思い出ララバイと朝焼けアタック
仮面の持ち主の、お墓があった。
……ここで、死んだのかな。
旅は道連れ、世は情け。
私は今、仮面と共にある。
知り合いの墓を見るような、妙な切なさがあった。
それに……
「盗まれ、た」
「ああ……一度、掘り起こされた事がある」
「ひどい……」
「物盗り、まぁ盗賊の部類だろう。この墓石は、なかなか良いものを使ったんでね。何かお宝があると勘違いしたのかもしれない」
「……仮面、取り戻したいですか?」
「いんや、全然」
「え」
「こんな、昔に私を振った男の思い出なんて、今さら要らないよぅ」
「振られたんですか!!」
「く、食いつくね」
「あ、すみません……」
「……ここで、倒れて、亡くなってたのさ。その時に、初めて仮面の下の顔を見たよ」
「…………」
「"きみのために、花を取り戻す"とか言う、キザな野郎でね」
「…………取り戻す」
「出来るわけがないのさ」
「…………」
この太陽十字には、墓名がない。
「なんて方だったんですか?」
「……名前は知らないんだよ。馬鹿みたいだろう? 惚れた相手の名さえ知らない。そんな馬鹿な生娘の時代が、私にもあったんだよ」
「そんな事、思えません……」
思わずして、バババさんの過去に踏み込んでしまった。
無粋だろうか。……当然だな。
次にバババさんが、静かに教えてくれた。
「……"バスリー"は、私のあだ名だよ」
「!!」
手紙の……受け取り人は、生きていた。
「その、私の名前は"バババ"だろ……。あんたも女なら分かるだろ、その、歳を重ねるごとにさ」
「あ、あ〜……、ええ……」
バババは、ねぇな。
「それを知ったこいつは、爆笑しながら言ったのさ。"僕はインパクトがあって好きだが、だったら"バスリー"はどうだい? "バ"が3つ、で、バスリー。いいだろう?"ってね」
「…………」
「手紙は受け取ってやってもいい。でも、中身は読みたくはないね」
「あ…………」
「昔、惚れて、死んで、ババァになって。今さら何を読むんだい」
「………」
「それにね、仮面は盗まれている。私はアレに、そんなに愛着はないね。ただ、あんたに手紙を託したのは、盗人かもしれない」
「それは……!」
「あんた、何か隠してるね」
「うっ……!」
「……いいのさ。ただ、あんたは悪いやつじゃないのはわかるよ。ロロロとラララも、久しぶりに私以外と話せて楽しそうだった」
「…………」
「手紙は明日、受け取る。今日は泊まって、帰んな」
そう言うと、バババさん……バスリーさんは、寂しそうに家の方に歩き出した。
私は、かける言葉が見つからなかった。
精霊花が、消えゆく丘で。
夜は、静かにゆっくりと。
暗がりを増してきていた。
────くぉぉぉぉおん!!
魔物の声で、飛び起きた。
明け方だろうか。
窓の外の草原は、オレンジだ。
綺麗な世界に、なんて不釣り合いな鳴き声だろう。
世界は、残酷だ。
ドタバタと、客室の外から音がする。
ガチャン!
古い木のドアが開くと、血相を変えたバスリーさんが、用件だけを言った。
「────フォレストウルフだ。数が、多い」
「そんな! 柵は!」
「あの数だ、壊されているだろ……雨戸を閉めな!」
窓の横から、ひき戸式の木の扉がでる。
「どれくらい……」
「30は、いるよ」
「──っ!」
カーディフの時より、はるかに多い。
群れたウルフ系の怖さは、門番のおっちゃんに叩き込まれている。
「……ロロロとラララはもう起こして、食事をした部屋に移動してる。あんたも来るんだ!」
「は……い」
子供たちは、朝方なのに、薄暗い部屋で、震えていた。
「ばばばばーちゃん……」
「私たち、どうなっちゃうの?」
「だいじょぶさ。ばぁちゃんは、簡単な結界なら張れる。知っているだろう?」
「でも〜〜」
フォレストウルフ30体。
多分、結界だけでは倒せない。
あきらめてくれるだろうか。
いや、無理だ。
明け方に来たってことは、光が夕方まで続く事を知ってるからだ。
やつらは植物の魔物だ。
光が出ていると、体力が続く。
狩りに、来ている。
「……私達をのして、精霊花もどきを食う気なんだ」
「……!」
「だが、私達が隠れていれば、花だけ食って逃げるかもしれない」
「…………」
「声を上げるんじゃないよ」
キンっ!
空気が、張り詰めたような音がした。
……この家を、結界が覆っているのだろうか。
「……保護ではなくて、強化系の結界さ。家の強度だね」
「……持ちますか?」
「持たせてみせる。ババァには、これくらいしかできん」
「…………」
その、表現に、やはり不安がある事がわかる。
そりゃそうだ……。
30体に囲まれて、家に取り残されているんだもの。
救助は、見込めない。
自分以外に、子供が3人。
自分は、若くない。
なんて状況だろう。
その中での、この決意は、本物でしかない。
ドォン!!!
「「!」」
「「ひっ!」」
家の壁から、大きな衝撃音。
たいあたりだ。
ドォ!! ドォン!!
……ドォン!!
「「うあぁ〜〜……」」
「……だいじょうぶ、だいじょうぶだよ……」
「…………」
ドォン!!!
ドォン!!!
カカカ……シュンシュン……
…………
ドォオン!!!!
「くっ」
「「ばーちゃん!!」」
「バスリーさん」
とんがり耳の老婆に、玉の汗が浮かぶ。
…………。
「クラウン。音で索敵できる?」
『────レディ。現在のスキルレベルで可能域。震音索敵。フォレストウルフ。数:35。』
「……35体か……」
「……? ……あんた?」
行きに、7体倒した。
それを、5セットだ。
「……バスリーさん、倒してくる」
「……気が狂ったのかい、おやめ」
「ここに来る時、7体倒している」
「!! ……そんな、ホントなのかい」
「……嘘だと言わないのね」
「……年寄りは、声の音音でわかるんだよ」
「私をつけて、きたのかもしれないの。ケツをまくりたいのよ」
「お嬢ちゃんが、そんな表現するもんじゃないよ。危険だ」
「お姉ちゃん……」
「やめてよ……しんじゃうよ」
子供たちまで、心配してくれる。
ホント、いい人たちだな。
「だいじょうぶ。お姉さん、結構強いのよ? バーグベアくらいなら、1人で勝てちゃうわ」
「な……」
「あ」
「な、なんだい」
「1人じゃなかったわ」
「?」
「相棒もいるしね」
頭の上で、くるくるしてる、相棒がね。
ドギャ!! バキキィ!!!
「!!!」
「!! 入られたっ!!」
家の壁が、破壊されて砕けた音だ。
この狭さでは攻撃を避けられない。
部屋に、朝焼けが入り始めている。
まずい。
「バスリーさん、2人とも、ごめん、みんなで外に出るね」
「! 正気かい!?」
「「ええ〜」」
「だいじょうぶ」
こんな時に、こんな時だからこそ。
精一杯の決意と笑顔で。
「かならずまもるわ」
くぉぉぉぉおん!!
────無粋ね。
キン!
ぐおお?
1体目のフォレストウルフは、金の輪に拘束されている。
実は、ただの輪じゃないよ。
内側に、歯がついているでしょう?
「クラウン」
『────拘束破壊。 』
ぎゅおおおおおおおん!!
くがぁぁぁぁぁあ!!
枝きれが、床に転がった。
残り、34体。