断れないじょうず
やばい、着替えたい。
一度、汗をかきまくって、乾いている。
今、そんなに服に違和感がない。
この乙女の危機感を、わかってくれるだろうか……
「この状況に慣れてしまったら、女として終わる気がする……」
そんな繊細じゃないからな……私。
多分、知らない間に、服が2着くらいしかなくても、生活できるようになってしまう……。
それだけは、それだけは、避けねば……。
『────心配の意図が不明。』
「……"ま、いっか"って割り切って、合理的に生活しだすと、知らない間に男になってるかも、ってことよ……」
『────意味が不明。』
ええい、乙女の矜持がわからぬ王冠め。
一人暮らしなっても、"女の子らしさ"を捨てたくないのだよ……ぐすん。
「服屋! 服屋はどこ!」
『────内蔵ダンジョン情報に、該当:無し。』
「あたり前でしょ! ここドニオスよ!」
こんな中規模の街がダンジョン化したら、この世の終わりの始まりよ!
「うーん、地図とか、ないわね──……」
今、ドニオス街門から歩いて、少しした所だ。
人通りには活気がある。
ガヤガヤしているわ。
案内棒に、板で、お店の矢印が打ち付けられているけど、多すぎて探せないわね……。
『────案。宿を確保後、着替えを実行。』
「あ──……うん、すぐに着替えたい、とは言ったけど、ちょっと散策したいってのはあるのよ……服屋なんて、この前は行けなかったし。宿に着いたら多分、私すぐ寝るわよ?」
『────……。』
あによ。何で黙るのよ。
いいじゃない。
乙女のわがままに付き合いなさいよ。
いつも頭に乗せてあげてるでしょう。
結構、度胸いるのよ?
頭に王冠あるのって。
さっき門の所で、
「かわいい王冠だね!」
って商人さんに言われたでしょ!
超キョドったわよ……。
「……こりゃダメだ。どこかで場所をきこう……」
ドニオスひろい。
なかなかひろい。
けっこうひろい。
ただ、食堂の看板娘は、人と喋り慣れている。
見知らぬ人に、道を聞くなんて、割と余裕だ。
ふふん。
うーん、でも、これだけ人がいると、逆に話しかけづらいわね……。みんなバラバラに歩いてるし。
そうだ! この街のお店の人にきいてみよう。
ずっと街にいるから地理には詳しいだろうし、その場所で呼び止めても、そんなに迷惑にならない。
おお、我ながら名案だわ。
「お店お店……って、探し出すとないものね」
道なりにあるいて、大きめの広場みたいな所にでてしまっている。
……ドニオスは、宿屋以外は、教会しか行ったことないからなぁ。
お? あの建物……?
「おおきい……なんだアレ」
入口が、何本かの、白く大きな石柱で支えられた、遺跡みたいな外観の建物が見えた。
「もぅいいや。まずアソコできいてみよう」
「ここ……劇場だ……」
入ってびっくり。
外から見ると、白い石の遺跡みたいだったのに、入ると、床は高そうな赤の絨毯。天井にはシャンデリアや、高級そうな生地の飾りが、垂れ下がっている。
「ひぁ〜〜……」
食堂娘には、まるで縁がなかった場所だ。
思わず、キョロキョロしてしまう。
あ、あっちの扉が並んでいる所が、劇場に続くのかな。
壁には、演目のでっかいポスターが、いっぱい貼られている。
「"パートリッジの森の怪"」
「"ドニオス純愛紀行"」
「"黄金の義賊! クルルカン"」
あ、義賊サマは、ここでも人気なのですね……。
結局、私の持ってる仮面が本物かどうか、わかんないからなぁ……。
ポスターの仮面の方が、随分カッコいいし……。
『────告。ストレージ内の仮面より、憤慨の感情を察知。』
「きたわね、呪いの仮面め……憤慨って、どれくらい?」
『────ぷんすかしています。』
「それくらいなら無視よ。絶対に勝手に出てこられないようにしてね……」
『────受理。抵抗を開始。』
まったく……アンタがホンモノのクルルカンの仮面なら、堂々としてりゃいいのよ……。
うーん、どの人に服屋の場所をきこう。
あ、あの女の人にしよう。
女性のほうが、おしゃれ情報は多いはず!
「あの、すみません!」
「ん? あら、なあに?」
あ、感じの良さそうな人だ。
青い生地でできたドレスをきている。
「服屋さんの場所を、教わりたくて……」
「服屋? ……あぁ! あなたね?」
「へ?」
あなたっ、て?
「助かるわ! ちょっと待っててちょうだい」
スタスタ歩いていく、黒髪の女性。
軽そうな青のドレスが、きれいだ。
……じゃなくて。
「……何か嫌な予感が」
「────お待たせ、はい! これよ!」
「へ? ────うわ!!」
ドサッ。
いきなり渡されたのは、とっても大きな、生地の塊。
お、おもい……。
「な、何ですか、これ……」
「いや〜、これないってきいてたけど、助かったわ! はい、これ服飾屋の地図! 垂れ幕の貸出期間、ギリギリだったからねー! あそこの店主、変態だし、自分でいくのは嫌だったの〜」
「た、垂れ幕……変態?」
白金色の、大きな、ホントに大きな生地。
これ、劇場で使う、垂れ幕……?
そりゃあデカいはずだわ。
おっも……。
てか前見えない……。
「あの……」
「じゃあ、可愛いお手伝いさん! 返却よろしくね!」
スタスタスタ……。
行ってしまわれた……。
どうやら、今のお姉さん、劇場の関係者みたいだな……。
あ……これ、雑用押し付けられたわね……。
なぜ、私がこんな目に。
いや、服屋さんの場所は聞けたけど……。
「てか、こんなデカい布の塊、持って歩けませんん!!」
あと、変態な店主って、なんだよ。
『────仮面の鎮圧に成功しました。』