ぼくらの時が、動くとき⑰ さーしーえー
むちゃくちゃ書き直しました(^_^;)笑
「……こんなものが、入っていたのか!」
ペンダントをナイフでこじ開けると、光が漏れた。
あの力尽きたエルフの人は、
ペンダントを握り潰してしまっていたんだ。
きっと……必死に握りしめていた。
ロザリアも気づいてなかっただろう。
「きれいだ……でも、光を帯びた精霊花の種は存在しないはずじゃ?」
薄暗い隠れ家の机の上の、精霊花の種。
コロコロと表情が変わる光を放っている。
あ……。
シゥゥ……。
「種の光が、弱まっていく……」
ペンダントに入っていたソレは、少しずつ光を失っていった。
「……やぱり、完全な精霊花なんて存在しないのか?
これが本物の精霊花の種なら、バスリーちゃんの夢を、少しでも……!」
ダァン……!
思わず、机を叩いてしまう。
すぐ隣に置いてあった水差しに、
右手の鉤爪が引っかかってしまった。
キィン……──バチャン!
「あ……」
水差しが転がり、こぼれた水が種を濡らす。
すると────……。
奇妙な現象が起こった。
──パアァ……!
「──!?」
種が、光を吸い込んでる……?
っ! これはっ"眼魔"が発動しているのか?
水の中から輝く魔素が出て、種に吸収されているように見える!
聖なる、清らかな魔素……!
……ォオオ……!
「……! 種に、光の力強さが戻っていく!」
──水を与えれば、種は復活するのか!?
魔素を吸い尽くされた水は蒸発したように無くなっていく。
ぼくはアイテムバッグから水を出し、さらに種に垂らしてみた。
……?
何故だ……何も起こらないぞ?
「なんでだ? さっきは確かに……」
いくら水をかけても、もう種は反応しない。
放たれる光は、また少しずつ弱くなっていくように見える。
……。
「──! 待てよ? まさか、さっきの水は──……!」
水が違う。
ただの水じゃ、ダメなんだ。
最初の水差しの水は確か……そうだ!
──"レエン湖"で汲んだものだ!
「あの湖の水は、何か特別なのか!?」
さっき倒してしまった水差しが、最後の湖の水だった。
机には、水が染み込んだ跡がない。
もう、乾いている……?
「……足りない。この種にもっと湖の水を与えたら、何かが変化するかもしれないっ!」
──ぼくは、決断する。
しばしの別れを、彼女に告げよう。
それが、未来に進むことになるのだから。
ぼくが、彼女の止まった時間を動かそう。
「……ぼくの、さいごの人助けかもしれないな」
そんな、気がした。
「しばらく、ここを離れるってこと?」
うん。
確かめたい事ができた。
「……」
今ならエルフの皆がいるし、きみの元を離れても安全だと思う。
その間に、どうしてもやりたい事があるんだ。
「そぅ……」
だ、大丈夫!
皆、きみに良くしてくれるよ。
「そ、その……ぇと」
彼らの事が……怖いかぃ?
「っ、違う! そうじゃない。そうじゃ、なくて……」
……?
「何だか……もう、あなたと会えないような気がして」
──っ!
……あはは。
そんなことないさ。
「……」
……大丈夫!
必ず、戻ってくるよ。
「……ほんと?」
ああ、必ず守る。
誓う。約束だ。
「……ふふ。約束、か」
……バスリーちゃん。
「ん? なぁに?」
きみのために、花を取り戻す。
「……──!」
だから……いってくるよ。
「……。うん。いってらっしゃい!」
陽に照らされた緑の大地と、逆光の彼女の淡い肌。
目に焼き付ける。
その、少し照れた笑顔が、綺麗だな、と思った。
────キィィン!
あの湖を、再び目指す。
少し、無茶をしよう。
加減なんて、もう必要ないんだ。
駆ける。
・・・──キィン。
・・・──キィン。
・・・──キィン。
これは……ぼくの足音じゃない。
ぼくの、体の中から響いているんだ。
「……急がなきゃ。いつ走れなくなるか、わからない」
黄金の身体は、軋み続けている。
いくつかの関節が、硬化し始めていた。
光は世界を満たしている。
それらは、ぼくが動くと、鎧に絡め取られ、金色の装甲を厚くした。
ぼくの"力"は……強力すぎる。
やがて、先生のように抑えられなくなるだろう。
ゆっくりとだけど、徐々に、確実に、世界を止めていく。
それは、ただの化け物だ。
そうなる前にぼくは、自分を止めなければいけなかった。
(いなくなる前に、きみの心を照らす花を贈ろう!
それが、ぼくが最期にしたいこと!)
好きな人に、一番の花を贈る。
ちっぽけで難しい、ぼくの夢。
……! 人の気配がする。
「……! はは」
この前は全く見つからなかった流れの行商人に、あっさりと遭遇した。
神様に呆れながらも、立ち寄る。
"植物の生態"という本を買おうとしたら、
ぼくの鎧の色を見て、金持ちそうだと足元を見られた。
こ、この鎧はねぇ。
ぼくをもれなく殺そうとしてる一品なんだよ?
え、あ、ちょっと。
……。
"女の子の好きなもの"という本と抱き合わせで買わされた。
は、ははは……。
サヨナラ前に、花をプレゼントしようとする男に、ピッタリの本かもしれないや。
レエン遺跡の隠れ家の本棚に、恥ずかしい本が一つ増えそうだ。
アイテムバッグにしまい、先を急ぐ。
まだ大丈夫だとは思うが、
いつ、エルフの旅団がバスリーちゃんの元からいなくなるかは、わからない。
コココやリリリ達は、精霊花モドキが、
いずれ魔物を呼び寄せる存在になってしまう事を知っている。
エルフの旅団は、いつかは、あの丘から去ってしまうだろう。
そしたら彼女は、また孤独になってしまう。
あそこで、ずっとひとりで、花の大地に縛られて──……。
「でも、もし……!」
もし、"完全な精霊花"が、一輪でもあったら?
それは、花に囚われた彼女を、あの丘から旅立たすことができるかもしれない。
それは、エルフ達が彼女を迎え入れる、きっかけとなるかもしれない。
それは、ぼくが止まってしまった後に、大きな無限の花畑になるかもしれない。
ぼくは……何もかも手から、こぼれ落ちてしまった。
さいごに残った孤独に、彼女がいた。
数ヶ月、一緒に過ごしただけだ。
けど────……。
「この気持ちは。
ぼくじゃあ、ちょっと、
うまいこと伝えらんないや……」
だから、お返しに、ぼくが届けよう。
歩み続けることが無駄にならないって事を、ぼくが証明しようっ!
「きみが生き続けてきたことに、
無駄なことなんて、ひとつもないんだ──……!」
ぼくから、きみにつなげるために。
ぼくは走った。
「ついた……」
戻ってきた。
大きく眼前に広がる、湖の畔。
ぼくの"眼"に反応は無いけれど、何故か湖面が輝いているように見えた。
海のような、細かい粒子の砂浜を進む。
キュ、キュ、と、砂を鳴らしながら、
水との境い目に近づいた。
黄金のペンダントから、さいごの種を取り出す。
「よい、しょと……」
もう上手く、しゃがむ事ができない。
曲がらない膝をつき、澄んだ水に種をさらす。
────祝福の光が、宿った。
パ ァ ァ ァ …… !
「……! やった……!」
種は、澄んだ水の中で、グングンと光を増していく──!
眩い目を開くのもやっとな閃光が生まれた。
……パキッ……!
「──種が!」
固い殻が割れて、芽が────……!
………バ、キキィイン────……!
「ッ!?」
目を疑う。
根が伸びた。
────ぼくの、鎧にだ。
「────っっ!?!?」
……パキキ、キィィッ……!
時が止まっているはずの無敵の黄金に、
白く光る、血管のような植物の根が食い込んでいく。
装甲が……へし割られている!
聖なる羽根のような二葉が開いた。
突然の事に、咄嗟に動けない。
この花は……なんだ!?
「ばか、な……っ! ぼくの鎧が、こんなに簡単に……!?」
パキッ、パキキッ、パキッ……!
金の装甲に根を張り巡らし、成長する精霊花。
右腕の鉤爪が、網の目状の光で覆われていく……!
こ、これ──……!
……ググ……!
「蕾が……でき始めてる!? そ、そんなまさか、ここで咲くのか……?」
あっという間の出来事。
力強い光を放った蕾は、
空気が入っていくように膨らみ────……。
……パァァ……!
「……──咲い、た……?」
こんな……あっさり、と?
突然の誕生は、ぼくの心を待ってくれない。
光り輝く花から、────花弁が、落ちた。
「……──!! ち、散っているっっ!!」
ふざけるな。
まずい。
ここは、あの丘から、離れすぎている。
「散るな……、散るな!! お、おいっ、待て!! 待つんだ!!」
ぼくが一人で神秘を見ても、意味がないんだ!!
花が散った先が膨らみ、葉が萎れていく。
湖面に舞う花弁からは、もう眩しさは感じない。
光が、凝縮していく。
……───種?
種が、できた……のか?
も、ぅ……?
ひとつか?
ふたつか?
それ以上?
それとも、それ以下?
これは、ひとつしかない聖なる花だ。
失うわけにはいかない。
「ぅあ、あ……!」
新たに生まれた種から、また鎧に根が伸びる。
光の根っこが侵食する。
次の花が、咲いた。
……──パキッ……! ギギキ……!
────パァァァアア……!
「く、くそっ! くそっ、止まれ! 止まれっ!!」
ほとんど、パニックになっていた。
直視できない眩しさ。
精霊花の光り輝く根は、右腕をすっぽり覆い、
胴体にまで伸びつつある。
精霊花は何度も咲き、何度も散った。
まるで、ビデオの早送りだ。
ぼくは、泣きそうになっていた。
こんな急激な成長を繰り返していたら、この花は……!
右腕の装甲から、花を切り離さなければ!
でも、もし無理に触って引きちぎれてしまったら、
精霊花に致命的なダメージを与えてしまうかもしれない!
怖い。
金色の左手が、震えた。
精霊花の咲くスピードが、遅くなってきている。
この花の生命の連鎖は、一瞬で、その寿命を終えようとしているのだ。
生命が燃え尽きていく花の前で、唸るように声が出た。
「ダメだ、ダメなんだ、やめてくれ……!
こんなのってない……! たの、頼むから、止まってくれ……!」
光を失った花びらが湖面に舞う中、
たぶん、最期の花が咲いた。
何故か、わかった。
これが散ったら、次は咲かない。
これは、おわりの花だ。
金は、侵され続けている。
「あああ」
きれいな、花。
散らすわけにはいかない。
ぼくは、あの子に届けたい。
ならばせめて。
時を止めなくては……!
花は死んでしまう。
けど、見せるんだっ……!
「時よ……とまれ…………!!」
ぼくは、力を使いながら、
捨てられない望みを言った。
「 元に、戻ってくれ……っ! 」
─────ォオオッッ!!
「……!」
ジグザグのマフラーから、青白い光が集まった。
それは、ひとつの光の玉となる。
よく、知っているもの。
「 こ と 、 だ ま …… ? 」
ぼくの力が発動し、花の時が止まる前。
世界に響くように。
確かに、声が聞こえた。
〘〘 孤高ではなく──── 〙〙
〘〘 憂いではなく──── 〙〙
〘〘 あるべき姿の花に告げる──── 〙〙
〘〘 我が想いに応え、時を戻せ──── 〙〙
〘〘 ────────" 反転 " 〙〙
「 ロザ……リア? 」
言葉の力は、花を包み込み、
力が、光の根を伝っていく。
幾重にも、誕生を重ねた花。
聖なる花の時は、巻き戻る。
「……!」
刹那に、ぼくは見た。
精霊花の姿が、生まれ変わる所を。
これはっ……まさか!
精霊花の、"原初の姿"にまで、"戻"って────……!?
しかし無情にも、ぼくの力が、
復活を遂げようとする精霊花を、凍らしていく。
「待っ────…… 」
────キィン……!
「ぁ……」
足元には一枚も、花びらは落ちていない。
ぼくは、呆気に取られてソレを見た。
「…………、そん、な……」
────蕾のナイフが、ここにある。
ナイフの中の花は、まだ、咲いてはいない。
「…………」
気づけば、遺跡の隠れ家にいた。
手には、花が凍ったナイフがある。
何が起こったんだろう。
あれは……確かにロザリアの声だった。
"反転"。
あいつの、名を表した言霊。
ぼくを、見守っていてくれたのか……?
透明のナイフの中を見る。
咲きかけの蕾は、もう枯れることはないだろう。
「でも……。意味が、ない、じゃないか……」
封じ込めてしまった。
凍らしてしまった。
止まってしまっている。
光など、ない。
「殺して、しまった……まただ。また、この力で……」
ロザリアの言霊で時は反転し、精霊花は甦ったのかもしれない。
早まったぼくが、ナイフに封じてしまった。
なんの……意味もない。
無力だ。
ガックリと肩を落とし、
石の壁に持たれ、脱力する。
「………………」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
──ズキッ。
「……いたい」
……。
……さっき、根が張った所か。
……。
「……?」
手を見る。
……何故、痛い?
時は、止まっているのに。
「……。……?」
亀裂が入った右腕の装甲を、角度を変えながら、ぼーっと眺める。
……精霊花の根っこが、右手の装甲の中に残っているのか?
左手の指で、亀裂を触る。
……ダメだ。
流石に奥に食い込んだ根っこは、取れないや。
「む……」
なんで精霊花は、ぼくの鎧に根を張ったんだろう。
レエン湖の水で、元気になったからかなぁ。
空間ごと時間が止まっている鎧、なんだけどなぁ……。
……。
"光の魔素の時を止めた鎧"
"光の魔素を栄養にする花"……?
「……!」
使えなくなってもいいか、と思いつつ、
根が食い込んだ右腕に、黄金の力を使う。
「 ……──"黄金時代" 」
──キィィン……!
────パキッ、パキパキパキッ──!
ズキッ!
……あっ!?
「──ぐぁッ!? ぅあっ、痛って!」
パァァ……。
「えっ……!?」
装甲の亀裂から、光が漏れてるっ……!
これって……!?
精霊花の根の残骸が、鎧の中で成長したのか!?
ぁ、いててっ……!
ぽ、ポーションっ!
自分に使うなんて、久しぶりだなっ……!
ええと、どこだっけ!
アイテムバッグをあさり、取り出し、右手にかける。
タポポポ……。
……パァァ……!
「──っ、はぁ、はぁ……。花の根っこで怪我するとか、ぅぅ」
どんだけ精霊花の生命力、強いんだよ……!
うわぁ……。
これ、もしかして、
力を使う度に、中の根っこが成長するんじゃ。
か、勘弁してよ……。
「この花、よほど光属性と相性がいいんだろうな……。
でも、レエン湖って光属性だったかな……? いやいや、それよりも。
この花の根っこは、なんでこんな簡単に"空間が停止した鎧"を突き破れるんだ……!?」
一応、最強の鎧だと自負していたトコもあったのになぁ……。
まさか、精霊花が弱点とは……。
「……黄野金時、花には敵わぬ、か……」
"黄金の時"って、名前としてはともかく、
力としてはすごいと思ってたのに……。
ふふ、お花に負けるようじゃ、恥ずかしい名前でしかないや。
ほんっと、ぼくの名前って普通っぽい字は「野」しか、ないよなぁ……。
……。
……あれ?
「……"野"」
……!
────バッ!
ナイフの中の蕾を見る。
「……"花"と、"野"」
……!
も、もしかして。
「戸橋の"言霊法"が……、
ぼくの名前の"全ての漢字"に、力を与えていたとしたら────?
……"野"。
この性質が、時の止まった鎧にもあるとしたら────……!
「……、……っ」
鎧とナイフを、交互に見る。
「──ぼくの"黄金の鎧"は、
光の魔素を栄養にする"精霊花"にとって……、最高の触媒、なのか……?」
……。
……。
……!
……できる。
……できるぞ。
「この、精霊花を封じ込めた時のナイフは透明だ。光の魔素は、透きとおる──!
ぼくの力は、これを"黄金のナイフ"にする事ができる。そしてっ!
……このナイフは"光"と"野"の性質を持つ」
そうすれば精霊花は……、
このナイフを栄養にして、爆発的に成長することができるんじゃ────!?
「ロザリアの"反転"の言霊は、
精霊花を完全な、混じりっけのない状態に戻しているかもしれない……!」
もし……ナイフが花の触媒になった瞬間に、
"反転"の力で完全な純度になっている精霊花が成長を始めたら……!?
「やれるん……じゃないか?」
────ぼくは今、
最高の形で、コレを手にしているんじゃないか?
「まだ……終わっていないんだっッッ!」
震える手で、握りこぶしを作る。
もうひとつ、大きなサプライズがあった。
……────キィン!
カラン……。
「……! ……え?」
何かが、落ちた。
金色の破片だ。
「……うそ、だろ」
ぼくの、装甲だった。
解けるはずのない呪いが、はがれ落ちたのだ。
右腕の一部に、肌が露出していた。
色が変わったはずの、赤い血が滲んでいる。
っ、これは……。
肌に張り巡らされているのは、"根"……?
「……! ……!! 精霊花の根を通じて、この鎧にも……!!」
そして、ぼくは、
ロザリアの"反転"の力が、
ぼく自身にも及んでいることを、察した。
「 ぇ 」
ロザリアの最期の言霊は全身の精霊花の根を伝わり、
ゆっくりと、ぼくの止まった時の力を"反転"し始めていた。
ぼくは、マフラーを手繰り寄せ、涙を滲ませて、震えた。
希望は、まだ、あるんだ。
「 ぅ……う、ぐすっ……。
完全な精霊花がっ、あれば……、
この鎧は、全部、崩せるかもしれないっ……!
ぼくの力を、打ち消せるかもしれないっ……!
そうすれば……あの子と一緒に、ずっと……! 」
黄金は、ゆっくりと崩壊している。
それは、ぼくが生きられる未来と、
力の消失が始まった事を意味した。










