彼らは、良くも悪くも、
私を正しく、子供扱いしてくれました。
最初は、ゴウガさんは怖かったですが……。
あの方たちとの会話は、
からっぽな私の人格の形成を、
大きく助けてくれたと思います。
"ホールエルの夏休み"で、
私は、大きなチャンスに恵まれました。
あそこは"聖女さま"がいる街で、
彼女は、私の最大の敵になる、ふたりの内の、
最も重要な片割れだと教育されていました。
わたしは、かのじょを、
けおとさないと、いけない……。
なんのうらみもなく、でも、めいれいです。
まえに、いちどだけ、
聖女さまの顔を目にしたことがあります。
お互いの派閥が、薄っぺらい建前で会合する中、
聖女さまは、ずっと……私を見ていました。
同じ、髪の色。同じ、瞳の色。
私も、気づいていました。
私たちは、たぶん……同じ派生の……。
すでに聖女さまは、
あまり人に会わないのが有名で、
それが、私たちのせいであることは、
私には分かっていました。
正直に言うと、そんな事より、
私はプレミオムズの皆と会うのが、
楽しみで仕方ありませんでした。
でも、聖女の弱みを握れ、という命令は、
心の何処かに、ずっと、
突き刺さっています。
私は不安を忘れるように、
夏休みを、楽しみました。
ホールエルの夜に、
チャンスは、思いもよらない形で、
私の元へ転がりこんできました。
アンティさんと、マイスナさんが、
あの、姿になったのです。
対となる、最上位の神官服。
対となる、物語の中の仮面。
繋がった髪の間を行き交いする、無数の光。
ベッドの上にフワリと浮いた二人は、
まるで、神さまの乗り移った、
ふたりの神子様のようでした。
彼女たちの情報を秘匿しているのが、
"マザー・レイズ"だという事は、
オシハさんと、ヒキハさんの言動から、
推察できていました。
マザーは……私の、もうひとりの"敵"でした。
私は、このチャンスを逃してはいけないと、
幼い心ながら、思いました。
「操作表示が出てるわ……! マザーの……水晶球のやつに似てる……」
最初に、宙に表示された、
水晶球のような操作系に触れたのは、
オシハさんでした。
操作は失敗し、オシハさんは警戒しました。
「は……好感……と、来たか……。まずい……これ、触らないほうがいいわ」
「お姉ちゃん! それが何か分かるの……!?」
「わかるワケないでしょ! でも……見なさいよ! この子たちの、この姿……! 操作系統があるって事は……何か、情報を書き換えられるんだわ……」
「あ……」
「操作できないのは好都合よ。取り返しのつかない変化は、起こさない方がいいわ……」
オシハさんが、
繋がったアンティさんとマイスナさんから、
離れた時。
私は、自分でも驚くくらいの、
大きな声を出していました。
「
だ め ! !
や め な い で ! !
」
そこにいたプレミオムズの皆は、
いきなり叫んだ私に、びっくりしたでしょう。
これは、わたしが初めて遭遇した、
局長の命令を達成できるチャンスでした。
私のような子供に諜報活動を任せるのは、
こどもに対して対象が油断するからでしょう。
この時、私は、10歳か11歳でしたが、
特殊な薬と術式で、
体の成長を遅らせているのも、その為でした。
私は、普通に大人になりたい。
嘘のある世界に、飛び出したい。
無意識に蓄積された恐怖で、
小さな私は、破裂しそうでした。
優しい嘘は穢らわしいモノでしかないと、
局長は、いつも言っています。
でも……私はそうは思わない。
相手に、ついたとわかる嘘で、
私たちは、思いやりや。
優しさを学ぶことができる。
私は、叫んだ後に、思いました。
ああ、私はこんなにも、
審議局から、逃げ出したかったのか。
私は、震えていました。
私はどうしても、
このチャンスを逃したくは、
無かったのです。
「 ──お願い!! 続けて!!
審議官として、
調べなければ、いけないのっ……!! 」
それっぽい事を言って。
子供の、わがままを言って。
私は、プレミオムズに懇願しました。
「……。エコープル、私は反対よ。どんな変化が起こるか、わからな──」
「──マザー・レイズの隠してる事っ、知りたく、ないのっ……!!」
「──……! ……、……」
この言葉は、アンティさん達への干渉に、
消極的だった、オシハさんにも、
とても……突き刺さったようでした。
育ての母親が、
法をおかしてまで、隠すこと。
彼女たちが、気にならないはずがありません。
私は……最低でした。
目の前のチャンスに、しがみつこうと、
なりふりかわまず、私は言い続けます。
「 お願い……お願い!! 」
「……」
オシハさんは少し考えましたが、
私の醜い要望と、
興味とが、合わさったのでしょう。
ヒキハさんに、声をかけます。
「……この子たちが、一定のレベル以上、信用している相手じゃないと操作できないのかも……。……ヒキハ。あなた、なら──」
「……!! ……、わたし、は……」
「お願い!! お願い、します……!!」
アンティさんの操作を、ヒキハさんが。
マイスナさんの操作を、
私がする事が、できました。
結果、この夜。
私たちは、とても重要な秘密を、
共有する事になります──。
翌朝、私は達成感に包まれていました。
やった! やった……!
初めて、大きな成果をあげることができた!
プレミオム・アーツの隠された力を、
解放できる者の、存在が、ある!!!
それを……マザー・レイズは隠してる!!
間違いなく、誰も知らないこと……!
わたしは、つかんだんだ……!!
これで、局長にも……!
私は、ミッションの達成に、
よく分からない感情で震えていましたが、
同時に、おなかの中に、
ずっ……と、重く溜まるような、
吐き出しそうな罪悪感にも、
かられていました。
アンティさんとマイスナさんは、
間違いなく……、私のせいで、
スキルが弱体化してしまったようでした。
「あの、くまさん……さっきの事、クルルカンのお姉ちゃん達に、聞かなくていいの?」
私は不安から、
くまさんや、オシハさんに、
アンティさん達に探りを入れるように、と。
レベルダウンの事を、
早く言って欲しいと、願いました。
私は……最低で、卑怯でした。
子供だったから、というのは言い訳ですが、
やってしまった、という恐怖から、
私は……目を背けていたのです。
オシハさん達は、一日様子を見て、
アンティさん達に言うと決めました。
私は……罪の意識を、
何とか心の奥に押しやって、
彼らとの食事を……楽しみました。
明るく笑って。
アップルジュースを飲んで。
ゴウガさんに、肉まんを投げて。
神さまは、そんな私に、
罰を与えました。
「こんなの……死んじゃう……!
みんな、しんじゃうよぉ……!!」
彼らの戦闘の経過は、
リアルタイムで、私の真偽球に反映されました。
1000体の魔物が同時に街に侵攻するなど、
聞いたこともありません。
私は半狂乱に、なりました。
戦いに行ったのは、たったの……8人です。
聖女様への伝言を頼まれたリスクさんは、
昼間のお店の多忙さから、腰を痛めていました。
私は、夜を走りました。
涙は、止まりません。
自分のために、やってはいけない事をした。
ひっしに、誰もいない街を、走る。
「……、ひぃ、ひぃ、はぁ──……! ああぁ……! 」
「にょきっと!?」
「くるくるーっ!!」
今、起こっている事は、
ぜんぶ……私のせいだと思えて、
なりませんでした。
私は、最大の敵であるはずの、
聖女さまの元に、転がりこみました。
街で、大きな光の術式が発動し、
大きな花のオオカミに乗る聖女さまの、
髪が……薄いピンク色から、
輝かしい……光の色になりました。
空を飛ぶ、大きな、うさ丸の背に乗る私も、
聖女さまと……全く同じ輝髪になりました。
聖女さまの瞳は、
星が宿るような色になっています。
私の瞳も……同じようになっているのでしょう。
私は、わたしが、聖女さまが死んだ後に、
すげ替えるための存在であると、
確実に、バレた事を、悟りました。
私は、人工的に造られた、
聖女の代用品。
今回の事件を、起こした者。
神さまは、私を赦す気は、
ないのだと、思いました。
「……」
「……」
『『 にょ、にょきっとやん……? 』』
『『 クルォン、クルォン── 』』
目を開いたまま俯き、
夜の空で泣く私のそばに、
聖女さまは、いつの間にか、近づきました。
『『 ──カンカン♪ 』』
『『 にょぷっと!? 』』
「……あなたは、どうしたいの?」
「──……っ!?」
火を出しながら空を飛ぶ、
でっかい、うさ丸に。
でっかい、カンクルが、
透明のガラスを駆け抜けながら、
体を預けています。
光る花を撒き散らしながら、
輝く聖女さまは、
それはそれは、きれいなものでした。
「あなたは、どうしたい?」
「わ、わたしは……」
「あなたは、審議官でしょ。嘘は……つかないで」
私は、頭に置かれた手の温かさに、
泣きながら、答えました──。
「──み、みんなを、助けたい・・・!
ちゃんと・・・みんなの前で、
オトナになりたい・・・!」
「……ならば、あなたは戦友よ」
聖女さまは、少し複雑そうな顔で、
笑います。
「せっかく……あの村で生き残った、唯一のふたりなんですもの」
「……! やっぱり、知って……」
「……まったく、こんな子供ふたりを使って代理戦争をさせようだなんて……ホンっト、バカなんじゃないかしら……!」
聖女さまは、もうっ! といったように、
夜空に言い放ちます。
私たちの後ろからも、前からも、
すさまじい光が、あがっていました。
「……ねぇ、エコープル。この戦いが終わったら、少し……ゆっくり話しましょうか」
「……!」
「あなたが忘れてしまった故郷のこと……少しは、教えてあげられるから」
「……!! は……ぃ、はぃ……っ!」
聖女さまは、私の手を握ります。
「……いまから……帰れとは言わないわ。私と一緒に、戦って!」
「……! はいっ!」
「……ふ、ふんっ。それじゃあ……頼んだわよ? 優秀なナイトたち?」
『『 ──にょきっとな!! 』』
『『 ──カン! クルゥオオオオオンンン!! 』』
私の真偽球には、
このフィールドの、全ての敵の位置が、
示されています。
聖女さまの杖が展開し──、
光の大弓となり、輝きを増していきます。
『『 カン! カン! カン!
クルゥオオオオオンンンッッッ!!! 』』
「
さて、では……。
私の街に手を出したこと、
後悔させてあげましょうか……!
そうよね? エコープル?
」
「
──はいっ!
かならず……みんなを助けます!
だから……力を貸して!!
おっきい、うさ丸さんっ!!!
」
『『 にょきっとなあああああああっっっ!!! 』』
巨大な、ウサギさんのグローブ。
回転する、灼熱の炎。
真っ赤な嘘のように、
燃え上がる歯車たち。
──ああ、神よ、あわれみたまえ。
私たちの戦いが、はじまりました。










