泣いて、ねぇから
連投? いやいやいやいや……(*´ω`*)
『────"反射速度":発動中──。』
自分でも、超カンペキなタイミングの裏拳だったと思う。
いや、それはいいんだけど。
うわ……ちゃんと手加減できたかな。
13回目のパンチを避けた時、隙ができたお腹に、
パン、と叩き込んだ。
でも、考えたら私のグローブって、
ナックルついてんじゃん。
ひ、ヒゲイドさん、だいじょぶかなッ──!?
ゆっくりした時の中で、ちょっと焦りながら、
倒れゆく、3メルの巨体を見る。
あ……後ろに倒れる。
このままじゃ、頭、打っちゃう……。
ヒゲイドさん、体、重いだろうから、
頭が床に当たったら、危ない──。
私は、ブーツのつま先を、
ピッタリと彼の後頭部に当て、
ゆっくりと、勢いを殺した。
首にかかる負担も心配だったので、
歯車を幾つか出し、背中を押した。
ヒゲイドさんは、尻もちをつき、
頭はブーツで、背中は歯車で、受け止めた。
……うん、こ、これアレね。
失礼よね……。
『────"反射速度":解除します。』
時の重さは、流れ出す─────。
「……ぐ……」
「あ、あの……すんません、やりすぎました……」
頭が床にぶつかるのを防いだブーツを、離す。
「おっ……」
グラリと。
ヒゲイドさんの体がなったので、
慌てて支えた。
「だ、だいじょうぶです……?」
「……く、ふっふふ、ふ……!」
わ、笑ってらっさる……!
こ、こえぇ……。
「ふぅ……やれやれ。なんてこった……」
「あ……」
上着、ビリビリだわ……。
こ、これ、弁償したほうがいいかな……?。
あー、それより、殴ったトコロ……。
「お腹、だいじょうぶですか……?」
「くっく、こんな巨躯の男に言うセリフではない」
「いや、その……」
「元"Aランク"を舐めるな。これくらい平気だ。ぐ……」
「……っと!」
立とうとしたヒゲイドさんがグラついたので、
横で支える。
でっかい人だなぁ……。
「……ふぅ。すまん」
「い、いえ……」
……なんか、頭、冷えた。
ギルマス、殴ってもたで私……。
あれっ、これ、やばくないか!?
──あっ!!
ギルドの皆さんの前で、ギルドマスターにケンカ売ってないか私!?
……。
私、ピ────ンチ……!!
「あわ、あわあわあわわわわわ……!」
『────過去を改ざんすることは:不可能判定です。』
『>>>っは! 自分から誘っといて、なぁに慌ててんのさ?』
ヒゲイドさんの方から、
後ろのギャラリーの方々の方に、視線を移す。
ギ、ギギギギギギギギギ……。
────。
ドニオスギルドの皆さんの状態を、
一言で表すならば、
──"ポカ──ン"って、感じだった。
あ、横に、キッティもいる。
絶句してる……?
と、思ったら、しゃべった。
「……私……っ、アンティさんが戦ってるところ……初めて見ましたっ!」
えっ……た、戦ってた? 私……?
結局、避けまくって、
最後にちょいと当てただけになっちゃったわよね……?
あっ、これ心配になってきたわっっ!?
私が、ただの"ひ弱"じゃないってだけでも、
皆さん、わっ、わかってくれただろうかっ──!?
私が肩を貸しているヒゲイドさんが、
話し出す。
「……ふ。ニオよ……。どうだったか……?」
「あ……ぇ、と……」
……!
"ニオ"って、
この男のギルド職員さんの名前かな……?
さっきまでギルマスに突っかかってたけど、
今はこの人も、"ポカーン"フェイスだわ。
「いえ……その……」
「──正直に言え。俺と、このクルルカン娘との戦いは、どう、お前の目に映ったのかを……」
「ぅ……」
ニオさんは、まゆ毛をひん曲がらせて、
何やら、困惑している。
──でもやがて、口を開いた。
「ギルマスが……」
……ゴクリ。
「ギルマスが、えぇ、と……その少女に……手加減されているように、思いました……!」
──っ!!
「……ふっ。やはり、そう思ったか……。あぁ、俺もだ……」
「っ! ヒゲイド、さん……」
……。
格納庫の中は、とても静かだった。
たぶん、ドニオスギルドの職員さんのほとんどが、
いま、この部屋にいる。
「え、と……」
私が、どうしたもんかと悩んでいると、
すぐ側のヒゲイドさんが、こう言った。
「──アンティ、やれ。しまっちまえ!」
「えっ!!?」
それって……この荷物を──。
「で、でも───」
「アンティ──!! 俺は、ドニオスのギルドマスターだ……!! 必ず、皆に言い聞かせてみせるっ!! やってくれ、アンティ!」
「 ───……! 」
魂の宿った、大人の目。
──。
「……クラウン、お願い……! 」
『────レディ。
────対象アイテム数:127。
────接地ポイント数:52。
────格納を開始します。』
──ガシュガシュッッ!!
「──!」
ぎゅお……ぎゆぅおおおううぅういいいんん……──!!
ヨロイの装甲が何箇所か展開し、
淡い金の光を放ちだす。
ジグザグの装甲の下で、金の歯車が回っている。
歯車が、ヨロイの中で消えるのが、わかった。
床に、変化は起きた。
……────ウォオオオンン──!!!
「「「 ──わぁ!? 」」」
「「「 な、なに……!? 」」」
「「「 下がっ……!! 」」」
積み込まれている木箱の真下に広がる、
まるで太陽のような、黄金の輪。
まるで、輪投げの屋台。
道化のように、おかしく回る歯車。
でっかく、キラキラ、ぽっかりと。
その穴の中は、ピカピカと光る、シャボン玉。
「う、わぁ……!」
「これっ、て……?」
……だいじょうぶ。
そこに落ちても、みんなは入れないから。
──。
─── す と ん と。
一気に、127のキューブが、床に消える。
『────正常格納:完了しました。
────リストを制作中。』
床の歯車は、小さくなり、持ち上がり、
まるで、お花畑のようになった。
いくつかは、その場で消え、
いくつかは、私のヨロイに、組み込まれた。
……────ゅゆんんん!!!
──キィン!!
カシャカシャキンキンキンキンキンキンキン……!!
キュルルルル、キュルルルル、
ガチャン……!!
パシュ、パシュ……!
ガ……ゴン…………。
ジジ────。
「…………」
お花畑が、私のヨロイに、ぜぇんぶ入って。
……こんな、大勢の前で歯車を使うのは、初めてだった。
音が、ない。
ものっそい、たくさんの、"驚愕" ── 。
……何かが心に、チクリとした。
"唖然"ってさ……。
たぶん、この、目の前の表情たちを、言うんだね……。
「……」
……こんなこと言っちゃアレだけどっ、
まるで、人間じゃないモノを見るような目だなっ。
──っ。
やっぱり、変だよね。
はは、普通じゃないよね、私……。
「! ぐ……」
「っ! ヒゲイド、さんっ……!」
ど、かっ……!
私の力が抜けたからだろうか。
ヒゲイドさんは、苦痛を浮かべ、膝をつく。
……やばい、けっこうボディブローが効いてるみたいだ。
何してんだ、私……。
今更の罪悪感で、仮面の下の表情が、ゆがむ。
このチカラで、人を殴っちゃいけなかった。
ドラゴンの、チカラ。
私は、自粛するべきだった。
何かを、間違えたんだ。
そう、思う。
「……」
「ちがうぞ……」
「……え?」
「……ふんっ──!!」
「あっ……」
──ダンッ。
ヒゲイドさんが、立った。
「ふぅ……やれやれ、なまっているな……」
「……」
なんか、声、かけれないや……。
「……どうだ、わかったか……」
え?
ぁ……。
……私にじゃ、ない。
目の前の、みんなにだ……。
「わかるか……こいつが、何故、仮面を付けているか……」
……っ!
「ニオよ」
「……は、はぃっ」
「こいつが仮面を外している所を、見たことがあるか」
「い……いえ……」
「なぜだか、わかるか」
「……、……」
「さっきのこいつの動き、お前には見えたか」
「……なんだか……光が踊っているようでした……」
「そうだろうな……」
……。
「こいつの気持ちが、お前たちに、わかるか……?」
──!
「こんな少女が……こんなに強くて、こんな技を使えて。こいつは自分でも、自身の力が恐ろしいと、気づいているんだ!」
──!!
「──みんな、聞けぇ!! お前達は今、とても重要なことに携わっているんだッ!!」
惚けた皆の瞳に、輝きが戻る。
「光のように動く力……多くの物をしまい込む力……力が何倍にもなってしまう力!!!」
──!!!
ヒゲイドさん……!
私のチカラのコト……!!
「こいつが……こいつがもし悪い奴だったら、俺なんか、すぐにあの世行きなんだ……!! こいつの背負っているものは、大きいッッ!!! だから、それに耐えきれなかったから……こいつは、仮面を被ったのだッッ!!」
ぅ、ゅ……。
「こいつはなッッ!! 自分を、隠すことを選んだッッ!! 2ヶ月前!! こいつがここに来た時ッッ──!! こいつは自分の力に溺れずッ、夢のために、力と素顔を、偽り続けることにしたッッ──!!!」
……っ。
「俺は、それに賛同した……。この力は、強すぎる……いいか。こいつが"兵器"になるようなことは、絶対にあっては、ならないのだ……」
「「「「「「「「 ………… 」」」」」」」」
「今回の、この物資の運搬任務は……こいつ以上の適任者は、他にはいないっ」
「「「「「「「「 ………… 」」」」」」」」
「……誰よりも速く、誰よりも大量に、誰よりも安全に、すべてを運べるッッ!!! 世界で、こいつッッだけだッッ!! 俺は、それを知っているッッ!!!!! 肌で、感じているッッ!!!!!」
「「「「「「「「 ………… 」」」」」」」」
「だがな……。それは、こいつの力を隠し通せなくなってしまうことを意味する……!」
ぅあ……。
「パートリッジの街は、予想以上に酷い状態だッ……!! 人命がかかっていなければッッ……! 誰がこいつに頼むものかああッッ──!!!」
「「「「「「「「 ………… 」」」」」」」」
「……こいつは英雄の格好をしている。だが、こいつは名誉や名声は、いらないと俺に言った。力を利用されることなく、力に驕ることなく、自分だけの生き方を探していきたいと……!」
……。
「なのにこいつは今回の任務を、二つ返事で承諾しやがった……。こいつはなァ、このちっこい体で、命の大切さを理解しているのだッ……!! 俺には、その精神に報いる、義務があるッ──!!」
「「「「「「「「 ………… 」」」」」」」」
「──姿勢を、ただせえッッ──!!」
""""""ザッ──""""""!!!!!
「ドニオスギルド、ギルドマスター、ヒゲイド・ザッパーが、ここに命じる!! この気高き、黄金の義賊の精神を侮辱するマネは、俺がゆるさんッッッ!!! 無闇に他言するヤツは、俺が月まで、ぶっ飛ばしてやるッッッ!!! ドニオスギルドの誇りを以て、真摯に、対応せよッッ!!!!!」
「「「「「「「「 は 」」」」」」」」
「「「「「「「「 い 」」」」」」」」
「「「「「「「「 ッ 」」」」」」」」
「「「「「「「「 ッ 」」」」」」」」
「「「「「「「「 ! 」」」」」」」」
……、………、…。
「ふぅ……ふん。くく、こんなもんで、良いか……?」
「ぁ……」
「いちちちちち……お前、さっきのなんだ、すげぇな。一回、全く見えなかったぞ……」
「ぅ、ぅん……」
「アンティ……頼んだぞ。ブレイクにも、口止めはしておく。あの爺さんなら、このような事に理解があるはずだ……」
「ぅん……」
「……泣いて、いるのか?」
「……、泣いて、ねぇから……」
ギルドの入り口で、ニオさんに声をかけられた。
「さっきは、すまなかったな……」
「いえ……」
「その、なんだ……」
「……?」
「オレも、ギルド職員の端くれだ……いっつも働いてて、思うんだけどね……」
「はい」
「結局さ……みんな、助け合いなんだ。それが、最後に残るんだ。でも、キミにはちょいと、お節介が過ぎたみたいだね……」
「……ぃえ」
「──頼んだよ。僕たちは、ここでできる事をする」
「はいッ……!」
必ず、届ける。
私の魂に誓って。
「おら、見送りだぁ!」
「ちょっと押さないで!」
「いやぁ、我らがアイドルだよなぁ」
「たのんだよ!! クルルカンちゃん!」
「みんな、君の味方さ……!」
ちょ。
ギルド総出で見送りしないでください……。
恥ずいから……。
「アンティさん……」
「え、あ……」
「にょきっと……」
「くるるぅ?」
キッティが、うさ丸とカンクルを装備してた。
「にょきっと……」
う……着いてきたそうだな……。
けど……。
「ごめんね、うさ丸……今回は……」
「にょきっと!」
──ポムっ。
む。
腕を耳で、挟まれた。
分厚い。
「……にょきっと♪」
「えっ……」
『────"応援してる"と:言っています。』
『>>>お留守番、してくれるみたいだね』
「……ありがと!」
「にょんや♪」
「くるくるくるぅ〜〜♪♪」
「ははっ、カンクルも、いい子にしてんのよっ?」
「くっくっくる!」
……ぅん?
「おいっ!! 我らがクルルカンのために、歌で送り出そうぜ!!」
「やだぁ〜〜!!」
「何言い出してんだ、おまえ……」
……ま、まったくだわ!!
やめろ、ちょ、歌い出すな、なんだこのギルド!?
「いっ……行ってきますッッ!!」
「ああ」
「いってらっしゃい!」
恥ずかしさをエネルギーに変え、
私はジャンプするっっ!!
──キィィ────ィンンン!!
「あー」
「うわぁー」
「にょきっと」
「くるくるかん」
「「「「「「「おおおおお高ぇえええ!!!」」」」」」」
────キィコォオオオオオンンン!!!
「あ、アンティさん……なんで屋根、蹴っていくんですか……」
「ふん……! 帰ってきたら、ほっぺたに説教だな……!」
「にょんや〜〜ぃ……」
「くゆ?」
「「「「「「「「いってらっしゃ〜〜い!!」」」」」」」」
ずいぶん後になってから、
キッティに聞いたんだけど。
この時の私は、朝の流れ星みたいだったんだって。