100点の娘
「まぁおちつけや」
「アンちゃん、ホットミルク飲む?」
母さんが、手をかざすと、小さな火がお鍋の下にでる。
父さんも母さんも、火の魔法使いだ。
生活魔法程度の威力しかないけど、料理屋にはもってこいのスキル属性だ。
それに比べて私は……。
私の視線に気付いた父さんが、ゆっくり息をはく。
「……アンティ、確かにオレもソーラも火が出せる。だが、それだけだ。火の属性を持っていないヤツでも、火の魔石とオイルがあれば火はつけれる」
「そうよアンティ。あなたの価値は魔法だけじゃないのよ。昼間だってあんなに卵割ってたじゃない。あんなの宮廷魔法使いにはできないわ」
「はっはっは、ちがいねぇ」
ホットミルクが前に置かれる。
言ってることはわかるし、励ましてくれてるってわかるけど……。
「で、結局どんな魔法だったんだ」
「……魔法じゃない」
「んん?」
「なんか、魔法って感じじゃない」
「そうなの?」
「ホントにホントに、すっごく変なの。神官さんもこんなの見たことないって。異常だって」
「そんなにか」
「普通はレベル? てのが見えるんだけど、それが私には無いって。だから強くなれるのかわからない」
「別に強くならなくていいじゃない」
「そうだ、アンティはウチの店で良くやってくれている」
母さんは微笑んで、父さんは腕をくんで優しく言ってくれる。
でも……でも!
「でも!! せっかくお父さんらが一所懸命に働いたお金で! 学校まで行かせてくれたのに! 私、何も成果をだせてない!!」
「アンティ」
「あの学校の学費を、この食堂で賄うのがどれだけ大変かわかってるんだよ! こんなことなら、こんなことなら学校に行かずにずっと食堂で働けばよかった!」
「アンちゃん……」
「私、出来損ないだった! クラスのみんなにも笑いものにされて、ダメなやつだった! もっとちゃんと、せめて普通に、普通なふうに産まれてくれば────……」
「アンティ!!!!」
「──っ!!」
お父さんが、怒鳴った。
「あ……」
「アンティ、そんな所に立ってないで、座りなさい」
お父さんが椅子を引く。
お母さんの方を見る。
いつもニコニコしているお母さんが、今は真剣な顔で、私を見つめている。
「お、おこっ、た?」
「ああ、怒っている。座りなさい」
そうか、そりゃ、そうだよな。
あんだけ毎日働いて、学校に行かせた娘がこれじゃあ、そりゃ怒るよな。お金ドブに捨ててるようなもんだもの。
がっくりと肩をおとし、椅子に座る。
目の前のホットミルクの湯気を見ていると、切なくなる。
「アンティ」
はい、何ですか、こんな娘ですみませんね。
「なに」
「オレを見ろ」
「なんで」
「とにかくオレを見ろ」
「なんでですか」
「良いからオレの髪と瞳を見るんだ」
? 髪と瞳?
「何でそんなこと」
父さんの意図がわからない。
「──アンティ、俺の瞳はブラウンだが、髪は透きとおった金色だろう?」
「え? う、うん」
「オレはな、若い頃、カーディフの街外れにある炭坑で働いてたんだよ。石炭や魔石なんかを掘り出してな」
小さい頃にちょっとだけ聞いたことがある。
炭坑の魔石は、この街が出来掛けの時に重要な資金源になったって。それをオレが手伝ってたんだぞって。
「魔石の原石てのはな、よく光を跳ね返すんだ。オレの金髪は色が薄いからよく石の表面にうつってな。仲間内じゃあ、デレクと一緒に潜ると、はやく見つかって得だ、ってよく言われたもんだ」
そうなんだ。炭坑は暗いだろうから、明るい色が目立ったんだろうね。……でも、何でそれを今話してくれたんだろう。
「その炭坑のお弁当運びをしてたのが、母さんなんだ」
「そ、そうなの?」
「ふふふ」
「アンティ、母さんの瞳を見てみろ」
言われたとおり、母さんに体ごと方向を向ける。
優しい印象の女性が座っている。
髪は黒。瞳はオレンジだ。
「……オレは、その瞳と笑顔にやられたんだ。そんな綺麗な色をオレは知らなかった。馬鹿みてぇに、俺の髪は万物の贈りもんだって思ってた。それは思い上がりだ。ソーラの瞳は、輝く朝焼けのような、燃える夕日のような、太陽の色だった。まさに世界からの贈りもんだ。その眩しさったらおまえ」
「やだあなたったら、照れます~」
私も母さんの瞳が好きだ。
母さんの瞳のオレンジには、何というか、深みがある。
色々な、感情というか、一色ではないのだ。
「それから、ま、まぁオレが言いよってだな、お前を授かったわけだ」
「ふふふ、あの頃のデレクは可愛かったわ~」
すごいな父、口説きおとしたのか……。
昔もまっすぐそうな性格だもんな。
「それでよ、お前がソーラの腹ん中にいる時に2人でよく話してた。オレはソーラの瞳を持った子が欲しいって」
「私はデレクの髪を持った子なら嬉しい、てね~」
「どっちも持っていても、どっちも持っていなくても愛そうと、そんな話をしてたよ」
顔が熱くなるな。カァ~~とする。
こういう時のまっすぐな言葉はずるい。
「それからまもなくお前が産まれてな。その時のことを昨日のように思い出すよ。少しソーラが落ち着いてから会いに行ってな。オレが抱いて、2人で見てた。オレと同じ金髪だった」
「2人でニコニコしながら見てたのよ」
「そしたらお前が、産まれて初めて瞳を開いた。オレを見たんだ。その時の感動を今でも覚えてるよ」
「私の瞳の色って、こんななのね、って言ったわね。鏡で自分を見るのとは全然違ったわ」
「オレの髪と、ソーラの瞳だ。オレは神様を信じちゃいなかったが、その時ばかりは感謝した。だって最高じゃないか。最強じゃないか。オレが、オレ達がこの娘を愛さないワケがないだろう。オレ達にとって、お前は神の祝福だよ。頑張って生きていけと言われてる気がしたよ」
「いつの間にか、2人で泣いていたわ。それをアンちゃんがキョトン、って見てて可愛くて」
私は、私は泣いていた。さっきまでのいじけた涙と違う。
この人達は最高の両親だと思う。
私は愛されている。
「お前は100点だ、100点の娘だ。たとえオレの娘だろうと、オレの娘をバカにするのは許さない」
「あなたが産まれ直したほうがよいなんて、世界で一番バカげた言葉よ~」
「ごめんなさい、ありがとうございます、お父さん、お母さん」