絵描きたちに祝福を 前
一応、言おう……。
前話、読んだき?((´∀`*))
いくら私が食堂娘で、
クルルカンで女の子を好きになったからって、
精神の回復は必要だ。
15歳4ヶ月で、
何処ぞの知らない大司教にケツを叩かれ、
変わった衣装を与えられた私の目覚めは、
この美しい朝だけではリカバリーは難しい。
お城から抜け出せた後、
何とか隠しきったギルドカードを神官服から抜き、
路地裏で一瞬パンツいっちょになり、
あまりダメージを受けないハートに愕然としつつも、
すぐさま、絵本のヨロイを身につけ、
胸当ての裏側にセットする。
目の前には、
私と同じく絵本から抜け出した、
ポカンとしている呑気な狂銀がいた。
多分、私も同じような気の抜けた面だろう。
「……」
「……」
昨日はドンチャン騒ぎだったらしく、
王都の石レンガには食いかけの串肉や、
何かオカズを包んでたであろう葉っぱやらが、
ふりかけのように散らばっていた。
お掃除をしてあげてもいいが、
それでは絵本のお話としては落第点だろう。
明日の月イチ試験の事を考えるなら、
すぐにでも地元に戻った方がいいが、
体力だけはある身体に、
心労がマッチしていない。
王城で朝食を食べる気分ではなかったし、
つまり……私たちには、少々の気分転換が必要だった。
「お店……とか、開いてるかな」
「なんか、どこも閉まってそう……」
どうみても夜の内にパワーを使い切った王の街は、
いたる所で、まるで泥棒に入られたかのような、
閑散とした店の佇まいを醸し出している。
例えばそこの酒場では入り口にハラを出した、
小太りのおじさんが挟まって寝ているが、
それを放置してる時点で、
中の店員も同じ状態だと予想がつく。
「祭りの後……って、こんな感じなんだわ」
「あそこのオープンテラスも、死屍累々だよ……」
いや、不気味なわけじゃない。
むしろ、平和的な光景だ。
あれだけの雨の夜に、
この人たちは王女さまの誕生日を祝い、
外で酒瓶片手に歌と料理でも楽しみながら、
木のテーブルの上で仲良く眠ったのである。
あれだけ食べたのなら、干物にはなるまい。
問題は、仮にも麗しく繊細な乙女である私たちが、
それを見ながら、くつろげないということである。
「くそぉ……クルルカンとオクセンフェルトが、お茶できる所は何処にあんのじゃ」
「見た目で騒がれなくていいのは良いけど、なんか、すごい……酔いつぶれてる人ばっかりだね……」
平和を愛する義賊と狂銀は王都を軽く徘徊し、
こりゃもうあきらめて実家に帰るか、
と思った時。
白い布で張られたテントが集まっている所を見つけた。
なんだろう、と近づくと、どうやら屋台のようだ。
「……机と椅子があるわ。ちょっと休んでく?」
「テントで見た目が隠せそうだね」
テントというか屋根っぽい張り方で、
座り込んだ私たちの眩しいブーツとヒールに、
朝日が少しかかり、キラキラと反射する。
たぶん、このテーブルの下は世界で一番明るい場所だ。
「にょおう」
「かんっ」
うさぎとおおかみ? が眩しさに耐え切れず、
テーブルの上にあがってくる。
何かが丸ボディに当たって倒れ、それを見ると、
小さな卓上のメニューボードだった。
「……コーヒーセット、っ! しめた!」
「紅茶あるかな!」
どうやらカフェの屋台らしい。
こいつぁ、ついている。
テント屋根で外からヨロイを隠せる事もあり、
一服する気はマンマンだ。
「す、すみません」
「……はーい」
眠そうな女性の店員さんが来て、
一杯ずつの紅茶と、ハーフトーストを頼む。
マイスナと私で、一枚分になるけど。
「ふぁぁ……変わった仮装ですね?」
「はは……よく言われます」
どうやら仮眠をとっていたらしい、
早朝のウェイトレスさんはフワフワしていて、
義賊と狂銀の逢瀬には、もってこいの状況だ。
木のテーブルと椅子は、よくよく見ると可愛い。
うん、野外カフェにしては、お洒落な所だ。
「こんど、ゆっくり来よう」
「アンティ、また王都くるの?」
「う」
プレミオムズの集会は、またあるだろうし、
いや……今は考えるのやめよう。
「心労反対」
「みーとぅー」
心と身体が繋がった怨敵は、
お互いに空気が読めるのか、非常に居心地がいい。
紅茶とトーストは、シンプルな朝食セットだった。
ハムとエッグが乗ってるけど、スクランブルじゃない。
絶妙な焼き具合のバタースモークの目玉焼きを、
トーストごと半分こにカットしてくれたのが、
かなり点数高い。対角線で切ってるのも、
三角形でおしゃれ。
言ってしまえば、
カフェって雰囲気を楽しむトコロだ。
美味しくて、お洒落な空間。
そういう意味で、このお店は大満足だ。
「パリッ……うんめぇー!」
「はむっ、〜〜♪ 〜〜♪」
「にょわー……」
「くむくむ、もひゅもひゅ……♪」
セルフ栄養補給できるカンクルとは違い、
うさぎの勇者だけ、ひもじそうにしてたので、
ナナナ油であげたニンジンチップスを出してやる。
店内に持ち込み禁止かもしれないが、
こちとら義賊だ、それくらい許してほしい。
「パリパリパリ! にょむにょむにょむ……」
「あんたも、何とか鍋にならずに済んだわね……」
「ごくん。にょきっとな……」
美味しいハーフトーストは、
すぐさま乙女の胃袋へと消え、
紅茶の香りは少々仮面に揮発し、
心の落ち着きを取り戻させる。
「「…………はぁ」」
同時にため息が漏れ、目を合わす。
「……、どんだけ同期してんのよ」
「……、そっちこそ」
色んなことが、あり過ぎた。
「……はぁ〜〜〜〜〜……」
「アンティ、机けずれるよ」
カップを、すっ飛ばさないように、
テーブルに突っ伏した。
仮面を摩擦しなければ、大丈夫よ……。
「……終わった……」
「……何が?」
「プレゼント渡し」
「そっちか」
「へ?」
「いや……人生とか」
「や、やめなさいよ……」
「私、いつでもアンティと心中できるもん」
「……」
「ごめん、今のは私が悪かったです」
「……、……」
言い方は悪いんだけど、
ぶっちゃけ……こちらも同意見なのである。
机の上の、銀色の手を握った。
金色の手と擦れ合い、ギキリと、
金属の削れ合うような音がする。
私の手のひらの装甲には「〒」のマーク、
彼女の方には、「⚡︎」のマークが付いている。
異世界メンバーいわく、
「割れ物注意」と「サンダー」のマークを、
掛け合わせたような意匠だそうだ。
「マイスナの手のひら、電撃のマークなんだって」
「私も、アンティのガントレットの方のマークにしようかな」
「流体金属ってカタチ変えられっから、ズッコイわよねー」
「アンティも、その気になれば使えるもん」
「そーかもしんないけどさー……」
……ん。
野外テントカフェには数名の先客がいて、
全員寝てると思ったけど……。
角の席の子供は起きているみたい。
チラチラとこっちを見て、何かを……描いている?
マイスナも気づいたようだ。
「……」
「……」
カフェのお洒落な雰囲気に浸る、
女の子に水を差す行為はNGだ。
帽子を被った、ユータよりかはでっかい男の子だ。
相手はひとりだけっぽかったので、
その……ちょっと気が大きくなった。
「「……」」
こくん、とマイスナが頷いたので、
タイミングを合わせ、一気に少年のいる席まで、
駆け寄り、座る。
────キンギンキンギンキンギン!
──ドキャン!!
「──う、うわわぁ!」
カフェの違う席に座っていた、
義賊と狂銀の格好をした女がいきなり来れば、
当然、男の子はこういう反応になる。
「こぉ────らぁ。何、勝手に描いてんだー」
「ご、ごめんなさい……!」
「チェックします」
「えっ……!?」
筆墨と厚めの紙束を持っているのは明白で、
私とマイスナの無言の圧力に負けたのか、
帽子の少年は、ゆっくりと、
描いているノートをひっくり返した。
「……、……」
「……! へぇ……」
「わぁー」
私とマイスナの絵が、ラフスケッチされている。
油断していて、マントやらドレスやらは、
はだけてしまっていた。
変態印のへそ出しヨロイの意匠は、
よくよく少年に観察されていたようだ。
見事に描かれている。
「あんた……絵ぇ上手いわね」
「合格です。このアンティは可愛いです」
「えっ、……あ、ありがとう……」
紅茶をもう一杯ずつおかわりし、
少年にもおごってあげる事にした。
「このカフェには、たまに絵を買ってくれる人が来てくれて。そんなに儲けはないけどね……でも、描いた絵を喜んでくれるのは嬉しいんだ」
「ふーん。他の絵も見ていい?」
「見せてー」
「う、うんっ……!」
幾分か緊張のとけた少年から、
スケッチブックを預かり、ペラペラとめくる。
「……綺麗ね」
「この風景、好き」
優しい絵で、画力もすごい。
試験で使う筆墨でも、使い方次第で、
こんな絵になるから驚きだ。
「ぼくは挿し絵屋になるのが夢なんだっ」
「「さしえや?」」
「うん! 文章は、出来事や物語を残してくれるけど、絵って高価だろう? だから、簡単だけどわかりやすい絵と一緒に文を届けるんだ。そうすれば、みんなはもっとわかりやすく想像したり、思い出したりすることができるから……!」
「……へぇ」
「すごいね」
眼が、キラキラしているわ。
「夢が、あるんだね」
「うん!」
かんなり、心の回復、進んだった感ある。
「うわぁ〜〜♪ こんな丸いラビットは初めて見たよ! 見て! 君なら一分で描けるよ! すごく簡単さ! 丸描いて耳!」
「に、にょきっと……」
「くゆくゆー!」
「うおっ、クリソツじゃないの」
「どうみても、うさ丸です」
「にょ、にょきっと……?」
不服そうな、うさぎの勇者を見ながら、
少し熱が抜けた紅茶を飲む。
「……! ここの、ホンット美味しいわねぇー」
「すっごい好き。ずっと飲める」
ぜったいに、いい葉っぱなんだけど、
めっちゃ飲みやすいわね。
クセが無いし、香り最高だし。
「そりゃそうだよ。
だってこの臨時店は、この王都一番の─── 」
「 ──き、きみはっっっ!?!? 」
──げッ。
ふりかえる。
テントカフェの厨房らしき場所から出てきた男性。
薄茶色の洒落たスーツパンツとベスト、
白いたくしあげたシャツに、2つ分けの茶髪。
「ま、ま、あ、あの時の、クルル──!?」
うわ────。ぜったい、
やらかした私を目撃した事がある人だ。
こういう時は、逃げるに限る。
テーブルの上に、
代価と同等のお金をばらまく。
──すぐに、立つ。
「──ヘイ、少年。また、どこかで」
「──バイバイ。アンティの絵、ごちそうさま」
「あ、はい……!」
「──な!? きょ、狂銀、も……!?」
「いくよ! うさ丸!」
「ごー、カンクル!」
「にょっきー!」
「くゆゆーっ!」
王都は、こわいトコロだぜっ!!
き・・・ぃぃぃいいんんん──・・・!
ギ・・・ィィィいいンンン──・・・!
「……て、店長、どうしたんですか!? いきなり取り乱して──……」
「バッ……! そ、そうか! 君は、あの火事の日はお休みだったから……」
「逃げちゃった……」
「……、ムッ!? しょ、少年……! そ、その絵は……!?」
「えっ……!?」
「ま、まさか……!! た、頼む……! それを、見せてはくれぬだろうか……!?」
「は、はい」
「ありがとう! おお……!! こ、これは……! 見事だ、あの複雑かつ繊細な軽鎧のデザインが、細かくデッサンされている……!!」
「え、えへへ……」
「それに、まさか、狂銀のパートナーまで存在していたとは……! ううむ、素晴らしい……! こちらのドレスのようなデザインも──・・・ハッ! そ、そうかッッ──・・・!!!」
「て、店長……!?」
「わざわざ運びださなくても……違う像を、もうひとつ造ればいいんだ・・・ッッ!!」
「あ、あの……?」
「──少年よ!! この絵を、私に売ってはくれぬだろうか……! この方は……先ほどのクルルカン殿は、私の多大なる恩人なのだ……礼を何度言っても、言いきれぬ方なのだ……!」
「……! じ、じゃあ、やっぱり……! さっきの女の人が、カフェから子供ふたりを助けたクルルカンなんだ……!!」
「ああ……そうともさ! この素晴らしいデッサンは、必ずや、あのアダマンタイト像の完成度を高めてくれる……!」
「ぼ、ぼくの絵が……アダマンタイトの像に……!?」
「ふ、ふふ、それだけじゃあない。削り出した金属は、まだまだ余っているんだ……! そして……ここには、もう1人のデザインも描かれている……!」
「えっ……!? お、おじさん! まさか、"狂銀"の像も造るの!?」
「この流れで──……、造らないわけが、ないだろうっ!!」
「わ、わぁー!! そいつは凄いや!!」
「──君っ!! 私に力を貸してくれっ……! この歴史に残るミッションには、君の力が必要だ……!」
「や、やるよ! 大丈夫、あのお姉ちゃんたちのヨロイは、頭ん中にバッチリさ!」
「この後、予定がなければ、すぐに本店の前に来たまえ!! 親方のデザイナーに会わせなければ……!」
「うわぁー! 行くよ!! そんなステキなこと、やらない訳がない!!」
「決まりだ!! よろしく頼むぞ、少年!!」
「うんっ!! ぼく、がんばるよ!!」
「あ、あのー、店長……? ホントにやるんですか……?」
「──ああ!!!」
「──うん!!!」
「いや……新装開店に合わせて、
義賊と……勝手に狂銀の像も造っちゃうとか……、
大丈夫かなぁ……」
────永く。
王都で愛されることになる、
この一対の少女像の製作には、
ある少年の功績が大きかったと、
当時の製作日誌に、記されている。
「手のひらはね……こうなってたんだ……!
仮面の溝はもっと、こう……!」
「やはり、片方はゴールドコーティング、
もう片方はシルバーコーティングだろうか!」
「いや、待て旦那!! あえてそこは同色のアンティーク調にして、一体感を出した方がだな……」
「ねぇ、おじさん! あそこの角は、もっと内側に寄ってたよ!」
「なんだって!? よぉし、ヒートランスを持ってこい!!!」
「ダメだ……へそが気にいらねぇ……! すまねぇ店長さんよォ、もういっかいやらしてくれねぇか……!?」
「もちろんだ……!!! どんどんやれぇ──っ!!!」
「て、店長……新店、出せなくなりますよ……?」
「──知るかッッ!!
稼ぎってのは、ロマンに使うもんだ……!!
人の記憶に刻み込むようなものを、
この手で造り出すんだ──……!!!」
「旦那……あ、あんたってやつぁ……!!」
「そこまで本気だってんなら……!
オレ達も、手は抜けねぇぜ──……!!」
──こうして。
恐ろしく精巧な、
アンティ・クルルと、
マイスナ・オクセンの、
7メルトルテの巨大立像が、
リニューアルオープンしたての、
カフェ・ド・ランドエルシエの前に、
おっ建つのである────。
「……ねぇ、エルミナイシア。あの像の計画、ぶっ壊したいんだけど」
「あらぁ、レイズったら。とても久しぶりにフランクに話しかけてきたと思ったら……それは無理です。あなた、クエストは取り下げさせたのでしょう?」
「ぐぐぐ……」
「あと、あなたヨゲンナに何したの? 白玉肉の料理を見るたびに、土下座するのですけど──…… 」
「知らなーい」
(`・ω・´)ゝ.*・゜










