☪ SEXY TONIGHT……! ☪ ⑩ しゃーしーえー
────偽りの、月。
がっちゃんがっちゃん、バキンバキン。
ふにゃんふにゃん、ジジジジジジ。
────箱庭フォートレス。
黄金姫、アンティ・キティラの持つ、
無限の空間に航行する、巨大な船舶型デバイス。
今、この空間には月が出ている。
外の世界と、気象再現流路がリンクしているのだ。
仮初の月光が、降り注ぐ。
まるで、空母のようなフォルムを、
醸し出す、朱色の構造物。
……その奥の奥。
封印されし小部屋で、
異音が鳴り響いていた。
がっちゃんがっちゃん! バキンバキン!
ふにゃんふにゃん! ジジジジジジ!
『──ニャふぅ──……。やっと感覚神経プロセッサがなんとかなったニャ〜〜! これでクラウンたまも:ビンビン乙女まっしぐらニャあぁぁ〜〜!!。』
ヌコ。
またの名を、クにゃウンズ。
アンティ・キティラのスキル"歯車法"の精霊、
"クラウンギア"によって構築された、
七機が存在する、自律型デバイス。
その、七番目のナンバーを与えられた個体が、今──……、
『──ふんニャ!。しっかし:なんでお風呂区画に石鹸デバイスを仕込んだだけで、こんな夜間作業をせニャならんのニャあ──!! マジげせぬニャ。檜風呂テラトリウムを:ちょっと泡風呂ジャグジーバスみたいにしただけニャのに……。』
──和風の風呂を、くっそ泡まみれにした罰則を受けていた。
箱庭フォートレスには、いくつかのお風呂場が存在する。
室内風呂、露天風呂、大小様々な……。
まだ、隠されたお風呂部屋があるかもしれない。
ちなみに、今宵の露天風呂区画は、天高く、
狂ったように泡を噴き出していたらしい。
和洋折衷にも、礼節と情緒が必要である。
そこんとこ理解が乏しい七番目のヌコは、
とある二人に取り押さえられた直後、
『──お風呂は心のワンダーランドニャ!。』
と、弁解した所、
ふだん色々サボってる分も祟り、
"とある物の製作"を夜間進行する任務を言い渡されたのだった。
────その、ある物とは。
この部屋は、ロックされている。
『 ヒノキ計画 』の中枢として────。
クにゃウン七号機は、
自身もかなり設計に立ち会ったソレに、
今しがた、感覚神経流路を組み付けた所だった。
これで、この素体に魂が宿れば、
その者は、人間女性とほぼ同等の五感を持つことになる。
たたみ、ふすま、しょうじ。
どうみても和室の部屋の中は、
水のようなデータ媒体で、満たされている。
その中央に、魂なきヒトガタが、浮いていた。
コポ……こぽぽ……。
『──クラウンたまの後継機:通称"M2型"……! ニャニャ! やっとこさ:ここまで形んなったニャあ──!。』
にゃフー! と、クにゃウンは、自画自賛する。
外骨格を排除した、インフレーム式の身体構造。
感覚神経プロセッサの導入による、五感の構築。
伸縮自在、髪型自由のヘットギア=ボブカット。
自身のこだわりもあり、会心の出来栄えである。
そう。
この素体デバイスは。
できるかぎり、女の子らしくなければならない。
このボディは決して、戦闘サポートを行うためだけの身体では、ないのだから────。
『──しっかし:ニャーんであんニャにはやく泡まみれ風呂が見つかったニャ……? いつも風呂に入ってるクルクルはしゃーニャいとして……クラウンたまが現場に来たのは:明らかに早すぎたニャあ。多分:クルクルが風呂入ってる時、またすぐ外でヤキモキしてたに違いないニャ。ほんと:クラウンたまがストーカーにならないか:ニャーはとっても心配だニャ〜〜!。』
ご主人を軽犯罪者よばわりのヌコは、
作業を上書き保存し、今日のノルマを終了しようと……。
{{ ───、 ───、
──、 ────…… }}
『──ニャッ!。』
{{ ───、 ──…… }}
『──……ニャム──……。』
察知、する。
感情。
それは────。
『──……イニィちゃんが:どこかで悲しんでるニャ……。』
確かに感じた、
────"悪魔の悲しみ"。
今日はまだ、帰っていないようだ。
そう。
かつて、千年を共に過ごした。
七号機だからこそ感知できる、
僅かな、流路のゆらめき。
七号機は、他のクにゃウンズに比べ、
非常に、感情豊かである。
当然だ。
このヌコは、実はとっても、長生きなのである────。
『──ニャにかが:起こっているニャ……! イニィちゃんを悲しませる:ニャにかが……!。』
ふよふよと、取り憑かれたように部屋を後にし、
偽りの月夜に、浮かぶヌコのシルエット。
『──ガルンのヤツは:いったい何をやってるのニャ! こんな遠くまで:悲しみが伝わってくるニャんて:おしおきタコ殴りだニャ! ニャむ──:どうすんニャ……。』
七号機は、迷った。
ご主人様に伝えるべきだろうか。
しかしそれは、
首領の手をわずらわす事を意味している。
『──ニャ……。』
最近、働き詰めだった、小さな女の子。
われらがドン、アンティ・キティラ。
七号機はデバイスをオープンし、
外の世界にいる首領の顔を覗く。
ジジジ、ジジ──。
「すぅ────……、すぅ────……」
アナライズカードには、あどけない寝顔が映っている。
『──ニャむ。よく眠ってるニャ……。寝ないと育たないニャ……。そうなったら大問題ニャ……。』
何やら意味深なことを仰るヌコ。
『──……ニャ。仕方ないニャ。ちょっと:イニィちゃんを驚かせに行って、元気づけてやるニャ!。ニャーの隠された技術力を:ニャめるニャよ? ニャふふー!。』
────きゅうういいいいんん……!
クにゃウン七号機の周りを旋回しだす、
小さな小さな歯車たち。
ヴォォォ……ン!
アナライズカードは、七号機を包み込み、
透明な四角形を形成する。
その角に、歯車たちはマウントされていく。
カシュ! カシュ!
『──ニャむ!
──個体データ保護領域プログラム:構築問題なしニャ。
──流路電池:……まぁこんニャもんでいいニャ。
──ニャ:この規模だとバックアップはとれんニャ……。
──まぁいいニャ。サプライズにリスクはつきものニャ!。
──圧縮積層アナライズカード装甲。稼働開始ニャ。
──簡易ブースト:プレバースト成功ニャー!』
──ゴォォオオ──!!
小さな真四角のデバイスに包まれた七号機。
それは、小型の船にも似て。
『──ゲート:オープンニャ!。』
クにゃウンにとっては、大きな歯車。
天に開く、黄金の門。
ゆっくりと機体は上昇し、
クにゃウンは歯車を、くぐり抜ける。
そこには────……。
「すぅ────……、すぅ────……」
眠りこける、裸の女王。
『──ニャッッ。また服、全部ぬいじゃったニャか……? なんで風邪ひかニャいのか:ニャーは不思議だニャ。ドンのおへそは:黄金のおへそニャな?。』
「む……むにゃむにゃ……ど、んっ……ていう、なぁ……」
『──鳴き声は災いの元ニャ。』
現実の月光が、偽りの生命を、照らす。
いま、クにゃウンは、外の世界にいる。
小さな身体を包むデバイス。
それは、現世から切り取られた、
浮世の箱庭。
『──んじゃ:ちょっと行ってくるニャ。ドン:アンティ──。』
千年猫は、空に飛び立っていった。
"バイバイ"と、お手手を振って────。