もろばれ仮面
バスリーおばあちゃんに、仮面、見られちゃった。
「……そうかぃ。あんたが持っていてくれてたんだね……」
「あ……」
まさか、勝手に出てきて、守ってくれるとは思わなかった。
クラウンを信じてない訳じゃないけど、今のは、ホントに助かった。
私の首なんて、魔物から見たら、やわいもんだろうし……
どう言い訳しようか、悩んでいると、バスリーさんに手招きされた。
「……もっと近くで、見せておくれ」
「……はい」
断れないな。
黄金のヨロイを纏ったまま、近くまで、トボトボ歩く。
首を少し上げて、見せる。
バスリーさんが、仮面を両手で、優しく包む。
「あぁ……そうだ。この仮面だよ。ふん、懐かしいねぇ。……あの金ぴか野郎は、いつもこれを付けていたよ」
「…………」
昨日は、"別に仮面はいらない"と言っていたバスリーさんだけど、そんな事、ないよね。
私は300年も生きた事がないから、偉そうなことは言えない。
けど、長生きした人にとって、こういう思い出の品は、かけがえのないモノの、はずだ。
自分より先に亡くなった人のモノなら、なおさら。
バスリーおばあちゃんは、ハーフエルフだ。
たくさんの年月を、噛み締めて、生きてきたはずだ。
全てを"心"だけに、焼き付けているわけが無い。
"花"に。"物"に。"場所"に。
込められた、たくさんの思い出を、大事にしていると思う。
だから、この場所に残り続けているんだ。
「ふふっ、アンタによく似合っているよ」
「! あの、私……」
「ね〜、ばばばばーちゃん。お腹すいた……」
「ここ、たかい〜〜!」
「おや、そうだねぇ。朝メシ抜きで、屋根の上だものねぇ」
「…………」
「ほら、金ぴかのお姫さん。年寄りと子供を、地上に降ろしておくれ」
「……はい」
空の色は、オレンジから、透き通った蒼に、変わっていた。
私が半分くらい、家をぶっ壊してしまったので、せめて朝食は、と申し出た。
昨日はご馳走になったので、両親に持たせてもらった、キティラ食堂特製「ドッカン定食弁当」×15は、まだ、健在だ。
父さんに、「こんなに入れたら痛む!」と、物申したが、とうとう押し切られた。昔、母さんの弁当でやってたらしいけど……。
まぁ昨日、作ったものだ。まだ大丈夫だろう。
驚いた事に、お弁当はまだ温かかった。
丸1日たってるよね? どうなってんだ……。
バッグ歯車の機能に、何か引っかかりを覚える。
お水と一緒に全員分を出した。
おばあちゃんには、ちょっと重い量かな〜と思ったけど、3人とも、ペロッと食べていた……。
「ぷぁ〜、食った食った! なかなか上等なメシじゃないか!」
「「おいしかった〜〜」」
「へへ、ありがと……」
「なんだい、嬉しそうだね」
「あ、いや……」
実家の味が褒められたら、そりゃ看板娘としては、ね。
陽射しが、テーブルにそそぐ。
きれいだけど、屋根に穴が空いているってことだ……。
「……屋根、直すの手伝います」
「いや、いい」
「え?」
「ここは、もうダメだ」
「なっ!?」
ガタッと、椅子を倒して立ち上がる。
ど、どうして……。
バスリーさんは、ここが大切な場所だから、精霊花が廃れても、残り続けていたのに……。
「……嬢ちゃん、ありがとうよ。アンタの顔みてると、だいたい、考えてるこたわかる」
「……! だったら!」
「魔物用の柵は、随分前に、仲間が残していったものだ。アレは、私みたいなババァが、1人で直せるもんじゃない」
「…………」
「ここいらの精霊花は、もう魔物を追い払うチカラはない。逆に、エサとして、呼び寄せちまってる。……この子らの安全を考えると、もう潮時なのさ」
「そんな……」
「……ま、家が壊れたのもいいきっかけさ。この家は板作りだから、思ったより修理は簡単さ。でも、流石に1日って訳にはいかない。その間、魔物を防ぐ柵がないのは危険だ」
「わ、私の……せいで」
「そりゃ、ちがうよぅ!」
情けない顔で、おばあちゃんの顔を見上げる。
「……遅かれ早かれ、この場所は、魔物に襲われていたんだ。間違いなく、ね。……アンタがここに居てくれた事は、どんなに感謝しても、しきれない事だよ」
「……」
「お姉ちゃん……」
ロロロが、私が倒した椅子を、元に戻してくれた。
ラララも、心配そうにこちらを見ている。
「……ありがとう」
ゴト、と、腰が落ちるように、座る。
力が、抜けていく。
私は、落ち込んでいるのだ。
「……しかし、仮面をアンタが持っているとはね! これで思い残す事もないってモンだ!」
バスリーおばあちゃんが、ニカッ、っと笑って言った。
私に、気を使ってるのは、ガキの私にでも、わかる。
私が、気を使わなきゃ、いけないのに。
「────この仮面は、私の家に突然、届いたんです」
「ほぅ?」
気づくと私は、全部、話してしまっていた。
故郷で最後の日に、仮面が届いたこと。
その仮面が、呪いの仮面であったこと。
仮面に導かれ、迷宮跡を見つけたこと。
手紙と、蕾のナイフを持ち出したこと。
ここに、仮面の人の、何かやり残した事がある事。
「────蕾のナイフ?」
「あ、それは、私が勝手に呼んでいるだけです」
「見せて、くれるかい?」
「もちろん」
私は、隠すことなく、歯車からナイフを取り出す。
この歯車も、もう、この3人には、見られている。
「────美しいねぇ……」
「すごい……」
「きれい……」
透明のナイフに、封じられた蕾の苗。
「! これは! 精霊花の蕾だよっ!」
「えっ!」
「こいつは交ざる前、正真正銘、純度の高い精霊花だ……」
「そうだったんですね……」
「はっ……アイツ、こんな物を一輪だけ封じ込めて、何をしようってんだいね……一輪だけじゃ意味ないのにね……」
バスリーおばあちゃんが、嬉しそうに、寂しそうに、蕾のナイフを眺める。
思い出と、永遠に咲かないであろう花を封じた、透明の刃を。
「もし……」
「? なんだい?」
「もし、本当にこの場所を捨てるなら、近くの街まで、私が警護します」
「! 嬢ちゃん……」
「私は冒険者じゃありません! ……でも、ある程度の力は、持ち合わせているつもりです」
「…………」
「必ず、無事に送り届けます」
「……はんっ、あの力が、"ある程度"だって?……謙遜にも程があるよ! かっかっか!」
「はは……」
「……お願いするよ。ありがとう。でも、最後にひとつ、頼みがある」
「何でしょうか」
「あいつの墓参りを、最後にしたいんだ」










