ロック・ラビット さーしーえー
タイトル変えました(◍´꒳`)b.*・゜
北の王凱都市である、パートリッジの街で、
雪解けの終わりに合わせ、
ギルド主催の復興イベントが行われていた。
ギルドマスター、ブレイク・ルーラーは、
ギルドの入口から、その様子を微笑ましげに眺めている。
「は〜〜い♪ まだ雨の日も多いから、気をつけるぴょん〜〜♪」
「ありがとうございます! ほら、ラメトも……」
「あ、ありがと」
あの黄金の義賊がもたらした、127箱もの資材。
その中の1箱に、うさぎの着ぐるみが含まれていたのだ。
ブレイク・ルーラーは肩を揺らす。
「ふんっ……くく、く。ヒゲイドのヤツめ。何の冗談であんな物を、と思ったが……よもや、子供たちへのアフターケアを考えていたのか……?」
もしそうだとしたら、
何故そんな心遣いができる男が、
まだ独身なんだと、ブレイク・ルーラーは思案する。
確か、ヒゲイドは今年、35か、6くらいだ。
そろそろ嫁さんを貰ってもいい頃だが。
やはり、身体がデカいからか?
スーツだけではなくて、嫁さんも見繕ってやるか? と。
因みにブレイク・ルーラーは、
新しいギルドマスターが誕生すると、
オーダーメイドの漆黒のスーツを送り付ける事で有名な偏屈ジジィである。
王都を含め、全てのギルドマスターが最低二着のスーツを持っているのは、このためであった。
「は〜〜い♪ こっちが今日の配給ぴょーん♪ 美味しく食べるぴょーん♪」
「わぁー! ありがとぉー!」
「お父さん! でっかい金色のウサギさんがいるよー!」
ブレイク・ルーラーは「やれやれ……」と肩をすくめた。
長生きしていると、色々な事があるものだ。
青い空を見て、あのふたりの事を、思い出す。
「ふんっ……元気にやっているだろうか」
ブレイク・ルーラーは、確かに偏屈ジジィである。
しかし、この歳まで優しさを失わなかった、
生粋のギルドマスターでもあるのだ──。
彼の元へ、黄金のウサギが歩いてくる。
確か、ドニオスの街の、ある服飾店の作品だと、
物資リストには書いてあった。
子供たちには、概ね好評なようだ。
感謝せねばならんな、と、ブレイクは鼻を鳴らす。
「ふぃ〜〜〜〜、疲れたぴょん!」
「ふんっ……その語尾は、本性ですか?」
「あら、失礼な事をいいますね」
うさ頭の被り物から、くぐもった女性の声が響く。
うさぎの着ぐるみは、堂々とギルドの中へと入っていく。
体幹が全くぶれないので、見る者が見れば、
中の女性は、相当な熟練度の肉体を持つ者だとわかる。
「──うぇ! あ、あの、お疲れ様です……」
うさぎが侵入してきたので、
受付嬢のチロンは驚く。
「あ、あの、ギルマス……この方は……?」
「よい。チロン、奥へお通しして、お茶を出した後、すぐに執務室から出ていなさい。誰も入れないように」
「……!! わ、わかりました。どうぞ、こちらへ……」
「どうもぴょん♪」
この会話で、チロンは何となく、察する。
うさぎの中身は、ヤバい中身。
ブレイクがギルド職員から、
食料の配給率が減ってきている事を確認し、
執務室へと赴くと、誰もいない。
……いや、奥の壁の向こうから、音が聞こえる。
「ふんっ……そんな所でお着替えになるなど、相変わらず豪気な性格ですな」
「……しょ、と。私は人前でも良いのですが、貴方に気を使ってあげているのですよ? ふふ、一応殿方ですので」
「ふんっ……手厳しい……」
ブレイクは、思わず聞いてみる。
「……着ぐるみの中でも、仮面はされていたのですか」
「……ブレイク」
「失言でした。お詫び申し上る」
やはり、そこは譲ってはくれないか。
昔から、その事だけは、頑固な方である。
ブレイクは、ソファに腰かける。
着替え終わった女性は、壁の死角から、
コツ、コツと歩き出て、向かいのソファへと腰掛けた。
──紅茶を、持ち上げる。
「ふ……ふ。あの着ぐるみの中が、貴女だったと知れば、神官が何人か倒れるでしょうな」
「あら、とてもよい着心地でした。相当な腕の職人が作ったのでしょうね」
ブレイク・ルーラーの正面で紅茶を飲むのは──、
四つ目模様の、ミスリルの仮面。
「……よい香りですね」
──大司教、マザー・レイズ。
その人である。
「ふんっ……もう、"ぴょん"とは言ってくださらないのか?」
「法的に抹殺されたいのですか?」
「お、っほほ……それは酷すぎではないですかな?」
「ふふ、確かにそうですね」
ブレイクは思う。
若い。
自身が、認識阻害系の魔法を、
得意とするからこそ、わかる。
この方は、数十年、歳をとっていない。
上手く幻影系魔法で誤魔化してはいるが、
ブレイクはこれを、長年の感覚で看破していた。
歳をとらない大司教は、紅茶を膝元の小皿へと置き、
質問した。
「……なぜ、私を呼んだのです? 貴方が水晶球まで使う用件とは……。まさか、ウサギの格好をさせるためではないでしょう?」
「おや……アレに進んでお着がえになったのは、貴女様だと思いましたが?」
「うふふ、紅茶を引っ掛けられたいの?」
「……マザー・レイズ。紅茶をテーブルへ置いていただけませんか」
「……。…………?」
神妙な雰囲気を感じ取るマザー・レイズ。
ブレイク・ルーラーの心遣いに従う事にする。
──カタリ。
「…………して?」
用件とは? と、マザーは、促す。
「……マイスナが、生きています」
「 」
──それは、数十年の中で、ブレイクが唯一見た、
大司教の──" 唖然 "とした表情であった。
「……」
ブレイクは、待った。
「……ブレイク。貴方でも、言っていい冗談と、悪い冗談があります」
「ふんっ……例え誰かに操られていたとしても、こんな冗談を貴女に言ったなら、自刃いたしますな」
「…… 。ほ んとう、に……?」
「……生きて、いるのです」
「あ、あり…… あり、えない……」
「ずっと、あの氷の山で、永らえていたのです」
「……っ! そんな……!! では……!」
ミスリルで上半分が隠された顔。
しかし、その表情は、苦悶。
「あれは……あの子の……力の暴走だと言うのですか……!? そんな……! あの雪山で、2年も……!?」
「……落ち着いていただきたい」
「あの子の流路は、もう限界でした……! 周りの全てを、崩壊させていた……! 私のせいです、私が、あのような賭けに出たから……っ!」
「生きています」
「──どのような状態でですか!? 腕は残っているのですか!? 凍傷は!? 私は……もし、そうなら……一生あの子の面倒を見ます……」
「……落ち着いて、いただきたい。あの暴走を、もちろん私も存じ上げている」
「……! ……はい」
「半月前の、あの山の光は……どうやらマイスナが限界を迎えた瞬間のようでした」
「……っ! なんてこと……」
「……続けます。マイスナの姿は、どうやら、かの……"狂銀"の様になっていたようです」
「……? なん、ですって?」
「マイスナには、銀色の二つ角の仮面が構成されておりました」
「……氷の鬼になったとでも、言うの?」
「──"なっていた"が、正しい。詳しくは言えないが……"彼女と対を成す者"が、この街へ訪れた」
「……! ……"対を成す者"……?」
ブレイクは、迷う。
イレギュラーコールの際、ヒゲイドからは、
完全な口止めを約束に、援助を受けている。
しかし今は。
年寄りの情が、勝る瞬間であった。
それは、この一言に集約される。
「……──"黄金"」
「………!!! アンティが、きたのねっ……!?」
「──!?」
このマザー・レイズの感情的な一言は、
少なからず、ブレイクを驚かせる。
彼女の口から、
ファーストネームが出るとは思わなかったからだ。
「あの子が……」
「……、……?」
──違和感と、疑問。
しかし何とか、ブレイクはそれを、
心の中だけに押し留めた。
「……ヒゲイドからは、口止めされております。ご配慮を……」
「そぅ、か……あの子が……依頼されたのね……"配達職"として……」
「随分と……彼女に対して、お詳しいのですな。そのご様子だと、彼女がどのような格好をしているかも、ご存知でしょう」
「……! "クルルカン"……"狂銀"……。まさか……?」
「恐らく……。アンティとマイスナは……あの山の頂で、戦闘になっております」
「──!! ブレイクッッ!! 貴方ッッ!?」
「ここに運び込まれて来た時、互いにボロボロでした」
「 そ 、な…………」
「……三度目です。落ち着いていただきたい。貴女はそのような、か弱いレディではなかったはずだ……!」
「…………あ、アンティも……怪我を……したのですか」
「……鎧は半壊していましたが……特殊なものだったようで、怪我自体は、さほど……完治可能でしょう」
「生きて……いるのですね……」
ずっしりと、ソファに体重が、戻る。
マザー・レイズが、
このような心の動きをブレイクに見せるのは、
約二年ぶりのことである。
「ふたりとも、命に別状はなかったように思います」
「……ブレイク、マイスナは……? あの力、は……?」
「……ええ。見事に、力が抑えられていましたよ」
「……──なッ……!?」
「あの研究所のように……全てが無くなっていく事は、なかった」
「な、ぜ……?」
「ふんっ……私は、こう仮説を立てた」
紅茶を、一口。
──カチャン……。
「アンティは、マイスナと戦いながら──"何か"を施し、彼女を治療した……そして、それは成功した。」
「な…………アンティが……あの子の力を、抑え切ったと、いうの……?」
それは、13年かかっても、
誰にも出来なかった事。
「……、……」
「ふんっ……。私はそれを見て……彼女の指名手配書を、破棄する事に決めました」
「……! 規律に厳しい貴方が……」
「ふんっ……歳を取りましたからな。罰せられても、もう恐れることも、ありますまい……」
「……。あの子達は、元気なのですか……?」
「私には、五体満足に見えましたな」
「……では、その二人は……?」
「共にいます」
「……!! 共、に……。ドニオス……ですか」
「はい。こう言っておりましたよ」
「?」
「"必ず、この子と一緒に、幸せになってみせる"──と」
「──、……ふ、ふ。まるで、正義のヒーローね……」
「黄金の義賊、ですからな……」
紅茶は、随分と冷めてしまっている。
ブレイクは、斬り込んでみる事にした。
「……貴女が、マイスナを実の娘のように想っているのは知っております。だが……」
「……──?」
「まるで……アンティも、そのように、想われているのですな?」
「────……」
大司教マザー・レイズは、
己の秘密を詮索したものに、容赦をしない。
仮面の下の素顔、然り。
家族や友人、然り。
私生活、然り。
だが、この時のマザー・レイズは、
するりと、素直に答えた。
「──……あのふたりは、どちらも私の娘ではありません……。ひとりは、私のエゴが生み出した者……。もうひとりは──」
「……── 」
「──ブレイク、お願いがあります」
「……! ふんっ、お聞きしよう」
「……あのラビットの着ぐるみを、貸していただけませんか?」
「…………? ど、どうしてもと、仰るのでしたら。しかし……如何様に?」
「ふふふ……子供たちの前に行くには、都合の良い格好でしょうから……」
「……」
ブレイク・ルーラーは、
流石に、これ以上は聞けないな、と、
落とし所を見つける。
大司教マザー・レイズは、
本当に着ぐるみを着なおし、
ギルドから出ていった。
見送った後、ブレイクは、思う。
「アンティと、マイスナ……いったい、どのような運命を背負っているのだろうか……」
よく晴れた、パートリッジの日。
今日は、よく月が見えるだろう。
──マザー・レイズは、歩いていた。
誰も、気づかない。
黄金うさぎに、気づかない。
剣以外に、彼女が得意な、魔法。
大司教でありながら、ひっそりと、空間をねじ曲げる。
キャッキャと、子供たちが、そばを通りすぎる。
楽しそうに、去っていく。
誰にも、気づかれない。
マザーは、悩んでいたが、
とうとう、我慢できなくなった。
──四つ目の仮面に、話しかける。
「──" さいごのかめん "……起動── 」
『──Ready.
──Who are you going to kill? |』
「登録、呼び出し…………"アンティ・キティラ" 」
『──Already.
──No.1:Anti=Kythira.|』
万が一が、あってはいけない。
マザー・レイズは、幻影の魔法を重ねがけ、
隠蔽のジェムを、口にする。
四つ目のうち、ひとつめが光り輝く仮面を、
すっぽりと、うさぎの被り物が隠しきった。
────唱える。
「──"瞬間移動"」
『────Complete.|』
「すぅ……、すぅ……」
「むにゃ……」
「…………」
うさぎの着ぐるみの前で、
ふたりの少女が、眠っている。
ひとつのベッドで、身には何もつけていない。
「…………」
マザーは、少し驚いたが、
言葉を発するわけにはいかない。
ここは確かに、アンティの自室のようだ。
ドニオスの街から、
カーディフに帰省していたのだと、
マザーは、察する。
まさか、マイスナも一緒に来ていたとは。
「ぬ……むにゃ……」
「、んぅ……」
生きて、いる。
お互いを、大切そうに、抱きしめ合っている。
金と銀の髪が、繋がっていた。
光が、行き交っている。
「……! ……、……」
マザー・レイズは、直感した。
この力で、アンティはマイスナを助けた。
着ぐるみの中の、仮面の下で、目を、見開く。
(……自身の流路を……分け与えたのですね……)
雷に、打たれたかのような。
恐らく……全てを投げ打って、助けてくれた。
マザー・レイズは、涙を抑えられない。
ベッドのそばで、立ちすくむ。
沈みかけている夕陽が、
シーツに絡む、二人の裸体を照らす。
マザーには、天使がふたり、
眠っているように、思えてならない。
しばし……ゆっくりと。
ふたりの幸せそうな、寝顔を見る。
「む……むみゅー……ん」
「んぅ……すぅ、すぅ……」
──ぽてんぽてんと、足音のようなものが近づく。
──ぴょん!
ガッチャ。
きぃぃ……。
「……にょきっと?」
(……! この子は……! あの神官が、ご執心の……)
薄暗い部屋に、まん丸うさぎが入ってくる。
「にょ!? にょきっと!?」
(──!? まさか……私が見えているの!?)
幻影魔法に連ねて、隠蔽のジェムまで使っている。
例えラビットの着ぐるみを着ていたとしても、
誰にも感知されることはないはず。
しかし、目の前のラビットは、
確かにマザーの方を向いていた。
「にょっき……? ……にょきっと?」
「しーっ! しーっ!」
騒がれて、ふたりに起きられては、困る。
マザーはうさぎのよしみで、うさ丸に頼んだ。
「お、お願いします……静かに」
「にょきっとぉ──??」
「むにゃむにゃ」
「んーぅ……」
ポテポテと、うさ丸が怪しいウサギに近づく。
しかし、うさ丸の耳は、良い耳である。
相手の心音や、挙動から、
だいたい目の前の人物が、悪い人間ではないな、と、
おおよそわかってしまう、うさ丸である。
「にょっきぃ──……??」
「ふ、ふぅ……」
本物のうさぎに発見されてしまった偽物は、
そろそろ潮時か、と、自嘲する。
「ふ、ふ……あなた、この子たちを、よろしくね……」
「にょっき……? にょきっとな!」
「ふふふ……相変わらず、イカれた鳴き声ねぇ……」
マザー・レイズは、そっと、ふたりの頭を撫でる。
金と、銀の、天使。
もうすぐ消えるのだ、許して欲しい、と。
「……登録リスト」
『──No.1:Anti=Kythira
──No.2:Sola=Reraise
──No.3:Oshiha=Shinains
──No.4:Hikiha=Shinains |』
「う……ごめんね、ソーラ……No.2に、上書き」
ミスリルの四つ目の、ふたつ目が、光る。
『──No.1:Anti=Kythira
──No.2:Meissna=Ochsen ◁
──No.3:Oshiha=Shinains
──No.4:Hikiha=Shinains |』
「……にょきっとぉ?」
「じゃあね……」
マザーは愛おしそうに、金と銀の少女を撫でる。
「むにゃ……?」
「ん……ゅ?」
「──登録呼び出し、No.3──"瞬間移動" 」
『──Already.』
──黄金うさぎは、掻き消えた。
「う……ん? あれ……いま?」
「んぅ〜〜?? アンティ……?」
「にょきっと……」
「でさー! マザーったら、ヒキハちゃんから飛び火して、私にまでそんなこと言うのよー!」
「おま……それは、おっ母さんとしての心配事だろがよ……」
「あーら、お優しい熊さんですことぉー!」
「おま……! こぉら……! こんな飲み屋でぇ! しなだれかかんなぁー!!」
「飲み屋だから、いいんでしょー!!!」
「──そうですね。そのまま押し倒してしまえば、どうでしょうか?」
「「 」」
──その時、その酒場の空気が、凍った。
「……!? な、なんだ、あのラビットの着ぐるみはっ!?」
「いきなり、現れたぞっ──!?」
「お、おれっ、そんな飲んでねぇと思ったが……!?」
「な、なんてキラキラしたウサギなんだ……っ!?」
オシハ・シナインズと、
ベアマックス・ライオルトは、
カウンター席で、硬直する。
うさぎの着ぐるみは、続ける。
「全く……またこんな所で夕ご飯ですか。他にも連れ込み宿とか、色々と行くべき所があるでしょう」
「そっ……!? その声と、言い回し……!? まさか、マザー!?」
「ええっ!? れ、レイズさんっすか……!?」
熊もビックリの、うさ着ぐるみである。
マザー・レイズは、スポッと、被り物を脱いだ。
体はウサギのまま、カウンター席へと、座る。
「よい、しょっと……ふぅ。マスター、梅酒ロック」
「──あいよぉ!」
「ちょ…………マザー、まさか、飲む気……?? ば、バカじゃないの……!? 大司教が、こんなカッコで……!!」
「あら、こんなカッコの大司教が飲み屋にいるなどと、誰も信じないのではなくて?」
「ちょ……レイズさん……そりゃ……その仮面では、ちょっと誤魔化しようがないんじゃねぇか……?」
「あら熊さん、いつ"お義母さん"と呼んでくれるのかしら?」
「うわぁぁぁああんんん!! くまぁぁぁああああ!!」
「は、はは……なんだコレ……くまったな……?」
「……ま、たまには私に付き合いなさい。今日はちょっと、飲みたい気分なんだぴょん♪」
何だかんだ、酒の席は賑やかに推移した。
(*´ω`*)挿し絵たしたん.*・゜










