おうごんびいき
ドニオスギルドの、受付カウンタ内。
ちょっと、ひと息つく用の、職員用の丸テーブルにて、
ギルドの女性職員と、ギルマスが集まっておりました。
私、キッティは、今、討伐図鑑と、にらめっこしています。
「くるるぅ〜〜!」
「にょきっと……」
「や〜〜、かぁ、わぁ、いぃ、いぃぃ──ッ!!!」
「わ、私……ドニオスで受付嬢してて、よかったぁ……!」
「きゃ〜〜!! カンクルちゃん、こっち向いて〜〜!?」
「くゆぅ?」
「「「……は、はわわわわ……!」」」
「……はぁ……おい、キッティ。結局、こいつが何の魔物の子供か、判明したか?」
「ちょ、ちょっとお待ちを……」
「昨日の夜から、そればっかりではないか……」
今、私達が囲んでいるテーブルの上には、
2体の魔物がいます。
1匹は、我らが受付カウンタの主、うさ丸さん。
も1匹は……。
「くるるるぅ〜〜♪」
「「「と、尊いぃ……!」」」
「……にょーんむぅ──……」
「うさ丸……お前、ラビットの身で、いっちょ前にため息なんざつきやがって……ため息つきたいのは、俺のほうだ……はァ」
「にょむ?」
「──うん、わかった!」
──パタンッ!!
私が勢いよく閉じた討伐図鑑の音が、
ギルドホール内に、大きく響きました。
「お、わかったか。で、キッティ、こいつは──……」
「うん、新種ですっ」
私はけっこう、ヤケッパチになって答えました。
私がこんだけ探しても見つからないんです……。
し、新種ですよ!!
「マジか……」
「……マジです。やはり、アンティさんが言っていたように、ウルフ系の特徴がありますね。"カーバンクル"と仰っていたのは、よくわかりませんでしたが……おデコに魔石なんて、ありませんし……ところで、アンティさんに、金一封でますよね? 私、ご飯に誘います!」
「……年下の娘に奢ってもらうんじゃない。お前、いつも差し入れしてもらっているだろう……。新種発見の金は、自分で使わせてやれ」
「ええー。ちゃんとお返しもしてるんですよぅ?」
今ここに、アンティさんはいません。
このギルドのど真ん中にそびえる、
地表40メルトルテの塔の上で、寝ています。
そう、この新種のウルフは、
アンティさんが、連れて帰ってきたのです。
時は、昨日の夜に遡ります────。
その夜、まだ夕方が終わりを告げたばかりの頃。
私とギルマスは、たまたま受付で仕事の話をしていました。
すると、
キン、キン、キン──。
一度聞いたら忘れない、あの足音がするではありませんか。
私とギルマスは顔を合わせた後、笑みを浮かべながら、
ギルドの入口を見ていました。
しかし、その足音の主は、なかなかギルドに入ってきません。
キ、──キキン、キン、キン、キンキン。
「……なにをやっとるのだ、アイツは……」
「なんか、ギルドの入口で、ウロウロしてますね……」
アンティさん?
何をギルドに入りにくそうにしているのか知りませんが、
あなたの足音は、夜なら100メルぐらい先まで響きますよ。
この時点で、私も、ギルマスも、なんとなく、
"ぜったい何か厄介事もって帰ってきたなぁ……"
と、予想がついたものでした。
「……はぁ。今度は、ほっぺではなく、ゲンコツでも食らわせてやらんといかんか……」
「ぎ、ギルマス、それは……。一線を退いてるとはいえ、Aランクの格闘職なんですから、ゲンコツはシャレになりませんよ……」
「ふん。出かける度に、おイタが過ぎる娘には、説教が必要だろう……」
「そ、それは、そうですが……」
ああ……アンティさん、
これは、イッパツやられますよ……。
ギルマスぷんぷんですよ!
可哀想ですが……。
やがて、何かを観念したのか、
ゆっくりと、甲高い足音が、こちらに向かってきます。
「ふん……」
「あはは……」
私は苦笑いで、
ギルマスは、でっかい腕を組んで、迎えました。
……迎えました、が。
「…………」
「…………」
……。
帰ってきたのは、やっぱり、アンティさんでした。
そして見た瞬間、今回の問題が、だいたい何なのか、
判断がつきました。
私も、ちっちゃい頃から8年くらいギルド受付嬢してますからね。
これくらい、見抜けますよ!
や、というか……あの抱っこしてる魔物を見れば、
新人職員でも、察しがつくと言うか……。
いや、違うんです。
そこじゃないんです。
私が言いたいのは、そういう事じゃなくて。
アンティさんが、その、ですね……。
いや、私も、この後は絶対!
アンティさんがなんかやらかして!
ギルマスがほっぺたをつねって!
チャンチャン♪ だと思ってましたよ!
……でもね、そうは、ならないかもしれませんね……。
だって、アンティさん……。
……。
チラッ、と、ギルマスの顔を伺います。
「……、…………」
あ、すっごい困った顔してる。
うん、いや、わかります……。
私も多分、同じような顔です。
さっきの怒気は、どっか吹っ飛びましたね……。
え、えーっとですね……。
なぜ、何か問題を起こしたであろうアンティさんが、
ギルドに入った瞬間、
私とギルマスが困った感じになったかというとですね……。
「う、ぅぅ、 ……ぐっ 、……、ぅぅ……」
「にょ……にょやんゃ……」
「くるぅ?」
……入ってきたクルルカンさんが、すでに、半泣きだったからなのです……。
「…………」
「…………」
「ぅ、うぅぅ〜〜! じゅ、す……」
「にょ、にょ……にょきっとな……?」
「くるるぅ〜〜」
みんなの英雄代表みたいなカッコの女の子がですよ……?
半泣きで、こっちに近づいてくるんです……。
……黄金の義賊だって、泣きたい時はあるんでしょうね……。
めっちゃ泣いてるクルルカンを、
抱き抱えられた者たちは、必死に励ましているようでした。
「にょきっと〜〜……」
……うさ丸と、
「くるるぅ〜〜!」
……どちらさまでしょう……。
──キン、キン……キン。
「ぅ、ぅぅ……ぐゅ……」
「……」
「……」
私はここで働いてまーまー長いですが、
半泣きの絵本の主人公を、相手にしたことはないです……。
うさ丸と、
見知らぬ魔物の子供を抱っこして帰ってきた英雄は、
捨てキャットを拾ってきた、ちっちゃな女の子のようでした……。
私とギルマスが、何とも言えない表情になっていきます……。
「ぅ、ぅぅ"ぅ"〜〜……」
「……」
「……」
ちらっ。
──!?
ん!? ちょっ、ギルマス!?
なんで今、ちらっと私を見たんですか!!
!? なんですかその、
アゴで、「いけ、いけ」みたいな!?
いや、やめてくださいよ! 私ですか?
ちょっと、難易度高いですって!
ほら、ほら!
トップなんですから、ギルマスが切り込んでくださいよ!
なんです!? Aランク格闘職が、聞いて呆れますね!
さっきまでの威勢はどうしたんですか!?
や、だから、私も、ちょ、未知の領域ですってば!
「ぐ! ぐ、ぐゅ……」
……──キーン。
「! ぅぅぅう〜〜!!」
──! ほ、ほらぁ!
アンティさん、もう全泣きじゃないですかぁ〜〜!!
今、涙を手で拭こうとして、
無慈悲にも、仮面とグローブが、ぶつかって、
マヌケな音が出ましたよっ!?
もう、涙、垂れ流しクルルカンですよっ!?
このままで、いいと思ってんですか!?
「(ムリムリ、これはムリ……)」
「(いや!? ムリじゃないですよっ! がんばってください! さっきゲンコツかましてやるって言ってたの、アレはなんなんですか!?)」
「(お前、こんな半泣きの娘っ子どついて、何になるってんだ……)」
「(せ、正論だぁ……!!)」
「ぅ……ぅ、ぁの……ぉ」
──どっキィィ────ンンンッッ!!!!!
「あ、あああ、ああ……!」
「な、ななな、なんですか……?」
こんなの、反則です……。
……ぶっちゃけ、ギルマスと私は、
黄金の涙の破壊力に、完全に気圧されていました……。
「と、つ、ぐっす……ぜんで、す、けどぉ、も……」
「……う、うむ……」
「……(ゴクリ)……」
「この子……か、か、か、」
「……、……、……、」
「……、……、……、」
「飼って、いい、ですかぁ……?」
「くるるるぅ〜〜?」
……。
「……」
「……」
……見たことも、ない、ウルフ系の魔物の子供ですね……。
う、う──ん……。
うさ丸は、草食系もふもふですからアレですけど……。
ウルフの仲間なら、育つとかなり大きくなっちゃうかもですし……。
アンティさんには酷ですが、
流石にギルマスとしては……。
「ぅ、うぁぅぅ、ぅ〜〜!」
「にょ、にょむ……!」
「く、くるるぅ──!?」
「あ、アンティさん、ちょ、いっかい、1回、落ちつきましょ──……」
「……いいよ」
え?
「────!」
「……──えぇえッッ!?」
ちょッッ!!?
ギルマスッ!?
ちょ、ぎ、ギルマスよわっ!!!
意志よわッッ!!!!!
い、いいい、"いいよ"って、なんですか!!
アンティさんに、あまくないですかッ!!?
親ばかモードですかっ!?
私が居眠り受付してたら、あんなに怒るのに!!
ひ、ひいきだ! ひいきだ────!!
黄金贔屓だぁ───!!
「……ただ、ちょっとそいつのこと、調べさせてくれ……いいな?」
「……ぅん」
「くるるぅ〜〜♪」
しゅたっ。
小さなウルフっぼい魔物が、ギルマスのでっかい腕にのっかります。
? 野生にしては、警戒心がない子ですねぇ……?
「……おまえ、今日はもう休め。そんな手紙も、溜まっておらんし……な?」
「ひゃい……」
「あ、アンティさん……元気だしてください……」
お、思わず声をかけてしまいました……。
クルルカンの泣き落としは、レベル高いですねぇ……。
うさ丸? アフターフォロー、よろしくお願いしますよ?
──ぐっ!
「! にょやっ!」
──ぐっ!
よし、これでひと安心……。
うさ丸は、今日はアンティさん専用クッションとしてバツグンの効果を発揮するはず……!
ふう、これでやっとちょっと落ち着き──……
「……あ、そうだ……」
──どっキィィ────ンンンッッ!!!!!
「……、ん? な、なんだね……?」
「……ど、どうしたんですか? アンティさん……?」
「これ……」
──どごん。
わ。
いきなり、カウンタに、鉢植えが出た。
さすが黄金ピエロさんですね……。
あ、これ……"花"?
「……なんだ? この花は……?」
「あ、光ってる……? きれいな花ですね……!」
「……その子、"花おおかみ"だから、これしか食べれないの……」
「……?」
「??」
「あ、でも……ウルフだけど、カーバンクルかも……」
「……?? なん??」
「か、カーバンクルなんて、伝説の魔物ですよ? アンティさん……」
「くるるぅ〜〜♪」
「じゃ、ねます……おやすみです……」
「……ぉ、おう」
「……おやすみなさぃ……」
……キン、キン──……。
……。
「"花おおかみ"……? キッティ、聞いたことあるか?」
「い、いえ、はじめて聞きますね……あ、ほんとだ、花が生えてる……」
「くゆくゆ♪」
この後、けっこう夜までこのウルフちゃんの事を調べましたが、ついに、目立った記録は見つかりませんでした。
そして、次の日のお昼になり、
当然、女性職員に囲まれたわけです────。
一人、ヘタレの親ばかギルマスが、
まざっっっていますけぇどねぇぇ〜〜?
「くむくむ、くむくむ♪」
「わ〜〜! ほんとに、このお花を食べるんだねぇ〜〜!」
「エリゼがソーセージあげたら、「かーん!」って鳴いて、ゴミ箱に蹴り飛ばされたんだって!」
「お、お肉きらいなのね……」
「ていうかさ! それ、ちょっと、見てみたくないっ!?」
「「──! み、見たい見たいっ!」」
──パタンっ。
「……はぁ、ダメですギルマス。この花も、まったく記録にありません……新種だと思います」
「あの金ピカ娘……新種の魔物と植物を見つけてくるとはな……なかなかベテラン冒険者でも出来んぞ……」
「ドニオスギルドでは、久しぶりのことですね……どうします? 王都と、他の四大王凱都市に、情報を出しますか?」
「……いや、揉み消そう……あいつ絡みの騒ぎを、大きくしたくはない……」
「……ですよねぇ。ふわ〜〜! 歴史的発見なのにぃぃ……ん? でも、アンティさんには、新種発見のボーナス、払うんですよね? そ、それも2種!? え? 凄くないですかソレ!?」
「……まぁ、そうなるな」
「ひ、ひ、ひいきだぁ〜〜!!! ギルマス、いつの間にそんなアマちゃんになったんですかぁ──!! 私にも、それくらい優しくしてくれていいじゃないですかぁ────!!」
「あ、あま……!? そんなこと、初めて言われたぞ……」
「そんなねぇ、アンティさんの肩ばっか持ってるとですねぇ!? そのうち、天罰がですねぇ────!?」
「か────ん!!」
「「「あっ……」」」
ひゅ───べちんっ!
「…………」
ギルマスの顔面に、ソーセージが、
いいのをイッパツ、入れてくれました!
や────い! ざまぁみぃ────!
「……くるぅ?」