英雄速達 さーしーえー
白。
灰。
風。
雪。
空。
街。
「……Boo-hoo.Very cold! Crown?」
『────Ready."landing-sequence".』
───。
我々は……戦慄していた。
どの職員も、顔が強ばっている。
待ち構えるしかないのだ。
これから来るであろう、"イレギュラー"を。
我々の街は、謎の大寒波に襲われている。
雪が、まるで今年は溶けないのだ。
今朝、また一棟、家が半壊した。
奇跡的に怪我人はでていないが、
この雪の積もりようは、深刻な問題だった。
体調を崩す者が後を絶たない。
我々のギルドの仕事仲間も、何人か無理をしている。
火の魔法使いは真っ先に消耗する傾向にある。
雪で流通が、ままならない。
ブレイク殿は、ドニオスにも救援を依頼することを決めた。
しかし、いくらスレイプシードで駆けたとしても、
最初の支援まで、四、五日はかかるだろう。
飲み水を作るためにも、火と燃料がいる始末だ。
はやく住民が一息つけるだけの物資が、届けばよいのだが。
いきなりの事だった。
ブレイク殿が、ギルド職員のほとんどを集めた。
いつにもなく、厳しい表情だったように思える。
向こうのギルドマスターから、水晶球にメッセージが届いたのだ。
内容を聞いた我々は、言葉を失った。
「……ドニオスより、"イレギュラーコール"にて対応するとの連絡があった。対象者の情報は、絶対秘匿せよ、とのことだ」
「「「「「「「 ……、………… 」」」」」」」
─────── "イレギュラーコール"。
簡素に言えば、
"本来、任せるべきではない者に、仕事を託す行為"の事だ。
ギルドは、緊急時の際、時に道徳を捨てて、
結果だけを求めねばならない時がある。
例をあげるならば……。
"犯罪者上がりの者だが、能力が高いために魔物討伐に駆り立てる"。
"貴族崩れの犯罪者を、戦力の確保のため、やむ無く冒険者として従事させる"。
このような事柄に、ギルドの"イレギュラーコール"は適応される。
"なにか問題を抱えているが、能力が高い者"。
それらを強制的に運用するのが、"イレギュラーコール"なのだ。
男にも、女にも、緊張が走った。
我々のギルドの空気が張り詰めたのは、
寒さのせいだけでは、ないだろう。
確かに、我々には助けが必要だ。
しかし、緊急時であるこの街に、素性のわからない者を招き入れて、本当によいのだろうか……?
それは、致命的な何かに直結してしまうのではないか。
「そんな……」
「"絶対秘匿"って、なんだよ、それ……」
「いったい、何が来るって言うんだ……」
ドニオス側のギルドマスターが指定した条件は、"対象者の情報の絶対秘匿"である。
こんな直接的な釘の刺し方をしてくるとは……。
これからここに、訪れる者。
その者の能力を初め、素性を調べなどしたら、我々パートリッジギルドは、ドニオスギルドと敵対するだろう……。
よほど恐ろしい経歴でなければ、"絶対秘匿"などという条件が、提示されるはずがない……。
ハイリスク、すぎる。
ゴクリ、と、喉が鳴った。
「……ギルドマスター。どれほどの物資が届くのでしょうか……」
「わからない。だが、"イレギュラー"は単騎のようだ」
「バカな……」
それでは、こちらから出した伝令者と同じ人数ではないか!
そこいらの人間をスレイプシードにくくりつけ、アイテムバッグを持ち帰らせても同じ結果になるというのに!
なぜ、"イレギュラーコール"などを発動する必要があるのだ……!?
ドニオスのギルドマスターは、何を考えている……!?
「たった、ひとり……」
我々の中にも、期待を裏切られたような顔、驚きを隠せない顔、悔しさを滲ませる顔、様々な表情が浮かぶ。
ブレイク殿は、その様子を静かに見ていた。
しゃんと立っていらっしゃるが、もう若くはない。
我々の父のような方だ。
静かに、言った。
「……すまない。今は、ヒゲイドを信じるしかない。その者は……"黄金姫"。これでわかるそうだ。その者が来たら、刺激せずに私の前まで連れてきてほしい」
「"黄金姫"……?」
「女……?」
……やはり……問題を起こした貴族の成れの果てだろうか……。
我々の集まりは解散となった。
何ともいえない沈黙の中、我々は仕事を進める。
会話は、ほぼ、ない。
限られた僅かな食料で、動き続けている。
寒さが、不安を凍らせた。
……。
────キィン────……!
「……?」
なんだ、今のは──……、
"──カァンカァンカァンカァンカァン──!!"
"──ゴォ────ン! ゴォ────ン!"
「──!!」
突然に、合図は響いた。
"いつつに、ふた鐘"だと!?
"思わぬ来訪者あり"、"集合"の合図だった。
……まさか。
いや、ちがう。
早すぎる。
しかし、行かないわけにはいかぬ。
つい先ほど集会があった、
パートリッジギルドの受付広場に、急ぐ。
皆、何事か、という顔をしていた。
わけがわからないが、とにかく行くしかない。
少し出遅れたせいか、受付広場に入るのは最後の方になった。
後ろから、声がする。
「うおおぉぉお〜〜い!! うおおおぉお────いッ!!!」
久しく聞く大きな声に、皆が振り返った。
あいつは、外壁のギルド出張所のヤツだ。
こんな時に、何を騒いで……。
……走ってくる。
目の前で、止まる。
「ハッ……はぁッ……ハァッッ……!!」
「おい、体力を温存しろ。どうしたんだ、そんな声を出して……」
「ハぁッ、はっ……はははははっ、はははははははッッ──……!!」
「お、い……?」
楽しそうに、嬉しそうに、笑い出した。
「ど、どうしたっていうんだ……?」
「ははは……いいかっ!? 神さまは、俺たちを見捨てなかったんだっ!」
「……なにを……?」
言っているんだ……?
なぜ、嬉しそうに、笑う?
「……みんなは、不安がっていただろうけどさ……俺達はな、"まさか!" と、思っていたんだぜ!! だってよ……"黄金姫"だぜっ!? はっは……! そんな人は、あの人しかいねぇって、そりゃ思うよな──……?」
「……──?」
「……なぁ、俺も普段はさ……バカな期待なんて、しないモンさ! でもよ……あの人は、違うんだっ! あの人だけは! たぶん、俺達の期待を裏切らねぇっ!! 裏切らねぇんだよっ……!」
「……──! おまえ…… 」
笑っていた。
涙を浮かべて、安心したような笑みを浮かべて。
その表情に、我々の、何かが溶けていくような気がした。
「──静粛に! 皆、静粛に頼む。ほぼ集まったか。鐘を鳴らしたのは誰だ? 状況を説明してほしいのだが──……」
ブレイク殿も、受付前の上がり台に、舞い戻った。
スラリとした長身が、さらに高く見える。
その時、
その音が、聞こえた。
────────────キィン──……!
「……!」
「……?」
──────────キィン……!
……!
なんだ、この音は?
───────キィン……!
──────キィン……!
─────キィン……!
────キィン……!
───キィン……!
──キィン……!
─キィン……!
劈く音は、鳴りやまない。
連続する、一定のリズム。
我々は、理解しだす。
それが、意志を持つ足取りだと──。
そして────────。
──── キ ィ ン ッ ッ ────…… !
「「「「「「「 」」」」」」」
廊下の奥より、現れる。
火の魔石に、照らされて。
赤く燃えるような、それは。
確かに、人の形を成していた。
自然と皆が分かれ、道ができる。
……キィン。
我々は、刮目した。
焼けるような、赤金。
暗闇に鈍く光る、存在感の塊。
なびく、二房のマント。
瞼は、時を忘れる。
「────……明かりを」
ギルドマスターの合図で、
光の魔石に、魔力が宿る。
赤は、白の光となった。
その瞬間────────。
……──ィ──────────ォォ・・・ン!!!
光が、彼女の装甲を、流れた──。
「 」
「………………………………」
「「「「「「「…………………………………」」」」」」」
言葉が、でない……。
だから、誰かが、総意を言った。
「……──"黄金姫"……」
その……通りだ。
小さな、少女である。
二つ結の、髪。
顔を隠す、仮面。
全身を覆う、鎧。
全てが、金。
…………。
……声が、出ない。
「 」
……──キャリリリ……ィン……!
金のブーツが、床に擦れる。
それだけで、美しい音がした。
膝と、マントと、髪が、床を舐める。
────キィン……!
「 ──ドニオスのギルドマスター、ヒゲイド・ザッパーの使いとして、馳せ参じました 」
彼女の、この行いは、我々をハッとさせた。
その美しい髪を、我々が踏み荒らした床に垂らし、
膝を折って、礼を尽くしたのだ。
恐ろしい荒くれ者が来ると思い込んでいた我々は、
彼女の髪が床に触れることに、心の痛みを覚えた。
ブレイク殿も、流石に驚いているようだ。
「……きみ、一人かな……?」
「はい。申し訳ありません」
「う、む……とにかく、お立ちなさい」
「……失礼して」
……キィ……ぃぃん……!
再び、邪気を打ち晴らすような音を出し、立ち上がる。
そこで、やっと気づく。
彼女の黄金の全て。
やっと、捉えられたのだ。
この黄金の意匠は……!
よもや、あの"絵本"の……?
「……問いたい。なぜヒゲイドは、きみをここへ……?」
「ぁ……。その……私のこと、ですが……その」
「──! 心配ない。当ギルドは、きみの事を外へは絶対に他言しないよう、皆に言い聞かせてある」
当然だ。
この少女の情報を外に漏らすことは、
ドニオスギルドへの裏切りと同義だ。
そんな事を、我々は絶対にしない。
「あ……安心しました。 その……。私、"至高の配達職"なんです」
「……──!!!」
「「「「「「「 ──!!! 」」」」」」」
ざわ……!
なん、だと……?
プレミオムズ……"ライダーズ"!?
そ、それは、"補給専門"のプレミオムズがいる、という事か!?
な、なんと……にわかには信じ難いが、
ここで嘘を言うという事は、ないだろう……!
誰もが知らない……"七番目のプレミオムズ"。
それが、この少女だと、言うのか……?
「きみ、が……?」
「あ──……えぇ、えぇ、そうなんです。すみませんが、預かっている荷物は、どこに出せばよいでしょうか?」
「……。……見ての通り、このパートリッジギルドは、大きなドーム状の構造をしている。この受付広場は、四大王凱都市一の大きさの受付だ。ここに出して貰っても構わないが……」
「そですか! じゃあ失礼して……。あっ! もーちょい!! もーちょい、後ろに下がってください!!」
「お、おぉ……」
「なんだなんだ……」
我々は、言われるがままに後ろに下がる。
見た目は仮面を被った貴族の少女に見えるが、
その声は、元気な女の子、と言った感じだ。
いい意味で、期待は裏切られ続けている。
やがて、かなりの空間が空く。
「……じゃあ。その、他言無用で願います」
我々の返事を聞く前に、何かが、輝きだした。
──きゅうう──……きゅいいっぃぃいいいいいん!!!
「え……なにこれ、床に……」
「た、"太陽"……?」
光り輝く、太陽の意匠。
床を、埋めつくしている。
こっ、これは────……?
「──クラウン!」
ガ ゴ オ ッ ────…… 。
───。
きゅううううううんんんんん…………。
「…………………………………………」
「「「「「「「……………………………………」」」」」」」
──せりあがった。
そうとしか、言いようがない。
「……以上、127箱です。あ、これリストです」
「………………………………………ああ」
ブレイク殿が、見たことのない顔で、
黄金の姫より紙の束を受け取った。
ぺらり、とめくっている。
……。
無意識に、目の前の箱に、手を伸ばした。
木で作られた蓋を、開ける……!
── ガ ゴ ッ ……!
「…………」
小さな火の魔石が、
ギッシリと入っていた。
ギッシリ、と。
隙間、なく。
…………。
「は、はは……」
自分の声だと、初めは気づかなかった。
蓋を持つ手が、震えている。
こ、これだけの……これだけの魔石があれば……!
どれだけの住民が、暖を得られるか……!!
「……これっ! 野菜だ……!! ポタタの山だっ!!」
「衣料品もあるっ……うおっ!! 底の方、ウルフの革だぜっ!?」
「ぼくは……夢を見てるのか……?」
「こっちも火の魔石だぜっ!? 何箱あるんだ!?」
「わぁ……! これ、組み立て式のスコップよ……!!」
「こっちは燻製だ!! やったぞ!! 肉があるっ!!」
「あははははっ……!! あはひははははっ……!!」
「──!! 薬だわっ!! こ、こんなに……! ぐ、ぐすっ……!」
「また野菜だ!! 俺、野菜以外の箱に当たらん!! はははっ!! 誰か俺の顔をつねってくれ!!」
「奇跡だ……」
次第に、辺りは騒がしくなっていく。
胸の奥から、寒さは燃えていくっ──!!
我々に、希望は確かに届けられたのだ!!!
黄金の姫がもたらす、明日へ踏み出す、希望が──ッッ!!
「あの……パートリッジギルドのギルドマスター、"ブレイク・ルーラー"さんとお見受けします」
「……いかにも。私が当ギルドのマスター、ブレイク・ルーラーだ」
「あ、やっぱり。後で渡す物もあるんですが……とりあえず、先にここ──」
「──?」
「──ここっ! ここにサイン、お願いします!」
「…………」
「あ、ペンもありますよ」
「……くっ」
「えっ!」
「くっ………くっくっくっくっく……! 」
「あ、あのぉ──……」
「ふぅ……ヒゲイドのヤツめ。やってくれる……」
「?」
ブレイク殿は愉快そうに破顔し、サラサラとサインする。
その頃には、彼女とギルドマスターの声が聞こえない程、
辺りは、騒がしくなりつつあった。
「……ところで黄金の姫君よ。そろそろお名前を教えていただけるかな?」
「あっ──! す、すみません、名乗ってませんでしたね……。私、ドニオスの街で"郵送配達職"をやってます──────……」
────。
この後、我々パートリッジギルド一同は、
ドニオスギルドマスター、ヒゲイド・ザッパーと、
この"黄金の姫君"に、莫大な感謝をする事になる。
彼女の名前は──── "アンティ・クルル"。
かの、"黄金の義賊"を模した────……、
…………いや。
彼女は、我々にとっては。
間違いなく、"英雄"なのだ────。