おひろめはぐるま
お母さんの膝のうえに、ちょこんと収まっている。
私は、その、15歳にしては小柄なほうだ。
「アンちゃん髪のびたわね~」
母さんが、さらさらと撫でる。
私の髪質は父さん譲りで淡い金色で、線が細い。
リボンで結わえてもすぐにとれてしまうのが難点だ。
「切ろうかな」
「もったいないわ~」
「でもしばれないしな……」
私の髪はもうすぐ腰に届くか届かないかだ。
お母さんに止められ続けてここまできたが、これ以上は限界かも。短くしないにしても、長さは維持しないとな。
「それで、最愛の娘よ、どんなけったいな魔法こさえてきたんだ」
「こさえてはないわよ!」
なんで私が初めて作ったみたいな表現なのよ。
……でもさっきの話きいた後で、隠し事はできないな。
「……歯車法」
「「はぐるまほう?」」
「歯車を、生み出す、スキル」
「なんだそれ」
「おもしろそうね~」
「おもしろくはないんだかんね……」
手のひらを上に向ける。
ちょっと上の空間から、にゅっ、と金属の円盤がでる。
「おおっ」
「まぁ」
にょきにょきにょき。
くるくるくるくる。
じょうずにはぐるま、でっきまっしたー。
「きれいね~」
「はっはっは! おい! 回ってるぞ! すごいな!」
「それよりも金色の金属? がでるのが神秘的~」
「淡いオレンジじゃないか?」
「じゃあオレンジのゴールドよ。可愛いわね~」
「いや歯車が可愛いって……」
あきれた。こんなにすんなり受け入れられるなんて。
悩んでた自分がばっかみたい。
「これはいくつも出せるのか?」
「え? ど、どうだろ」
もう片方の手も上に向ける。
にゅ。
にょきにょきにょき。
くるくるくるくる~。
ふえたで。
「はっはっは! いい! いいじゃないか、娘よ!」
「ちょっと! バカにしてんの!」
「あっ、今、大きくなったわ~」
「えっ」
「アンちゃんが叫んだ時、歯車が一瞬だけ」
「大きさも変えられるのか?」
「えっと」
しゅ!
「おおっ広がった!」
「よく回るわね~」
大きさ変えられたんだ……。
落ち込んでて何も試さなかったしな。
あ、もとの大きさに戻った。
「あ〜これ! どこかで見たことあると思ったら~」
母さんが突然、私をおろし、2階にトコトコ登っていく。
しばらくして戻って来たと思ったら、手に一冊の絵本を持っている。
「それって……」
「好きだったでしょう、"太陽の巫女"の絵本」
懐かしいな。昔よく読んでもらった。
話を掻い摘むと、太陽の巫女がなんやかんや旅をして、なんやかんや色々な人を助け、なんやかんや太陽の力で平和を守る話だ。
「ほら、見て、このページ」
「なるほど、確かにそっくりだ」
母さんが開いたページは、ラストシーン。
太陽の巫女が、太陽の力を手に集めている場面だ。
片手をあげた女性の絵の上に、デフォルメされた太陽のイラストが描いてある。その挿し絵の色とカタチが、まるで、はぐるまなのである。
「うわ、ほんとに似てるね」
「意外とこの本の巫女は、太陽の巫女じゃなくて、はぐるまの巫女なのかもな!」
「何いってんの」
「でもほら並べるとそっくりよ~」
父さんの言うように、この絵本の正式なタイトルは、太陽の巫女ではない。この絵は元々、ある遺跡から発見された絵を、出版ギルドが解析して販売したらしいもので、結構、有名な絵本だ。今、目の前でくるくるしている小さな歯車と、絵本の太陽? の大きさが大体同じだ。並べると確かに似ていた。
「でもこんな魔法じゃ何もできないよー」
「そんな事ないだろ、卵とかすぐ混ぜれそうだろ」
「ちょっと!」
「はっはっは! まぁそれは半分冗談だがな、アンティ。その魔法はやはりお前だからこそ、手にいれたものだと思うぞ」
「な、何でよ」
「いや詳しく説明は出来んが、やはり色だな!」
「色って」
「その歯車の色は、お前の髪と瞳を彷彿とさせるよ」
「そうね~まさにその通りだわ~」
「そんな理由だけで……」
「でもな、お前の隣で回るその歯車は、何というか、しっくりきているよ。確かにそれは、お前の力だ」
う~ん何だか変な方向に丸め込まれている気がしないでもないけど。
「それになアンティ。さっきお前は、こんな魔法じゃ何もできないと言ってたが、ちょっと来なさい」
「んぇ?」
向かったのはお店の入口、外だ。
辺りは夕焼けと夜の間。
幻想的な光景だが、もうすぐくる暗闇の前に人々はいそいそと動いている。
「あれを見ろ」
「……子供だね」
家に帰るところかな。藁紙でできた風車を持ってるね。
くるくるくる。
「回っているだろう」
「うん? うん」
そういう玩具だかんな。
「あれも見ろ」
「はい」
馬車だね。もうすぐ暗くなるから少し慌ててるみたい。
車輪がキコキコと音を立てて離れていく。
「回っているだろう」
「は? えと、はい」
「そしてコレだ」
父さんが指さしたのは、私の横で回る歯車。
今日も元気に回っちょります。
「何が言いたいのですか」
「あのなぁアンティ」
やれやれみたいに振る舞われてもねぇ……。
「いいかアンティ。風車は子供を楽しませるために回っている。馬車の車輪は、人を運ぶために回っている」
「…………」
「回るっていうのは、何かの力になるはずなんだよ。さっきは冗談だったが、この歯車を卵に突っ込めば、間違いなくすぐに溶き卵になるぞ。やれる事は沢山あるはずなんだ」
父さんが伝えたい事はわかった。確かに、筋が通っている?
こんな力でも何かに役にたつ可能性があるって事。
「父さん。そう言ってくれるのは嬉しい。そうかもなって思う。でも、この力では、学校の授業にはついていけないと思う」
「あれか、15歳からの」
「うん。生徒全てが満15歳になったクラスから、授業の、ほとんどは実技、座学は各自学習になる。座学の試験だけでも最低限の卒業単位はとれる。でも、進学や魔法関連の就職は無理だよ」
「うーん、アンティ。父さんと母さんはな、実は魔法を上手くなって欲しくて学校に入れたわけじゃないんだよ」
「え?」
「私たちの子供の頃ってね、まだこの街はなかったし、子供が一箇所に集まることは少なかったのよ~」
「同年代の友達を、たくさん作ってほしかった」
「…………」
友達っていうか、腐れ縁、悪ガキ、性悪女とかはいるけど……。
「はっは、誰を思い浮かべてそんな顔をしてるのか知らんが、お前のクラスの子は大体この店に食べにきてるだろう。中々いい奴らじゃないか」
「そりゃ、憎くてしょうがないとか、そんなんじゃないけど」
「みんなと言い合ってるアンティちゃんは楽しそうだよ~」
言い合ってる時点である程度のいさかいにはなっているんですが。
「そっか、でもね父さん、母さん。2人には悪いと思うけど、私はやっぱもう食堂看板娘に……」
「じゃあ、こうしようぜ、アンティ」
「?」
「こんな言い方したら気を悪くするかもだが、オレたちはお前の魔法の腕なんかどうだっていい。お前はできた娘だ。調理場にいてくれたら百人力だしな!」
「だったら」
「でもな、アンティ。お前が看板娘になる事は、何時だってできるじゃないか。」
「そうよ~だから、色々試してみない?」
「ためす?」
「ああ。その横で回ってる相棒で、何ができるのか、どんな事ができるのかをさ」
「ふふふ」
これが、相棒、なのか?
でも、そうだね。
せっかくだし、ちょっとだけ。
「わかったよ。少し、自分を試す時間を貰うね」