氷ノ花
かめん、が、とれない。
こわれた、破片まみれの屋敷で、意識が戻る。
床に、人形のように、転がっている、の。
体の感覚なんて、ない。
目だけを、動かす。
……パキ、パキキ……
肩に、氷の花が、咲いていた。
もう、剥がす気にもならない。
これさえ、なければ、私は……。
……ギッ……ギシ……パキキ……
腕を、持ち上げる……。
氷は、私の腕の形を変えていた。
どこからか、屋敷の中に射す、光が、乱反射する。
銀の、ツメ。ガチガチと動く、関節。
バケモノ、だ。
鏡のような、腕の氷に、うつる。
────二本ヅノの、銀の、仮面。
口元と、腕に、赤い氷があった。
また何か、無意識に食べたんだろう。
自分の肉を食べているのではと、
疑ったこともあったけど、
この、氷の鎧を見るに、
どうやら、森の魔物を、喰いちぎっているようだった。
立つ。
凍った身体がどうなろうと、知ったことか。
ぐ、グ……ぎ、パキ、こ、ここここ……
もう、だいぶ身体の感覚が、ない。
指がへし折れても、感じないだろう。
……─ギン。 ……─ギン。 ……─ギン。
……─ジャララ、ジャララ、ジャララ……。
歩くたび、重い、金属のような音が、する。
音の聞こえ方が、左右でちがう。
頭の中が、凍っているのかもしれない。
……むりかな。
力を、こめてみた。
……ヒュ………ガチチチンン、ゴオオオンン……!!!
───パヒィん、パひゃぁああん!!
唸る光は、身体の氷の表面をつたい、
私に、致命傷を与えない。
私は、私を殺せない。
遠く、崖のようなところまで、歩こうか。
……いや、そんな所に着く前に、
私は、また狂うだろう。
……─ギン。 ……─ギン。 ……─ギン。
……─ジャララ、ジャララ、ジャララ……。
この荒れた屋敷の、所々にある鏡のような氷は、
全部、私が、寝ていた場所だ。
大きな、磨かれた鏡のような、岩のような、氷。
私を、見る。
二本ヅノの、銀の、仮面。
身体中から咲いた、氷ノ花。
腕を覆う、氷の鎧と、ツメ。
胴体からは、幾つもの、氷の鎖が出ていた。
目の色が、もう、わからない。
仮面の目の穴は、液体のように、歪んでいた。
なぜ、コレが、生きる。
二本ヅノ。
身体中の、花。
……狂銀、だ……。
私は……、私は…………。
もう。
氷の中の私は、バケモノの姿になって、
少し、首を傾かせている。
血のついた氷は、
私が無意識に、ケモノを貪っていることを意味している。
私が狂っている時、私は、生きようとしているのだ。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
やめて、ほしい。
こんなに、なって、
まだ、生きようとしていると、
わからせないで。
ジジ、バチチ、しゅうぅぅぅ……。
私が歩いた所が、おかしかった。
黒く、焦げ、
凹み、
煙が出ている。
何か、光っている。
触れた所が、なくなったみたいだった。
また、氷の鏡を見て、
赤い血の氷を見て、
悲しみと、怒りと、憎しみが、わく。
死ねばいい。
でも、生きたいと思っている。
それを、突きつけられる。
鏡の中の、バケモノのような私に。
────ギャァァアアアアンン──……!!
無意識に、だろうか。
氷の鎖が、床を、鞭のように、打った。
……バキ……バキキ──ジバ、ジャババババァァ……!!
床は、氷が生えた後、ビカビカと光り、焦げた。
沸騰した跡、鎖の跡は、溶けたように、えぐれている。
私は、もう、誰とも一緒には、なれなかった。
目をつぶり、氷の鏡に、寄り添う。
触れた所は光り、沸騰した。
……ズザシジ、ジジジビブ……!
仮面が、とれない。
氷と、金属の粒子でできた、狂った銀が。
身体からは、氷ノ花が、咲き乱れている。
あの、絵本の、悪者だった。
私は、生きる努力をしていいのか?
殺すぞ?
もう、私じゃ、私になれないんだ。
誰もいない場所で、殺して、いいのか?
今日は、意識がはっきりしていて、
それが逆に、つらかった。
ずっと、狂ってれ、ば、いい、んだ。
私は、なんで、生きたいんだろう────。
……──どぉン。
……──ズドォン。
……──ギギゃああんん……!!
私の身体から、モノを焦がす、氷のトゲが、放たれる。
遠くの壁が、砕け散った。
こんなバケモノになって、生きようとしている自分が、
呪わしかった。
い、きた、い ?
わたしの、こ、こ、ろの、こりっ、て、な、な、ん
なんだろ、ぅ……?
きおくで、何かが、光った────……。
" "
あ……
う……
な、まえ、を……
私の側にいるのは、氷の中の、わたしだけ。
ちがう。
でも、そう思いたいんだ。
……ちゅ。
私は、氷の私にキスをして、
意識を、失った。