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ぼくらの時が、動くとき⑭ さーしーえー

( ˘ω˘ ) スヤァ…


挿絵(By みてみん)

「きききききききききさまぁあああ──っっ!! 奴隷商に雇われた冒険者の(たぐい)かぁ──っ!!?」


「えっ、いや、ちがっ」


 ──ばちゃん!!


 と、上半身を起こした女の子は、

 キッ! と、ぼくを睨んで、そう言った。

 少し小さいが、耳の先が尖っている!

 エルフの女の子なのか!

 

 み、水浴び中だったのか、ほぼ何も着ていない!

 浅瀬に座り込み、片手で胸を隠してる……。

 肌に着いた水滴それぞれが、小さな太陽を映す。

 髪は新芽のような色で、水を含んだそれは光り輝いていた。


 うわわ……ちょ、ちょっと待って、なんだこれ。

 頭が追いつかない。

 

「ぁ、あ────……ご、ごめんよ」

()びるだけで全てが済むと思うなよ!! このコガネムシがぁっっ!!」

「こっ、コガネっ……、ちょ!! ま、前!! うわ、前! 隠しなよ!!」

「うっ、うるしゃいい!! 矢、矢はどこだ……!?」


 げ、現実が上手く頭に入ってこない……。

 裸の女の子が、川の中から矢を探そうとしている!?


 奴隷商に捕えられたエルフを逃がした事はよくあるけど、

 それは大抵は夜で、ボロ切れを着ていても気にはならない。

 殺している時に、そっちは無視するからだ。


 でも、こんな真っ昼間に、一人だけでいるエルフは初めて見た!

 反射的に首や手を見て、(かせ)隷属紋章(れいぞくもんしょう)を探そうとしたのがいけなかった。

 か、かなりしっかりと見てしまった……!


「うっ、うっ……こ、これまでなのか……」


 矢は見つからなかったみたいだ。

 残りの矢のストックは、ぼくを(はさ)んだ後ろの岸にあるな……。

 それがわかった彼女は、キラキラと輝く水面の上で、

 裸のまま仁王立ちした。

 ちょ、ちょっとおお……!? 


「く、くぞぅ! ぐすっ……! こんな所でニンゲンに捕まってしまうとは! でも私とてエルフの血を引く端くれ! この身はやつしたとしても、森の民の誇りまでは奪えるとおもうなよぉっ、ぅぅ……!!」


 ばっ……!!

 か、隠せって……!!

 なんで拳を握りしめて仁王立ちなんだよっ!

 すごい泣いてるし……。

 うわわ、ど、どうしたら……。

 ぶっちゃけ女の子にあまり耐性がない僕。

 戸橋(とばし)とロザリアくらいしか喋ったことないっつーの!!


「ぅぅう、申し訳ありません、ネネネさまぁ……!」


 な、泣くなってぇっ!

 うわっ、だ、だから、隠しなよぉ……!!

 ぼくは黄金の左手で仮面を覆い、現実から逃げようとした。

 これ……何だコレっ!


 なんつーシチュエーションだ……。

 ドッキン、ドッキン、ドッキン。

 普段まったく使っていない心臓の筋肉が、

 メチャクチャ動いてる感じがする。


 もし、こっちの世界に神様がいるなら、

 ちょっと問いただしたい……。

 どゆことなの!

 ぼくにどうしろって言うのさっ!


 こちとら今まで散々えげつない目にあってるんだぞ……。

 今さらなんで、こんなピンポイントでラッキースケベみたいな状況に(おちい)ってるんだ……。

 ど、どうしよう……。

 ──逃げよっかなッッ!?


 正直、こっちに来てから一番混乱していたぼくに、

 ガン泣きの裸ちゃんは声をかけた。


「わ……わたしはやっぱり、奴隷になるのっ、か……?」

「……!」


 視界を手で隠しながら、足だけ見る。

 まだ水面に立っている。

 そんな事を言うくらいなら、走って逃げなよ……。


「なぜ、逃げないんだ」

「ぉ……! お前のそのコガネ色の鎧は、たいそう良いものに見える……そんなものを(まと)っている者から、半端な結界魔法しか使えない私が逃げられるものか……ぅぅぅ」


 ええぇ……。

 めっちゃ(あきら)めムードだった。

 と、戸惑う。

 いつもは使っていない感情が、無理やり叩き起されているようだ!

 いいから後ろの服を着て、どっか行ってくれ!

 こっちも、気が気じゃないんだよぉぉぉ!!


「や、やっぱりハーフエルフが一人で生きようなど、甘かったのだなっ、……ぅぅぅ、ほれ、捕まえるがいぃ……」

「っ!!」


 この子、ハーフエルフだったのか!

 てことは……奴隷となったエルフと、人間との子の可能性が高い。

 ……。

 ……それは、エルフからは忌み嫌われる存在なんだろうな。

 てか、自首ポーズするのやめなよ……。


「煮るなり焼くなり、好きにするがいい……ぐすん」


 ポチャ、ポチャ……。


 うわっ、こっち歩いてきた!

 ちょちょちょ!

 わわわわ……。

 見える見える見えるから……。



「一人で生きるのは、もう、疲れた……」

「 ……──   」



 その言葉に、少し頭が冷えた。

 今の人間とエルフの関係から見て、このハーフエルフの女の子が社会的にどういう立場なのか、察するのは容易だった。

 ワケありで、一人で生きなければならなかったんだろう……。


 とっとと逃げようと思っていたぼくは、

 少しだけ……言葉をかけてやりたくなった。

 上の青空を向いて、話す。


「……勘違いさせて済まないが、ぼくはここに水浴びをしに来ただけさ」

「……へっ?」

「下にきみが居るのが見えなかった。悪かったと思っている」

「で、でも! そんな鎧を着たまま池に飛び降りるなぞ、アホのする事だぞ!?」

「あ。や、それはだねぇ……」

「やっぱり上から飛び降りて、わたしを取り押さえる気だったのだろう!! この人でなしィィ──!!」


 あ、あ──……。

 もぅ、めんどくさいなァァ──!!

 もう八割くらい、鎧が肌に同化してるとは言えないし、言っても信じてくれないだろぅ……。

 よしっ、話を変えてしまおう!


 ……シュルル!!


「!? わっ……!」

 

 あまり濡れていないマントとジグザグマフラーを外し、

 目の前まで来ちゃってる裸んぼハーフエルフに、バサリと被せた。

 マフラーっていうかターバンだけどね。

 ほっ。

 これで目のやり場に……まだ困るな。

 ちょっと上を向く。

 さて、なんて言おう。

 

「──レディが柔肌をいつまでも晒すものではないよ。それを貸してあげるから、はやく服を着たまえ──」

「な……、なっ……!?」


 い、いけない。

 なんか、えらいキザっぽくなってしまった。

 あれ。女の子とは、どう話せばいいんだっけ……?


 戸橋(とばし)とは……、えーっと。

 いや、あいつすぐ、"このやろぉ──!"とか言う性格してたしなぁ……。

 ロザリアとは……う、うーん。

 不思議ちゃん王女様は、ちょっと特殊すぎて参考にならない。

 ……。

 ぅぅ……。


「な、なんだお前、何が目的で……!? か、身体かっ!? わたしのからだ──」

「風邪を引く。はやくしたまえ、可愛らしいお嬢さん?」

「か、かわ──  」


 キザキャラで行くことにした。

 

「お、おまえ、ほんとうに……?」

「ぼくは鎧を洗う時は水に全身で浸かる派でね……。勝手にやっているから、きみはどうぞ着替えてくれ。そのまま立ち去ってくれてかまわない」

「……」


 疑いの目線を感じたが、それを無視して水深の深い所に行く。


 ……──バチャ────ン!!


 ……いけね。

 静かに飛び込まないと、水底の土が舞うかもしれなかった。

 幸いなことに、ここは丸石が敷き詰められた川の途中で、

 ぼくは久しぶりに贅沢な水浴びをした。

 何も考えず、水に浸かり続ける。

 ……。

 ……。

 ……。

 綺麗な、子だったなぁ……。

 ……。

 いやいやいや。

 ダメだ、やめろぼく。

 地獄に行った時に、先生たちにボコられるぞ。

 ……いや。

 地獄行きは、ぼくだけか……。


 水滴を撒き散らしながら起きあがり、

 随分と伸びてしまった後ろ髪を簡単にしぼり、岸に歩く。

 流石に、もう逃げ出しただろう。

 あとは、そこら辺に置いてあるだろう、マントとジグザグマフラーを回収して────……。


「…………ないな」


 ……。

 あっ。


「────しまった!」


 持ってかれた。


「……、……」


 自分の迂闊さに、呆れる。

 久しぶりに、こんなバカみたいなミスをした。

 ……。

 くそ……。

 ロザリアのマフラーを、持ってかれた。


「……勉強代と思って、くれてやるか……?」

 

 ……。


「いや……」


 ぼくは少し殺気立って、あのハーフエルフを探し始めた。

 濡れた黄金の身体は、あっという間に乾く。

 木々を縫い、枝を蹴り、急ぐ。

 あれは、取り戻したい。

 女々しいとも思う。

 でも。数少ない思い出だった。


 耳を、すます。


 気配を察知する感覚は、獣じみていた。



「キャ───────!!!」



 悲鳴が上がった方に、ぼくは突っ込んでいった。





(`・ω・´)キリッ

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