⚙⚙⚙ 銀ノ世界 ⚙⚙⚙
「そ、そりゃあ私も、いくらなんでもやり過ぎたと思ってるわよ? でもいきなしハダカ覗かれていくらタオルでとっさに前をかくしてたからっておもっくそ正面からガン見されたらそりゃロケットパンチの一発や二発は撃つわよねまさか落ちるとは私も思わなかったわよでもヤンさんが病院に運んでくれるって言ってたしてかヤンさんとアブノさんって知り合いな──」
『────アンティ。震音を感知。』
「ふぇ?」
『>>>っ! 玄関先かい?』
そと?
『────ドアの向こうです。』
「誰かが塔の階段を登ってきたの?」
『────"登る"という表現は不適切判定。数回の衝撃震音を感知しました。』
「えと……?」
『>>>簡単に言うと、ピョンピョン跳ねてきたってことさ……』
「階段をォ!?」
……40メルも高さがあるのに、ピョンピョン……?
前に、ヒキ姉がカーディフの街の外壁を跳び越えたのを思い出す。
「それって……"実力のある冒険者さん"が、階段をショートカットしてきたってことでオーケー?」
『────的確な表現。』
『>>>こっちも捕捉した。ドアのすぐ前まで歩いてきてるよ』
……どゆことだろ?
下……つまりギルドで誰かが私を呼ぶなら、
キッティを通して、キッティが手持ちの鐘を鳴らすはずだわ。
なんでそれが鳴らないの。
変だよね。
「……仮面つけるわ」
『────ロックします。』
キュイ、キュイ、カチ、パシュ、パシュ──。
幸い、ヨロイは着込んでいたので、
あとは仮面をつけるだけで、全身キンピカだ。
側にいるうさ丸に、指でシッ、と、静かにするようにジェスチャーしようと……あ、寝とんなこいつ。
カンクルも二度寝してるわ。
突然のお客さんに対して、警戒心が無いわねぇ。
いや……それとも……?
……ズシン、ズシン。
「……!」
『>>>重量が大きい感じだな……もしかしなくても』
『────こちらも同じ予測です。』
「うん……」
……──コンコン。
「……アンティ、すまない。俺だ」
ほぉ……。なんだ、やっぱり……。
ビックリさせないでよ。
なんか変な感じだから、警戒したじゃないのよ。
なんで鐘で下から呼ばなかったんだろ?
ドアは閉めたまま、話しかける。
「ヒゲイドさん、どうしたの? なんかあった?」
「うむ……アンティ。お前、例の手紙は今日、パートリッジに届けるつもりか」
「ええ……そのつもりだけど」
「……おりいって、お前に相談がある。準備ができたら、下まで降りてきてくれないか……」
「……」
『>>>……』
『────……。』
うーん。
「……おっけー。すぐ行けます。ちょっとだけ待っていてください」
「……ああ」
……ズシン、ズシン、トッ────────ズぅ……ん。
おっ……跳びおりた。
さすが、元Aランク冒険者ね……。
下、凹んでないかな。
「これってさぁ……厄介事かな?」
『────現在の情報で:断定は不可能判定。ですが……。』
『>>>なぁーんか、きな臭いよねぇ……』
「なんだろ……なんか違和感があるよね……」
『>>>あれだ。鐘で呼ばず、直接きただろ?』
「うん」
『>>>……"誠意"なのかもしれない』
「なんの?」
『────"依頼する者へ対しての"です:アンティ。』
「……」
……ま、行くっきゃないわね。
日持ちする机の上のクッキーを一枚、ほうりこみ、
薄布の被せ蓋をして、一階に降りることにする。
キン……キン……キン。
キィ────……バタン
キィ────────ン……。
「きましたよー」
「あ、アンティさん、おはようございます……」
「……なんかギルドの人! 多くない?」
「え、ええ……」
キッティは歯切れが悪い。
周りには、木箱や布袋を運ぶギルド職員さんが多い。
いつもなら朝はキッティが一番早くて、その後に徐々に賑やかになるけど、今の慌ただしさは明らかに異常だ。
「キッティ、代わるわ!!」
「え、あ、はい……アンティさん」
「ん? うん」
他の受付嬢さんが、キッティをカウンタから出す。
私はキッティについていく。
行き場所は、あそこしかない。
天井まである大きな木の扉を押し開け、先に進む。
ギィィィィィ。
「きたか……」
ヒゲイドさんは、座っているのに何故か落ち着きがなさそうだった。
「座ってくれ」
「……はい」
緊張してるし、余裕がない。
そんな感じ。
正面に座る。
「……」
「……」
おら、なんじゃい。
「……貴族の手紙を、配達するのだったな」
「そうです」
「……やはり、配達する相手は貴族か?」
「……?」
なぜ、そんな事をきくの?
「いえ、パートリッジの街のギルドマスターの方ですよ。名前は確か……」
「──ブレイクにか!!」
「そっ、そんなに驚かなくても……」
キッティが、横で紅茶をのせたお盆を持ちながら、
驚いた顔をしている。
「ギルマス……」
「う……む」
……。
……いらいら。
「────話してくれないと!!」
「──!!」
「──!!」
……。
「……わかんないよっ」
……私、イニィさんみたいな読心術は、できないかんね?
「アンティさん……」
「……」
「なんかあったんでしょうよ。で、私に何をしてほしいの」
「……ふぅ〜〜〜〜……」
……ふっかい溜め息、ついてくれちゃって。
「……アンティ。まず、今起こっている事をぶちまける。それから、決めてくれ」
「うん? ……うん」
「全てはお前の自由だ」
「意味わかんないですよ、もぅ……とりあえず教えてください」
ギルマスは、もう一度溜め息をぶっぱなし、話し始めた。
「……"配達"を依頼したい。届け先は、お前の手紙と同じ。パートリッジの冒険者ギルドのマスター、"ブレイク・ルーラー"にだ」
「……!」
……なんだ。
私に頼みたいのって、"配達"?
……どんとこい、じゃないの。
あんまりにも気を使ってるみたいだったから、
"ヤバい魔物が現れたので、それを討伐してくれ"、
みたいなお願いだと思ってたのに……。
「……なんでそんなに気を使うのよ? 配達なら……」
「まず、経緯を説明したい。そして、お前に聞いておきたい事もある。よいか……?」
「ん……私、聞き上手な方ですよ?」
食堂の看板娘として育ってますからね?
「ちゃんと聞きます。それから判断しますから……まずは、話してください」
「うむ……」
キッティが、そっと紅茶を置く。
今日は、ほとんど音がしなかった。
「今朝、パートリッジの街から、正式な伝令が来た」
「! それは……」
それは珍しいことだと、私でもわかる。
"郵送配達職"なんてクラスが無くなるご時世だ。
伝令のみに特化した正式な役職の人は、王族、貴族、そしてギルド……ここらへんにしか配備されていないはずだ。
あとは、ギルドの水晶球で、ギルマス同士では簡単なやり取りができるはずだし……。
「北の街からの伝令……」
「……ああ。かい摘んで言うとだ……"異常な寒波のせいで資材が足りない。分けて欲しい"だ」
ヒゲイドさんは、最初に要約をまとめて話をするのが得意だと思う。
非常にわかりやすい。
「寒波……ですか? 確かにパートリッジは寒いと思うけど、こちら側の街じゃ、もう暖かくなる頃なのに……」
「アンティ。その様子だと、お前はいつも、パートリッジの街の、南側街壁のギルド出張所に配達しているな?」
「そ、そうですね。地図で言うと、街の下の方の出張所を利用してます」
「あの街は、北側と南側で、全く気温が違うのだ……」
「そうなんですか?」
「ああ……それはもう、世界がふたつあるかのようにな……」
そ、そこまでなの……?
「つまり、北の方が当然……」
「ああ、寒い。正確には、あれは気候の類ではないのだ」
「??? どういう……?」
私が首を捻っていると、
今日は、座らずに立っているキッティが、教えてくれた。
「北の四大王凱都市、パートリッジの街の、さらに北には、"銀海"と呼ばれる積雪地帯があります」
「あっ、プレミオムズ集会で聞いたわ、それ……!」
「その雪の下の大地には、空をも凍らす氷の魔術流路の地脈があると言われているんですよ」
「流路の、地脈……?」
「パートリッジの北の大地は、氷の魔素が溜まりやすい地域でな……それのせいで、あの街は大地から冷えてしまう。それでも、この時期には街の半分まで雪が溶けるのが通例だが……」
「……"寒気"」
「ああ。今、パートリッジの街は、ほぼ全体が雪に覆われているそうだ」
「…………」
いつもは溶ける雪が溶けなくて、
街全体を覆っちゃったままって、そういうことよね?
「なんで……?」
「わからん。原因は不明のようだ……アンティ。プレミオムズ集会では、そのような話題がでなかったか? 異常気象などについてだが……」
「え"っ……。い、いえ、パートリッジの街が雪まみれになってる、みたいな内容の事は、なかったと思います……」
「ベアマックスや、ユユユは何も言ってなかったか? 本当に?」
「えっ……は、はい。うーん……」
えっ、そんな天気のことなんて、
議題になかったよね? ねっ!?
「そ、そんな話は無かったですよ! 雪が溶けなくて困ってる、なんて……」
「……他に、なにか無かったか?」
「あとは……ううん? くじびき魚……? いや、あんなもん、なんの関係もないか……」
「くじびき魚……? そう言えば、魚の捌き方を教えたのだったか?」
「あ、いやでも、関係ないですよね……」
「詳しく聞かせてくれ」
「えっ、いや……これはホールエルの街の話なんですが、マジカさんが"この魚が食べられるなら、マジ助かる!!"って、魚を持ってきて……」
「なるほど、それだ……! アンティ、ドンピシャだぞ」
「へ……? なんで……?」
ホールエルって、東の街じゃん……???
「海や、大きな川で漁業が盛んなのは南のナトリだが、最近は東のホールエルも力を入れている。マジカ・ルモエキラーは恐らく、北に送る食料を、東で探していたのではないか?」
「そ? そうなの?」
「加工次第では日持ちすると聞きますし……それはアンティさんの方が詳しいんじゃないですか?」
「え? ええ、まぁ……」
干物とか、燻製とかかな……?
そんなに詳しくはないけどね?
「うーむ……雪解けが遅れたパートリッジは、プレミオムズ集会以前には東のホールエルから食料を調達しようとしていて、集会後に気候が悪化したのだろう。……アンティ。俺は、この件は初見なのだ」
「つまり……いきなりめっちゃ寒くなって、慌ててドニオスにも助けを求めてきた……そゆこと?」
「恐らくな……北から近いのは、西のドニオス、東のホールエル、王都だ」
「ギルマス。多分ですが……」
……!
キッティは、今日はお茶を飲んでない。
お仕事モードだわ。
「……王都には、雪解けの遅れの情報は先に伝わっていたのではないでしょうか? パートリッジ側も最初は、ここまで深刻な状態になると思ってなかったのかもしれません」
「そっか……雪なんて、そのうち溶けるだろ、って思ってたのかな……?」
「パートリッジの伝令者は、"スレイプシード"に乗ってきていた。一日と半日ほど前に北を出たはずだ。やはり数日前に環境が悪化したと見てよさそうだな……」
『────分析完了。"スレイプシード"。』
わっ。
クラウンが、私だけに見えるように魔物の情報を表示してくれる。
馬系の魔物なのか。
脚が速そうだわ……。
「──よっしゃ! 北の街の人が、雪で困ってるのはわかった、わかりました! 私は、その街に食べ物やら何やら届けたらいいの?」
なぁんだ、大したことないじゃない!
"配達職"の腕の見せ所よ!
「その通り、なのだが……」
「アンティさん……」
「な、なによ」
深刻な顔しちゃって……。
「はぁ……お前、力を隠しているだろう」
「そ、そりゃ、そうですが……ちょっと配達するくらい……?」
「……はは。アンティさん、事の大きさをわかってないです」
「な……? なによぅ」
ふぅ〜〜……と、また溜め息をつくヒゲイドさん。
ははは、とキッティ苦笑い。
なんじゃい。
「アンティ……"ひとつの街分の補給物資"だ……多いぞ」
「どれくらい」
「木箱で100はある」
「……ひゃ」
「お前は確実に目立つ」
「う」
あ……。
『────ヒゲイド・ザッパーが遠慮していた理由を:予測可能。』
『>>>なるほど……シンプルな問題だね』
あ──……。
ナルホド……。
荷物が多すぎて、
私が悪目立ちする可能性があんのか……。
「……察してくれたようだな。アンティ、パートリッジギルドの伝令者はな、それなりの量のアイテムバッグを持って、ドニオスに来たのだ。資材を持ち帰るためにな。今は体調を崩して倒れている」
「! ……」
「スレイプシードに跨って、休みなしで、この街に来たんだと思います。一日半くらいは走りっぱなしでしたでしょうし……」
「……」
「アンティ、これは人命に関わることだ……。"量"と"速さ"がいる。そして俺が知っている限り、一番速く、一番容量が大きなアイテムバッグを持っているのは……」
「……うん。そりゃ、"容量無限大"の"郵送配達職"ですもんね……」
「……ああ。ただ、お前は、その……」
「……」
「アンティさん……」
……ふぅ。
おけ。
わかった。
北の街で、なかなか雪が溶けません。
最近、また寒さが強くなりました。
食べ物やら何やら、底をついています。
いっぱい届け物をして、助けてあげたいです。
多ければ多いほど、速ければ速いほどいいけど、
私自身が……誰かに目を付けられる可能性が高い。
……そゆことだよね。
「……」
う──────ん……。
「……バレるとしたら、誰にバレますかね?」
「……お前には外壁出張所ではなく、街の中のパートリッジギルドに直接届けてもらう必要が出てくる。それに、資材を用意するのは当ギルドだ。ドニオスのギルド職員、パートリッジのギルド職員の一部には、お前が噛んでいることは確実にバレる」
「あ、アンティさん! 私たちギルド職員は、任務の秘密は絶対にしゃべりません! ですが、運用に関わっている以上、誰が、どのような手段で任務を遂行したかは、確認する義務があります……」
「あっ、絶対バレるのは確定なのね……」
「そうだ……今俺は、酷なことをお前に頼んでいる……」
「……」
うーん。
うーん。
うーん。
……いや、もう答えは出てんだけどね?
「私がやるって言ったら、どうします?」
「……ギルド水晶球を使い、相手方のギルドに、できる限りの口止めを依頼する」
「ふむぅ……」
……。
「やります」
「……恩に着る」
手紙の配達ついでに、街を救うことになった。










