スターライト・シンフォニー
同じ夜の、
何処か、わからない場所で。
裸の少年が、足を抱え込んで座っている。
恐らくズボンだった物は体を成さず、
ボロ布を掴んだ彼は、大地の冷たさを感じ取る。
美しい夏の星空は皮肉にしかならず、
静かな闇は、幼き浅黒い肌を隠した。
だが、すすり泣く声だけは、
虫のロマンチックな声だけでは、
消し去ることは叶わなかった。
「ぐす、ひく……」
ふと。
少年は、目の前に誰かが立っている事に気づく。
夜でもわかる、白いジャケットを着ている。
うねりのある頭髪は長いようだが、
このガッシリとした図体は、男性だろう。
「──!? ……っ!?」
裸の泣きべその少年は、
自分の何倍もある大男に驚いたが、
その男は静かに少年の横に移動し、
苔の生える冷たい岩の上に、
隣り合うように座った。
同じ空を見上げる、グラサンの紳士から、
少年は、少し不思議な優しさの類を感じ取った。
「……。風呂みがきの、しごとだったんだ……」
気づけば少年は、
紳士に愚痴を漏らし始めていた。
「ぼくん家は貧乏で……余分な布なんか、あまっちゃいない。仕方ないから、ズボンで磨いたんだ……。でも、こんな……ボロボロになっちゃって……」
白いジャケットの紳士は、
グラサンに星空を映しながら、
静かに耳を傾ける。
「そしたら……しごとの依頼主がね? "そんな汚い服で、汚れをなすり付けるな"、って、怒っちゃって……。お金も、1イェルも貰えなかったよ、はは、なさけないだろう?」
「……」
「たったひとつのズボンも壊れて……ぼくは、母さんと妹に、何も買ってやれやしない……。ぼくは……ホントにダメなやつだ……」
少年は、ポロポロと涙を落とす。
いいことなんて、ひとつもなかった。
初めてあった白の紳士に、
泣き言は、止まらなかった。
「ぼくは……動物と一緒さ。いや……それ以下かもしれないや。動物たちは裸でも、しっかり生きて……好きな人を見つけるんだもの」
「……」
「ぼく、はっ……、本当に、ダメなヤツ、だっ……。裸んぼで、何もできにゃい……」
情けなさで、いっぱいの少年は。
腕で涙を拭いて、
また、下をうつ向く。
暗さで良くは見えないが、
そこには、丸見えの恥ずかしさが、
確かに存在しているのだろう──。
──ザッ・・・!!
「──んっ……!?」
白ジャケットの紳士が、
凄い勢いで立ったので、少年は驚いた。
自分の情けない弱音を聞いて、
気分が悪くなったのかもしれない。
「ぁ……」
こんな何の取り柄もない、弱虫の子供なのだ。
綺麗なジャケットを着た彼は、立ち去るだろう。
少年は刹那、落ち込みそうになったが、
白のジャケットの紳士は少年に向き直り、
白いズボンが汚れる事もいとわずヒザをつき、
少年に、そっ……と、
とある物を、差し出したのだ。
──そう、
" スターライト・パンツ " である。
「……こ、これ……は?」
それは、今まで少年が見た中でも、
一番、綺麗な布地を使ったパンツだった。
シルクモスラン素材、100パセルテルジ。
一分の縫製ミスも無い、
芸術品の域に到達した、純白のブリーフ。
その白を贅沢なキャンバスとして、
中央になされた五芒星のスターの刺繍は、
星空に負けず、光り輝いているようにさえ、
少年の目には映った──。
「受け取ってくれ」
「 え……っ!? 」
紳士の深い響きの言葉に、
少年は驚くしかなかった。
「そ、そんな……! こ……こんな高そうな下着、とてもじゃないけど、もらえないよっ……!」
少年は、ひと目で理解する。
これは自分のような、
肌も黒く、ボロボロな奴なんかではなく、
貴族の子が着るような、最高の下着だ。
「ぼくには……相応しくないんだ……!」
心の声が、溢れ出る。
「これは……! おじさんみたいな……立派な人が着る服だよ……! ぼくみたいな……浅黒い肌の、なんの取り柄もない、どうでもいい人間が着ちゃ、いけないんだ……! だから──」
涙が再び滲む、裸の少年。
その言葉は、白の紳士の声に、
さえぎられる──。
「 ──── 立 て ! ! ! 」
「──っ……!?」
怒りに似た、しかし、
それとは何かが違う声に、
少年は目を見開く。
「立つんだ──」
「!? は、はいっ……!」
考える余裕もなく、立ち上がる。
「足を、上げよ!」
「……!」
紳士は、パンツを下へと、くぐらせる。
「──もう片方もだ!」
「えっあっ」
大きな大人の、力強い声。
少年の両足を、
滑らかなシルクの感触が、
かけ上がっていく──。
────そして。
「……うむ。ピッタリだ」
「……、……!」
少年は、生まれて初めて感じる心地良さを、
体の中央に、感じていた。
ちょうど股間の真ん前にくる所には、
カッチョイイ、お星さまの刺繍が光を放っている。
「す、すごいや──」
「──きみは、取り柄がない人間などではない」
「──!」
パンツの感動を口にすると共に、
白ジャケットの紳士に両肩をぐっと掴まれ、
少年は、ギュン、と背筋を伸ばす。
紳士は続けた。
「きみがここで涙したのは──きみを待つ母と妹を、思いやる愛があったからだ。きみが大切なズボンを失ったのは、きみが、どうにか仕事を成そうと努力し、考える意志があったからだ」
「……」
「きみは……立派だ!! どうでもいい人間なんかじゃないッ!! こんな、私よりも……きみは、ずっっっと、立派な人間なんだ……!!」
グラサン越しに滲み出す、
白いジャケット紳士の感情。
彼は、力強く言う。
真実を、噛み締めるように──。
「私は……ようやくわかった……ようやく、わかったのだ……!! 本当は……パンツなど無くとも!! 人は……愛を学べるのだと……!!」
「……おじ、、さん……?」
「──だが、それでも……!!」
両の肩に乗る紳士の両手の温かさ。
少年は、聞く。
「──それでも、だ……! 裸であるという事が……きみの心を、苛んでしまうと言うのなら──……」
何故こんな紳士が真摯に語るのか、
少年は、まったく、わからない。
でも、彼の想いのこもる言葉は、
心の奥へと、浸透するのだ──。
「
パ ン ツ を は い て っ ──
胸 を は れ ッ ッ ッ ! ! !
」
「 ──ッッ!!! 」
少年の中に、衝撃が走った!
「それはッ、きみのはく!そのスターライト・パンツは!!! ただの……パンツでしかないッ、だが……!! もし……裸が、動物のソレだと、言うのなら……!! パンツをはいているきみは、立派な人間だ──っ!!」
「……っ!!、っ!!」
「いいかぃ……、そのパンツはね。きみが前を向くことを──チョットだけ……ちょっとだけ、支えてくれる……! きみは、今、パンツをはいている……! 堂々と、すればいいんだっ……!!」
「っ……、ぉ、おじ……さんっ……!」
「──忘れるな……!! パンツをはいてるだけで、きみは──強くなれる!! きみは、どうでもいいヤツなんかじゃない!! 必ず……しっかりと生きていけ……!!」
「ぉ"、おじ、さァ、ん"……っ!」
紳士は立ち上がり、
少年は、彼を見上げる。
紳士は、星空を背負って贈る。
少年への、未来へと続く、激励を──……!
「少年よ……! いつか……きみが愛する誰かに、最高のパンツを、着せてやれっっっ──!!」
「う、うんっ──……!!」
「……パンツは、いつだって、きみの味方だ!」
「ぁ──」
白いジャケットの紳士は、
少年の涙の視界の中を、
颯爽と、立ち去っていく──。
残された少年は、
大地に、しっかりと立ち。
その股間には、シンプル・ザ・ベストな、
"スターライト"のシンボルが、宿っている──!!
スターライト・パンツは、
また、ひとりの心を救う。
これは、はじまりである。
「ぼくはっ……ぼくは!! がんばるぞっ!!」
──星が、少年の力強い瞳を流れた。
☆彡
「──」
ザッ、ザッ、──と。
少年にパンツを託したばかりの紳士は、
岩と、土と、草の大地を、進み行く。
無心に、無心に、ただ、歩く。
まるで、何かから、逃げるように──。
「……」
彼がパンツを与えるのは、
これが、初めてではない。
彼は……何度も、何度も──。
闇夜を歩き回っては、貧しい子供たちに、
スターライト・パンツを、与え続けている──。
──ふと、紳士は気配を感じた。
「──ふぉう!?」
自らの光属性とは違う、
深遠なる、闇属性の波動……!!
白いジャケットを たなびかせ、
紳士は、シュバ! っと、
後ろを、振りかえる──……!!
「──ふぉ!?」
「……」
そこに居たのは、腕を組んだ、
黒い変態であった。
分厚い胸板の前で組まれた腕からは、
筋肉から、ギュムリと音が聞こえそうなほどの、
せくすぃーな香りが漂っている──。
「ふぉは……きみだったか」
「うむ……」
黒い逆三角の仮面。
黒い逆三角のパンツ。
黒い手袋に、黒いブーツ。
だいたい裸の、心の友。
白い紳士は、安堵する。
少年にパンツを譲渡してから、
まだ、数分も経っていない。
そうか、見ていたのか……と。
白の紳士は、自嘲を以て、
苦笑いする──。
「……ふぉはは。恥ずかしい所を、見られてしまったな……」
「──ッ……!!」
黒の変態から湧き上がった、
怒りに近く、だが、それとは少し違う、圧の力。
変態は、叩き込むように、言い放った──……!
「……貧しい子にッ、服を与え、肩に手を置いて励まし……!! 生きる希望を灯すコトの──どこがッッッ、、、恥ずかしいというのであるかっっっ……!!!」
「──っ……! ふぉははは……」
組んだ腕をほどき、激昂する友に。
白き紳士からは、思わず笑みが漏れる。
かつては敵でもあった、唯一の友。
白い紳士は、しっとりと提案した。
「ふぉはは……。今宵は、星が……美しい。どうだ……アブノよ。少し、夜空の下で、語らぬか──……?」
「……」
「……」
「……ふん。やぶさかでは、ないのであーる」
少し頭が冷え、冷静になる変態。
慈愛の神が用意したかのような、
ちょうど座るに良さげな岩が、二つあり。
そこに、白い紳士と、黒い変態は、
身を預け、腰掛ける。
大地に根付く二つの岩は、
文句など言わず、静かに白と黒を支えた。
「……あれから、ずっとで、あるか」
「……ああ。ずっとだ──」
黒が問い、白が答えた。
そのジャケットの中に覗く、
「P」のロゴが入ったネクタイ。
アイドルプロデュースの仕事の合間。
人目を忍んで配ったスターライト・パンツは、
もう……800枚に達しようと、していたのである。
「アブノよ……。私は、自分の愚かさを痛感したのだ」
「む……」
「この世の中には……パンツさえはけず、愛を知るが故に苦しむ者が、たくさんいたのだ……。それなのに私は……! ブリーフか、トランクスか、などという、贅沢な選択で迷い……! 挙句の果てに……街、すべてを……!」
「……終わったことであーる」
「貴公は──見たか!? さきの子供を……!! あんな……子供でさえ、パンツが無くても、家族を愛する心を知っていたのだ……!! 私は……過去の自身を、殴りたい……! パンツがあるだけでも、それは……素晴らしく、得難い幸運だったのだ!!! なのに私は……く、くそ……! 度し難い、なんてバカ野郎だったんだ……!!」
「もうよせ……エロメイネスよ……」
「……その名で呼んでくれるな、我が友よ。その男は死んだ。今の私は──エロPだ。そうであろう?」
「……むぅ」
白の紳士は、かつてのエロを後悔し。
黒の変態は、あえて友の肩に手を乗せなかった。
そんな事をしても、せくすぃーNGだと、
変態は、察していた。
「……貴公が、如何に罪の意識に苛まれようとも……。貴公が渡したパンツたちは、多くの者に、せくすぃーぶれいぶと、せくしゃるぱぅわーを与え続けるだろう……」
「罪滅ぼしに過ぎんのだ、アブノよ。誰かにパンツをあげないと、私は……おかしくなりそうなのだ」
「……エロピー」
寂しげな、白いエロの姿。
かつての敵であるエロに、
哀愁を感じずにはいられない、
黒の変態。
うすっぺらい励ましは、せくすぃーNGである。
なので……変態は、
あえて、たずねることにした──。
「……聞いても、よいであるか?」
「……なんなりと、答えよう」
「……何故、過去の貴公は。……"白"に、こだわったのであるか?」
「──……!!」
「……。あの時の貴公は……誰よりも、"白"に執着していた──」
「っ、……」
「エロよ、何故なのだ。何故、貴公のような、せくすぃーポテンシャルを秘めた男が……あそこまで"白"に囚われ、ブリーフとトランクスの迷宮に迷ってしまったのだ──」
「ふぉ、ははは……」
エロは笑う。愚かな自分を、思い出し──。
やがて、嘲笑は、静かにおさまり。
少しの無言の後──。
エロは、穏やかに話すのだった。
「……聞いてくれ、アブノ・マール。私は……人工的に作られた生命なのだ」
「──……!?」
「我がシャイニング家は、とある組織の出資者の一であった」
エロは、語り始める。
誰もが知らない、エロだけが知る真実を。
「……、……。とある組織、とな……? そ、それは──?」
「ふぉははは……。"審議局"……という響き。貴公も聞いたことがあるのではないか?」
「──いま!! なんと……言った!?」
「……あれはな、アブノよ。私の、生まれた場所でもあるのだ」
「──な……!」
黒の変態は、動揺した。
何故なら……彼の"夜のお仕事"で、
アブノ・マールは、様々な裏の情報を、
その、せくすぃーぶれいんに叩き込んでいる。
その中でも……"審議局"という組織には、
黒い噂が絶えないということを、
変態は、よく知っていたからである。
「私は……失敗作だ。彼女たちで実験しようとした私自身も、また……実験で生み出された者に過ぎない。私は運良く貴族に育てられたが……──"白の失敗作"と呼ばれた私は、心が腐りいくのに、時間はかからなかった──」
「え、エロよ……!! そんな……!!」
「──アブノよ。貴公には、知っておいてほしいのだ。夜を駆り、悪を狩る正義の黒である、貴公に──」
「──!!」
白きエロはグラサンを外し、
真剣な面持ちで、変態を見る。
そして──。
「"真偽を見極める子供たち"──、即ち"審議官"は、度重なる実験の"副産物"に過ぎぬ……。あそこでずっと行われているのは、"聖女"の──── 」
「むむっ──!! 待て、エロよ!! 貴公……光っているぞ!?」
「ふぉお──!? なに……ッ!?」
エロは立ち上がり、自身の体を見る。
「ふぉおお……! これは……!?」
「間違いない、発光しているのであーる……!!」
エロティカルプロ所属。
敏腕アイドルプロデューサー、通称・エロP。
かつて、エロメイネス・P・シャイニングと、
そう、呼ばれた男。
「……ふぉおお! 何処かで……大きな光属性の術式が、起動したのだ……!」
「なんだって、であーる……!?」
「間違いない……ふぉお……。恐らく、東の方だ」
「……大事ないか?」
「ああ。私の光の魔術流路に含まれる、わずかな聖なるチカラが……反応しているのだろう」
「むぅ?」
「……アブノよ、よく聞け。"審議局"とは ──── 」
──全く同時刻の、違う空────。
花の狼に乗る、聖女と。
兎の王に乗る、審議官がいた。
森の上空をかける、神秘の二頭。
その背の上で、変化は起こっていた。
薄いピンク色の髪は、
光の城の術式によって活性化し、
殻を破るかのように、色素が剥がれ落ちていく。
輝き、輝き、輝き。
透き通るような、青白い、髪。
瞳も、同じ色に移り代わっていた。
『『 にょきっとやん……!? 』』
『『 クルォオオオン……!? 』』
搭乗者たちの発光に、驚く神獣たち。
────そう、ふたり。
変化は────……ふたつ、だったのだ。
美しい輝髪と輝瞳となった少女は、
互いに、見つめ合う。
その表情は────、
──────複雑な、ものである。
「……っ、エコープル、あなた、やはり──……!」
「──っ……、」
聖女は、同じ髪と目を持つ者に、言い放った。
「──人工的に造られた、"聖女" だな──……!!」