モフモフチロン さーしーえー
聞き込みつったって、どうすりゃいいのかしら……。
パートリッジギルドを出ると、やっぱ寒かった。
風はないけど、雪はシンシンと降り続いている。
空の上の灰色より、ここでは白が目立った。
ギルドと白の境い目で、何やら話している人がいる。
「チロン! 物資が来たのは本当になのか!? このウカシでは、長く持たぬチセもある!」
「本当。チャペ婆たちにも、後で届ける。今は帰ってほしい」
小さなギルド職員の女の子と、
パートリッジの街の住人が話してるみたいだ。
どちらも、服がモフモフしてるわ。
住人の方は、小さなお婆ちゃんと、両サイドに男性が二人。
槍と弓を持ってる? 鳥の羽根の飾り帽子。
服の模様が、ぐるぐるしていて印象的だ。
ギルドの女の子の方は……ちっちゃいな!
「見たところ、冒険者がおらぬ。人手が出払っておろう! どうするのだ」
「ギルドの皆で頑張っている」
「ううむ、チロン。此度のエタラカウカシは怖い。吹雪くのではなく、シンシンとウカシが降る。これはまずいぞ」
「…………」
? あのお婆ちゃんの、言葉が……?
「うかし……?」
『────判別不能の言語を確認しました。』
『>>>現地の言葉かな?』
──ガッ!
ちっこいお婆ちゃんが、ちっこいギルド職員ちゃんの肩に手をのせた。
「チロン、帰っておいで! このシロカニを見よ! これは尋常ではない!」
「帰らない。私はギルドの者でもある。みんな助けるのがつとめ。あっ……!」
「むっ、チロン!」
雪に足をとられ、チロンと呼ばれた職員さんが、
後ろにコケそうになる。
思わず、駆け寄った。
キンキンキン────……!
ぱしっ!
「むっ……!」
「あ……大丈夫?」
「……! "クルルカン"!」
チロンちゃんは、やっぱり小さな女の子だった。
でもギルドのモフモフ制服、着とる。
えええ、こんなちんまい子でもギルド職員になれるの!?
二つ山になっている帽子が可愛い。
「おお! おお! "上道人"! はは! なんだお前は!」
「え……ええ?」
な、なんだなんだ?
私を見た民族的な格好のお婆ちゃんが、えらい笑顔になった。
恐らく護衛であろう両サイドの男性も、ニカニカした。
あ、これ、バカにされてる?
たぶん私、神妙な顔になってる。
この人たちも、クルルカン知ってるのか……。
「ほはは! 見事なコンカニよ! よい! 縁起がよい! "上道人"! このシロカニを討ち滅ぼすか!」
「えっあの……こ、こんか……? えっ、ちょ! なに!?」
「はっはっはっはっは!」
ぺしぺし、べしべし!
ちっこいお婆ちゃんにベシベシ平手でたたかれた。
すごい晴れやかな笑顔なんだけど。
ちょ、横の護衛の男の人にもべしべしされている。
あれ? これイジめかな? クルルカン差別かな?
……うう、おへそ寒い。
「チャペ婆、クルルカンが混乱してる」
「はは! これは縁起がよかった! ヌシは冒険者か? 見事なものだ!」
「は、ハイ? は、はぁ……」
縁起がいいって、何のこと?
内心、首を捻っていると、急に民族お婆ちゃんが真面目な顔になる。
「チロンよ。帰っては、来ぬのか」
「……チャペ婆、今度、オハウの炊き出しをする。チロンは頑張る」
「やれやれ、己を大事にするんだよ。"上道人"が悪いものを吹き飛ばすやもしれぬ」
私を見た。
「……此度の"エタラカウカシ"は、シンシンと、怖い。恐らく、カントフムペが天空で泣いているのだ……彼の者のルペはコンヌとなる……」
言葉が……わからない。
「……"カントフムペ"は、"天空のクジラ"の事。アイノの一族には、カントフヌペが泣くと涙は氷となり大地を凍らせる、という伝承がある」
「──!」
チロンちゃんが、私に助け船をだしてくれた。
"天空のクジラ"……?
お婆ちゃんがニヤリと笑った。
「ふふ、しかし見事な"コンカニ"よ……"上道人"! 良ければチロンを助けてやっておくれ!」
「?? ……はいっ」
わ、わけわからんけど、取りあえず元気に返事をした。
うむ、と言い、民族お婆ちゃんと護衛の人は、去っていく。
「……"じょうどうじん"って、なんのこと……?」
『────情報不足。』
『>>>おてあげー』
クラウンと先輩でも、わかんないのか……。
「……あれは、"クルルカン"のこと」
「──そうなの!?」
チロンちゃんが、じっとこちらを見つめている。
モフモフの襟元で、口はよく見えない。
やっぱり、二つ山のモフモフ帽子が可愛い。
髪は灰色? 私より小さな女の子なんて、久しぶりに見るかも。
「もちろんアイノの一族も、"義賊クルルカンの冒険"は知っている。"クルルカン"は、昔のアイノの言葉では縁起が良い響きなので、親しまれる」
「そ、そうなんだ? えと……それが、"じょうどうじん"?」
チロンちゃんは、こくりと頷いた。
「──そぅ。クルが"人"。ルが"道"。カンが"上"。古きアイノ語では、"上の道を行く者"。アイノでは、これは"神の使者"と同一視される」
「そんなぶっ飛んだ意味になっちゃうの……」
わたし、食堂の一人娘だってば……。
チロンちゃんが頭を下げて言う。
「助かった。戻ってこいと、食い下がられていた。ぺこり」
「あ、いえいえ……あなたもアイノ……という一族の人?」
「昔から一緒に暮らしてた。今はチロンはギルド職員」
「そう、なんだ……可愛い帽子だね」
「チロン、帽子かぶってない。これ、耳」
「えっ……ええッッ!?」
「動くよ」
ぴょこぴょこ────!
「わぁぁぁ──! と、いうことは……!?」
『────分析完了。』
『>>>いや、それは気付こうよ……"キツネ"の獣人さんかな?』
─────────────────────────────
【 チロン・ウナ・スマリ 】
スマリ族(♀)11歳
身長:110セルチメルトルテ
・パートリッジギルド受付嬢
─────────────────────────────
「スマリ族!」
「! クルルカンは物知り。普通は"フォックス族"って言われる。同じだけど、ちょっと違う」
「そ、そうなんだ……」
『>>>あれだ……大阪人と、京都人みたいな』
『────……クルルカン。』
てか、11歳!?
ポロくんとコヨンちゃんみたいに、
ちっこいけど成人、ってわけじゃないのね……。
ぴょこぴょこ────。
「チロンもさっきの受付広場にいた。ちっちゃいから見えなかっただろうけど。じとー」
な、なぬっ、心を読まれた!?
「チロンはいつか、ボン、キュッ、ボンになる。クルルカンも油断しないほうがいい……」
お、おお……それアレか。
私の乳なんぞ、すぐ追い抜けるサイズと言っとんのか。
鼻つまんだろかこいつ。
「でも、ありがとう。クルルカンがいっぱい物資を運んできてくれた。ぺこり。クルルカンは神。クルルカンはすごい」
「や、やめてよ……あなたみたいに、小さいのにギルドで頑張ってる方がよっぽどすごいわ」
「クルルカンはお世辞がうまい」
食堂娘だからねー。
いや、つーか本音だっつーの。
「いまから、チロンは炊き出しの準備をする」
「あ、さいですか。ん? 炊き出し?」
…………。
「……他の職員さんは?」
「いない。みんな忙しい」
「……チロンちゃんだけ?」
「チロンの書類はみんなやった。チロンは力仕事を任せてもらえない」
「そ、そりゃそうだわ……」
私より身体、小さいからね……。
「炊き出しって、何やるの?」
「大きな鍋で、オハウを作る」
「おはう?」
「汁物のこと」
「汁て……ようするに、スープね?」
コクリと頷くチロンちゃん。
耳、可愛い。
うーん、メニューは決まってんのかな?
「鍋を、台車に運ぶ。バイバイ、クルルカン」
「いや、バイバイって……ん? 台車??」
…………。
「……チロンちゃん、その鍋って、どんくらいの大きさ?」
「ん……こんなの」
両手をめいいっぱい広げるチロンちゃん。
可愛いけど、大きさが全くわからん……。
「その鍋……人、はいる?」
「はいる。元々、おっきな魔物を煮込む用の鍋」
「……あんたソレ、ひとりで運ぶつもりなの?」
「がんばる。台車に運べばなんとかなる。ホントは明日でもいいって言われたけど、今日、炊き出しをしたい所がある。いけるいける」
「いや、ゼッタイ無理でしょ……」
「がんばれば、いける……! バイバイ」
「まてぃ! わ、わかった! 手伝う! 手伝うわよ!」
「……ほんと?」
チロンちゃんの顔が、パァッとした。
内心不安だったんだろう。
笑顔の少ない子だけど、無表情ではないみたいだ。
……しゃあない。さっきのお婆ちゃんにも、助けるって約束したかんね。
「鍋、どっち?」
「あっち」
ギルドの建物に、調理場のような所があるようだ。
雪の上を、キュッキュ歩く。
「クルルカンはドニオスから来た?」
「さむっ……そうよ?」
「チロンは、ドニオスギルドの受付嬢に憧れて受付嬢になった」
「へー! そうなんだ!」
「ドニオスギルドには、すごい受付嬢がいる。10歳から働いてて、冒険者のサポートは完璧で、発見されている魔物の情報を全て覚えてて、作成する書類は芸術品だと言う。すごい人だと思う。チロンはいつか会ってみたい」
「えっ、そんな人、ウチのギルドにいたかなぁ……? 私の知ってる受付嬢と言えば、仕事中に居眠りしたり、いきなりご飯たかってきたり、うさ丸にちょっかいだして遊んだりしてるけど……」
「うさ丸?」
「あぁ……ドニオスの冒険者ギルドには、ラビットの魔物が住み着いててね?」
「……丸いの?」
「うん、丸い。にょきにょきしてる」
「にょきにょき?」
ちょっとおしゃべりしながら、少し離れた建物まで歩いた。