プレミオムズ集会⑨
さぁて。
レジメに残る項目は、
7番目、『新人への諸注意』だけだが……。
「はっ……はっ……はっ……うぅ……」
「てっへ〜〜☆」
「「「「……」」」」
「鬼ごっこ、今度はうさ丸ちゃんも一緒にしよ──ね!」
「にょ……にょきっと」
女性チームが戻ってきて、席につく。
黄金のクルルカンが、自分の体を抱きとめるようにして、
ちょっと涙目で、ハァハァ言いながらプルプルしている。
オシハのやつ、だいぶ派手にやったみてぇだな……。
やれやれ……嫌われても知らねぇぞ?
……ま、何となく、察しはついたから、止めなかったけどよ……。
「……ね、ところで、お風呂の時もクルルカンなの?」
「そっ……! そんにゃワケないでしょおよぉ……!! ふ、ふぬぬぅう……!」
──はっ! 新米のヤツ、オシハに対して、
随分タメ語で喋るようになってら。
思わず苦笑が浮かぶぜ。
ま、あの調子なら、大丈夫ってことだろ……。
……。
外を見ると、まだ、けっこう明るい。
ただ、昼時はかなり過ぎているので、
午後の呑気な陽射しには、ずいぶん穏やかさが混じりだしている。
本当は、もっと暗くなるまでかかると思っていたんだがな。
まだ、夕暮れまでには、余裕があるだろう。
「よう、新米クルルカン。今日の議題はあらかた済んだ。何か質問はあるか?」
「う……い、いえ……。あ、やっぱりあります……」
ぺらり、と、何枚かの紙の束が、金のグローブに握られていた。
「その……私の配達した手紙やらの、件数がまとめてあるんですが……い、いりますか?」
「おいおい……せっかく資料にしてくれたんだ。空いた時に読むぜ?」
「そ、そですか……じゃあ」
円卓に、そっと置かれる資料。
まぁ、おれみたいな盾持ちが、手紙の資料なんて読んでも、
あまり参考にならんだろうが……後で読むことにしよう。
「……──む?」
数名が資料を手に取る中、
オシハが手を伸ばさない事に、違和感を覚える。
……こいつ?
目の前の情報を、取り逃がすような事を、
この女は絶対に、しないのだが。
「……」
「ふふ、ベア殿。諸注意と言っても、あの2つだけでござろう?」
「……ああ、まぁな」
「いくつか彼女に、質問してもよいでござるか?」
目でオシハにサインを送る。
どう思う? と、聞きたかったからだ。
驚いた事に、オシハはおれのサインをスルーした。
いよいよおかしい。
「え、と……私に聞きたい事って……?」
「ふふふ、なぜ、"クルルカン"の格好なのでござるか?」
「う"っ……」
おれが、オシハの様子に、内心、戸惑っていると、
ヒナワが切り込んだ。
「ぶ────!! お姉ちゃんは、二代目クルルカンなんだよぉ────!!」
「にょっき!」
思わぬ味方が現れる。
エコープルが、初対面の相手を庇うのは、珍しい。
昼前、新人のプレミオムズを警戒していたのが、嘘のようだ。
「えっ、はは……そうでござったな?」
「でも、マジなこと言うと、それ目立つんじゃね?」
「あ……はは……その、私、ドニオスギルドではその、けっこう、有名かもです……」
どうやら、このクルルカンは、
普段もこの格好をしているらしいな……すげぇ。
円卓の部屋の椅子後ろには、
その数と同じ、縦に長い窓が配置されている。
雲が通ったのか、陽の光が揺らめき、
わずかな陰影の波が、この空間を撫でる。
今日は良い天気だったが、
この、もうすぐ夕暮れになろうかという時。
陽射しには、もうすぐ夜がきてしまうという、
ほんの少しの、さびしさが混じりあっていた。
「いやいや!!! ドニオスの街だけでなく、王都でも人気者でしょう!!!」
「えっ……?」
「今日、医療所に寄ってきましたが、みんなアンティさんの話題でモチキリでしたよっ!!!」
「……どういうことだ?」
「火事現場で、子供をお助けになったんでしょう???」
「げっ……」
「ほぅ……?」
「なんだ、マジで英雄なのか?」
「や! あれは……成り行きと、言うか……!」
なんだこいつ、人命救助までしてやがんの……。
──。
スンスン。
……?
なんだ、このにおい……。
「……」
わずかだが、肉が、焼けるような……?
……!
オシハ、からか……?
「───」
「……」
相変わらず、にこにこと笑っていやがるが、
首筋に、わずかに汗をかいている。
おれ側からしか、見えない角度だ。
……なんだこいつ、様子がおかしい。
他の連中と、クルルカンが、
昨日起こったという火事の話をしている中、
おれは、オシハのことが気になっていた。
「たまたま! たまたまですってば!」
「ややや!!! ウワサでは、こぉんなガレキを蹴りとばしたとか!!!」
「きゃ、脚色されてますって! は、ハハハ……」
「ふふふ」
「……」
そうか……。
何か違和感があると思ったら、
こいつ……まるで、両手を隠してやがるみたいだ。
行儀よく、まっすぐ座ってやがる。
いつもはこう、しなだれるみたいに……。
しかし、この血と肉のにおい……まさか。
「……」
おれは、腰の小さなバッグから、
小瓶に小分けした、ハイポーションを取りだした。
なぜ、隠してるかは知らんが、こいつが隠すというなら……。
──、──。
音を殺しながら、瓶のフタをとる。
ふぅ、デカいクマの手では、一苦労だ。
今、オシハは、おれの右隣りに座っている──……。
────ッ。
わざと、ポーションが、こぼれてかかるように、
オシハの手の辺りに、小瓶を投げる。
「 ……──!」
音はしないが、オシハはうまく小瓶を受け取ったようだ。
少し、表情が動く。
笑みが崩れ、変な顔だ。
……。
──おれは、席を立った。
「……よぅ、ヒナワ。クルルカンに、"簡易メッセージ"のやり方と、"クラスルーム"について説明しといてくれるか?」
「──! よいでござるが、どちらへ?」
「"クラスルーム"用の許可証が用意されてねぇ。恐らく、集会自体が長引くと思って、まだ用意してねぇんだろう。ちょっくらオシハと突っついてくる。二人いた方が、管理部のやつらは急ぐだろう」
「……!」
「なるほど! そう言われればそうでござるな! では、そのように……」
「あ、あの、私もついて行った方がいいですか!?」
「いや、大丈夫だ。おまえはヒナワ達から、話をよく聞いときな……オシハ、いくぞ」
「……ん」
「あ、ありがとうございます!」
後ろに立てかけてあった大きな盾をとり、
うまく、オシハを隠すように移動する。
────部屋を出た。
長い廊下特有の、
広がったような、くぐもったような、澄んだ空気の中を、
二人、歩く。
────ノシ、ノシ、ノシ。
────コツ、コツ、コツ。
「……」
「……」
しばらくして、人目につきにくい角があったので、
オシハの二の腕を掴んで、ぐぃ、と、引っ張りこんだ。
「ちょ……」
としん、と、
オシハの背中が、壁に当たる。
「……! ぅ……」
「……おら。手ぇ、見せろ」
「…………」
さっきから、露骨に後ろに隠しやがって……。
涙目のオシハは、さいしょはそっぽ向いていやがったが、
観念したのか、両手を前に、ゆっくりと広げた。
「……」
「……、……」
オシハの両手は、焼けただれたようになっていた。
皮膚が裂け、赤い筋肉が露出している所まである。
……アホたれめ……。
さっき投げ渡したハイポーションの小瓶が手の中に残っていて、
その付近は、幾分か、ただれがマシになっていた。
「……じっとしてろ」
「……ぅ」
おれは、即座に使う用の小瓶ではなく、
アイテムバッグに入っている、最上級のポーションをとりだす。
「……そんないいの、使う必要な……」
「だまってろ」
ポンッ、と栓を抜き、
オシハの両手に、ぶっかけた。
床にいくらかこぼれるが、かまうものか。
裂けた肌が、じわじわと、元に戻っていく──。
……ふぅ。どうやら、純粋に外傷らしいな。
呪い系で、治らなかったら、どうしようかと思ったぜ……。
淡く光さす、王城の回廊の片隅で、
ポーションが気化する音が、よく耳についた。
「……あり、がと……」
「バカたれ……なんですぐ、ユユユに頼まなかった」
「……だって、あそこで治療して、なんて言ったら、騒ぎになんじゃん……」
「なんじゃん、じゃねぇよ……痛いのガマンしやがって」
「ベアも知ってるでしょう。私達の力のこと。痛いのには、慣れてる」
「アぁホ。おもっくそ顔に出とったわ。クマなめんなよ?」
「そ、それ気づくの、あんただけだからねぇ……」
「はっ……おら、どうだ」
「……ん」
元通りになった両手を撫でながら、
オシハがふぅ、と息をもらす。
──きょろきょろ。
……よし、誰も見てねぇな?
ゴン。
「──!」
オシハが、頭を、おれの胸元の鎧辺りに当て、
寄りかかってきている。
「……あんがと……正直、ちょっとその、やばかった」
「……やれやれ。その傷……あの、クルルカンに、か?」
「……別に、あの子は悪くない。ほら、行きましょう……クラスルームの許可証、でしょ?」
「──! ああ……」
少しだけ、オシハが前を行き、おれが続く。
「……で、どうだった」
「筋組織や、腱の部分をあらかた見たけど、どうやら、異常は無いみたい。指圧にも、痛がる様子は微塵も見せなかったわ」
「……おれは、クマだから人間の筋肉、特に、女の身体なんてよくわかんねぇが……そんなにあいつは異常なのか?」
「ええ。一番ヤバいと思ったのは、最初の寝起きの蹴りよ。あの反動の付け方、覚えてる?」
「確か……思いっきり身体が回転して、途中で上半身が止まって、その残りの回転が下半身にいって、蹴りになったな」
「……あんな動き方してたら、普通のあの年の女の子なら、背骨と後背筋が断裂するわ」
「……」
「あと、あんたを腕の力だけで、ぶん殴ってたでしょ。あんなの、手首もげるから……」
「お、おぅ……」
「おまけにあの、反射速度……いくらステータスで身体強化してたって、どっかに炎症くらいは起こってても、おかしくないわ……」
「……実際は?」
「炎症どころか、まったく怪我してないみたいに思えた……あの子たぶん、どれだけ自分が異常か、認識が薄い。ぶっちゃけ、けっこう本気でひん剥いてでも、怪我をしているか調べるつもりだったのよ」
「はっ……任務終わりのヒキハみたいにか……?」
「驚いたわ……あの鎧、繋ぎ目がわからなかった」
「……マジかよ。なんだそりゃ。──!! さっきの怪我、まさか……!」
「……ちょっと、ムキになりすぎたわ。直接、触って確かめようとして、手を突っ込んだら……あのザマよ」
「ただの鎧じゃねぇってか……でもよ、アイツ、ずっとアレ着て……」
「鎧に噛みつかれた後も、ちょっと、探ったわ。ユユユも居たし、治療には問題ないと踏んでね。さっき言った通り、あの子自身に怪我は無し。こっちが喰われただけ」
「……」
「間違いなく、"ソウルシフト"付きの鎧だわ……お風呂の時には、あの鎧を脱ぐ、って言ってたけど、正直、信じられない……あんなに身体に食い付いているものを、どうやって脱ぐのか……」
「……内側に触れただけで、あんな怪我を負うような、ソウルシフトなんてあるかよ……?」
「ベア、あるでしょう、ひとつ。"鎧の禁忌"とされている、アレが」
「──!! ……"捕食"、か……?」
「……」
「おま……あれが、"ドラゴンの鎧"だと……?」
「……」
「そんなの着たら……死ぬ、だろう?」
「……わからない。でも、あの子自身は、怪我をしている素振りは全く無かった。まるで……」
「……まるで?」
「まるで、"鎧"そのものが、あの子を主として認め、守ってるみたいに」
「……」
「……あの子、たぶん自分の力を、隠そうとしてる」
「はっ……アレでか?」
「どうやら、ヒキハも、あの子の存在を知っているみたい」
「おいおい……」
「そう、あれは、危ない。目をつけられたら。私達も、そうだったように……」
「……」
「ベア、後でエコープルに、お願いしていい?」
「……! 調べさせる気だな? ……ああ、かまわん」
「……ありがと」
「……」
「……」
────ノシ、ノシ、ノシ。
────コツ、コツ、コツ。
「……しかし、無茶が過ぎる……」
「あら、あれくらい、どうってことないわ」
「さっきのメソメソおっぱいを、今のお前に見せてやりたいぜ」
「……ちょっと、戻っても、余計な事、言わないでよ?」
「やれやれ……わあったよ。剣技職のプレミオムズ様は、お優しいこって……」
「私も新人の時は、お優しいクマさんに助けられたもんだわ?」
「……」
「ふふ……」
この後、クラスルーム許可証の準備を忘れていた、
ギルドの男性職員に、オシハとメンチきった。










