ぼくたちのコックピット
『 >>>……なに言ってんだ……こい、つ……』
『────……:……。』
自分でも。
ゾッとするような、低くて、重い声がでた。
ポツリと。
まるでそれが、己の本質であるかのように。
胸くそが、悪い。
……いま、この爺さんは、なんて言ったんだ?
透明の光でできた目の前の計器が、
視界の端で、チカチカと輝く。
『────クル:ルカン……。』
すぐ目の前に収まっているクラウンちゃん。
心配そうに、ぼくを見上げる。
流路操作空間領域は、
複座式コックピットと言うには、
互いの距離が近すぎる。
ほぼ、ワンシートに共に座っている、
と言っていい彼女の顔は、
視界がぼやけそうな今のぼくにも、しっかりと映った。
『>>>──、……ゃ……』
『────:……。』
流路でできた、偽りの身体に、
少しだけ、表情をつくる機能が戻る。
意識する。
死んでいるのに、ひとりではない。
でも今のぼくに、声をかける余裕がない。
瞬きをする機能を、忘れている。
今、喋っているのは、後輩ちゃんだ。
なにか、彼女にアドバイスをするべきだろうか。
でも、聞き間違いかも、しれないじゃないか──。
目の前のビジョンに、目線をあげる。
ここは、異空間のコックピット。
────ゴクリと。
時が止まるように、金の言葉を待つ。
「"狂銀"は……いるんですか?」
>>>──!
この時。
"なんのことですか"と答えたら、
この爺さんは、知らず存ぜずを貫いただろう。
でも、この時、ぼくたちは。
何も、わかってなんか、いなかった。
幸か不幸か。
それが、素直な問いかけとなって。
次の情報を、引き出した。
「……──子供が二人、北の森で"狂銀を見た"と騒ぐという事があった。皆はバカにして、取り合っていない。私はその内の一人に会い、姉の協力を得て、聞き出した」
「見た……と言ったんですか」
「"ぼくが、狂銀を復活させてしまった"」
「っ」
「……ベッドで震えながら、何度も、そう言っていた」
「……、……夢、ですよね?」
「だが、きみはここにいる」
「……! これは……! わ、わたしはっ……!」
「……雪が溶けなくなったのは、その時期からなのだ」
「な……?」
後輩ちゃんが惚けてる。
そりゃあ、そうだよ。
ふざけているもの。
「わたし……わからない……」
「……──! きみは──」
「あなたは何故、信じたんですか?」
「何故、とは?」
「子供のことを。皆が、バカにして信じなかったのに、なんであなたは信じたの?」
「──!!」
「わざわざ、その子供に会いに行ったんですよね?」
「そ……れは」
素直な黄金の言葉。
ギルドを統べる者。
「あなたは、"私みたいなもの"が、もう一人いると思っている?」
「……………」
「何か……知っています?」
「……きみは、何も知らないのだね?」
「──っ!」
……。
何も知らない、ぼくらの。
聞き及べる、限界だった。
「話は、終わりだ」
「──ちょ、ちょっと!」
「やる事ができた。知らないのなら、関わってはならない」
「そん、……」
「今の話は、忘れなさい」
「……忘れられると思うの?」
「言葉に出さず、考えないようにすれば、いつかね?」
「……」
……そうだろうか。
今、ぼくは思い出しているよ。
ずっと、そうしてきたけど。
また、こうして。
『────クルルカン。』
『>>>……もう、先生は、いない……』
『────……。』
この子も、ぼくの記憶を持っている。
この苦さは、伝わってしまうだろうか。
『────……でも。』
『>>>……?』
『────あなたは:ここにいる。』
『>>>──!!! そ……っ!』
『────……あの手紙を:スキャニングします。』
『>>>待てよ!!』
スキルの妖精たる彼女。
意志を持つ、流路の姫。
告げるのは、明確な罪。
『>>>それは、ダメだろう……?』
『────開始します。』
アナライズカードが、静かに、手紙を透過した。
もちろん、後輩ちゃんにも、見えたはずだ。
「…………」
「今日は、泊まっていくのかな?」
「あ……じゃあ」
「ギルドでも、宿屋でも、好きな方を使うといい」
「はい……」
「すまないが、仕事があるのでな」
直接的に、部屋を出ろと言われた。
従わないという選択肢はない。
ソファより、視界が上がる。
「ありがとう。ヒゲイドにも礼を伝えておく」
「……失礼します」
空のカップを残し、部屋を出た。
────バタン。
「…………」
『────アンティ。』
ぼくたちは、いつもここから、彼女をサポートする。
白い世界にただ一つ浮く、宙空のコックピット。
ここが雪に見えなかったのは、
たぶん、彼女たちのお陰だ。
「…………」
『────手紙を:……。』
今、クラウンちゃんがやった事は、
サポート、と言えるだろうか。
『>>>……消せよ』
『────しかし。』
『>>>ぼくたちは、やろうと思えば、どこまでだって悪いことができる!』
『────……。』
『>>>"貴族の手紙を盗み見る"……昔のぼくみたいに、ワルモノに足を突っ込む気かぃ?』
タブー、だと思った。
それを、やりはじめたら。
クラウン。君はサポートじゃなくて、もう。
「……いいわ。クラウン。見せなさい」
『────!:……。』
『>>>アンティ!?』
意外だった。
まさか、彼女が同意するとは。
やな、感じだ。
『>>>待つんだアンティ……! 勝手に手紙を読み取るなんて"郵送配達職"として、やっちゃだめだろうっ!?』
「わかってる」
『>>>わかってない!! 無関係なぼくたちは、静観すればいいんだ!!』
『────……。』
沈黙。
「無関係じゃ、ねぇだろ」
『>>>ぇ……』
「"クルルカン"だろ」
『>>>……っ! でっ……』
「──あの人、こう言ったのよ。"狂銀を屠りに来たのか?"って……」
……キン……キン……キン!
「いちばん、関係、あるだろっ!!」
『>>>…………』
歩き出す。
『>>>でもさ……。そのために、きみ達がタブーを重ねる必要はないよ』
「はぁ……わかってなぃわねぇ……」
『────まったくです。』
『>>>えっ?』
な、なんでそこで、同意……?
「先輩。私とクラウンの気持ち、わかる?」
『>>>……?』
え、ええと……?
『────あれは。』「ねぇわ……」
『>>>……!』
「クラウン、見せて」
『────レディ。』
──────ヴォン。
─────────────────────────────
もし、本当にそうであるなら、
討伐を許可する。
バルド
─────────────────────────────
『>>>……』
「先輩の考えてること、わかんのよ」
『>>>……?』
「あなたは恐れてる。サポートするべき自分たちの意志が、私を不本意な場所へ引きずり込むんじゃないかって」
『>>>……──!』
非常にシンプルな言葉に、全てが集約されていた。
ぼくは……彼女が道を踏み外す理由に、
なっているのではないか……。
「認識を、改めて」
『>>>後輩ちゃん……』
「あんたはとっくに、身内みたいなモンなんだってば……!」
『>>>……っ!』
『────……。』
流路の姫が、こちらを見ていた。
黄金の姫は、続ける。
「……ブレイクさん。あの話題の切り方は、なぃわぁぁぁあ……! あんなもん、先輩がうなされるの確実じゃないのよっ……!」
『────まっっったくです。お風呂に逃げ込む回数の増加が:容易に予測可能。』
『>>>う、うぉい……』
「先輩……。明日から普通に、何もかもを忘れて、生きていける?」
『>>>それは……』
今、生きているのか? ぼくは──。
「はぁ──……。先輩」
『>>>……うん』
「今、身内にケンカ売られた気分なの」
『>>>ははは』
──パァン。
『>>>──いったぁッ!?』
クラウンちゃんに、デコピンされた。
『────笑い事では:ありません:クルルカン。』
「まったくだわ」
『>>>お、おぉ……、……』
この子たち……仲、いいなぁ。
「……少し、調べてみましょう。"狂銀"について」
『>>>っ……』
「……つらい?」
…………。
ミトンみたいな手が、触れた。
『────私が:います。』
『>>>! ……ずるいな』
……はは。
苦笑って、苦い先にあるんだな。
「ブレイクさんには悪いけど、私さ。ケンカ売られたら、追っかけまわす主義なのよね」
『────私たちに情報を接触させたのが:運の尽きです。』
『>>>は……血の気多いな、きみたち』
……まいったね。
まるで、家族だ。