夜のカフェで しゃーしーえー
活動報告に、『はぐるまどらいぶ。SS情報』をのせています!
(●´ω`●)+
──。
夜──。
誰もが最初に、恐怖を学ぶ時。
しかし、大人になるにつれて、
それは、やさしい空間となる。
この暗闇も、私達には、
かけがえのない、ものなのだ────。
「……ふぅ」
火傷が、少し、痛む。
今日、私の店が燃えた。
オイルタンクのパイプが、原因のようだった。
私が、可燃性の気体が充満した部屋のドアを開け、
4階建ての店は、黒焦げになってしまった。
上の階は、ひどい有り様だったが、
1階だけは、天井が、しっかりと残った。
いま、そこの生き残ったテーブルに、
なんとか中身が無事だった酒を拝借し、
グラスについでいる。
料理に使うための物だが、今は、よいだろう。
一人がけのソファーに腰掛け、荒れた店内を見る。
さっき、ひと口ふくんでから、あまり進んでいない。
薄暗く、しかし、なぜか落ち着く、荒れ果てた店内。
からん──と。グラスが鳴る。
私の氷が、月明かりの花を、テーブルに描いた。
「…………」
全部、燃えてしまった。
反省すべき所は、大いにある。
いざという時の、避難経路。
店内の誘導を促す看板。
店員の教育。
学んだ事は、大きい。
何よりの幸いは、
誰も、死ななかった事だった。
「……ぅ、よかった……。ほんとうに、よかった……!」
夢のように、思う。
絵本の英雄が、現れたのだ。
誰もが知る、あの、"黄金の義賊"が、
私を、助けてくれた。
夢でも、何でもいい。
しかし、夢と思っては、いけないとも思った。
確かに、二人の命を、助けてくれたのだ。
"黄金の義賊の意匠を駆る、ふたつ結いの少女────"。
この恩を……私は生涯、忘れないだろう……ッ!!
勢い余って、探し出してくれた者に、
謝礼を出すクエストを依頼してしまった。
私は、あのクルルカンの少女に、礼を言えるだろうか──。
からん──。
「金は、ある。命も、ある。一から、懸命に、やり直そう……!」
今日の、月は、明るい────。
「────もし」
「!?」
私以外に、誰もいないはずの夜のカフェ。
静かな、落ち着いた女性の声がした。
流石に驚き、店の入り口を見る。
「……──あ、貴女方は──?」
月夜を背に、ふたり、立っていた。
こんな夜ふけに、どうしたのだろう……。
「──"カフェ・ド・ランドエルシエ"王都店、店長、"ランド・セルカバー"殿ですね?」
「──! は、はい……いかにも。それは私です……」
「ふ、ふ……。本日は、災難でございましたね……」
「……あ、の?」
──コツ、コツ。
───カン、カン。
一人は女性のようだ。
一人は、フードをかぶっている。
月の青の中、荒れ果てた店内に、ふたりは歩みを進める。
「──! あ、あの、ごらんの通り、まだこのような状態です。危ないので、こちらには──……!」
「あなたに用があってきました。長居はいたしません」
「────」
穏やかな、しかし、芯のある声に、私は呆気にとられた。
フードの者が、私の座っている物と同じソファーを、
私の正面に持ってくる。
このフードの方は、護衛だろうか。
ならば、この女性は、身分の高い方ということになる。
暗闇で、顔はよく見えない。
「……私は、カフェの店主です。今、貴女方に、充分なおもてなしをできない事を、恥ずかしく思います……。まぁ、店を燃やしておいて、恥も何もないのですが……こんな物をお出しすることを、お許しください」
私は、出すのに失礼ではない状態のグラスをもうひとつ、
テーブルに置く。
私の唯一使える氷の魔法で、月のような球を作った。
──かんららん。
酒を、そそぐ────。
「まぁ……。お伺いして、お酒を出されたのは、久しぶりです」
女性の御方は、暗闇から一歩進み、
僅かな月明かりが照らすソファーに、ゆっくりと座った。
私は、年甲斐もなく、あんぐりと、口を開けた。
「……、……。"マザー・レイズ"様では……ありませんか……」
「ご無沙汰しております」
座りながら、軽く会釈したその女性の顔は、
上半分、ミスリルの仮面で、覆われていた。
そして、王都の有識者で、
この美しい仮面を、知らない者は、いない。
── "大司教"マザー・レイズ ──
王立教会を任される、王都を代表すると言っていい大神官だ。
今は一線を退き、孤児院の運営に力を入れていると聞く。
しかし、この方は、王族の相談相手として、
王都の根幹となる街の仕組みや、法を、
正しく、導いてきたという。
文字通り、王都を、支え、創ってきたお方だ。
仮面から覗く口元は、お若く見えるが、
私よりかは、お歳を召されているだろう。
今は若い神官に仕事を譲ってはいらっしゃるが、
この方の、王都での権力は、絶対のものだった。
「…………」
──スッ──。
私が、あまりのことに絶句していると、
マザー・レイズ様が手を挙げ、
横に立つ護衛の方が、フードを、とる。
ふんわりとした、くせの強い髪が、膨らんだ。
何かに取り憑かれたように、私の口から、言葉が出た。
「……王都"剣技職"部隊、副隊長……"ヒキハ・シナインズ"様……」
──かしゃり。
言葉なく、浅く立礼した彼女からは、剣の音がした。
……。
そうだ……。
彼女の出身は、マザー・レイズ様のお膝元の、
王立孤児院だったはずだ……。
「……」
「ふふ、このお酒は、遠慮なくいただくとしましょう」
「……ふぅ……」
……このような月に照らされた荒地で、
今までで一番の方々を、お迎えするとは……。
こくっ──からん。
「──まぁ! よいお味ですね!」
「ま……マザー……このような時に……」
「……」
私は……何か、とんでもないことをしてしまったのだろうか……。
「……私が償える事でしたら、如何様な事でも、お受けしたい……」
「え?」
「──……」
「貴女様のような、高貴な方が、私めをお訪ねになるなど、何か、よっぽどの事が……私が咎を受けるようなことが、あったのでしょう……私は危うく、たくさんの方々を傷つけるところでした……! あの金の少女がいなければ……!」
「……」
「……ふふ。随分と、悔いておいでのようですね。死者は、いなかったと聞いています」
「──! し、しかし……。貴女様は、私を裁きに来たのではないのですか……?」
「ふむ……」
──ことん。
マザー・レイズ様が、テーブルに、グラスを置いた。
「──単刀直入に、申し上げます」
……ごくり。
緊張が、はしる。
「……今日、あなたが懸賞金をかけたクエスト。あれを、取り下げていただきたい」
……。
「……──、──……え……?」
マザーは……なんと……おっしゃった……?
……"私が懸賞金をかけたクエスト"……?
それ、は……まさか……?
「……"黄金の義賊の意匠"の──」
「それです。私たちは、その行為を、容認しません」
「──ッッ!!」
驚いた。
口調は優しいが、
確かな、威圧の言葉だった。
「────」
私よ、考えるのだ。
信じられない事だが、私が依頼した、
"黄金の義賊の意匠の少女を探してくれ"というクエスト。
これが、この有り得ない事態を招いているらしい。
……。
……私"たち"……。
あの少女を……公にしては、いけないのか……。
「……今夜、私はどうせ寝られないでしょう。早朝にギルド出張所にて、あのクエストを取り消させていただきます……」
「……」
「理由はきかないのですか?」
「……私の行為が、誰かにとって、快くなく思われてしまうのですね……」
「ええ、その通りです。しかし──」
「──?」
「一番の理由は、"黄金の義賊の少女"。この者自身に、大きな迷惑が、かかってしまうからです」
「──っ!!」
「私たちは、あの者を害する者を、決して許しません」
「あ……、そこまでの……、……」
……。
察せ。察するのだ、私。
恐らく私は、知らず知らずの内に。
立ち入ってはいけない場所に、足を踏み入れている。
「御心の、ままに……」
「あなたは理解のあるお人のようです。今日は、荒事にはならないですみそうですね」
「……、……決して……今日の事は口外いたしません」
「……」
「信じましょう」
「……あ、りがとう、ご、ざいます……」
「帰りますよ、ヒキハ」
「……はい」
私は、何も聞けなかった。
聞いては、いけないと思った。
"大司教マザー・レイズ"。
"黄金の義賊の少女"。
このふたつに、どんな繋がりがあるのか。
……。
「う、……く……」
「……泣いているのですか?」
「! い、いや、私は、マザーの言われた事は、守ります! 必ず、あのクエストは取りやめます! し! しかし! ……私は、あの少女に、お礼を言いたかった……! 名も知らぬ、あの黄金の少女に……」
「……」
「……」
……。
「──"アンティ・クルル"」
「!」
「まッッ、マザー!?」
「それが、あの者の名です」
「な、なぜ……」
「あの者の目立ち様は、私たちも理解しています。ふふ、だって、黄金の義賊なのですからね?」
「……」
「あの者は、定期的にギルド出張所に顔を出すようです」
「──!!」
「手紙を預けなさい。必ず、彼女に届くでしょう」
「お……お……マザー・レイズ……感謝いたします……」
「ちっ……おい! ランド・セルカバー!」
「は、はいっ、なんでしょうか……」
「釘を刺しておく……マザーはお優しいが、あの少女に害なす者を、決して捨て置くわけにはいかない!! 名を知ったからと言って、彼女の詮索はするな!! ……肝に銘じるがいい」
「う……店を助けてくれたと、語ることはするかもしれません。しかし、自ら彼女を調べることは……」
「!! お、おまえは……!」
「──ヒキハ、おやめなさい!」
「! ……ッ、しか、し……」
「──よい。彼女に賞金などかけ、追い回すような事にならなければよい。金に目の眩んだ大人ではなく、子供たちを照らす英雄になるなら、それで……」
「……! ……。ランド殿……大変失礼した……」
「! い、いえ……」
「では、私たちはこれで失礼いたしましょう」
「はい」
「あっ……! あ、ありがとう、ございます」
「ええ、お店の再建、がんばってください」
「ランド殿……"言わず、忘れず"、だ」
「は……はいっ……!」
────。
夢のようなふたりは、月夜の街に消えていった。
……。
そうだ……。
決して、決して忘れない……!
「"アンティ・クルル"……!」
王都に現れた、黄金の少女。
私は、"秘密の英雄"に手紙を出すため、
荒れた店内で、インク壺を、探しはじめたのだった──。
夜は、私に。
だれにも言えない夢を、見させてくれる──。
「……やれやれ、凄みすぎですよ? ヒキハ」
「う……申し訳ございません……」
「ま。育ての母に、堅苦しいこと」
「や、し、しかしですね……」
「いよいよ、明日ですね」
「! ……はい」
「あなたはどうするのですか?」
「……会わないつもりです。姉さまがいますし……その、勘ぐられても」
「ほほほ! ヒキハは顔に出やすいものね。オシハ相手には特に……」
「うっ……すみません……」
「ま、それがいいでしょう。明日は王太妃様にご報告なさい」
「わかりました」
「あと、あの神官……一度会った方がよいでしょうね」
「! ……"アマロン・グラッセ"、ですね?」
「ええ。"歯車法"は、私が揉み消したので、まだ発見されていないスキルになっています。個人のスキルを口外はしないでしょうが、少し脅かしておきましょう。ふふふふふ……」
「すぐに足取りを追います」
「頼みます。さて、面白くなってきましたね」
「……マザー。聞きたいことがあるのです」
「あら? 何かしら」
「あなたは、その……王太妃様の任務とはいえ、その……」
「なぁに?」
「い、いえ……何でもありません!」
「あら〜〜、レイズ母さん、ショックだわぁ〜〜娘がカチンコチンになっちゃって……」
「ぐ!」
「あなたの柔らかい所を使って、はやくお婿さんでも見つけなさい? あなたの周りに剣士なんか、そこらじゅうにいるでしょう?」
「よっ!? 余計なお世話ですゥ────!!!」
「ふふ……さて。明日、"アンティ・クルル"は、大丈夫かしらね?」
「ふ、ふ────────んだっ!!!」
「ああ、なるほど……」と思った方?
しーっ、ですよ(笑)(*´ 艸`)










