ぼくらの時が、動くとき⑨
────loading……。
────loading……。
────彼の記憶は:完全に再現されている。
────これは:確定された過去。
────私達は:"追体験"をしているに過ぎない。
────故に。
────私に:これらを止めることは:できない。
────彼らは、終わりに近づいていく────。
────:Replay。
「────止まれ!!」
ゆっくりと後ろを振り返る。
数人のエルフが、弓を構えていた。
以前、街に現れたエルフとは彼らのことだろう。
「大人しくしろ! 我らが同胞は何処にいる!」
「……今までの部屋で、死んでいただろ」
「き、貴様ァ……!! ──"風と共に穿て"!! 」
────ピュォ!
エルフの男が、矢を放つ。
風の魔力。
手で掴み、止める。
「こ、こいつ……!?」
ポァ……!
(! ……ち)
エルフの足元が茶色く光り、仕方なく突進する。
胸ぐらを掴み、手前に引き寄せる。
「な、ぐお──っ!?」
──ズダダタン!!
「──!? こ、これは……!」
先ほどエルフが立っていた場所に、土の小さな杭が無数に刺さった。
残りのエルフ達が響めく。
胸ぐらを離し、エルフの男を床に放り投げる。
「……罠が、まだ生きている。きみらの苦手な土と闇の属性だ……」
「お、おま、え……?」
助けたエルフの男は座り込み、
弓を床に置いて呆気に取られている。
エルフの女が駆け寄った。
「コココ! 大丈夫ですか!?」
「リリリ……! こ、こいつが"協力者"か? 確か、金髪の……いやしかし、このような金ピカが……?」
「……この方ではありません。しかし、森の守り手に聞いたことがあります。我らエルフの子供たちを助ける、黄金の鎧を纏った人間がいると……」
「な、なんだと……?」
仲間を助けに来たであろうエルフ達は、
ぼくを、まじまじと見つめた。
「お前は、我らの味方なのか……?」
……は。警戒を解くのが早いよ……。
「っ……一回 助けられたからって、エルフってのは随分と惚れっぽいんだな……根が甘いのか? そんなふぅだから、自分たちの子供を奴隷業者にさらわれるんだ」
「……っ!」
「なっ!? 貴様ぁあっ!」
カッとなったエルフの男に掴みかかられ、
壁に叩き付ける。
──ドンッ!
「ぐォ……」
「──おい、お前。"協力者"と言ったな」
「ぅ……?」
睨みつけて、要件を聞く。
「こ……こい、つ……? なぜ、魔力の気配が読めない……?」
「お前たちを助けようとする者が、他にもいるのか?」
「──! ……」
リリリと呼ばれたエルフの女性が、
少しだけ考えてから、言葉を紡ぐ。
「……人間の中にも僅かに、我らの今を憂う者が存在します」
「名は」
「……。"シテール家の者"、とだけ……」
「──!」
あの、貴族の子供の……!
……。
「……エルフと貴族が繋がっていたのか」
「っ! あなた様は……」
「──! リリリ! 不味いぞ! こいつが味方かどうか、わからない!」
「そのシテール家の貴族の息子が、ここに囚われている」
「! それは本当ですか!?」
「……ああ。ぼくの連れも一緒だ。元凶の二人はもう死んでいるが、油断はするな。この屋敷の廊下は真ん中を歩け。両端は土の罠が施術されている」
「そ、それは先ほどの物と同じ術か!?」
「弓を使う、風属性の者を捕えるためのものだわ……」
「じゃあな」
「お!? おい、待てっ────」
「皆、続きましょう────!」
歩き出す。
エルフ達は後を追ってきた。
道なりに行くと、死体を漁るアンデッドウルフがいた。
主人が死んで暴走しているのだと、直ぐにわかる。
蹴り殺す。もう死んでいるか。
ウルフ共は沸騰した。
「お前、それ、光属性の……」
「なのに、あなた様は何故、魔法の気配が微塵も……」
エルフ達は、ぼくの影に隠れる形になる。
上位のアンデッド達なんて、目で見るまでもない。
でも、先ほどから指先の感覚かない。
……。
歩く速さは、かわらない。
エルフ達の畏怖が、後ろから伝わってくるようだった。
「……」
「……」
血肉の中を、進む。
しばらくして、視界に捉えるものがあった。
「……ニョロニョロ?」
「「 え? 」」
────ダッ!!
ぼくは走りだした。
ロザリア憑きのお化けは、慌てて手を振っていた。
伸びた白い体が、道しるべになった。
奥の部屋に着く。
開ける鍵などない。
──ガィィン!!
ドアの隙間に、取り出した長剣をぶち込む。
横に力を入れる。
「あ、あなた様っ……! そんな事をしたら、剣が……!」
ミシミシ……、メキメキ……!
「! そんな……? なんて強度なの……?」
「──どけっ!」
手じゃ力が足りない。
背中を壁に当て、剣に足を当てる。
時の長剣は、曲がることはない。
「うわぁぁぁ────!!!」
「くぉぉ……」
部屋の中から、少年の叫び声が聞こえる。
足に力を入れる。
エルフが何人か、剣に触れようとした時、
バキン、とドアが壊れた。
滑り込む。
キンキンキンキンキン────!!
「このやろぉぉお────!!!」
「セリゴよ! やめよ! よすのだッッ───!!」
ロザリアが床に倒れ、
大きな死霊騎士がそれを襲おうとしていた。
セリゴが穢れた騎士の足に掴まり、
彼女を守っているように見えた。
────ぼくは唸りながら、光の尾を引いた。
「────ゥゥ"ゥ"ゥ"ウ"ウ"おおおおおッッッ!!!」
ぼくが組み付いた所は、
光と闇がぶつかり合い、
白い炎が出た。
死霊騎士は、悲鳴をあげる。
ぼくは、殴った。
両手で、殴った。
黄金のガントレッドが、闇に食い込む。
穢れた騎士は大剣で何度もぼくを斬ったけど、
とうとう、全ての斬撃は黄金を通らなかった。
倒れた死霊騎士に馬乗りになって、
ぼくは白く燃えながら、それでも殴った。
もう動かなくなっても、殴り続けた。
「はぁ……はぁ……!」
ガっ、ゴッ。
「はぁ……はぁ……!」
ブシュゥ、バカっ。
「はぁ……はぁ……!」
ベキキ、メキキ。
「ま、待って……!」
「──!?」
呼び止められた先に、あの金髪の少年がいた。
「もう、いい……もう、死んでるよぅ……!」
「……、……」
ガクガクと、拳が、止まる。
「……怪我は、無いか……」
「ぅ、うん……っ! この人がぁ……守ってくれたんだ……!」
「っ! ロザリア……!」
ローブだけを纏った包帯まみれのロザリアが、
床に倒れていた。
そっと抱きかかえる。
「おい……おいっ! ロザリア、無事か……?」
その時、包帯が少し解け、肌が見えた。
……!!
……。
こいつ……?
「……君は、助けの者かな?」
「──!」
目線を上げると、金髪の貴族であろう男性が、
椅子に縛られていた。
よく見ると、部屋の隅に孤児の子供や、
鎖付きのエルフ達がいて、怯える目でこっちを見ている。
天井からは鎖がぶら下がり、鉄の匂いがする部屋だった。
「……セリゴ、きみの父親か」
「う、うん……っ、父上もここに捕まっていたんだっ……!」
「なんと……貴公、セリゴの知り合いだったか!」
「……」
貴族の男など、どうでもいい。
手の中のロザリアの、閉じた目を見ていた。
もう、ぼくの過去を知る人間は、限られている……。
「──おい、皆! 助けにきたぞ!!」
ぼくが通ったドアを押し開け、エルフ達がなだれ込む。
部屋の隅にいたエルフの子供たちから、小さな歓声があがった。
ヨロヨロと立ち、仲間の元へ向かうエルフ達。
─────ポァ……。
────!! まずい!!
眠るロザリアを、できるだけ、そっと降ろし、
エルフの子供達に駆け寄る。
床と、天井が光っている。
突き飛ばそうと思ったが、間に合わない……!
────ガゴォォ……ォオオオン……!!!
岩の大きな棘の顎が、上と下からくる。
ドラゴンに食われたような罠だった。
挟まれる形で、ぼくが止める。
バキバキと、鎧が鳴る。
「ひっ!」
「う、うわぁああ!!」
く、そ……。
エルフの子供たちは噛み砕かれずに済んだが、
下が尖っている岩のため、直ぐに動けない。
ミシミシと、背中に棘が食い込む。
エルフに言った。
「早く助けろ」
「ま、待て! いますぐ……」
「ぼくじゃない。支えようとするな。さっさと子供を運べ」
「ぁ……! わ、わかった!」
バギ、ギ……。
ぐ、ぶ……。
耐えられそうになかったので、
仕方なく、腹の装甲を凍結する。
支えができた。
たぶん、この時にぼくは、鎧を脱げなくなった。
側のエルフに言う。
「剣を寄越せ」
「子供たちは助けた! あとはお前が……」
「剣を寄越せと言った」
「──これを!」
リリリと呼ばれたエルフが、ぼくの長剣を渡してくれた。
掴む。
ゆっくりと力を抜く。
剣を上顎と下顎につっかえ、切っ先と柄を平らに凍結する。
「……、っく、はっ、はっ……」
千鳥足で罠を抜けたぼくを、みんなが見ていた。
「ぉい、だ、大丈夫か……」
コココと呼ばれていたエルフの男が、ぼくを心配そうに見ている。
……エルフがここまで甘いとは思わなかったな。
人間族を、もっと無差別に恨んでいると思っていた。
「……っ、ぐ」
「ぉ、おい……!」
ドカッと壁際に、へたり込む。
金の装甲は無敵だろうが、内臓は違う。
唾と一緒に、血を吐いた。
「……ッ! ……、……」
血が、金色になっていた。
……。
ぼくは、もういつ死んでも、おかしくない……。
「……ロザリア」
少し離れた床で、彼女は倒れている。
側でニョロニョロが、心配そうに見ていた。
駆け寄りたいが、今は足に力が入らない。
セリゴが近づいてきた。
「だ……大丈夫……?」
「……はぁ、……はぁ、……はぁ」
……。
アイテムバッグから、梨を切った小さなナイフを出し、
セリゴに渡す。
「! これ……」
「……みんなの縄を切ってやれ。きみの父親もだ」
「う、んっ……」
セリゴは子供ながらにしっかりとナイフを受け取り、
父親の元に向かった。
……ぐっ、くそ……。
目が霞む。
気分が悪い。
────ムクリと。
「──!」
ロザリアが、起きた。
「う、動けるの!?」
父親の縄を切ったセリゴが、驚きの顔をしてロザリアを見る。
「平気なの……? あんな事を、されてたのに……!!」
「ロ、ザ……? ぅ……」
呂律が回らない。
思った以上に、ダメージがある。
……、これは、ダメかな……。
スタスタと、ロザリアがぼくの元へ来て、しゃがんだ。
『 ──…… 』
「ふぅ……ふぅ……、ははっ……」
ぼんやりと彼女の顔を見て、
ぼくは、ニヤリと笑った。
は、は……どうだ。
きみの呼び出した勇者は、こんな所で死ぬよ……。
『 ……させないよ☆ 』
「……?」
ロザリアは肩の包帯を解き、唱えた。
『 孤高ではなく、憂いではなく、
あるべき姿の力に告げる。
我が想いに応え、彼の者を癒せ────
────────"リンク・エイド" 』
「……──! おま──、……?」
初めて聞く呪文を唱え、ロザリアは、ぼくに手をかざす。
白い肌。
肩口から、青白い人魂のような物がでた。
「……──っ!? ロザッ、それは……!」
────"名称呪文"……!
"リンク・エイド"は、人名かっ……!?
『 じっとして☆ 』
「……」
……ロザリア、
何故きみが、"言霊法"を……?
淡い光がぼくを包み、"応急回復"は発現する。
気分の悪さが、幾分かマシになった。
「……! ……」
『 へへへ──☆ 』
「…………おまえ」
包帯を戻すロザリアの肩は、黒く変色したように見えた。
「……」
「もし……」
「!」
側に、リリリと呼ばれたエルフが膝を着いていた。
後ろに並ぶエルフ達からは敵意を感じない。
小さな子供エルフ達が、
大人の影からチラチラと、こちらを見ている。
「身を挺して同胞を救っていただいた事、感謝の念に耐えません」
「……。たまたまこいつの側に、きみらが居ただけだ」
『 ──んきょ☆ 』
ロザリアの頭に手を乗せながら、悪態をつく。
「それでも、です。我ら一族は、あなたへの恩を忘れないでしょう。何か、我らに恩を返せるでしょうか」
「恩、だって……?」
「はい。体で払え、というもの以外でしたら……」
「……」
白紙の巻物をいくつか取り出し、リリリに手渡す。
「……ぼくは普通の魔法がほとんど使えない。これに魔法を込めてくれ」
「かしこまりました。では、"結界"の魔法を幾つか──……」
「! リリリよ。それは我等特有の貴重な術だ……! 人間に……よいのか……?」
「コココ。いくらこの世に邪悪なる人間がいたとしても、我らが恩を忘れる種族に成ってはいけませんわ」
「む……」
……貴重な魔法を手に入れる事ができそうだ。
まだふらつくが、立ち上がる。
ロザリアがニコニコしている。
「黄金の戦士よ。私からも礼を言わせてくれ。息子が世話になったようだ」
「……! あんたのように、エルフと組んでいる貴族がいるとはな」
「私は人として、彼らの一族を尊重しているだけだよ」
「……」
「む? セリゴよ……どうした?」
小さな金の髪の少年は、震えていた。
「ぼくは、見たんだ……ここの人たちは、とてもひどい事をされていた……! エルフとか、人とか関係ない。こんなの……間違っている……! あんな事っ、どんな理由があっても、やっていい事じゃない……!」
「セリゴ……お前……」
金の少年は、エルフ達に向き合った。
「森の民たちよ! セリゴ・アモス・シテールが誓う! 必ずあなた達が人と対等になり、共存する世界がくると! 僕が、人生をかけて勝ち取っていく! これは盟約だ!」
彼の父親とエルフ達は、目を丸くして彼を見ている。
リリリは微笑んだ。
「……そのような事が現実になれば、素晴らしい事です」
「必ず、僕がするよ。こんな事さ、起こっちゃいけないんだ……!!」
セリゴはぼくに振り向き、時のナイフを前に出す。
「……返すよ、ありがとう。あなたは、強いんだな」
「……」
ぼくと同じ金の髪に、
ぼくは、ぼくに無い可能性を見た。
「……そのナイフ、やるよ。その代わり、頼むぜ」
「え……?」
「必ず、エルフと人間が手を取り合う世の中を、作れ」
「……!! ……うん!!」
彼の父は、誇らしげに彼を見た。
リリリが、ぼくに"結界"の巻物を渡した。
「これを。障壁としても使えますが、何かを状態保存することにも向いています」
「……感謝する。ロザリア、行くぞ」
『 あぃ──☆ 』
「貴公! 待ちたまえ、此度の働きに褒賞を与えたい! 名はなんと言うのだ!」
「……ぼくは盗賊だ。貴族には名乗らないよ」
「なん、と……」
セリゴの父親は驚いた顔をしたが、食い下がった。
「し、しかし……! こちらの街の住民は、領主の圧政で疲弊している……! 彼等を元気づけるためにも、大衆に支持されるような英雄の話が必要だ!」
「元気づける……? はっ、簡単じゃないか」
「な、なんと……?」
ぼくは、エルフ達に話しかけた。
「おい、きみら……もう一つ頼まれてくれないか」
「なんなりと」
「この屋敷には、領主が溜め込んだ汚い金が、たんまりあるはずだ。それを風の魔法を使って街中にばらまいてくれ」
「き、貴公……!?」
「……あなたは自分を盗賊と仰いました。金銭はよいのですか?」
「……。金色は自分で見飽きていてね」
『 へへへ──☆ 』
「……シテール殿?」
「……やれやれ。普段なら絶対に許さないのだが……」
「ち、父上、よいのですか?」
「わ、私は何も聞いておらん!」
「決まりだな」
ぼくは金色のネックレスをリリリに突き出した。
「! これは……?」
「看取ったエルフがくれた物だ。ロケットペンダントか? 中に何か入っている。返すよ」
リリリはネックレスを見た後、
ハッとして、しかしぼくに、それを返した。
「……これはあなたがお持ちください。これはあなたが託されたものです。それに……これ一つだけでは、もうどうにもならないのですよ」
「……?」
よくわからなかったが、頂いておく事にする。
「なぁ、貴公、ほんとぉ──によいのか? なんなら王に取り合ってもよいぞ? それだけの事を、君はした!」
「……王族は、もう間に合っている」
『 へへへ──☆ 』
「──え? ど、どういう……?」
……そろそろ金髪の貴族がウザいので、
いつも通りトンズラすることにしよう。
ロザリアを側によせる。
「……リリリ、金の件、頼んだよ」
「街に金をばら撒くなど……初めての体験ですが、お任せを」
「ま、待て! やはり名前を……!」
『 ────"黄金時代"──── 』
その日、港沿いの街に、金貨の雨が降った。
それは大きな騒ぎで、何処も彼処も祭のようだった。
ぼくはそれを、目立たない高い場所から見ていた。
『 きれいだねぇ──☆ 楽しそうだねぇ──☆ 』
「……金に群がる愚か者達にも見えるけどね」
『 でも、みんなキラキラしてるよ──☆ 』
「……そうだな」
『 じゃ、いこっか☆ 』
「……ああ」
ロザリアは、立つ。
やはり、重心が偏っていた。
ぼくは……言葉にする事にした。
「……ロザリア」
『 なに──☆ 』
「お前、もう……死んでいるな?」
『 ………… 』
「その、継ぎ接ぎの体は────……」
『 うーうん☆ 』
「え……?」
ロザリアは、くるりと振り返って、言った。
『 私、生きてるよ☆
罪を償いながら、生きてる☆ 』
「────……」
『 いこっ☆ 勇者さまぁ☆ 』
アンデッドの王女は、楽しそうに、進む。
ぼくは、何も言えなくなって、後に続いた。
……西へ、行こう。
気まぐれで、通り道の奴らは、助けてやってもいいな。
ロザリアは、ぼくの鎧の光に、三ヶ月間、耐えた。










