ブレイク・ルーラーの決断
────ヒュォォォォオ────……!
「ハッ、ハッ、ハッ…………」
「ま、待つです! ギルマス! 一人でこの雪の中を行くのはダメなのです!」
雷鳴が唸る霊峰を見て、私がまず思ったのは、
「また、私のせいだ」という事だった。
二年前の、あの時。
あの方は心を痛め、出来るなら黙っていて欲しいと、
そう私に、頼んだ。
私はギルドマスターとして苦悩したが、
結局は、隠そうと決めた。
崩落の後の、あの娘の生命の可能性を、
私は、領主にも、王にも報告しなかったのだ。
その判断自体を悔やんでいる訳ではない。
だが、「狂銀を見た」という噂を知った時、
私の脳裏に真っ先に浮かんだのは、
生きているかもしれぬ、あの娘の髪と瞳の色だった。
二年の実験で、あの淡い紫色は失われていたはずだ。
ちらほらと続く"狂銀"の目撃例を、民衆たちは、
"夢でも見ていたんだろう"と笑っていたが、
私のギルドマスターとしての勘が、警鐘を鳴らしていた。
私は秘密裏に、信用できる者へ、
王への手紙を預けた。
二年前に報告できなかった、全てを綴って。
そして、「黄金の義賊」が、ここに来た。
"運命に頼れ"という、王の言葉を届けに────。
私は雪山に向かった。
居ても立っても居られなかった。
体が前へ、前へと動く。
こんな事は、ジジイがする事ではない。
だが、ギルドの職員や冒険者に頼む前に、
まず、自らが、見たかった。
「黄金の義賊」と、「狂銀」。
まさか、まさかと、思ったのだ。
心配になったチロンが、私を追いかけてきた。
アイノの一族と育った彼女だ。
雪山での立ち回りは、私より上だろう。
制止されながらも、麓まで登る。
そしてまず、チロンの耳が捉えた。
危機を察する野生の表情を彼女に見た私は、
動きを止め、彼女の目線を追う。
間も無く、私にも聞こえた。
『 ……GYAAAAAOOOONNN……! 』
何度かの、雪ごしに見える、閃光。
魔物か。
バカな。
上からだぞ。
こんな極地に、フレアバードも、
ファイア・エレメントもいやしない。
音がしなくなってからも、二人でしばらく動けぬ。
チロンはじっと空を見て、冷や汗をかいている。
彼女は受付嬢である前に、スマリ族だ。
警戒する中、それは現れた。
ご ぉ ぉ お お お 。
「……ギルマス!」
「……背中へ」
……ありえぬ。
龍に、見えた。
黄金の、龍。
小さいが、確かにあれはドラゴンに見える。
白金の翼を広げて、こちらにくる。
「そんな……ドラゴンなんて、伝説の……!」
「チロンよ、彼らは遠い大地で確かに生きている。だが、こんな街の近くに紛れ込むとは……!」
何故ここに、と考える前に、
背中にあるチロンを守る事を考えねば。
ヒゲイドと違い、戦いは得意ではないのだがな。
雪の中、こちらを見下ろす黄金龍を見上げる。
……?
何やら、フラフラとしているな……?
ぐらり……。
「……!!」
「むっ!!」
ドラゴンが羽ばたくのを止めたので、
チロンを抱えて、後ろに飛んだ。
──────ドォン!
幾ばくか、地面の雪が飛び散る。
ドラゴンが、墜ちたのか……?
少し、様子を見る。
「……ギルマス、息が聞こえる」
「……生きているのか」
「うん。でも、小さい呼吸」
私は警戒しつつも、様子を見ることにする。
弱っているなら、街の安全のため、
とどめを刺さねばならぬ。
雪を踏みしめ、近づく。
金色の髪が見えて、
あっ!! と、気づきがあった。
「────なんと!!」
「──!? ギルマス!?」
──たたたたた。
金に駆け寄った私を見て、
チロンが慌てて、こちらに来た。
「──!? そんな……!?」
「……、……!!」
金色の少女が、倒れていたのである。
「──クルルカンさん!?」
怪我を探す。
出血はしていないように見える。
黄金の鎧の下は分からぬが……!
「……! なんだ、この鎧は……!?」
「ギルマス、これ、"肉"に見える……」
彼女の鎧は、所々が"解けて"いた。
金の装甲と装甲の合間に、筋組織のような物が見える。
こんな……まさか……!!
「……ドラゴンの、鎧、なのか……?」
「──!?」
自分で言っておいて、信じることができない。
しかし、先ほどの姿は……!
だとしたら、今の彼女は、ソウルシフトの"捕食"で───……!
「た、たすけなきゃ……!」
「──チロン!! 不用意に触るでない!! もし本当にドラゴンの鎧なら、その肉は触れた者を喰らう!!」
「──!! でも、助けなくちゃいけない!! クルルカンは、チロン達の街を救った!」
「──!! ……そうだ、その通りだ」
この鎧を、ここで脱がせられるだろうか。
肉を触らぬよう、金の装甲を掴み引っ張ってみる。
……! 抵抗がある。
「……!! ギルマス、手を離す!」
「──っ!」
チロンの注意に従った瞬間、バチリ、と装甲が閉じた。
なんと……肉が内側から、装甲を引いているのか……。
離すのが遅ければ、手が挟まれていた!
「……連れ帰る他ない。鎧の下は喰われているかもしれん。くそっ!!」
「そんな……っ!」
なんと恐ろしい物を着ていたのだ、この少女は!!
あのような、穏やかな笑顔で!
風に白金のマントがなびく。
……! 先ほど、ドラゴンの羽根のようになっていたのは、コレか!
「……大きなマントだ。これを使えば、肉に触れずに運べるやもしれん」
「ギルマス、急ごう!!」
二人で雪の中、布で少女を包む。
死者を包むようで、いい気分ではない。
息はある。
風で、顔を覆っていた髪が流れた。
──ピュゥォォオ───……!
「──! ……ギルマス……」
「──っ!! 仮面が、無い……?」
無垢な少女の顔が、そこにあった。
……! こやつ……。
「……チロン」
「わかっている。チロンはクルルカンの秘密は誰にも言わない」
「頼む……顔を隠しながら、ギルドに連れ込むぞ」
"イレギュラーコール"を実行した冒険者だ。
訳ありで顔を隠していたに違いない。
その仮面が、剥がれているのだ。
これは異常事態だ。
「チロンが先導する! 後ろを、ギルマスはかけ下りる!!」
「構わず全速力で行け! 歳はくったが、まだ足腰はしっかりしている!!」
年甲斐もなく、走った。
ギルドに帰ると、受付が魚まみれだった。
ふざけている。
愚か者を無視し、チロンに奥の部屋の鍵を取らせる。
この黄金の少女の顔を見られる訳にはいかない。
と思ったのも束の間、
飛行箒に乗った魔女が横についた。
走りながら、対応する。
「むっ!? ふんっ! この口悪魔女め! 何をしにきたのだっ!!」
「マジ失礼。魚持ってきたマジカは偉い」
「チロンはビックリした。受付が魚の山だった」
こやつは……。
何故、受付カウンタを魚の山にした……。
食料を持ってきた事には、感謝するが。
「……ジジイ、マジ答えろ。物資を持ってきたのは、"クルルカン"だな?」
「──!! ……」
「……」
返答に迷う。
"イレギュラーコール"を、他言するものではない。
だが、こやつも、
この黄金の少女と同じく"プレミオムズ"だ。
……マジカは、この娘の事をどこまで知っているのだろうか。
チロンは、私の出方を窺っている。
「ジジイ。その沈黙はマジイエスだ。……クルルカン、怪我したか? カギよこせ」
私が返答に困っていると、マジカがカギを取り、
空飛ぶ箒で先に行き、部屋のカギを開けた。
扉を開けてくれたので、ありがたく中に入る。
ここには、大きなベッドがあった。
「チロン、布団を剥がすのだ」
「あいさー!」
「マジ、ひどいのか」
「それを調べる」
掛け布団をひっぺがし、ベッドに横たわらせる。
少女を包む、白金のマントを解く。
────シュルリ……。
「……! 鎧の隙間が、閉じている!!」
見えていた、内部の赤い筋組織が見えない。
金色の装甲は、ただただ美しい。
「……チロン、マジカ、頼みがある。この鎧を脱がせられるか──……、む……?」
チロンとマジカは、驚いた顔で黄金の少女を見ていた。
視線を辿ると、顔を見ている事に気がつく。
落ち着いた部屋の中で見る少女の顔。
「……。……ふむ……」
金の髪。長いまつ毛。凛とした顔つき。
……整っている。
この娘、もう少し育てば、
破壊的な美人になると断言できる。
ギルドに務める男性職員共など、
この素顔を見れば、即座に陥落するだろう。
「萌え神様は、滅びた……」
「……マジカよ。彼女と面識があるのか」
「む、前の集会で会った。素顔はマジで初めて見た」
「そうか……」
「チロン、こんな綺麗な人、初めて見た!」
「……チロン、マジカよ。この鎧を脱がせてほしい」
「……!! ギルマス……」
「なして、ジジイがしない? マジエロガッパ共と違って、ジジイは欲情しないだろう」
「……ふんっ、女性への機微があるという事だ。脱がされる方の事を考えるとな。それに……」
「なんだ、マジな顔して」
……ここで何も言わずに帰す事もできないだろう。
チロンが不安な顔でこちらを見ているが、
判断は、私が下さなくては。
「……マジカ。この金の鎧は、ドラゴンの物である可能性が高い」
「ま……。………マジでか。なるほど……。おっぱいがおっぱいを探っていたのは、そういうワケだったか……」
「……!」
「??? チロンわかんない」
……おっぱい……?
"オシハ・シナインズ"の事か……?
この娘の鎧の事は、プレミオムズ達は知っているのか?
……いや……。
「……マジカ。例の物資、ドニオスからの"イレギュラーコール"だ」
「──!! ギルマス!?」
「……マジ納得」
「緘口令を敷いている。お前にも……」
「ギルマス! いいのですかっ!?」
チロンが慌てている。
基本としては、他のプレミオムズにも、
このような事は言うべきではない。
彼女の異常な運搬能力の情報が、
他の街に持って行かれてしまう可能性がある。
しかし……もう、隠していた顔も見られている。
それに、この者の魔術的な知識は頼りになる。
「それを踏まえた上で、頼む。マジカ、お前の知識でドラゴンの鎧を脱がせられるか。彼女……アンティが負傷していたら、治療のやり方も相談したい」
「…………」
マジカは少し黙っていたが、
「……マジカはこの前、クルルカンに飯を奢ってもらった。マジカは、このクルルカンが好きだ。マジで飯はマジ美味かったけど、それだけじゃない。こいつはマジいい奴だ。ウチは、このクルルカンの飯と心がマジ気に入ってる」
「……!」
「……」
口の悪いこやつが、
ここまで好意を口にする所を、私は初めて見た。
「ウチは、クルルカンが困るようなことは、マジで絶対言わん。でも、ウチの知識は、アテにならないぞ」
「……それでも頼む。もし"捕食"のソウルシフトが生きているなら、チロンだけには任せられん。他の職員も、出来れば呼びたくない」
「……わかった。んでも、表情はマジ落ち着いてるように見える。……クルルカンの顔、マジ萌え神殺しだな……」
「や、やってみるのです!」
マジカとチロンが頷き合い、黄金の鎧に近づいた。
……アンティ・クルルの気持ちを考えると、
男性である私はいない方が良いだろうが、
ギルドマスターとして、
このまま立ち去る訳にもいかぬ……。
「むむ……マジわからん。前も思ったけんども、マジでこの鎧、継ぎ目がない」
「チロンが研修で習った装備の構造の、どれにも当てはまらないのです……コレを作った人は、天才」
「……本当にドラゴンの鎧なのかはわからん。だが、その鎧の内側は、筋組織で覆われているようだ」
「……!! マジか……。クルルカン、マジパネぇ……」
「うう〜〜……、チロン、チンプンカンプン……」
マジカは少し考えていた。
「マジわからんが……マジックアイテムである鎧は、魔力が減ると防御力が増す類の物が稀にある。ウチはユユユと違って回復はマジヘタクソだが、"魔力回復"はマジすげぇぞ」
「……! なるほど。魔力が回復すれば鎧が僅かにでも緩むかもしれん。やってみてほしい」
「……マジ期待はすんな」
くるくるくる、ブォン!!
マジカの箒が宙を舞い、
彼女の手に吸い付く様に持たれる。
────ファァアア……!!
足元に、紫の光の線で魔法陣が描かれ出す。
「! わぁぁ……!」
「……流石だな」
無風の部屋の中で、
小さな魔女の服が、魔力の奔流になびいている。
『 ────"魔力回復"────!! 』
魔法陣から、紫と白の光の粒が、吹き荒れる。
これは……範囲回復系か。
私とチロンまで、魔力の上限値が上乗せされているようだ。
魔物との戦いでは、彼女がいれば魔素が切れる事は限りなく無いだろう。
流石、"魔法職"のプレミオムズといった所だろう。
魔力の光が収まった。
「……どうだ、マジカよ。何か変化はあっただろうか」
「────!? …………マジ、、、か」
「? どうしたです? マジカさん……」
マジカはもう一度、箒を構えた。
『 我が親愛なる仲間の、魔素を回復たらしめよ! 』
────……!
詠唱を、破棄しなかった……?
『 ────"魔力回復"────!! 』
再び、神秘の魔法の光が場を支配する。
……しかし、何故……?
光が再び収まった。
マジカは立ち尽くしている。
「……どう、した……?」
こちらを振り向いたマジカは、
表情が分かりにくい彼女にしても、
明らかに動揺していた。
先にチロンに釘を刺しておく。
「……チロン、ここで見た事、聞いた事は、他言無用だぞ」
「わ、わかったですが……」
チロンも私も、マジカが何を驚いているのか、
まだ理解していない。
「……三人の秘密だ……」
「……! マジ、だぞ……」
マジカが口を開く。
「マジわからんけど……クルルカンには……こいつには、魔力がマジで全く無い。ウチの魔法、マジ少しも効いてない。ウチも初めてでわからんけど……たぶん、"魔無し"ってヤツかもしれん」
「────!!」
「そ、そんなはずない! チロンは見た! クルルカンさんは力が強かったり、パッと火をつけたり……いっぱい物を運べたりするっ!!」
「でも、マジで魔力は、全く感知できないぞ……」
複雑な感情が私に押し寄せる。
魔力が感知できない、だと……?
何かの能力は発現しているのに魔力がない。
その現象を、私はかつて、
ヒロガーから報告された事があった。
それでは、まるで。
あの子のようではないか……。
──────ギィン……!
「「「────!」」」
金属音がした。
何かが床に落ちた。
まさか鎧の装甲が、どこか脱落したのか?
マジカがしゃがんで拾っている。
「……! マジ、かよ……」
「マジカさんっ、どうした──……ッ……!」
マジカが拾った物を見たチロンが、息をのんだ。
「ふんっ、どうしたというのだ……?」
「ジジイ、見てみろ……」
「……?」
差し出される。
何だ? これは……。
銀色の、破片……?
手に取り、向きを変えて見てみる。
……わかった時の、衝撃は大きかった。
「 ────こッ……、これはッ………!!? 」
仮面だ。
銀の仮面の、破片。
ここに眠っている、彼女の物ではない。
ここが、目の穴で。
だから、これが、ツノだ。
────────バカな──……。
あの子の姿が、浮かんでしまった。
「ギルマス……」
「……ジジイ、何が起こっている」
ここにいる三人、全てが思ったに違いない。
まるで、絵本の続きの様だと。
ヒゲイドの伝言が、脳裏に蘇った。
"絵本の続きに、気をつけろ────"
「……マジカ。ギルドマスターとして、頼みがある」
「……何をだ」
「北の霊峰、ヴァルター山を調べ、ある者を捜索……場合によっては討伐する。王から許可は貰っている。今から冒険者達を募る。その指揮をとってもらいたい」
「──!! ギルマス……?」
「……何を、探し出す……」
手の中の銀の破片が、こちらを見つめている。
「わかっているだろう? "狂銀"だ────…… 」
(;^ω^)さいしょ、オシハさんとヒキハさん間違えてました(笑)










