聖女の出陣 前編
ふにゃふにゃ……ふ! ふにゃふにゃ!
ふにゃふにゃにゃ……。
+ ∩ ∩ にょきっとな!
●(ฅ˙꒳˙ฅ)●
夜の書庫。
聖なる衣で、
本を解く──。
「ふぅっ……! アミ・ミュステル……あみ、みゅすてる……。ありませんわねぇーっ……!」
──パタンっ。
夜の教会の、古い紙香る大きな書庫で。
すっかり冷めてしまった紅茶を、
わずかな苦味とともに、のどに流し込む。
今はギルドマスターとしての服は脱ぎ捨て、
透ける乳白色の淡いヴェールを身につけている。
まぁまぁ、私を聖女っぽく魅せるかもしれない。
ものすーごく、だらけまくってるけど……。
「……しまった。まーた、こんな時間ですわぁ。ほぁーっ」
ひじをつき、自分の腕を枕にして、
机の上の分厚い本に、息をかける。
夜更かし聖女なんて、なんてフシダラな。
ま、普段から夜通し読書はしていますけど?
「ふぇー……。久しぶりに、ガッツリ負け戦ね……」
まだ13歳とはいえ、
聖女としての知識量は、
自信があったんだけどな……。
調べ事で、ここまで成果が無いのは久方ぶり。
はー、つかれた……。
「闇の魔人が言っていた言葉……あぁぁぁぁ。"アミ・ミュステル"って、いったい何なのよー……! ふっへほぁーっ」
民衆や冒険者れんちゅーには、とても見せられない顔で、
机に頬を押し付けて、ふにゃふにゃ奇声を発す。
しかし……本当にわからない。
"魔術の名称"? "場所の符号"?
それとも……やはり、"誰かの名前"──?
これだけ調べているのに──……。
「……いや、お姉さま方は、確かに敵が──"様"づけで呼称していた、と言っていましたわ……。闇の魔人が敬う存在……? うぅーむぅん……」
固有名称であるのなら、
この"聖女たちの書庫"の何処かには、
記載があるだろうと、タカをくくっていたのに。
結果は惨敗。
山のような本の中から、
たった一行を見逃しているとは……、
思いたくないわね。
絵本の主人公たちが、もたらした、
"偶然の先手"────。
そのような気が、してならない。
「……本当に、闇の魔人を、倒して──……。はぁーっ、こーいぅ時に審議官が居れば、便利なのですけれど……」
夜にバカみたいに目が覚め、
休憩がてら、私は考える。
あの二人は……本当に、何者なのだろうか。
「……まざー・れいずの、オキニーリでしょ? んで、ひげいど・ざっぱーの、オキニーリで……。おうさまも、おうじょさまも、オキニーリで……。プレミオムズにも溶け込んでて。そして、私も、お気に入り……と。ふむー」
自分で言っていて、思う。
はは、いったい、どーなってるの。
あれだけ、好かれまくってる二人組はいるだろうか。
しゃべってると毒気を抜かれるけれど、
どーも、戦闘力、メチャ高そうだし……?
や、夜の戦闘力もメチャクチャですが……♡
あぁ……おにぇえさまぁぁあわわわ♡
てぃてぃ……♡ てぃてぃですぅぅぅぅ♡
おぅっと、ヨダレでりゅ……。
闇の魔人ごときにゃ敵わない、
無敵の絵本の乙女ペア────……!
「……いやいやいや。冷静に考えて、Gランク冒険者とか、ぜったいウソだ。息抜きに、ちょっと調べてみよっと……」
私のギルド水晶球は、
折りたためる弓に、
装備する事ができるタイプだ。
就寝する時は、必ず弓に装備した状態にする。
もし、とっさの襲撃などがあった際には、
持ち運びながら、
ギルドマスターとしての指示を出しつつ、
聖女の能力も使えるからだ。
まるで、杖のように変形した弓。
その先の球体に手をかざし、
あの素敵な、義賊と狂銀の事を調査する──。
「──"検索"。アンティ・クル──……」
──コンコン。
「──るぅ?」
ノックに我に返り、
どうせ、それはモナリーしかいない。
返礼する。
「……入りなさい。どうしたの? こんな夜更けに」
「──! リビエステラ様……! まだ、起きてらっしゃいましたか……!」
「へぃへぃ。用件は? 何かあったの?」
「ぁの……。大変、申し上げにくいのですが……お客様でございます」
「──! お姉さま方ですのっ!?」
確かに、お姉さまが来たら深夜でも起こせ、と、
モナリーには伝えています。
おぉ……よき従者よ。
聖女は、感動した。
好きな同年代の女の子とかいないのですか。
「それが……審議官第一席、エコープル様なのです……」
「……!? エコ……。"エコープル・デラ・べリタ"──……!?」
けっこうビックリしたかもしれない。
あ……あの、ピカピカキッズが、
こんな……深夜に、聖女に会いにきた……!?
「……護衛は? プレミオムズの誰かが?」
「それが……お一人なのです。うさ丸とカンクル様が一緒でしたが……」
「ど──どうかしてるッッ!」
「ええ……。何やら、至急お伝えしたい事があると──……」
私は傍らの弓杖を取り、書庫を出た。
後を、モナリーが続く。
まったく、いったい何だっていうの……。
───"神官職"のドデカい派閥には。
大きく、3つがあると言っていい。
聖教皇や、マザー・レイズが属する、
国を創った偉人とされる、
──"聖王派"。
清き聖女を世界の意志とし、
神の祝福や運命を第一とする、
──"聖女派"。
審議局を中心とした、
聖なる心の在り方を重んじる、
──"聖心派"。
──この3つの"チーム分け"は。
聖職者の権力図の中でも、
"三聖"だの、"聖なる三つの柱"だの、
ベッタベタな名称で認知されている。
個人的には残念なことに、
この"偏った三つの考え方"には、
それぞれ、けっこうな信者の方々が発生している。
この3つの聖なる思想は、
それぞれが、特に仲が良いという訳でもなく……。
どちらかと言うと、
派閥同士で腹の探り合いなどがあるのが現状だ。
"なぜ、アイツが偉そうにしているのか"。
一言で言うと、そういう思考を持つ者もいる。
──国を創るために罪を重ねた女。
──聖なる力を偶然持った田舎娘。
──人体実験と圧縮教育の副産物。
それぞれの一部の過激派は、
神職者とは思えない発言を、
堂々と皆の前で演説したり。
実に、めんどくさい……。
勝手に祀り上げられた身としては、
迷惑極まりない話ったらない。
あ、つまり……。
何が言いたいのかというと。
──リビエステラと、エコープル。
"聖女派"のトップとされている私と、
"聖心派"のトップになるであろう彼女が、
"一対一"、で会うというのは──、
中々……デリケートな問題だという事である。
あんまり関わりたくない相手ってこと……。
ヘタこくと、
派閥同士の諍いになりかねないし……。
しかも、こんな真夜中に……。
正直、とても複雑な心境だ……。
「はぁ……。マザー・レイズ……。わたし……。エコープル・デラ・べリタ。この3人が、本当に心から仲良しになる日は、まず……訪れないでしょうね。個人同士でならまだしも……"取り巻き"やら、"過激派"なんてものが増えると……ほんと、無駄な気苦労が増える一方だわ」
「そ、そのような……」
「ねぇ。本当に……護衛がいないの?」
「はい。それに……」
「?」
「大変、取り乱されております」
「……。急ぐわよ」
平和すぎて、
すっかり寝巻きになってしまった"聖女のヴェール"。
それに、夏の空気を含ませながら。
私は少し、歩幅をひろげて歩いた。
開口一番。
私はキツめに行くことにした。
「──ちょっと、あなた! こんな夜に護衛もつけず、いったい何のつもり──」
「──せ、聖女様っ……!! た、しゅけて、くだっさいっ……!」
「──ちょ……」
いきなり足に抱きつかれたので、面食らう。
私より小さな女の子が、
思いっきり泣きまくっていたからだ。
「にょわぁー……」
「くゆくゅ」
「あ、あなた……ど、どうしたの……?」
「──たすけてくださいっ! いま、たいへんな事が、起こって……いるんですぅ……! あのっ、くまさんに頼まれたリスクさんが、どうしても腰が痛くって、だから……私が行かなくちゃ、って思って……! それで……!」
「お──落ち着きなさい!」
エコープル・デラ・ベリタは、
私とよく似た、
高位な光系魔力を持った神官職特有の、
"淡い髪色"をボサボサにしながら、
乱雑に"真偽球"を首からかけている。
もしかしたら、
装備せずに来るかもと思ったのだけれど……。
その神秘の球体は……まるで光っていなかった。
少なくとも、ウソを言いに来た訳ではない。
「……今夜は特別です。話しなさい。何があったのですか」
「こっ……この街に、千匹の魔物が攻めてきます……!」
横のモナリーが息を飲み、
私も少し、言葉が出ない時間ができる。
この……審議官第一席は、今、何と言った?
「……何時の話ですか?」
「こ、今夜、です……! もう来ています!」
「今夜って……」
バカ言わないで……。
もう、深夜なのよ?
あなた、ソレ……現在進行形だと、
そう言ってるのよ?
「……何処で、そんな事がわかったの」
「あ! う! そのっ……!」
「あなたは……審議官、第一席でしょう。落ち着いて話しなさい」
「……!」
正直に言うと、派閥云々の話から、
この子とは、あまり深く話したくはない。
が、翻弄されるチビ同士、
共感しない所が無いわけではない。
私は膝を折り、目線を合わす。
涙の痕は、隠されていなかった。
「ぷ……プレミオム・アーツには、隠された機能があるんです。それを、クルルカンのお姉ちゃん達の、不思議なチカラで解除しちゃったんです……! すると、いきなりカニさんがいっぱい居ます! って表示されて……!」
「か、カニさん…?」
「くまさんが、デストロイ・クラブって魔物だって、言ってました……!」
「ちょ……ちょ、待って! そんなワケない……デストロイ・クラブが千匹……? バカ、言わないで……」
そんなもの、この街の防衛力で守れる規模じゃない。
子どもの戯言、と思っても、
無理のない内容だわ……。
──でも。
「わ、わたし……思うんです! プレミオム・アーツのパワーアップと、今回のカニさんは、無関係じゃないって……! わ、わたしとヒキハちゃんがっ、操作して……あけちゃいけない箱を、開けちゃったから……!」
「な、泣くのはおやめなさい! その真偽球、ホンモノですわよね……? なんで、光らないの──……」
審議官の言うことは、
基本的には全て真実である。
もちろん、真偽球装備が条件だが。
この状態でジョークを言うのは、
神でも難しい。
私は復唱して、考える。
「クルルカンのお姉ちゃん達……って、お姉さま方のことですわよね? お二人の不思議な力で、プレミオム・アーツが魔物を感知できるようになった……?」
「せ、聖女さま……! 考えてる時間は、あまりないんです! は、はやく、何とかしないと……」
「む、ムカッ! あなたねえッ! いきなり夜中に来たと思ったら、ワケのわからないことをっ……! あぁ、悪い冗談だわ……デストロイ・クラブが千体? 今、冒険者がほとんどいないホールエルなら、壊滅的な状況ですわねぇ……」
「り、リビエステラ様、ちゃんと真面目に、お話をお聞きになって差し上げてくださいまし……」
「ふわわぁ……なんですのー? お客様ですのー?」
「リビ様のお声で目が覚めてしまったですのー!」
「にょきっとな……」
「くゆー」
突拍子も無い話に、頭がついていかない。
今、魔物がここに侵攻している?
そんな……レイドクエストレベルの事だ。
目の前の涙目の子供に、どう返せばいいのか。
「あの……あなた。そんな、話には──……」
「──……!!」
私の言いかけの言葉で、
何かを察したのだろう。
エコープル・デラ・ベリタは、
涙目を溜めながら、何かを考えている──。
それはとても審議局のエースには見えず、
悲しんでいる只の子どもに見えた。
「……エコープル?」
「……っ!! 聖女様っ……! これ、見てください!!」
「……え?」
幼い神官は、突如、真偽球を手に取り、
私の眼前まで、掲げてくる。
「ひ、光っていないのは、わかります。ですが……あまりにも突拍子が──」
私の言葉は、次の瞬間、遮られた──。
──ヴォン!!
「え……?」
「──これが、証拠、です!!」
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▼▲▼▲▼ クエスト情報 ▼▲▼▲▼
残 799 / 1000
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何かの残数と、
この街の地図が、表示された。










