チラリズムとゴリラの信念
「あら……何で私、謝られたのかしら?」
サルサさんが、優しい声で、答えてくれた。
"話してごらんなさい"と、言ってくれているような笑顔は、サルサさんが大人で、私が子供だっていう事が、よくわかる表情だった。
「私……手紙を汚してしまったんです」
「よごれ……? あ、この、封筒のこと?」
そっと、封筒が持ち上げられる。
「少しだけ、汚れているわね。私を運んでくれた時に、泥が跳ねたのかもしれないわ」
「ち! 違うんです……それは」
────金色の手を、ギュッと握りしめる。
「完全に、私の、不注意でした……。絶対に汚さない方法があったのに、私は、それをしなかった……」
「…………」
────仮面ごしに、はきだす。
「それが、くやしいです。悲しいです。少しの油断で、大切なものに、傷がついた事が。とても、悔やみきれません……」
こんなふうに、初めて会う人に、謝るのは、初めてだった。
言いながら気付く。
謝るって、すごい、勝手なことだ。
これは、どうやっても、自分のためにする事だ。
相手のために、する事じゃあない。
自分の反省を伝えるための、
自分の許しを乞うための、
自分勝手な、行動だ。
こんな、こんなのは、嫌だな。
自分が耐えきれなくて、謝るんだ。
ああ、なんて、情けないんだろう。
そんなふうに、考えていた。
自分は、バカだなぁと。
でも、目の前の2人は。
何故か、とても嬉しそうに笑った。
「ふふ、おんなじだ……」
「ああ、まったく同じ事を言ったね!」
「ふふふふふ! ふふふふふ────!」
「へ?」
サルサさん、けっこう、大爆笑である。
なんでやねん。
わっち、けっこうまじめに、あやまったがな。
「────ふふふっふふ! ふふ……ふぅ、ご、ごめんなさい」
なんか、爆笑の仕方も、お淑やかな人だな……。
「まったく同じ事を聞いたことがあってね? とてもおかしかったの」
「お、おかしな内容でしたか?」
悔やみきれませんっつったんですよ、私……。
「あはは……えっとね、言ったの、ゴリルなの」
「え……!?」
ゴリルさんが、今のセリフを……!?
ど、どんな状況で、あんな……
想像つかん……。
「う〜ん……そうだな。見せたほうが、早いかな?」
「おいおい、あんた……」
「はい?」
シュルルルル……
「はい!?」
え、ちょ! サルサさん! なんで肩のヒモを解くんですか!?
その服だと、ペロって脱げちゃいますよ!!
「えいっ」
「ああっ!」
そら、いわんこっちゃ……え……
「…………」
「……けっこう、ヒドイでしょう?」
言葉が、でないことは、ある。
────サルサさんの、左肩から左胸。
大きく、削り取られていた。
「……みて」
サルサさんが、右手を持ち上げる。
すると、小さな光が、手のひらに集まる。
キュァァ……!
これって……!
「……"回復職"!」
「そう。私、"白魔道師"だったの。へぼかったけどね。でも、この傷がない時は、もう少しマシだった」
「…………」
「難しい言葉で"流路"って言うのかな? "魔法の通り道"。これが、私の左手は、全部、切れちゃったの」
あれは……痛い、とかじゃ、言い表せなかったろうな……。
「昔、駆け出しのゴリルと私は、同じパーティーだった。17歳くらいだったかな。剣技職と回復職。今考えると、極端な組み合わせだったわ」
サルサさんも、冒険者だったんだ。
「冒険者を始めて、1年と、半年くらいの時だった」
服を戻しながら、サルサさんが、語る。
「ある洞窟にね、調査依頼がでてたの。あんまり危険じゃないって言われてた」
洞窟……。
もしかして、迷宮、だったりしたんだろうか。
「その時は私達、金欠でね……思えば、私がけっこう足を引っ張っていたわ。戦えもしないし、少しの回復だけで。ゴリルが、いっつも前に出てくれて……」
「…………」
「当然、彼の剣の痛みは早い。やばそうだって、2人とも気付いてた。でも、どの店を回っても、私達が買える剣はなかった」
「あんた達は、昔から人に頼るのがヘタだったからねぇ……」
シマおばさんが、懐かしむように、言う。
「うん……。その時、意地を張らずに、ここに一度、帰ってきたらよかった。でも、私達は、"危険じゃない調査だから、大丈夫さ"、"剣も、何回かは大丈夫だろう"って、依頼を受けたの」
「それで……」
「結果は、ざまぁなかった。大きな甲殻虫の魔物でね。最初の一撃で、剣が折れたの。その時の音で、なぜか頭が殴られたような気がしたわ」
「…………」
「私、放心してた。バカだった。ゴリルが手を引いてくれたけど、私、つまずいてね。……少し、引っ掻かれちゃった」
少し、とかじゃ、ないでしょソレ……。
「目の前が眩しくなると、泣いてるゴリルがいたの。ここだった。今の私みたいに、ベッドにいてね? あのゴリルが、小さく、まあるくなって、横に座ってたの」
「そん時ゃ私もいてね……荷台車でサルサを運びこんだ後だったんだ……」
「1週間も寝てて、声はかすれてたけど、言ったの。"そんな顔しないで"って……そしたらね?」
「…………はい」
「"完全に、俺の、不注意だった……! 絶対に守る方法があったのに、俺は、それをしなかった! ……それが、くやしい! 悲しい! 少しの油断で、大切なものに、傷がついた事が!! とても、悔やみきれん……"」
「う…………」
……ほとんど、おんなじだ。
「……バカだね。私が突っ立ってたのが悪いのに。すぐに逃げれば、全てが上手くいったかもしれない。それなのにね……」
そんな事が、あったのか……。
ゴリルさんが、私にあれだけ突っかかってきたのは、この事が、あったからかもしれない。
私は、まだ15のガキだ。
────"お前みたいなのが、立派に冒険者やれるほど、俺たちの世界はあまくないぜ"────
……そりゃ、そうなっちゃうよね……。
「それからずっ────と、ゴリルは、ゴーレムしか、狩らないの」
「え……! そうなんですか?」
「ええ。ふふ、何故だかわかる?」
「え……と?」
な、なんで?
サルサさんを傷つけた、甲殻虫の魔物じゃなくて?
え? え?
「……ブゥ────!! 時間切れ〜〜!」
「ぐぅッ!」
この人、おちゃめだな!
「……正解はね? "新人冒険者に、安く、剣を売るため"」
「!!!」
剣を、安く……あ。
「売ってました……」
「え?」
「ゴリルさん……剣、ギルドで、いっぱい」
「あんのバカ!! やっぱりまだやってたか!!」
「あらら、やめたって聞いてたわ」
「え……あの」
やば……ごめん、ゴリルさん、なんかバらしちゃった。
「まったく、てことは、まだあの小汚い革鎧を着ているね……」
「あら、ゴリルは鎧をとても丁寧に扱うわ。まだ大丈夫よ」
「だからってねぇ……あんたも旦那の稼ぎが減るのは困るだろうに!」
「いえいえ、ちゃんと貰う所はもらってます」
おぎゃ──────!
「おっと! "パンジー"が起きちまった!」
「"ぱんじー"?」
「サルサの娘ん名前だよ! ちょいと隣の部屋に行ってくるよ!」
「すみません、お願いします」
「いいんだよ! 昨日の今日だろ!」
バタバタと、シマおばさんが部屋を出ていく。
……そっか、ゴリルさんが、あの鎧で、剣を売り続けるのは、そんな理由があったのか。
自分と同じ思いをしてほしくないから。
新しい冒険者の命を守るために。
……そっか、すごいな、"立派な冒険者"って。
────ぽんぽん。
「あ……」
頭を、撫でられている。
「──そんな、落ち込まないの。確かに、この封筒は汚れてる。でも、確かにあなたは、届けてくれたわ」
「!」
「クルルカンさん? 封筒は剣技職! 手紙は回復職!」
「え?」
な、なんですと?
「封筒は、中の手紙を守りきるの。色々な衝撃や、汚れから。そして、手紙は、読んだ人に、癒しを与える……」
「…………」
「"封筒"は"封筒"の役目を果たしたのよ。だから私は、想いがこもった"手紙"を受けとめられる」
「……何かの、ことわざですか?」
「うんうん? 今、私が考えた!」
「はは……」
「あ、でも、守るなら、剣技職より、重盾職のほうがいいかな? ふふ」
この人、やっぱり、おちゃめだ。