雪の夜に
『────背景:黒を推奨。』
夜が近い。
今日も、あの子は外に出ない。
部屋で布団を被り、じっとしている。
なぜ、あんなに怯え、後悔しているのだろう。
こんな時に、両親が家に居れば、何かが違うんだろうか。
……いけない。
私が気弱になってはいけない。
今、あの子の側にいる肉親は、私だけなのだから。
私がまず、あの子を信じてあげないといけない。
雪は、シンシンと降り積もっている。
前までは、もう少し明るい家だった。
ポツンと、椅子に座っている。
「…………」
コン、コン。
「!」
最初は、窓に当たる雹かとも思った。
今日は、風はない。
窓の外の雪は、シンシンと、柔らかく、
全てを覆うように、降っている。
コン、コン。
「……ノックだと言うの?」
こんな夜の前に……いったい誰だろう。
この雪だ。今は、暗くなる前に、みんな帰るというのに。
緊急の連絡だといけない。
椅子を立った。
コン、コン。
「…………」
ドアの前まで行って、少し不安になる。
家の中は、節約のため、ほとんど光がない。
私みたいな子供が出て、もし怪しい人だったらどうしよう。
「 ごめんください 」
「……!」
女の人の声だった。
私の背より、少し高い位置から聞こえた気がする。
綺麗な声だったので、少し恐怖が和らぐ。
……。
────あけますか? ▼
▼はい いいえ
……ドアを、開けることにした。
柱の備え付けの小さな魔石に、明かりを灯す。
ガチャ、リ──……。
「あ……こんばんは。家の内側にドアが開くのね」
「 」
唖然、とする。
…………。
「あっ、えと、この格好は、その、ごめん……」
「…………」
私より、少しだけ背の高い、女の人だった。
でも、大人の人じゃない。
怖い人ではなくて、少し安心したけど、
次に私に生まれた感情は、怒りだった。
「……バカにして、るんですか……」
「え……?」
「弟のことを、バカにしてるんですか?」
「え、ちょっと……」
「弟が、狂銀を見たから! そんな格好で来たんですか!」
「あ……ちが……」
「そ、そんな子供騙しじゃあ、ないんです……! あの子は、本当に怖がっている……!」
「……」
「こんな雪の日に……」
「……ごめん、なさい」
「……、──」
金色のお姉さんは、申し訳なさそうに謝ってしまった。
下を向いて、俯いている。
……髪が、綺麗な人だと思う。
なんだか、不思議な感じの人だ。
興奮して、つい大きな声をあげてしまった。
よく見ると、夜なのに、恐ろしいほど綺麗な鎧だ。
これは、子供を騙すために仮装したものだろうか。
……。
「晩ご飯を、預かったんだけど……」
「……──!」
「今日は……すぐ帰ったほうがいいかな」
「ぁ……」
どうやら、悪い人では、ないみたい……。
格好どおり……と言えるかもしれない。
ふと、この人の足元を見る。
……! 雪が、ない?
「……はは」
「……?」
金色の足を避けるみたいに、溶けている。
……? この家のドアは内側に開くから、
少しくらい雪が積もっても外に出られる。
でも、この人が立っている玄関の外に、
全く雪がないのは、なぜだろう?
……本当に、不思議な人だ。
見上げた先には、本当に絵本から出てきたような、
金の仮面がある。
「……渡したら、すぐ帰るよ。ごめんね……」
「あの……」
「…………おねえ、ちゃん?」
「──!!」
「ぁ……きみ」
ラメトが降りてきたのは、意外だった。
さっき大きな声を出したから、
二階まで、聞こえたのかもしれない。
布団を、被ったまま、降りてきている。
「……弟さん」
「…………!」
止まっていた思考が、動く。
この人と、ラメトを会わせていいのだろうか。
いま、この子は不安定だ。
雪の夜に浮かび上がる、まるで人ではないかのような、
神秘的な金色の人。
なんだか、絵本の世界に巻き込まれたみたい。
ドクンと、ラメトを見る。
「 … … … ! 」
ラメトは、硬直したように、目を開ききっていた。
彼は布団を床に落とし、玄関のその人まで、駆け寄った。
───ドタドタドタドタドタドタドタ!!
「───狂銀をっ!! 倒しにきてくれたんだねッッ!!?」
「えっ、ちょ……!」
物凄い勢いで、ラメトが、彼女にしがみついた。
私も、彼女も、呆気にとられている。
「あ、の……」
「──そうなんだねッッ!? よかった……! 本当に、よかった……! ぼくは……ぼくのせいで、みんなが危なくなったら、どうしようって……!」
「…………」
「ラメト、あなた……」
「──お願いだよ! 狂銀を倒してッッ! この街のみんなを、守ってほしいんだ!! お願いっ……! お願いっ……!」
気圧されるくらいの、あまりの必死さ。
……こんなに、張り詰めていたなんて。
でも……そんなこと、頼んでも……。
「……ラメト。その人は、本当のクルルカンじゃないわ。綺麗な女の人でしょう……?」
「ぅ……」
「ほら、風邪をひくわ……もうお部屋に戻りましょう」
「──ちがうよっ! この人なんだよっ!」
ラメトは、彼女の長いマントを掴み、
ガシガシと、身体を揺すった。
「──ぜったいに、この人なんだ! だって! あっちもそうだったものッッ!!」
「──!」
「──!?」
それって、どういう意味だろう……。
「お願いだよ……きょうぎんを、たおして……クルルカン……」
「……──!」
「──ラメト!」
崩れおちるラメトを、この人は抱えてくれた。
「すぅ……すぅ……」
「……寝て、いるわ……」
「布団にはくるまっていたけど……こ、この子は、あまり眠れていないの……! ずっと……ずっと!」
「……寝室まで、運ぶわ。あなた達、二人暮らしなんでしょう。……お家に上がって、いぃ……?」
「……!」
目の前の金のお姉さんは、
しっかりとラメトを抱き上げている。
姉とはいえ、私の体は大きくはない。
「お願い、します……」
「うん……お邪魔します」
お姉さんの足音は、甲高い音がした。
雪の外から来たはずなのに、全く床に汚れがつかない。
二階の寝室に、ラメトを運んでもらう。
「 」
「……」
「……」
うわ言でも、ずっと……。
金色の瞳を見ると、なにか、真剣な表情だった。
その時、私はここが、
物語の1ページになってしまったかのような、
そんな感覚を覚えた。
静かに二人で、一階に降りる。
「……」
「……」
なんで、あんなに、あの子は……。
「……児童館の女の子に、頼まれたのよ」
「……え?」
「今日のご飯を、あなた達に届けてくれって」
「……! たぶん、クーだわ……あの子、ラメトをいつも……」
「カレーライス、好き?」
「……! はい……」
「ふふ、よかった」
一階の机の上に、シュルリとマントが被さる。
とてもよい香りが、部屋に広がった。
「……! これっ……!?」
「弟さんが起きたら、食べさせてあげて」
「いつの間に……」
「それと……」
「えっ──……」
すぅ、っと。
金色のお姉さんが、私の前にしゃがんだ。
あんなに大きな足音なのに、あっという間に側にいる。
光の手で、頬に触れながら言われる。
「あなた……まだ小さいのに、とってもしっかりしてる。でも、あなたも食べて、休みなさい。とても、つらそうに見える」
「……! つらいのは、あの子で……!」
「同じよ。あなたも、それを半分、支えてあげてる」
「……ぅ! ぅ……」
「たいへんだったね」
「ぅ、ぅぅ〜〜」
とても、優しい人だった。
夜の不安が、ゴツゴツしているはずのグローブから、
柔らかい優しさで、溶けていくような。
「……お水、ある?」
「少しなら……」
「サービスするわ」
知らない間に、スプーンとお水のコップがある。
涙を溜めながら、ポカンとした。
そのまま、金の仮面を見る。
「きひひ」
ニカッと、笑った。
「じゃあ……私、帰るね」
「ちょ……ちょっと、待って!」
「え……?」
「た……食べ終わるまで、側にいて……!」
「……」
なんだか、突然さびしくなって、
思わず、子供っぽい頼みをしてしまう。
顔が、赤くなるのがわかる。
「ええ、いいわよ」
「……!」
この時には、もう、金色の姿に、
違和感はなくなっていた。
「……、はぐ……」
「どぅ……? あっ、チーズ大丈夫?」
カレーライスは、今まで食べたものの中で、
一番美味しいと思えるものだった。
「お、おいしい、です……」
「……うん」
鮮烈な香辛料の香りが、
なんだか力強く、世界に色をつける。
生きているって、感じがした。
「おいしい……」
「ん……」
もぐもぐとしながら、
横で、机に肘をついている女の人を、改めて見る。
不思議だ。こんな人が家の中にいるのに、
もう、違和感がない。
ぼーっとして見ていると、お姉さんは、ハッとし、
申し訳なさそうな顔になった。
「……この格好のこと、ゴメンね……」
「ぇ……? ぁ……」
「その、怒るよね、そりゃ……。言い訳じゃないんだけど、私、いっつもこの格好なのよ……ゃ、それもどうなんだ、って感じだろうけども……あなたの弟さんを安易に傷つけようとか、そういうんじゃ、ないんだ……」
「ぁ、の、いえ。私もつい、大きな声を出してしまって……」
「うーうん、あなたの言うとおりだわ。私、本物じゃあない……」
「──っ! で、でもっ! ラメトは、救われたわっ!」
「──!」
「あの子が森から帰ってきて、あの子は必死で訴えたけど、中には笑い飛ばす人もいたわ! ううん、ほとんどの人が信じてない……ラメトは、本気でみんなを心配してるのに……!」
「……」
「あなたが来てくれて、ホッとしたんだと思う。あの子がちゃんと眠るのは、本当に久しぶりなの……」
「……あなた、名前……」
「ノンノ」
「……そぅ。ノンノ、教えてくれる……? あなたの弟さんは、いったい何を見たのか、を……」
「……! ……」
「話したくないことを、話す必要はない」
「……ぃ、いえ……」
カラになったお皿に少し目を落としたけど、
私は、しっかりと、金の仮面の方を向いた。
「……信じないかも、だけど……」
「きかせて」
「あの子たちは……森で、女の子の幽霊を見たの」
「……!」
「最初は、地面の雪が逆さ氷柱みたいに凍りだしたんだって」
「……」
「すると、その氷の棘が、どんどん黒くなっていって……気づけば、木の影にいたって」
「そ、れで?」
「あの子ね? 追い払おうと思って、持っていた"狂銀の仮面"を投げつけたんですって」
「……"狂銀の仮面"?」
「も、もちろん、屋台で買ったものよ……? 偽物の、お面……」
「……」
「仮面はね、当たったんですって。幽霊に」
「ゴーストに?」
「ええ。そしたらその女の人は怒って……そして……」
「う、ん……」
「──"本物の狂銀の仮面"が、女の人の顔から、生まれたんですって」
「──! 仮面が、うまれた……?」
「うん……そう言ってた。僕のせいで仮面が復活してしまった、って……」
「……」
「それから、雪がやまなくなったの。ずっと、怯えてる……自分のせいで、"狂銀"が復活したからだって、ずっと……」
「……」
「……! あっ……」
お姉さんに、抱きしめられた。
とても、優しい香りがする。
「話してくれて、ありがとう」
「ぁ……」
「あなたも、もう寝なさい。大丈夫。今日は、ゆっくり眠れるから……」
「うん……」
目の前を、サラサラと。
光のような髪が、流れた────。
気づけば、朝だった。
いつの間に、寝室にいたのだろうか。
ラメトの寝室にいくと、ゆっくりと眠っていた。
一階に、駆け下りる。
玄関のドアのカギは、閉まっていた。
カレーのお皿はない。
お鍋のひとつから、よい香りがする。
まだ雪は、降り続いている。
すぐにギルドの人が物資を届けにきた。
今までより、とても多い。
「詳しくは言えないけど、すごい冒険者の人が持ってきてくれたんだ」
そう聞いて、私には真っ先に、
あの人の姿が浮かんだ。
……もしかしたら、本物だったのかもしれない。
今は、そう思う。
何かが、動き出すような気がした。
まだ、雪は降り続いている。
私たちの街を、凍らせ続けている。
あの人は、この白銀を溶かせるだろうか。
家の中に戻った私は、
あの絵本を、探しはじめた。