外なる戦い 内なる戦い さーしーえー
かばさんマークのうがい薬の効力が、バカにできない。
((((;゜Д゜))))
>>> "パーソナルエリア" って概念がある。
他の生物に近付かれると不快に感じる空間のことで、
パーソナルスペース、とも呼ばれるかな?
ぼくの世界では、もっぱら対人距離のことだけど、
この世界では、これは戦闘に関する事柄になってくる。
"間合い"に近い意味かな?
生きている時のぼくは、これが、異常に広かった。
逃げるが勝ち、とは、ならなかったけどね。
あ、えーっとね……何が言いたいか、っていうとね?
当然、後輩ちゃんにも、パーソナルエリアはあるんだよ。
ていうか、この子、デバイスで全方位、見れるし。
彼女の相棒は、索敵にすぐれているし。
近づいてくる敵やら魔物やらいたら、まぁ、すぐ見つけられるよ。
興奮してる魔物の気配って、本当にわかりやすいし、
心拍数も上がってるし、魔法は光って見えるし、音もするよね。
あ、いや、つまりですね。
「逆は?」……ってことなんだよ。
さいしょから、花畑に埋もれていて、
敵意がないから、心拍数もあがらず、
じっとしていたから、音もしない。
ひょこっ。
ひょこっと。
ひょこり、現れたわけだ。
後輩ちゃんの間合いは、ひろい。
でも、いきなり近くに、そばにいた。
だから、後輩ちゃんはというと────……。
『くむ? ……くゆるるるぅ──……?』
「あば、あばばばばばばば────……!?」
……とっても素直に、びっくりしちゃってるわけだ。
『くむぅ?』
「な、な、な、な、な……」
だからさ……なんできみのスペックで、そんなビビんのさ……
とも思ったけど、なんか、わかる気もするんだよね……。
ここからは、ぼくの推論なんだけど、
後輩ちゃんって、今までの経験からして、
"敵意"に、すごい敏感だと思うんだよ。
肉食の魔物やら、でっかい魔物やら、数が多い群れやら。
いつも、格上の魔物を相手に立ち回ってきたからなぁ。
ぼくの"感覚予想"と、クラウンちゃんの"分析予測"は、
スキルによって、後輩ちゃんと"同期"してるようなもんなんだ。
彼女はもう、達人みたいな"感覚"をもっているんだよ。
でもねぇ。
今、目の前にいる、"この子"はねぇ。
まぁ、目を見りゃわかるんだよ。
"敵意"が、まるで、ないんだよ。
『くふー?』
うわぁ……瞳、つぶらぁ。
★アンティ・クルルの弱点
=敵意のない者が、突然、至近距離に現れると、キョドる。
……もう、これにつきるね。
「う、あ、あ……」
うわぁ、ぱにくってるぱにくってる……。
きみならパンチひとつで勝てるよ……。
あ、だめだめ、この子は殴っちゃダメだけど……。
「え、あ、え……きれ……」
今、「綺麗」って言おうとしたでしょ。
いや、わかるなぁ。
目の前のでっかいウルフ……すっげぇ綺麗な毛並なんだ。
てか、そんなにウルフとしては大きくないかな?
尻尾いれて7"メルトルテ"くらいじゃない?
こっちの単位、言い難いよなぁ。
あ、え、充分、おおきいって?
ごめん……それはぼくの感覚がもうおかしいのかも。
でっかいウルフが、つぶらな瞳で、アンティを見ている。
じわじわと、近づいてくるウルフ。
じわじわと、さがるアンティ。
……後輩ちゃん。多分、敵意がない相手を感じ取るのが、上手いんだな。
スナヌシの時も、そうだったんだろうな。
そう、なっちゃったんだ。本能的に。
この子、敵じゃないのかも? って。
だから、すっごい、戸惑ってる。
……ギキン。
でっかいウルフに追い詰められた後輩ちゃんが、
花畑の中にポツンと顔を出していた、
大きめの岩に、背中を、ぶつけた。
『くくぅ〜〜!』
「わ、わ、わ……」
ギギ……ガッキン。
あ、後ろ向きに岩を登りはじめた。
き、器用なことするね、後輩ちゃん……。
立ち上がって、視線の高さが、あがる。
キン──!
キン──!
『! くむむゅぅぅ──!!』
「わっ……」
「にょっ、にょきっと……!」
あ、多分、向こう、気づいたな。
柔らかい地面の土から、岩に上がった時の足音で、わかったんだ。
この足音は、一度きいたら、忘れないだろうからねぇ。
向こうからしたら、
"──前より小さいけど、本当に、アンティかな?"
って、感じだろうしなぁ。
「な、なんで、精霊花の領域に、魔物が……!?」
「にょ、にょん……?」
『くゆむぃ────!!』
あ、ちなみに言っておくと、
ぼくとクラウンちゃんは、もちろん、
このウルフの正体、わかってるからね?
クラウンちゃんは、この子が花畑から出た瞬間に、
"分析"したからね。
ほら、クラウンちゃん、そういうの速いから。
でも、まだ後輩ちゃんとうさ丸は、わかってないんだよねぇ。
で、なんで"このウルフの正体"が、
後輩ちゃんとうさ丸に伝わってないのかというと……。
『────……、……ぷくー。』
『>>>……勢いって、こわいよなぁ……』
ぼくが、
クラウンちゃんの"おくち"を、
おもっきり、手で押さえてるからだったりする。
『────……。』
『>>>…………』
目の前に、ぼくの手で口を押さえられた、クラウンちゃんがいる。
ぼくの手首は、彼女に掴まれている。
え? 目?
うん、超こわいよ?
めっちゃ睨んでるもん。
……ふぅ。
……いや、信じてくれ。
ぼくもなぜ自分が、咄嗟にクラウンちゃんの口を押さえたのか、よくわからないんだ……。
ただ、「ここを逃してはいけない!!」という、
神の声がきこえたような……うん、嘘だけど。
最近、何やらコソコソと、
クラウンちゃんやら、くにゃうん部隊やらに、
周囲を嗅ぎ回られたり、
やんわり誘導されたり、
通せんぼされたりして、
ちょっとイライラしてたとか、
そんなことは、ぜんぜんない。
うん、ぜんぜんない。
……ぜんぜんないってば。
『──── 。』
『>>>…………』
目の据わったクラウンちゃん。
手のスキマから漏れる、その小さな声を、
なぜかぼくは、聞き取ることができた。
……クラウンちゃん。
いま、"ジェノサイド"って、言いました?
それ、ぼく一人に使うのは、誤用じゃないかぃ……?
「ま、ま、まさか、バスリーさんたち……! このきれ……ウルフに、食べられちゃったんじゃ……!?」
内なる決闘をしてるぼく達をよそに、
後輩ちゃんが、ちんぷんかんぷんな勘違いをしていらっしゃる。
いや、気づこうよ……。
あの子しか、いないじゃないか……。
なんでこの子、たまに恐ろしく察しがわるいんだか……。
『────……。』
あ、クラウンちゃんも、ちょっと切ない顔をしている。
彼女も、ぼくに口を塞がれつつも、
"そんくらい気づいてください"と、
少なからず、思っているに違いない。
『くぃ! くいっ、くいっ!』
「ひっ!」
「にょ────、にょきっとぉぉおおおおお!!!」
ばぼお─────んん!!!
『>>>あっ』
『────。』
うさ丸が、大きくなった。
『く、くゆゆゆゆゆゆ────っ!!!』
『にょんにょん、にょきっとぉおおおぅぅ!!!』
「な、う、うさ丸!? あんた、私にあんたを置いて、バスリーさんの所へ行けって言うの!?」
『>>>…………』
『────…………。』
なんか、劇を見てる時って、こんな感じなんだろうな……。
てか、後輩ちゃん、きみさぁ。
ほとんど、うさ丸の言葉、わかっちゃってるよね……?
翻訳デバイス:"にょきっとマスター"、いらなかったんじゃないのかぃ……?
知ってるかい?
せっかくクラウンちゃんが、あのデバイス組んだのに、
きみったら、ほとんど生声でうさ丸語、判別しちゃうから、
たまぁに、クラウンちゃんが少し寂しそうなんだよ?
ほら、今も……あれ?
なんでぼく、クラウンちゃんの口、押さえてるんだっけ?
『くゆゆゆゆゆう────♪♪♪』
『にょきっとぉおおお────!!!』
あ、モフモフ大戦争だね。
2回目だよね、わかります。
1回目とは、規模が違うけどね。
あ、いや……うさ丸?
よく見てあげてよ?
あ、殴っちゃダメだよっ、て……あ、とまった。
『くゆゆゆゆっ! くゆゆゆゆぅ!』
『──にょ!? にょき──!?』
「くっ──!! うさ丸、ごめん!! 後で、きっと助けにくるから────!!」
キンッッ!!
キィィィィィイイン────!!!
後輩ちゃんが、空中に出した金の歯車を、
蹴り飛ばして、加速する。
見事なものだ。
空中で、イチバン空気抵抗がすくない身体のカタチを、わきまえてる。
ま、"白金の劇場幕"を出しっぱなしなのは、ご愛敬だけどね?
聖なる花々を飛び越えて、黄金の義賊が、とぶ。
空気を含むのは、ツインテールと、マフラーマントだけ、
流れ星のように、なびく。
とぶ。
もし、今の彼女を、子供たちが見たら、
まるでヒーローのような、そのきらめきに、
キラキラとして、目を奪われるに、ちがいない。
きぃぃぃぃいい────────んんん!!!
甲高い、鮮やかな音を残し、
英雄は、花を傷つけず、行くのだ。
ドン!!
「んお?」
「「!」」
ドンドン、キンキンキン──!!!
「お!」
「ああ〜〜!」
「このおと〜〜!」
バスリーちゃんの家、やっぱ、壁うすいなぁ。
声、ドアの外からきこえるよ。
まぁ、お隣さんいないから、大丈夫なんだろうけど。
精霊花で、害のある魔物は、近づけないしな。
「やれやれ……ノックの音で、誰が来たか、わかるもんだねぇ。まぁ、こんなとこくるのは、二代目クルルカンくらいだがねぇ!」
ガチャガチャ、ギギ……
「よぉう! ようきたなアン……」
「──バスリーさんッッ!!!!!」
「うおっ……なんじゃい、相変わらずさわが──」
「──うるふ!! ──うふる!!」
「う、うふる……? 何を言ってんだぃアンタは……」
「や! や! でか、きっれ、うるふが……!!」
「あ〜〜! やっぱりアンティだぁ〜〜!!」
「うふふふ、ノックの音が、キンキンだもんね!」
「!! ロロロ、ラララ!! あんた達も、無事だったのね!!」
「「へっ?」」
「いま、そこにすごい大きな魔物がいたのよ!! 近いわ!! なんで精霊花の花畑に入れるのかはわかんないけど……!!」
「「「…………」ぁぁ……」」
……3人の顔が、可哀想な子を見る目になった。
「はやくしないとまずいかもしれないわ! 高いところに逃げたほうがいいかも!?」
「はぁ……まったく、どうしたもんかねぇ……」
「ちょっと!? バスリーさん、何のんきな事言ってんのよ!? こぉーんなでっかかったのよ!? こぉんなウルフ!!」
「「がんばったからねぇ〜〜!!」」
「は? 何言ってんのアンタたちまで!?」
「……この子たちが、毎日世話してたからねぇ」
「はぁ!?」
「アンティ、うるさいぃ〜〜」
「こえでかいぃ〜〜」
「い!? いやいやいやいや……」
は、はやくも、テンションに温度差が……。
『くるるるるるぅぅぅ────♪♪♪』
『にょきっとおぉぉぉぉおおお!!?』
ごろごろごろごろぉぉおおお─────!!!
でっかいウルフが、でっかいラビットを、
器用に前脚を使って転がしてきた。
……うん、うさ丸、ボールにされてるね……。
大玉転がしかな?
「おお──うさ丸も大きくなったんだねぇぇ」
「わぁ────!! うさ丸でっかぃぃい────!!」
「すごぉ─────い!!」
「えっ……反応それだけ……って、いやいやいや! バスリーさん!! アレ、アレですよさっきのウルフ!! うさ丸を転がしてる!! ……ん? 転がす? いや、とにかく逃げないと!! うう、なんでこんな事に……!」
「ん」
「──?」
バスリーちゃんが、後輩ちゃんを指差して、言う。
「元凶」
「ふぁ?」
「はぁ……あたしゃ、アンタの事が、ちょっと心配になってきたよ……いっかいドツボにハマったら、アンタ、本当に気づかないねぇ……」
「?、??」
『くゆゆゆゆゆゆ────!!!』
『にょ、にょ、にょきっとぉおおおぅぅぅ!?』
「!? あ、ああっ!? うさ丸が転げて、精霊花がっ!?」
巨大うさ丸が転げた所から、キラキラと舞う花びらと、
何やら幻想的な白い光が、非常に美しい。
精霊花とウルフとラビットとの、コラボレーションだ。
さすが聖なる花。
こんなシュールな場面でも、演出は神がかっている。
「いけいけぇ────!!」
「やれやれぇ────!!」
「よぉく転がってやがるねぇ……」
「あれっ!? 花守のヒトたちが、怒んないッッ!?」
「いや……アンティ。実は、そのことで、ちょいと困っててねェ……」
「え? ……へ? その事って……??」
「いや、だから"精霊花"にだよぅ……」
「……はい?」
『くゆっくゆ〜〜! くゆゆゆゆ……』
『にょんにょんやぁ〜〜……』
「あ、その、えと……まず、逃げませんか?」
「……はぁ。アンタのご両親の顔が、また見たくなったねェ……」
「えぅい……?」
「ねぇ、アンティ〜〜……」
「え、なに」
「……あれ、カンクルだよぉ?」
「……へ?」
いま、ぼくは、クラウンちゃんの顔から、手を離した。
正確には、彼女の口を塞いでいた、手を、だ。
『>>>…………』
『────……。』
クラウンちゃんのボディが、何で構成されているのか、
ぼくにはわからない。
ただ、彼女のロボチックな雰囲気とは不似合いな、
ぼくの手のカタチをしたピンク色の跡が、
彼女の口回りには、シッカリと残っている。
ぼくを見る彼女は、とても、無表情だ。
──── ‐ ‐ ‐ シュン!
警戒体制が解け、
ぼく達のボディアバターが、
"箱庭フォートレス"の和室に、転送される。
ここは、よくご飯を食べる、箱庭に面した、一室だ。
畳の上に、ぼくと、彼女が、向き合っている。
…………。
…………。
…………。
…………みとめよう。
とっさの事とはいえ、
ぼくは今回、やりすぎた。
女の子の口を、
長期間、手で押さえるなんて、
────男として、最低だ────……!
『>>>ぼくはどう、つぐなえばいい……』
『────……。』
クラウンちゃんが、スッ……と、両手をあげ、
ぼくの方に、小さな2つの拳を向けた。
これが、ぼくの見る、最後の光景かもしれないから、
丁寧に描写しようじゃあないか。
まず、クラウンちゃんの両肘のところだな。
パシュ! パシュ! って音がして、細かいパーツが、いくつか、せり上がった。
何かのロックが外れたんだろう。
もちろん、両手はまっすぐ、ぼくの方に伸ばされたままだ。
クラウンちゃんの手は、クッキングミトンみたいなカタチをしている。
お鍋を持っても熱くなさそうな感じだが、
今の彼女の手は、プロボクサーのグローブのようにも見えた。
────がしょンッッ!!
二の腕から先のパーツが、ポップアップする。
ちょっと手ぇ伸びたよ。
隙間から、唸る金のはぐるまが見える。
……───ぎゅぅ、ぎゅぅぅうううううういいいいいんんんん!!!!!!
ふき出す、アナライズフレア。
全身にはり巡る、金の流路。
ぼくに這わしてある警告デバイスが、
ロックオン警報をならす。
あ……だいたい、未来が想像できた……。
『────……辞世の句があるのなら:録音して差し上げます──。』
『>>>……この状況で、五七五が、ひねり出てくるかなぁ……うーん……』
い
き
任 お
せ い
す に
い ぎ
け て
な も
黄 い
野 よ
?
金
時
どごぉぉぉおおおおおおおおおんんんん────!!!!!
クラウンちゃんから発射された両腕は、
ぼくの身体をくの字に曲げ、
ぼくは、障子を突き破り、
中庭の池に、撃沈した。
ぶくぶくぶく……。
【 ──うぉぉおおおおおぉぉおい!! おんどれらァ、何をしてくれとんのじゃあああああァァ────いいッッ!!! 】
< ……辞世の句って、季語いらんかったかいなァ? >
このあと。
畳の上で、クラウンちゃんと並んで正座させられ、
ヨトギサキさんに小1ジカほど、むっちゃ怒られた。
和室で、ロケットパンチを使っちゃいけない。
「か、か、か、か、か……」
「……アンタ、えらいもんを預けてくれたねぇ……」
「おっきくなったでしょお〜〜♪」
「カンクル、結界魔法も使えるんだよぉ〜〜!!」
『くゆゆっ! くゆゆっ!』
『に、にょきっとな……』
「カンクルぅぅうううううううううううッッッ──!!!??」
『くるるぁ〜〜♪』
>>>ぼくにわかったことは、2つ。
ひとつは、クラウンちゃんの必殺技が、
"クラウンジェノサイド"って名前だってこと。
もうひとつは、カンクルの種族名が、
"花おおかみ"から、
"トレニアイズカーバンクル"、になったってことだ。










