忘却おじさん 前編 しゃーしーえー
コミック版・第2話、
更新されてましたね!
神隠しの器に溢る泉は
赤の星を夢に落とすだろう
原作 「 はぐるまどらいぶ。 」
──眠っています。
私は、眠っているのです。
おかしくは、ありません。
だって、私は。
愛を、知っているのだから────。
『────ん──。』
──ギュムリ、と。
掴んだモノを見てみると。
それは、砂の地面でした。
『────……!?。』
跳ね起きます。
どうして。
何が……!
『────砂の……大地?。』
気づけば。
見渡す限りの、灰色の大地。
思わず、空を見上げます。
『────なん……。』
黒。
それは。
『────"宇宙"……?。』
黒い。
黒い、黒い、黒い。
なにが何だか、わかりません。
上半身を起こしたまま。
しばし、呆然とします。
──ふと、空の黒に浮かぶ、
綺麗なモノに、気づきました。
『────:あ……。』
蒼い……綺麗な、
サッカーボール。
『────……ち:きゅう……?。』
あれは、まさか……。
いや……ちがう、そんな……。
周りには、誰も、いません。
ギギ……という音がして、
自分の体を、見てみます。
『────! これ:は……。』
人、形……?
いえ……これは。
錆びついた機械のような。
ツギハギだらけの、ハガネの身体──。
『────バージョンが:おちている……?
────いや……:違う。
────この体は:知らない……。』
むき出しのモーター。
関節を繋ぐコード。
感覚の無い装甲。
『────アンティ……カネト……。
────どこ……。』
出力される、不安の感情。
ここは……? なんなの?
私は……。
『────!。』
気づきます。
くらい、くらい、そらのした。
足元の、灰色の大地に。
足跡が、伸びているのです。
『────ずっと:続いている……。』
不思議なことです。
まるで、私が寝ていた所から、
歩き出したかのような──。
ひとり分の、歩いた過去。
『────こっちで:いいの……?。』
静かな砂の海を、
私は歩き出しました。
ギギ……ガチャ。
ギギ……ガチャ。
ブゥゥゥウウンン……。
初めてアンティと会った時のボディでもないし、
カネトに愛してもらったボディでもありません。
もうすぐ壊れてしまいそうな、
私の知らない、原初のボディ。
歩く、という行為が、
私に、考えさせる。
ヒントは、
見覚えのない、私の道標だけ。
『────落ち着け……。
────落ち着くのです。
────ここは:たぶん箱庭でしょう……。
────なにか:また:不可思議な現象が:
────起きているに違いないのです。』
この、砂と岩の星には、
私しか、いないのでしょうか。
空に浮かぶ星は、それでも綺麗です。
ですが……こんな所で、
機械のカラダで、
ひとりぼっち。
私は……さびしさを吸い込みます。
『────違う:違う……。
────足跡が:続いているもの。
────道標は:ある。
────弱気になっちゃ:いけない。』
柄にもなく、気弱になりながら。
砂の足跡を、たどる。
たどる。たどります。
その足跡は、全てのサイズが。
私のボディのものと、まったく一緒です。
『────ここは……:
────"月"……なのでしょうか。』
世界で初めて、
この場所に降り立った人も、
こんな気持ちだったのでしょうか?
『────私は"太陽"を司るはずなのに。
────は:は……。
────まったく……おかしな話です──……。』
さびしさに、独り言が、
引きずり出されながら。
わたしは、進む。
進む、進むのです。
ふふ……"当機"から、
"私"と呼称するようになってから、
ずいぶん、時間が経ったようにも、
感じます。
ザクザクと、砂の上を。
追いかけていきました。
『────! 光……。』
そして、わたしは。
たどりつきます。
『────:……ぁ。』
黒い空の蒼い、星の下。
灰色の荒砂の、星の上。
そんな場所に、ポツンとある──、
『────"お家"……?。』
月の地面は、なんとも殺風景な所です。
いや……本当に月かは、分かりませんが。
そこに、まるで似つかわしくない、
木で出来た、
ログハウスのようなものが建っています。
絵本に出てきそうな、
煙突つきの、可愛らしい、お家です。
『────:むむぅ……。』
煙突からは、ほわほわと湯気が出て。
窓からは、暖かいオレンジの光が、
漏れだしていました。
さびしい砂の大地の中で、
それは、少しホッとする輝きです。
『────ば:場違い:ですね……。』
足跡は、真っ直ぐその小屋に向かっています。
他に、ひとっ気を感じるものはありません。
……訪ねるしか、ないのでしょう。
ゴブリンがでるか、
スネイクがでるか。
『────まん丸の:うさぎさんでも:
────住んでいれば良いのですが……。』
機械仕掛けの足が、
引っかからないように、
ドキドキ、不安になりながら。
木で出来た入口の階段を、登ります。
カツン、カツン、カツン。
──ギコ。
『────……。』
迷いましたが、
ノックをする事にしました。
コン、コン。
……。
……。
コン、コン……。
……。
『────どなたか:いらっしゃいませんか。』
……。
このような場所では、
時間は、とても長く感じます。
どうも、弱ってしまった私は、
ガラス窓のはめ込まれた、
木の扉を、勝手に開けることにします。
手首のマニピュレーターが、
実に、ぎこちなく動きました──。
『────失礼:します……。』
ガチャ──……リンリンリン──!
ドアには鳴り子が付いていたようで、
思ったより、明るい音がして。
入ってすぐ、
中にいた人と、目が合いました。
『────……っ!。』
「!」
『────……。』
「むむっ?」
『────ぁ:あの……。』
「おや! これは驚いた!」
月のログハウスの中にいたのは、
ひと言で表すのなら────、
" ふとっちょおじさん "
……という感じでしょうか。
だ、誰だ、この人……。
『────ぁ:あのぉ……。』
「やぁやぁ」
丸メガネをかけた、黒寄りの茶髪。
口元を隠す、ちびっとした、おヒゲ。
ジーンズ生地の、お腹まであるズボンから、
パンパンの肩に、かけ紐が伸びています。
オーバーオール、という服でしょうか……。
横ボーダーのピチピチのシャツを着て、
そのおじさんは、壁際の机に向かって、
何かを書いていました。
私は……このような人物を、
知っていたでしょうか?
『────あの……:突然すみません。』
「ははは、いらっしゃい♪」
微笑む、ほっこりふとった、おじさんは、
悪意は……無いように感じられます。
木のログハウスの中は、
暖炉の火と、お洒落な敷物で、
思ったよりも、
ずっと良い印象の内装です。
いよいよ、私は混乱しますが、
このまま、"まわれ右"は、
しない方が良いでしょう。
「どうぞ、おはいんなさい♪」
『────ぇ……。』
──カトン。
メガネの、ふとっちょおじさんは、
自分のいる木の机の横に、
小さな木製の椅子を置いてくれました。
『────……で:では……。』
土足で恐縮ですが……じゃなかった。
私は、今、機械式だ。
どうしようもないですね。
……あがるとしましょう。
「どぅぞ、どぅぞ♪」
『────ぉ……お邪魔:します……。』
優しそうなおじさん……、ですが、
いや、ほんと誰でしょう。この人……。
でも、何やら断れない雰囲気に押されながら、
おじさんの隣の椅子に、座る事にします。
ひざ裏のピストンパーツが、
ふしゅう、と、音をたて、縮まります。
ちゃんと、手はひざの上に置くとしましょう。
「ふふふ、まるでピノキオだね?」
『────……。』
「こりゃあ失敬。ああ、お茶は飲めるかな?」
『────えっ:いや……。』
このボディで、紅茶は……。
あれ?
香りが、わかる……?
「今は、これしかなくて。すまないね」
『────……:……。』
トポトポと、つがれる紅茶。
……いや、今は時間稼ぎが大事です。
何か、箱庭システムの異常なら、
他の誰かが、復旧を試みるはず……。
少なくとも、私にメモリー障害は、
今の所は……無いように思います。
私は、このおじさんを見張るとしましょう。
しかし……うーん、この人、誰でしょう……。
「はい、どぅぞ。まさか、君が訪ねてくれるとはねぃ!」
(──コトン)
『────! 私を:ご存知なのですか?。』
紅茶を入れてくれたおじさんは、
「え?」という顔をしました。
「ご存知……って、君から会いにきてくれたんじゃないか」
『────いや:あの……。
────そもそも:月に御在宅の方に:
────知り合いなど:居ないはずなのですが……。』
「ええっ? ……?? 月、だって?」
『────はい。
────あの:そ:外が……。』
「外?」
ふとっちょおじさんは、
ギシリと、椅子から立ち上がり、
シンプルな木の枠の窓から、
外を見ます。
「──! こ、こりゃあ……!」
『────き:気づいて:
────いらっしゃらなかったのですか。』
この方も、外があんなだとは、
知らなかったようです。
しばらく見ていると、
おじさんは、笑いだしました。
「──はっはっは! なるほど、そういうことか! ははぁ……こりゃあ、僕……ホントの僕じゃないなぁ……」
『────え……?。』
はっはっは、と軽快に笑うおじさんを見て、
私は、いよいよ意味が分かりません。
無意識に、落ち着こうとしたのでしょうか。
私は機械の身体で、
紅茶をすすってしまいました。
──す。
『────! 味が:する……?。』
「──む! 待てよ……? てことは君、今……けっこうワケわからない状態じゃないかい!?」
『────ぇ。
────は:はぁ……。』
おっしゃる通りですが……。
「ぁ、あー! な、なるほどなぁー……! 参ったな。え、えーっと……!」
む、むぅ……?
悪意がある方には、やはり見えません。
何を戸惑っているのでしょうか……。
しかし……このボディで、
紅茶の味が、分析可能とは……。
こんな、オンボロなのに……。
「あ、えーっと……かなりー……不安、だよねぇ?」
『────……それなりに。』
「よ、よし。説明するよ!」
『────! ……" 説明 "?。』
オーバーオールのおじさんは、
慌てて椅子に座り直し、
私を丸メガネごしに見つめます。
紅茶は中々に美味しく、力が抜けます。
私は集音装置に集中しました。
「えーっと……何から言えば……。ぁ。まずは、安心してほしい。恐らく、これは君の夢の中だよ」
『────! "夢"……ですか?。』
首を傾げると、肩との接続部が、
キリキリと、いいました。
「──ああ。現実の君は、眠っているんだと思う。たぶん、何かの拍子で弾き出されちゃったんだよ」
『────はじき:だされた……??。』
どういう意味でしょう……?
「あ! いや! 今の表現は、逆に分かりにくかったね! 忘れておくれ。これはね……えーっと、君の持って生まれた重要な機能の、弊害の一つなんだ」
『────……!。』
"弊害"──?
生まれ持った、機能?
「だから、大丈夫。みんなと同じさ。そのうち、ちゃんと元に戻って──」
『────弊害:とは?。』
「へ? あ、いや……」
『────あなたは。
────今:私に……"生まれ持った弊害がある"。
────そう仰いました。』
「あ、こりゃあ失敬……」
『────……説明:していたきたいです。』
「え"……。そ、その……。そこ、知りたいってこと?」
それは……そうでしょう。
とても気になるのですが。
『────:じぃ────────……。』
「あ──……うん。じゃあ……。いや、僕の立場で説明するのって、なんか複雑だなぁー」
『────? ……??。』
このおじさん、何なんでしょうか……。
おじさんは、自分の紅茶をひとくち飲みます。
パンパンの腕で、カップは机に置かれます。
カチャ……。
「ふむー。いいかい? 君が開発される当初、一番 重要視されたコンセプトは──"人間を理解する"事だったんだ」
『────!!!。』
い、今、なんと……ッ!?
私の驚きは綺麗に流され、
おじさんは続けます。
『────急になん──……。』
「ちなみに、これは外見の話じゃないよ? いやっ、もちろん外見も、ヒト型にはしたけど……そーゆー話じゃなくって。つまり……"ココロ"のモンダイだ」
『────な:何の──……!?。』
私の……"開発"──!?
こ、この人は、何を言ってるの!!
「まぁ、聞きなさい。君のベースになったのはね……──"魂の器"という概念が、事象化した存在なんだよ」
『────たましいの:うつわ……?。』
私の両肩のサスペンションが、
だらりと脱力するのを感じました。
「ああ。財団が一度、コテンパンに解体されそうになった時。当時の左翼派はもちろん、オーパーツの存在なんて信じちゃいなかった」
『────……:……。』
「彼らは保管方法を徹底されていた"それら"を一箇所に集めて、処分しようとしたんだよ。いや、まったく危ない話だよねぇ……。ま、実際に危なかったんだけれども」
わからない点が、わからない……。
……聞くしか、ないかな。
『────私の:ベース……とは?。』
「……うん。"魂の器"は、絵画だったとも、陶器だったとも言われてる。ごめん、最初の状態は僕も、あんまり知らないんだ」
『────……。』
「それが、他のモノと、一箇所に集められた時──。偶然、何かの拍子で、それらが──"噛み合った"」
『────噛み:合った……?。』
「ああ。そして、君のベースとなる入れ物が、こっち側に出来たんだ。ずずーっ……」
紅茶を少し含んだ、おじさんは。
懐かしそうに、小屋の天井を眺めました。
「──偶然か、奇跡か。それは、見事な空っぽの脳みそだった。僕たちは……ずっとソレを求めてた。でも……現光体が開発されるのは、まだちょっと先の話。魂の器は出来たけど……ボディの開発は、困難を極めた」
『────……。』
「試作5号機までは……本当にヒドイ失敗をしたんだ。3号機の時は……チームにもラボにも、かなりの損害が出た。"器"と"肉体"は、完全に拒絶し合っていたからね……誰もが、肉体の方が不完全だと、思い込んでいたんだ」
『────……:……。』
「でも……誰もが諦めかけた時。財団の博士の奥さんが、"忘れる"という機能をつける事を提案した」
『────……!。』
わす、れる……?
「不思議な発想だろう? 僕たちはスピリチュアルなんて信じちゃいなかったけど……その時は、藁にもすがる思い、ってヤツだったんだ。でも、やってみるもんだね。6号機は……初めて"器"と"肉体"の定着に成功したんだ──」
『────……。』
「奥さんは言ってたよ……。人は忘れなければ、次へ進めない時がある。全部覚えていたら、悲しみにも、憎しみにも勝つ事はできない、ってね……。奥さんは、実験中の事故で旦那さんを亡くしていたから……余計に重みがあったんだ」
『────……忘れる:機能……。』
「ああ、クラウン。もう分かるね?」
『────私の:忘れた記憶……?。』
「うん。ここは──君の"忘却フォルダ"さ。君が、忘れてしまったデータの世界!」
『────"忘却"……。』
忘れた記憶の、つくった世界……?










