⚙⚙⚙ うしとらまえ ⚙⚙⚙ さーしーえー
未来の冒険者達よ。
この、ドニオスギルドの大きなギルマス、
"スリーメル=ダンディ"こと、ヒゲイド・ザッパーが、特別に、初心者向けジェム講座などしようではないか。
今日は"隠蔽のジェム"を取り上げる。
このアイテムの存在を知っているか否かは、新米冒険者の今後に大きく関わるだろう。
……ふむ。
隠蔽のジェムは"沈黙"と"透明"の魔法を練り込み、うまく転用させたもので、歪な青色の飴玉のような見た目をしている。
部屋などに使うと音が外に漏れるのを防ぎ、
自身で舐ると、自分の気配を限りなく遮断する。
一時的に、自身を『見つかりにくい』状態異常にすることができるアイテムだ。
これにより、思わぬ強敵や魔物と鉢合わせした時、身を隠すことができるのだ!
大変便利な道具だが、欠点も多い。
・大きな音や接触をされると隠蔽効果がきれる
・練り込み薬剤師は職人のため、まぁまぁ高額
・美味しいものはさらに高い
・安いとすぐに効果が切れる
等のデメリットは、把握しておけ。
俺個人としては、味はどうでもよいが。
冒険者諸君は、ギルドにて販売しているジェムのひとつ、"隠蔽"ジェムを購入することが可能となる。
討伐クエスト等に出発する前は、
数個はお守りとして買っておく事を推奨する。
……ふん。
さて、真面目な話はここまでだ。
まぁまぁ高額だと言える、この"隠蔽"ジェムだが……。
実は、もっぱら冒険者間のイタズラに使われることが多く、
ギルドは前々から手をやいている。
金銭的には潤うので黙認しているが、
パーティグッズじゃねえんだぞ。
だが、そのイタズラ的な精神……。
実は俺も、わからないでもない。
……そう。
俺は今、"隠蔽"のジェムを、ねぶっているのだ──。
元Aランク冒険者の俺が"隠蔽"のジェムを使い、
気配と音を抑えているのだ。
この至近距離だとしても俺を見つけられるものは、
そうはいないだろう。
……でだ。今、目の前を────……。
「……コソ〜〜リ、コソ〜〜リ、コソ〜〜リ……」
黄金の義賊のカッコしたマヌケな金髪娘が、
アホみたいな囁きを漏らしながら、通り過ぎようとしている。
……その浮いてるブーツ、どうなっているのだ。
まぁ、いい。
さて……それでは……。
スゥ────……。
「──おいお前っ!! こんなところで何をしているっ!! さては盗っ人だな!?」
「──ぎょっわああっはっはァァ──!? えええええええぇぇぇ──!? なんでぇぇぇえええええ!? ──ぎゃあわん!!」
「にょきっとぉぉぉおおお───!?」
────ズッ、キィィィインン!!
────ごろんごろんごろんごろんごろん!!
「……フッ」
「あぅわぅあぅわぅあぁ……」
黄金の義賊は、尻もちの音も特徴的なことだ。
白い球体が転がっていったが、今は些細なことである。
「──おい、アンティ。お前、何をコソコソしていやがる」
「あ、あのッ……た、ただいま、です……?」
「にょんやぁ〜〜……」
「──もぐもぐ……むぁっ!? アンティさん、生きていたんですね! おかえりなさい! 」
……キッティ。
お前、また受付カウンタから勝手に出ていきやがって……。
何食ってんだお前……。
「な、なぜなの──!? ヒゲイドさんは、いったい何処から湧いて出たのッッ……!? こんな巨大なモノ、どうやってッッ……!?」
「──ふん、クルルカン風情が。ギルマスをなめるなよ?」
「なんか辛辣じゃありませんッッ!?」
よぅし、それでは尋問を開始しよう。
「にょきっとな」
ドニオスギルド執務室。
テーブル包囲網。
パーティメンバー、
俺、キッティ、うさ丸、黄金の生還者。
というかこいつ、どうやって帰ってきたんだ。
「アンティ、いつ王都を出た」
「えっ、朝っす」
「…………」
「…………」
「にょきっと」
……こいつ、素でこたえやがって……。
まだ昼まで3ジカはあるぞ?
お前は光の速さで走れるのか?
キッティも「あ、これがアンティさんだった……」みたいな、
神妙な顔をしているだろう?
まったく、高速移動を誰かに見られてはいないだろうな。
「で、どうだった……」
「ぅ……」
「プレミオムズ集会」
「生きてます」
「アンティさん……」
「……はぁ。一言で言い表してみろ……」
「……、仲良く、なりました」
「──!」
……。
「……アンティ、他のプレミオムズは、どんな連中だったか言ってみろ」
「は、はいッ?」
「性格とか、感じた事を素直にまとめるのだ」
「え、えっと……」
手を組み、前に寄りかかり、
聞く姿勢をとる。
決して、魔王のポーズではない。
「あの……格闘職のプレミオムズの方は、やはりお休みでした」
「ゴウガのことはよい。あいつはどこかで生きている」
「は、はぁ……。えとですね」
「うむ」
「オシハさんは、おっぱい剣士で、へらへれしてるけれど大人のお姉さんでした。
ベアさんは、顔はクマだけど神様です。
ヒナワさんは、私の人生の中で一番髪の長いござるさんです。
マジカさんは洗濯したら、リスペクトされました。
ユーくんはニカニカして元気な男の子でした。
エコちゃんは可愛かったです」
……。
「……アンティさん、さすがですねぇ……」
「は、はい?」
……キッティは、なんとなく感じているようだな。
こいつの言ってる内容は、確かにわからん。
クマって神様か?
わからんが、こいつはおそらく……。
かなりの確率で、親密度を上げてきている。
こいつの第一印象は、"英雄級"に良すぎるのだ。
「審議官は、どうだった。お前を警戒していなかったか?」
「? い、いえ……ヒザの上にのせて……うさ丸をもふもふしてましたよ?」
「にょんやぁい!!」
「っ!? あ、アンティさん、審議官さんをひざのうえにのせたんですか!?」
「あ、あによ……そんなビックリすることじゃ……キッティだって、そういう経験あるでしょ?」
「いいえぇ! 私はないですよぅ、そんな稀有なスキンシップ!」
「あれっ?」
「……で、その後、どんな様子だった?」
「や、ふつうに楽しそうでしたよ……?」
……なるほどな。
審議官たちは、あまり人に心を開かない者が多い。
真実と嘘を見分けてしまうそのスキルは、
人に妬まれ、恐れられ、疎まれる事もあるのだ。
人の嘘の瞬間に、審議官たちは常に立ち合わなくてはならない。
審議官の力は、大人になるにつれ無くなっていく傾向にあるという。
エコープル・デラ・ベリタと言えば、
幼いながらも、ほぼ完全な的中率を誇る審議官だ。
かなりの場数を踏み、嘘や真実の儚さに触れてから、
プレミオムズ付きになっているはずである。
そんな心の問題と隣り合わせで生きてきた子供に、
どうやら気に入られて帰ってきているのだ。
この黄金の少女の心の輝きには、価値があると言えよう。
「……ふん。誰が一番要注意人物だった?」
「おっぱいです」
「なぜだ」
「別室でひん剥かれそうになりました」
「ガタッ」
「聞かなかった事にするが、オシハ・シナインズから、しかけてきたのか?」
「本人はともかく、あのおっぱいは私の敵です」
「……」
……どうやらおっぱいは、味方になったようだな。
まったく、頭がかゆくなってきやがる。
……ボリボリボリ。
「……やれやれ。どうやら上手くやったようではないか……」
「……え? ど、どゆう?」
「あー、ギルマス、私もそう思います。これ、たぶんかなり気に入られてますよ……」
「そのようだな……」
「ええと……?」
「にょんにょん!」
よじよじ……。
うさ丸が、ソファに座っている義賊の膝に登り、
耳を伸ばし、俺をまっすぐ見た。
「──アンティ。今回のプレミオムズ集会で一番よかった事はなんだ?」
「えっ……ぃ、生きて帰ってきた事……?」
「……あほ。"気に入られた事"だ。"仲良く"なってきたんだろう?」
「普通に喋ってりゃ、そりゃあ……ヒナワさんやユーくんも、基本的には皆さん、親切な方でしたよ?」
「それだ。そう言いきれるのが良い。お前は、まるで相手をプレミオムズだと思っていない」
「そそそ、そんなことないですってば!!」
「あはは……アンティさんは、ちゃんと"人と人"として接してきたって意味ですよ!」
「???」
「……アンティ。そんじょそこらの剣技職がオシハに会えば、"神様に会った"と思って足が震えるレベルなんだぞ……? それをお前、ふざけて別室に連れ込まれるとか……まったく大したもんだ。抵抗はできたか?」
「はい、めっちゃ逃げました。跳び回りました。最後に捕まりました。あの笑顔が忘れられません……」
「にょきっとな……?」
「アンティさん? オシハさんと言えば、明るい性格の反面、厳しい時にはとても怖いという噂があるんですよ? どぉ──んなに笑顔してても、部下とは一線を引いて接しているって……」
「ぜ、全然そんな人じゃなかったよ!? にやにやしながら、しなだれかかってきてねッッ!?」
「気に入られているな……」
「気に入られてますね……」
「ぶるぶるぶる……」
「……アンティ。立派な剣士が正装で身をかため、礼儀正しい挨拶をしても、オシハ・シナインズは気に入らないだろう。お前はなんというか……そこが上手いのだ」
「ぜ、ぜんぜんわからんです……」
「"一緒にいて楽しい"と思わせるのが上手いって事ですよ! なぁんだ、ギルマス! 心配して損しましたね?」
「……そう、だな。もしかすると、予想以上に上手くいっているのかもしれんな」
「な、なんの話よぉ……」
こいつの格好は確かにクルルカンだが、
こいつが相手に気に入られていくのは、
決して格好の力だけではないのだろう。
「いやぁでも、王都一の剣士さんを怒らせないでよかったですね! プレミオムズって強い方ばっかりですから、ぜったい怒ったらこわぁ〜〜い人ばっかりですよぉ〜〜!?」
「あ、あのねキッティ! どんなひとでも怒ったら怖いの! 体が大きいとか、ヒョロヒョロとか、おっぱいの大きさとかは関係ないんだかんね!?」
「ほう! アンティさん、そのご意見には、ギルド受付カウンタ担当職員として、賛同するところがありまよぉ! 見た目がちっこい人でも、たまにすっごい貴族さんが来たりしてですね……」
「そうよぉ! だから、私はおっぱいの大きさで差別なんかしないわ!!」
当ギルドの配達職と受付嬢がアホなことを言っているが……まぁ、こいつは見た目で態度を変えたりとかはしなんだろう。
ヒョロヒョロの奴も、体が3メルある奴も、どっちも怒ったら等しく怖いということを、この娘っ子はよく知っているのだ。
……ふむ。
「しかし、気に入られたとなると……次回の集会にも呼ばれる可能性は高いな」
「う……」
「ま、嫌われるより百倍いいですよっ! その……秘密の件は、ヒミツにしなきゃですが……」
「ぐ……」
「……わかっていると思うが、エコープルには嘘はつくなよ? あれでまだ子供だからな……嘘をつくくらいなら、だんまりして逃げろ」
「──! 私、あんな可愛い子に、変な嘘なんてつきませんよ!!」
「……うむ、それでよい」
審議官の信用は、
変え難い財産だからな。
審議官の能力については、
先輩プレミオムズ達から、説明があったはずだ。
まぁ、こいつなら子供は好きそうだしな。
歯車の力についての質問には、
いつも気を付けなければならないだろうが……。
「にょきっとにょむにょむ!」
「……──やれやれ。お前を追求する気が失せたな。絶対に何かやらかしていると思ったが……他には、何かなかったか?」
「…………」
「あっ」
「言ってみろ」
「……、……ぅう」
「な、涙目になるな」
「……、──、…………」
「……その顔で声を押し殺すな。怒らんから言ってみろ……」
「よしよし……仮面をとって、涙を拭いてもいいんですよ?」
「き、きってぃぃ……あんだ、がおみたいだけでしょお……」
「……なんだ、泣くような事があったのか……」
どうやらこいつの厄介事は、
まだ終わりではなかったようだな。
「か、かふぇで、かじがあってぇ……」
「……! ほぅ?」
「そうなんですか!?」
「ご、ごどもがふだり、とりのごされでて……」
「っ!」
「えっ──!」
「た、助けました……」
「アンティさんが本当に義賊していらっしゃるっ!!」
「よくやった」
さすがは魔王を倒している義賊である。
「で……で……そこにいたね……?」
「「?」」
「王都中の、野次馬の方々に、超、見られました……」
「…………」
「…………」
そのカフェってまさか、"ランドエルシエ"とか、
言わないだろうな……。
あそこの前の広場でかいんだよな……。
「で……しんぶんに、のりました……」
「ごっ……ぷ」
紅茶を飲みかけていたキッティが、危うく噴水になりかけた。
……。
言葉だけを信じるなら、こいつ……。
「火事で子供を助け、大勢に見られ、ニュースペーパーになった、と聞こえるが……」
「せ、せやねん」
「それ、持っているか?」
「……、……」
……きゅうううんんん……。
……パサッ、ポテッ。
アンティは観念したのか、例の黄金の歯車を出し、
テーブルの上に、少しだけシワの入ったニュースペーパーが現れる。
手にとった。
──ゴワッ、ペラっ。
"────王都の火災現場に、義賊クルルカンあらわる"
"────絵本の英雄、子供を2人助ける"
"────黄金の義賊は女の子!? 目撃証言多数"
「おお……!」
「う、うぅ……」
「アンティさんが、スクープされちゃった……!」
な、る、ほと、なるほど。
キッティが、青い顔をしている。
こいつの"無限の秘密"の事を考えると、
無闇に知名度は上げない方がいいからな……。
こ、こいつはすごい。
新しく、挿し絵の版画金型が掘り起こされている!
手間がかかっているぞ。
……!! にしても、こ、この挿し絵──!!
──ぶ、くくっ!!
「────っっはっはっは!! くっく、はぁ──っはっはっはっはっはっはっは!!!」
「にょんや!!」
「──ぅぇえ!?」
「ぎ、ギルマスが爆笑している……!?」
「く、くっくっく……これは」
この歳になって、まさか笑い過ぎて涙目になるとは。
「ぎ、ギルマス、とうとうストレスで壊れちゃったんですかっ!?」
「ばっ……バカを言えキッティ。お前もよく見てみろ……」
──ペラパッ……。
「は、はい……。……、──!? ぶっ!? あひゃひゃひゃひゃひゃ!!! わ、こ、これっ!? さ、さしえっ!? あっははははははっっ!!」
「なになになになになになにがおもしろいのッッ!!?」
「く、く、く、な、なにって、おまえ……」
空間に、たなびくマント!
煙の中を走る、躍動感!!
しかし、それは女の子だ!
な、なのに……!
か、かっこよく描かれすぎだろう!!
これ、ぜったいヒーローだぞ!!
なのに、アンティだ!!!
こいつは、この挿し絵は!
昔ガキだった頃の気持ちを、思い起こさせやがる!!
さ、さすがだ!! この絵面の再現度はっ……!
「お、おい、キッティ、もう1回見せろ、う、うわっはっはっはっはっは───!!! おぃ、かっこいいなぁぁ──こいつ!!」
「あっひゃひゃひゃひゃひゃ!!! ナニコレ英雄すぎるぅ──……はぁ──ぅ、はぁ───ぅおなかいたいぃ……! ぁひ、笑い過ぎで腹筋がぁ……!」
俺とキッティは、しばらく爆笑した。
「 」
「にょきっとな!」