〜 その時、歴史がにょきっと 〜
ステンドグラス越しの陽の光は、
その神官を、神秘的な空間の中に引き立たせた。
「……私は、舞い戻った。この、始まりの地に……」
ドニオス教会。
冒険者ギルドの近くにある、民衆の憩いの場。
だが、ミサが終われば、そこは静かで贅沢な空間となる。
神官の女は、その空間を独り占めしていた。
「もう、2年か……」
彼女は思う。
この街に、突如として現れた、恩恵。
いつまで、あの方が生きるか、わからない。
お世継ぎを作らねば、歴史は潰えてしまうかもしれない。
「それだけは……それだけは、避けねばなりません!」
──ダァン!
神官の女は、なんか叩く。
その顔は、決意を瞳に宿す獣。
彼女の決意は、固まっていた。
「……この神官の身を利用し、最大限のことをせねば! 私の出来ることを……急がなくては!」
「──何を、急ぐのですか?」
「────っ!」
彼女だけの静かな神の空間に、
二つの人影が、浮かび上がる。
神官の顔に戻りし女は、言う。
「あ……こんにちは。ミサは終わっておりますが、お二人共、どのようなご要件でしょう。お布施はあちらで……もし、懺悔なされるというのであれば、私が参りますが」
「若いのに、しっかりとした流れを持つ喋りですね、アマロン・グラッセ。あなたは良い神官のようです」
「……! 私の名前を? 失礼致しました。どちらかでお会いしていたでしょうか……?」
「いいえ? あなたとは、初対面です。しかし、あなたは私のことを知っているかもしれませんね」
「……?」
教会を訪ねた二人の客人は、前を歩く者から、そのフードを取る。
────ふぁさ……。
「───? っ!! …………っ!?!?」
「──ごきげんよう。急な訪問、どうかご容赦を」
「 な……、ん……!!? 」
神官の思考は、停止した。
彼女も神官の端くれであるならば、
今、フードを取った御仁の容姿を、
知らないはずが、ないのである。
────ミスリルの四つ目仮面の女司教───。
「……っ! ま、"マザー"……"レイズ"……さまっ……!?」
「──はァい、よくできました」
パチパチパチ。
神官の中で、最高権力者と言っても過言ではない者の拍手。
驚きを隠せないアマロン・グラッセの前で、
後方のもう一人が、ローブを解く。
フワリとひろがる、クリーム色の髪。
「……! "シナインズ"の……!?」
「これはこれは驚きました。髪を見ただけで、わかるものなのですね。さぁて、姉か、妹かは、わかるかしら?」
「……、……」
女剣士は、厳しい目でアマロンを見る。
思考は、まだ完全に事態を把握してはいない。
神官の最高権力者が、護衛の剣士を引き連れ、
目の前に現れたのだ。
混乱する心を何とか抑え、言葉を紡ぎだす。
「ほんと、うに……マザー・レイズ様、なのですか……?」
「あら、ひどい。私が偽物だと仰るの?」
「え……いえ……。し、しかし、このような所に、護衛をお一人だけでなど……」
「ここは立派な教会です。私のような司教が訪れても問題はないでしょう?」
「…………!」
堂々とした四つ目の仮面が、キラキラと輝く。
二人の客人は、影より、日の照らす床に歩み出た。
今、アマロンがいるのは説法台で、
陽射しは、彼女のいる場所を切り取っている。
この時ばかりは、まるで、
陽射しが自身を閉じ込める、
牢獄のように思えるアマロンである。
「……貴女様のような高貴な方がいらっしゃるなら、前もっての伝令を……歓迎のご用意が」
「いいえ? それはなりません。私は、あなたに会いにきたのですから」
「…………!? ……わ、たし……?」
「 え ぇ 、 あ な た に 。 」
アマロンは、思う。
何かが、まずい。
こんな偉い人が、剣士の護衛を付けて、
なぜ、自分だけに会いにきたのであろうか。
これでは、まるで……、
追い詰められている、みたいではないか。
「あ、あのっ、お茶をお出ししなくてはっ……ひ、人を呼びますから────」
女剣士の姿が、掻き消えた。
「ひっ──!」
「お静かに……動かないで」
アマロンのすぐ右後ろに、ヒキハ・シナインズはいた。
剣の柄だろうか。後ろから、当てられている。
腰の筋肉が縮み、震えが背中を突き抜ける。
前から、マザー・レイズが、
ゆっくりと近寄りながら、言う。
「お茶は、あなたが入れてくださる? ゆっくりと、お茶ができる所がいいわねぇ──」
「ぅ、ゅ……」
アマロン・グラッセは、言われたとおりにするしかない。
右奥の扉に、進む。
アマロンが、前。
その次に、ヒキハ。
最後に、マザー・レイズが続く。
不思議なことに、他の神官とは誰とも、すれ違わなかった。
「……? なぜ……人が……」
「少し、結界の応用ですよ」
「……なんで、私……?」
「ふふ……」
アマロン・グラッセの向かった部屋は、
かつて、黄金の髪の少女に、
能力おろしの結果を伝えた部屋である。
「お茶を……入れる必要は、ありますか……?」
「ミルクはいらないわ? 砂糖は是非。ヒキハは?」
「……けっこうです」
「こらこら。アマロンさん、この子にはミルクティーを」
火の魔石を操作する間も、
アマロン・グラッセは、気が気ではない。
記憶は定かではないが、何とか、カップが3つ並んだ。
司教は座り、剣士は立ったままだ。
「あら、ありがとう」
「……私は、何をしてしまったのですか?」
「……」
テーブルを挟んで、熱い紅茶を一口、流し込む大司教。
──カチャリ。
「……2ヶ月前、とある少女を"能力おろし"しましたね?」
「────!!!!!」
アマロンに、すぐ、あの少女の顔が浮かぶ。
当然だ。
この部屋で、結果を伝えたのだから。
「………"は、ぐる、ま、ほう"……!」
「それはねぇ。私にとって、見つけてほしくはないものなの」
「ぁ、あ……」
血の気が、引くアマロン。
多分、自分は、何かまずい事を、知った。
膝の上の手が、震えを感じ取る。
「……わ……私は。け、消されるの、ですか……?」
「まぁ、物騒ねぇ。どうしてそう思ったのかしら」
「だって……!」
「ふふ。あなたの"アンティ・キティラ"に関する報告は、私が全て、揉み消しました。ねぇ、あなた。"歯車法"について……誰かに、しゃべってしまいましたか?」
「……っ! ……ぃ、いい、えっ!」
「あら。この世で初めて発見されたスキルなのに? 誰かに言いふらさなかったの?」
「ほっ、ホントですっ……! そっ、そんな、すごいスキルとは思ってなかったしッ……! ひ、光の精霊王、ヒューガノウンに誓って……!」
「まぁ……! ふふ、信じましょう」
また一口、紅茶を飲むマザー・レイズ。
「ぶっちゃけて言うと、私の用件はそれだけなんですけど……ヒキハは、他に聞きたい事があるようね?」
「はい……」
「……!?」
小さな部屋の壁にもたれ掛かる、軽装の女剣士。
その口を開く。
「……アマロン・グラッセ。貴女は最近、よく他の街に説法の活動に行っておられるようですね?」
「……! それが、なにか……?」
「一見、敬虔な神官だと見て取れますが……貴女、よく冒険者も説法に参加させ、ある事を頼んでいますね?」
「────!!」
「私が調べた筋ですと……"あの方に相応しい魔物を探してほしい"という依頼を、貴女はそこらじゅうにバラ撒いている」
「そっ……それは……!!」
「まぁまぁ、おもしろいお話ですねぇ」
「"あの方"とは誰かは、私にはわかりませんが……アマロン・グラッセ。貴女は、"魔物の斡旋"に手を出しておられるのか?」
「そっ、それは勘違いです!! わっ、私は……!!」
「もしそんなことをしていたら、神官を卒業していただいて、私の手駒にする絶好の機会ねぇ。ふふふ……」
「ちがっ、違うんです! 私はただ……」
「王都の剣技職部隊副隊長である私を、納得させる説明をいただきたい」
「それはっ、その……!」
「できないのか?」
アマロン・グラッセは思った。
本当の事を言っても、この状況で信じてもらえるはずがない。
自分の人生は、ここで終わるのだ。
肩からは力が抜け、ガックリと、椅子にへたり込む。
「あら、まぁ」
「……おい、アマロン・グラッセ……」
「わ、たし、は……」
何もかもを、あきらめかけたアマロン。
しかし。
敬虔なる神の信徒を、天は見捨てはしなかった。
実はこの小部屋。
上の方に、小さな窓がある。
────上方より、彼らは、飛来した────。
だっ────!!
ひゅるるるるるるるるぅぅぅ─────……!!
「「「 ─────!? 」」」
「にょきっとぉぉおおおおおおおおおおおおおお────!!!」
「かんくるるぅぅ〜〜♪」
「な!? う、うさ──!?」
「そっ、尊主さまぁぁぁぁぁあああああ────!!!」
「んー? "そんしゅさま"……?」
──聖樹の勇者は、剣士の顔面に、降り立った。
──べぽんっ。
「にょきっとにょきっとにょきっとにょきっとにょきっとにょきっとにょきにょきにょきにょきにょきにょきにょきにょきにょきにょき、にょきっとぉぉおおおおお───!!!!!」
ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコ────!!!!!
「ちょ、ぷっ、うさっ、うさ丸っ!? やめっ、やっ、ちょと、やめ、やめてっ……」
「まぁヒキハ……何やら可愛いモノが、あなたをタコ殴りにしていますよ?」
「そっ、尊主さまッッ……!! まさか、私のためにっ……!?」
「くゆゆぅ〜〜♪」
「にょっきぃぃ──────────!!!!!」
「やメェェェェ──────────!!!!!」
ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコ────!!!!!
─── 10フヌ後 ───
「……まぁ。では、アマロン・グラッセ。あなたは、このうさちゃんの"お嫁さん"を探していた、と……そういうことですか?」
「そっ、そうですよぅ……! 珍しいラビットの魔物を見たら、確保してもらえるよう、にょきっと連盟のメンバーに頼んでおいたんですぅぅ!!」
「そ、そんな集団に、冒険者まで加担しているのですか……メャッッ!? ちょ!? ちょっと、うさ丸!? 頭を鷲掴みにするのはおやめになって!?」
「に"ょむぅぅう───!!」
「ヒキハは前から、そのラビットとお知り合いなのですね? ……その割には随分、目の敵にされているようですが」
「やっ、これはですねぇ……前に一度、一緒にいる時に、ついうっかり白玉肉のシチューの話をしてしまって……」
「な!? なんて事をっ!? 私なんて、2年前から白玉肉とは縁を切りました!!」
「あら〜〜、それはヒキハが悪いわねぇ〜〜ほほっほほほ」
「にょきっとにょんにょんや!!」
「ちゃんと謝ったのにぃ〜〜!!」
「くゅゅぅ〜〜! かんかーん!」
「うーん、しかしアマロン・グラッセ。この子はどう見てもウルフの子供です。放置しては危険なのでは?」
「もちろん危険です……!! ええ、危険ですとも!? このままでは、"うさ丸様世界マスコット計画"に、大きな支障がでるやもしれません……!! 私も、つい先日、同志より報告を受けたのです……! これが謎のウルフ、"カンクル"に関する報告書ですわ……ッッ!」
「おや、拝見します……ほぅ。この、お花とお水しか食べないというのは本当なのですか?」
「その、ようですわねぇぇ……! なんて、露骨な無害アピール……!! なんて、あざといやり口なのでしょう……! こらっ! あなたのようなウルフに、うさ丸様のポジションは渡さなくってよ!?」
「く、くゆゆぅ〜〜?」
「まぁ、可愛いわねぇ。よしよし」
「くるるぅ〜〜!」
「ちょ!? マザー・レイズ!? そんな犬ころ、撫でないでくださいな!?」
「ま、マザー……ひょろほろ、助へへほひいのへふは……」
「にょむにょむ!! にょむにょむ!!」
「まぁ、なんですか情けない。それでも副隊長ですか。ホレっ──」
「──に"ょっ!?」
ぐんむ、と。
女剣士の上に乗る勇者の耳を、鷲掴みにする大司教。
ぽてん、と、うさぎの勇者は、膝に乗せられた。
「はい、こんにちは。ウチの子が、いつも済まないわねぇ」
「……? にょきっとお?」
うさ丸は、大司教を見て、首を傾げている。
「……! にょきっとなぁ♪ にょっきにょき☆ にょっきにょき!」
「……ふふふ、イカれた鳴き声ねぇ。よしよし……」
「にょっきぃ〜〜!」
うさ丸は、マザー・レイズに気持ちよさそうに撫でられている。
「な、なぜ私はタコ殴りなのに、マザーにはすぐに懐くの……!?」
「そ、尊主、さまが……! だ、大司教マザー・レイズ!! やはり、只者ではありませんわね……!」
「ドニオスには、面白いモノが多いわね。ところでアマロン・グラッセ。取引といきましょう」
「と、取引、ですか……? ごくり……」
四つ目のミスリルの仮面が、キラリと光る。
「この子の嫁さん探し手伝ってやるから、てめー、歯車法の事は他言すんじゃねぇ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
仮面の下から見える笑顔は全く変わらないのに、
この言いようである。
……神官は、元気よく答えた。
「全ての精霊に誓って、誰にも言いませんっっ!!」
「 よ ろ し い 」
「…………」
「にょきっと……」
「かんかーん……」
教会を後にするまで、ヒキハ・シナインズは、
少々、ジト目だったと言う。
教会を後にした二人。
「…………」
「いや〜〜、なかなか面白い人材でしたね。あの子は扱いやすそうです」
「そう、ですね……」
「なんですかヒキハ。元気がありませんわよ? あのうさちゃんに嫌われたのが、そんなにショックでしたか?」
「……そろそろ、教えてはいただけませんか?」
「あら、何を?」
「……何故、"アンティ・キティラ"に辿り着いたのか、をです」
「…………」
大司教は、足を止める。
「……私と大奥様は、縁によりあの子の存在を知り、守ろうと決意した! でもマザー、貴女は……! 独自に"歯車法"というスキルを見つけ、私たちに接触してきた! 確かに貴女と大奥様は、旧知の仲でしょう! でも! 何故、急に私たちの仲間になったのか、私にはよくわかりませんっ!」
「……声を抑えなさいヒキハ。街中ですよ」
「貴女は、何故"歯車法"というスキルを揉み消したのですか? なぜ、あの子を……アンティ・キティラを守るのです?」
「…………」
「何かを、隠しておいでですね?」
「……それは、お互い様でしょう。ヒキハ」
「──っ!?」
四つ目の仮面が、振り向く。
「ヒキハ……。あなたは、"アンティ・キティラ"に関して、私にも、大奥様にも秘密にしている事が、あるのではなくて?」
「そっ、それは……!」
ヒキハ・シナインズの顔に、冷や汗が浮く。
あの少女の友として、言えない事があった。
育ての親であるマザーに、それは見抜かれていたのだ。
「……、……」
「……敢えて、聞かないでおいてあげましょう。そして、ヒキハ──」
「は、ぃ……」
「アプローチの仕方は違いますが、私と、あなたの目的は同じです」
「!」
「……それだけは、信じてちょうだい」
「…………」
マザー・レイズは、歩き出す。
ヒキハは、それに続いた。
「……何を隠しているの、母さん……」
大きな覚悟のようなものを感じながら、
無言の母の後を続く、ヒキハであった。
+ ∩ ∩ にょむにょむー♪
●(ฅ˙꒳˙ฅ)●