クルルカンのぼり
ちょっと二巻の準備で
ふにゃふにゃかばモードです(✽´ཫ`✽)。・:+°
「……あ、あ、あ……」
迂闊だった……。
私は、なぁんて甘かったのだろう。
甘口。私なんて、超甘口食堂娘だ。
「そ、そんな、まさかっ……!」
この可能性を、私は予測できたはずだっ!
チロンちゃんが優先して炊き出しをしたい場所!
ギルドの総意を無下にしてまで、急ぐその理由!
つまりっ!!
お腹を空かせた者たちが、我慢が苦手だということ!
「な、なんてことなの……こんなことって……!!」
「?? クルルカンさん何してるです? チロンも流石に寒いですので、さっさと中に入るですよ? ぐぃぐぃ」
「ちょ、ちょま、心の準備がぁ……!」
やばい、やばいわ!? ここは敵地よっ!?
完全にアウェイだわ!
ちょ、まってまって、待って待って待って待って……!
うぅぅああああああああぁぁぁ……。
たすけてえぇぇ……。
『 パートリッジ総合児童館 』
チロンちゃんに押し込まれた建物の玄関には、
そう、書いてあったん。
「う、うみゃみゃみゃみゃみゃみゃ……!!」
『────……。』
『>>>……試練だねぇ……』
──私の名前は、アンティ・クルル。
"黄金の義賊クルルカン"の格好をした、炊き出し屋である。
「「「「「わぁ────!!」」」」」
そして現在、戦闘中です。
『────アンティ。
────背部装甲に組み付かれました。
────バランスに気をつけてください。
────右脚部は完全に捕縛されています。』
『>>>あー後輩ちゃん。右マフラーは完全に相手の手に堕ちたね。いま登ってきてる。その首に掴まってる女の子の足が当たらないように気をつけてー』
『────"力量加圧":全て遮断。
────落下の可能性がある対象をマーカーします。
────全力で保護してください。』
『>>>あーこれ防衛ミッションだな。あっ、右手掴んでる男の子は登ってきそうだから注意し……ぁーあー言わんこっちゃない』
『────完全に:包囲されています。
────逃走:不可能判定です。』
『>>>やばい、クラウンちゃんが掴まれそうになってる。回避! 回避!』
『────ギャ────。』
た──す──け──て──。
「うわぁああ!! クルルカンだぁ──!!!」
「すげ──!! マントかっけ──!!」
「きんぴかだ! きんぴかだよ!?」
「く、クルルカンが女の子だぁっ!!」
「このかんむり、なに──??」
「髪なっげ──!! ピカピカサラサラだ──!!」
「のぼれのぼれぇ──!! つぎだぁ──!!」
「あはははははは!! ねぇ、お姉ちゃんどこのクルルカン!?」
しょ──く──ど──う──よ──。
「あ、あの……子供たちが嬉しそうなのは良いのですが……あの方にご迷惑ではないでしょうか……」
「大丈夫なのです。チロンが思うに、あれくらいでヘコたれるようなクルルカンではないです。黄金の義賊におまかせなのです!」
「は、はぁ……」
おいこらチロンよ。
保母さんと呑気に話してんじゃねぇ。
たすけれ。
こちとら天下のクルルカンやぞ。
ちょ、おま、髪掴むな、引っ張んな。
てめぇ、靴を脱ぐんじゃねぇ。
パンパン。
「はーい、チロンの前に並ぶですよー。チーズが苦手な人は言うですよー」
「「「「「は────い!!」」」」」
「しくしくしくしくしくしく……」
床に突っ伏して、私は泣いていた。
おかしい。
なぜクルルカンの格好をしてるだけで、
ガキんちょ共に登られねばならないのだろうか。
どこかの神が"絵本の主人公には登りなさい"と、
教えを説いたのだろうか。
てやんでぇこんちくしょうめである。
『────戦闘終了。
────18フヌ:24ビョウ経過。
────児童グループに怪我人:無。
────ミッション:コンプリート。
────お見事です。』
『>>>最後、いつの間にか肩車してた女の子いるじゃん……あの子、ただもんじゃないよ。たぶん名のある冒険者になるね……』
「……髪の毛、ちぎれてなぁい……?」
『────私が:そんな事はさせません。』
『>>>積層アナライズコーティングしたから、ワイヤーみたいなもんさ。子供の2人や3人、かるいかるい!』
「あっそぅ……」
自分の髪の毛をワイヤーにしたい女の子が、
この世に存在するだろうか……。
「「「うっっめぇ────!!!」」」
「「「おいし────!!」」」
「すっげぇ、これ、チーズがはいってるよ!?」
「こんなの初めて食べた──!」
「はふっ、はふっ! んぐんぐ」
ふん。美味しそうに食べてくれちゃって。
……ふふ。
しかし、チロンちゃんも人が悪い。
お客さんが子供なら、先に言っとけってんのよ。
オニオンをけっこう使ったし、カレールーの辛さは大丈夫よね?
よしょっ、と。
……キンキン。
「……チロンちゃん、私にも、ちょーだい」
「クルルカンさん!! お疲れ様なのであります!」
「……なんか喋り方、変じゃね?」
カレーを食わしてから、チロンちゃんの様子がおかしい。
ほら……アレよ。
カーディフの街の、コノボさんみたいね……。
『>>>コノボさんって誰?』
『────"門番のおっちゃん"の:部下です。』
『>>>あーぁ……んん……??』
よろよろと、子供たちの座る、ながぁい机に近寄る。
「──! クルルカンのお姉ちゃん! ここ、空いてるよ!」
「クルルカンでも、カレー、食べるんだね!!」
「……私にも胃袋はある」
子供たちの間に、座る。
とても可愛らしい高さの椅子だ。
「はむっ、はくっ」
「んむ〜〜♪ もぐもぐっ」
みんな夢中に食べているので、そんなに騒がれなかった。
カレーの魔力は恐ろしい。
チーズが嫌いな子はいないようなので、ホッとする。
あむっ……。
ふぅ、美味しい。
「これ、クルルカンが作ったの!?」
「ん? あそこのキツネお耳のお姉ちゃんと一緒に作ったのよ」
「すごいね! 私、およめさんにほしい!」
チロンちゃんが、年下の女の子にロックオンされた。
ワィワィ、カレーパーティをしていると、
たっぷりチーズまみれのカレーライスを持った、
ふっくら体型の美人保母さんが、前に座った。
「あなた、冒険者の方なのよね? 本当にありがとう。最近は、やまない雪のせいで、こんなに元気な食卓はそうそうなかったの!」
「あ……いえ。でも意外です。子供って、雪を楽しみそうだから」
「ええ。この街の子供たちは、もちろん雪で遊ぶ大天才だけど、同時に雪の怖さもよく知っているわ。お外がいつまでも晴れないのは、けっこうツラいものよ」
「そう、ですよね」
「ふふ。でも驚いたわ! まさか、こんなに立派なクルルカンが来るなんてね! しかも女の子! お陰でみんな大喜びだわ! 定期的にお願いしたいくらい!」
「は、ははっ……」
久しぶりの、黄金の愛想笑いである。
「この施設は、2年前に急ごしらえで作られたままでね……あまり、子供たちが遊ぶ設備がないのよ」
「……そうなんですか? 逆に、2年前はなかったんです? こんなにたくさん子供たちがいるのに……」
「ええ……家が雪の被害にあった子も一時的に預かっているんだけど……。昔、というか2年前までは、教会に孤児院があったのよ」
「はぁ……え、今は無いんですか?」
2年前までは、ここの子供たちは、
教会にいたってこと?
「! あのね! ばば──ん! ずどどーん! ってなったんだよ!」
「──? ばばーん?」
横の男の子に、話しかけられた。
向かいに座っている子供たちも、何人かが話に加わる。
「そぅ! ずどどーん! ってなって、おっきな穴が空いたの!」
「上から見てたんだよ! すっごかったの!」
ずどどーん? 上から?
「???」
『────情報不足です。』
『>>>まさか……教会の孤児院が、倒壊したのか!?』
っ! そ、そんなまさか……!
目の前の保母さんを見る。
「……あまり、他の街の人には言っちゃダメなんだけどね……? 2年前に、パートリッジ教会で、大きな崩落事故があったのよぅ」
「っ!? ほうらく……ですか!?」
「ええ……孤児院がある場所ではなかったんだけどね。教会の敷地内で、いきなり、どぉーん! って、底が抜けたみたいに地面ごと落ちちゃってね……」
「……」
「それから教会の敷地に子供たちがいたら危険だ! って声が大きくなって、この児童館が急ごしらえで作られたってわけ。屋根やら柱やらは頑丈なんだけどね?」
「……こわい、ですね」
「ええ。──しかもね?」
グイッと。
ふっくら美人保母さんが、前に乗り出してきた。
むっ、……ち、乳がデカいな……。
「その崩落した原因なんだけど……」
「は、はい……」
「教会の地下には、"秘密の悪の組織"があったって、もっぱらのウワサなのよ!」
「……ほぇ?」
き、急に俗っぽい話になったなぁ……。
「なんでもね? その"悪の組織"が、地下で何らかの事故を起こして壊滅しちゃった……なんて話が、まことしやかに流れてねぇ。とうとうギルドのブレイクさんが、簡単な緘口令を敷くくらいの騒ぎになったのよ!」
「……」
「それから教会は再建したんだけど、孤児院だけは復活しなくてねぇ……んで、私たちは2年間、ここにいるってわけ」
「……」
……そんな大きな崩落事故、聞いたことないな……。
2年前っつったら、私は13歳か……。
教会の敷地が地下にずどどーん! ってなるなんて、
けっこうな大事件だよね?
……他の街に、隠されていた?
いや、私が田舎モンなだけかも……。
「にしたって、今回の雪は酷いもんよ。ずっっっと降ってる! アイノ族の方が、また"カントフムペ"やら、"水の女神の悲しみ"やら言い出すわ!」
「あ……それ、"天空のクジラ"のことですよね……水の女神?」
「"カントフムペ"こと"天空のクジラ"は、"水の女神"の使いだと、アイノ族は信じているのですよ」
チロンちゃんが、カレーを持って隣に来た。
男の子が走り回っていたので、空いてる席に座る。
「……アンタ、それ2杯目じゃね?」
「チロンは育ち盛りなのですよ。クルルカンも、ちゃんと食べないと大きくなれなうみゅみゅみゅみゅ……」
ほっぺたを顔面クローしたった。
私のハンバーグを半分のせてあげることにする。
「ぷはぁ。クルルカン、神。"水の女神"が悲しみを見つけた時、天空のクジラはその場所で泣き、雪を降らせ、場所を教える。そういう言い伝えがあるのですよ」
「……"水の女神"、ねぇ……」
「クルルカン、信じてない」
「話し方、戻ったわね。信じてないというか……実感がわかないわ。それって、まるでおとぎ話みたいじゃない」
「もぐもぐ……否定はしない。でも、チロンたちはそれを信じ、祀ってきた」
「水の女神、を?」
「雪は、水の女神が司る。アイノの一族にとって、とても身近な神。皆、敬愛している」
「……火の神様、とかは? ほら、雪を溶かしてくれる、的な」
「もちろん火の神も敬う。でも、火の神は、"死"、そのものだから……」
「……」
チロンちゃんの話は難しい。
いや……"難しい"って言うのは、なんだか言い訳ね。
独特の宗教観というか、生活に馴染んだ物語というか……。
そう。不思議な魅力と、超絶的な存在を感じさせる物語。
そうか……これが神話なのかもしれないな、と。
私は、妙な納得をした。
「……"水の女神"が、悲しみの場所を教えている、か……」
「うん……だから、本当は、誰かがソレを、壊さなきゃいけない」
「……」
雪は、なぜ降り続けているのだろうか。
天候の異常……もしくは。
例えば、本当に水の女神が悲しんで、
天空クジラが雪を降らせ続けているのだとしたら。
水の女神は、悲しみを凍りつかせたいのだろうか。
まっしろに、すべてを覆い隠すかのような。
まるで、あの────。
「ねぇ!」
「……ん?」
さっき、チロンちゃんの座っている椅子にいた男の子に、話しかけられた。
「えへへ! クルルカンのお姉ちゃんはさぁ──……」
「……ぅん?」
元気な歯抜けの笑顔。
しんみりした空気を溶かす。
でも、紡がれる言葉は。
あまり望んだものでは、ない。
「──"狂銀"を倒しにきたの!?」
「 ……── 」
いやな偶然が、重なる────。
子供の言葉に、両目が丸くなった。