おあがりなさるな さーしーえー
入学したての、12歳の頃に、門番のおっちゃんに、きいた事がある。
「なんで、冒険者、辞めちゃったの?」
おっちゃんは、口にしようとしたお酒を、ピタリと止め、少し、悲しそうな、自分を笑うかのような笑みを浮かべた。
「……1度だけ、とんでもないバケモノに会ったことがある」
「! それってそれって、まもの?」
「ああ……ホンモノの、化物に……」
「おおきかった?」
「ああ」
「つよかった?」
「……逃げたんだ、わからない」
「にげたのか〜〜……」
「……なぁ、アンティ」
いつもおっちゃんは、"嬢ちゃん"って呼ぶのに、この時は、名前で呼ばれたのを、覚えている。
お酒の力なのか、はたまた、1人の人間として、聞いて欲しかったのか。
「なぁに?」
「あいつらが……大きな魔物と戦うのが、何故こわいか、わかるか?」
「ん〜〜? つよいから?」
「あぁ、それも正解だ」
「えっと、こわいから!」
「それも、間違いじゃない」
「え〜!! 何それ、わかんない!」
その時の私は、とても気軽に話していたと思う。
でも、今考えると、この時のおっちゃんは、苦い顔をしていた。
苦い、苦い顔をして、おっちゃんは、正解を教えてくれた。
「エサがないからだよ」
「え?」
「大きい魔物はな、エサがないんだ、まったく」
「…………」
おっちゃんが、母さんのサラダから、赤い小さな実をつまんで、目の前に置いた。
「1日に、これだけしか食べられなかったら、どうする?」
「えっ……」
こんな、小さな、実だけ?
「……こまる」
「はは、そうだな。……じゃあ、1週間に、これだけしか、食べられなかったら?」
「…………かなしい」
「あぁ……その通りだ。じゃあ、もっと、もっと食べられなかったら、いったいどうなると思う?」
「………………わかんない」
「────怒るんだよ。ほぼ、例外なく。」
「!!」
おこる?
「なぜ、こんなにも食べられないんだ!!!」
「なぜ、肉がどこにも落ちていないんだ!!!」
「なぜ、俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ!!!」
「ふざけるな!!」
「ふざけるな!!」
「ふざけるな!! ……ってな……」
「…………」
「? アンティ?」
「うぅ……」
「あっ……すまん」
その時は、後からきたお母さんが、おっちゃんに一撃いれたので、怖さを忘れるくらい笑った。
でも、いま。
私は、その時の、おっちゃんの言葉を、
鮮烈に、思い出していた。
「ぎぐごぉぉおっぉぉぉぉおっぉぉおああああっあああああっああアアアァ────────────!!!!!!! 」
あ、ああ、あ。
「あ、あ、ああ……」
────怒っている。
────狂っている。
────怒り、狂っている。
私は、
私は、初めて、
あなたに、会ったのに。
なぜ、
なんで、そん、な
私のすべてをにくんでいるの。
『────検索完了。
対象名【 シガラグレイル 】
弱点部位:口。弱点属性:火。
全長38メルトルテオルバ。
ユニーク認定。危険です。』
「────」
『────危険です。』
「────」
『────危険です。』
「────あ」
────ぎゅぐるうおおおおおぅん……。
鳴き声か、腹の音か、わからない。
大きな、獣の身体が、ほどけた。
さきほどまで、四つの大樹で支えられたカラダからは、いくつもの蔦がのび、うねっている。
もう、獣の形すらしていない。
ただの、バケモノだ……。
──バギィ! バギギァ……
体の表面が、盛りあがっている。
地面から、芽がでる様を、早送りしているような。
それは、生き物であったか?
新しい、命であったか?
「……ひっ!」
蔦だった。夥しく巻き付いた蔦の先に、
獣の頭があった。
フォレストウルフだ。
────私は、理解した。
「ああ…あ……。こ、いつだ…」
蔦は、ヤツから、切り離されない。
オオカミの頭を持った、邪悪な蔦が、こっちを、見ている。
「こいつか、ら……ぜんぶ、うまれたんだ……」
クチをあけた。
その、枝にまみれたクチを。
それは、牙であったか、杭であったか。
「ぜんぶ、こいつの、こどもなん、だ」
私は、いっぱい、やっつけたから。
「────やりかえしに、きた」
『────回避申請。』
こちらを、向いている。
「だから、くいに、きたんだ」
『────回避しなさい。』
うなりを、あげている。
「だって、わたし」
『────よけて。』
しなりが、強くなり、そして────
「まもりたかった、から────」
『────よけなさい!!! アンティ────!!!』
────クゥオオオオオオオオン!
フォレストウルフと、同じ太さの蔦が、
私のおなかを、貫いた。










