燃えシ魔人、凍りシ魔人
ちと、小分け投稿です(●´ω`●).*・゜
それは、幸運だったろう。
森の守護者の悲痛な声は。
剣の妹へと、届いたのだ────。
「……──! 今のは──……!? 」
血で伸縮する脚力が、森を蹴り、進む。
常人見えざる速度である。
たどり着く、光景は──。
得てして、予想だにしない場面であった。
「ウッキャー!!」
「……!! エレメント系の、魔物……!?」
街に張り巡らされる結界柵や、
街道に打ち込まれる魔物除けから一歩出れば、
そこは、まさに魔窟である。
何が起こるか、分からぬ領域。
ましてや──ここは、夜の森林。
王都の剣技職をまとめるNo.2だからこそ、
想像を超えた出会いが、
フィールドでは、よく起こり得るという事を。
彼女は、肌で理解していた。
していた、が────。
「恨みますわよ、神さま……ッ」
ヒキハ・シナインズの眼前に現れたのは。
夜森を照らす、オレンジ色の熱量だったのである。
──ごぉぉぉぉぉおおお・・・!
「人型の……炎のエレメント……ッ!! どうして、こんな時に……ッ!?」
炎は……歩いていた。
湿り気のある夏の大地からは、若草を踏みつけ、
水蒸気が、ジュウジュウと立ちのぼり。
緑のむせ返るようなにおいが、
目を閉じたくなるような熱と共に、
嗅覚を抜けていく。
「く……!」
ヒキハはボロボロの剣を構える。
そして──……、
「ゥ、ウッキャー……!」
「……!? 子どもの、バールモンキー……?」
少し離れた場所の、
違和感に気が付くのである。
「ゥ、ウッキィ……!」
「……!! あっちにも、何かいる……?」
炎人に警戒を解かず、すぐ離れた場所を見ると。
森の守護者と呼ばれる魔物の子供が、
何か……淡く、青白く照らし出されていた。
──そして、ゾッとする。
「……!? あれ、は……ッ!」
小さなモンキーの、本当に、すぐ近く。
暗黒の幹を、淡い紫が照らしていたのだ。
──ピキ……ピキ、キ、ペキ……!
「──!! 氷の……エレメント……ッ!? 向こうもッ……人型……!?」
人型に近い進化を遂げた魔物が。
秀でた力を持っていることを。
ヒキハ・シナインズは、良く知っている。
フォレストウルフと、スプリガンでは、
雑兵と王ほどの差があるという教えを、
彼女は身をもって叩き込まれて育った。
ヒキハは驚愕する。
このような日に、
こんなバカげた物語のような魔人に、
それも、二体も"お目見え"しようとは──……!
「しかも……な、なんなの!? あの、氷のエレメントは……? 全身の氷に、わずかに雷をまとっている……!!」
──ごぉぉぉぉぉおおおおおお・・・!!
──ビキ……べきべき、バリりィ・・・!!
炎と、氷。
ふたりの正反対の魔人は、
それぞれ、離れた所を歩いてはいたが────。
「──ち、近い……ッッ!! こんな奴らが、もし……戦闘を始めてしまったら……!」
ジンワリ、と。
ピッチリとした鎧の下で、
暑さに関係なく、汗が吹き出る。
炎の魔人のそばには、ヒキハが。
氷の魔人のそばには、小さなモンキーがいる。
炎の魔人の足踏みは、夏の新芽を焼き殺し、
氷の魔人の足踏みは、霜柱で根を刺し殺し。
双方は、ずんずんと離れていく──……。
ヒキハは、しめた……! と、思う。
(よ、よし……! あまりにも近くにいたから、焦ったけれど……! 自然に離れてくれるなら、儲けものですわね……! このまるで反対属性の魔人クラスが戦ったら、今は……私一人では厳しいですわ……っ!)
ただでさえ、千の鎧蟹を相手取っているのだ。
イレギュラーは、大きくしないほうがいい。
ヒキハは剣の構えを解かず。
しかし、刺激しないように、
歩く炎の魔人を、観察する。
──ごぉぉおおおおおお──・・・!
──ビキ、バキキ、ばきききぁ──・・・!
「ゥ、ウッキャー……!!」
「だ、ダメ……! あなた……刺激しないで……っ!」
ヒキハは、逃げない小ザルに注意を向ける。
なぜ、あのバールモンキーは、
あんな恐ろしい氷の魔人から離れないのか。
歩幅にあわせ、凍り行く草木を除け、
小さな森の守護者は、まるで、
彼女に語りかけるようである。
(──彼女……? そ、そうだわ……。あの氷の魔人は、髪が長いように見える……。まるで、女性のようだわ──……)
エレメント系に性別もへったくれもないだろうと、
自分の思考に、しびれるように自嘲する。
(く……。今は、こんな……わけの分からない例外たちに関わっている時間はない……。速く……彼女たちを、見つけないと──)
一定の距離を保ちながら、
じわり、じわり、と、やり過ごす。
そうしなければならない。
しなければならない。
しなければ、ならないのだ。
「……」
だから、じっと見た。
後で、倒すかもしれない。
だから、見た。
たまたま、正面から、見れた。
────それが、幸いした。
「……ついん、てーるだ」
──ボソッと。
感性が、勝手に声を出す。
まるで、無意識の言葉が。
ヒキハの口から出る。
「……」
ヒキハは、自分の口から出た言葉を、
考えた。
「──……、……」
目が、見開かれる。
刹那に惚ける。
一歩、引くのが遅れたため、
炎の魔人との距離が、
その分、縮まり。
声が、届いた。
『────マモ:ラナキャ……』
そんなはずは、ないと。
ヒキハは思いたかった。
そんな、
はずはないと。
「……ぁ」
ふたりは、離れていってる。
ヒキハは、気づいた。
自分は、
ギリギリ、
間に合っている?
「 ──そ、 」
だが、
離れていく。
鏡のように、離れていくのだ────。
『──マモ:ラナ:キャ……』
「 そん、な…… 」
〘------コロ;サナ;キャ……〙
「ゥ、ウッキ、ゥキャー……!」
黄金の装甲から、
炎が、噴き出ている。
歩く、炎の化身。
ヒキハは言う。
語りかける。
「アンティ……、私です、よ……」
『──タオ:サナキャ……』
──ごぉぉおおおおおお・・・!!!
剣を持つ手に、
力など、入らなかった。










