おだやかなる午後(うさ丸以外) さーしーえー
カーディフの街門へ帰ると、
小さな魔法使いに待ち伏せされていた。
パセリとブロコロを持っている。
最近の魔法使いは、野菜で魔法を使えるのかしら。
横に、小さな勇者と、小さな盾使いがいる。
切ない表情だ。
あんた達ねぇ、パーティメンバーなんだから、
仲間の魔法使いの暴走くらい、抑えときなさいよ。
私の頭の上の王様が、明らかに動揺した。
魔法使いが、動く。
「にょっきちゃん!! かくごぉ────!!」
「にに、にょんやぁああああ────!!!」
ぴょ──────ん!!
うさぎの王は、逃走した。
「アン姉ちゃん……今度、アナにも食べれるブロコロ料理、作ってよ……」
「僕たちではもう、制御できないんだ……」
「……そんなにひどいの?」
「この前、「家庭菜園!!」とか言って、みどり色の野菜は全て庭に埋めてた……」
「それはあかんだろ……」
「なぜか、ユータとおれも一緒に、アナのお母さんに怒られたんだ……」
「ログ、あんた今度アナが野菜を持ち出したら、その立派な盾で、行く手を阻みなさい」
「む、むりだ!! あれは肉食系魔法使いだ!」
「アンタ何言ってんの?」
「この前、ログは、お弁当の肉という肉を、アナに食われたんだ……」
「……何なの? あんたんとこの魔法使い、暴君なの?」
そろそろきっちり教育しないと、どえらい女の子になるわよ?
知んないわよ? 私のせいじゃないかんね?
「ログ、ユータ、がんばれ。あ、あと、うさ丸捕獲しといて」
「お、おうぼうだ!」
「きょうりょくしてくれ! た、たのむアン姉ぇ!」
「がんばんなさい。勇者のパーティでしょ?」
がんばれ、"フェイカーズ"。
まけるな、"フェイカーズ"。
街と、うさ丸の平和は、あんた達にかかっている。
「まぁぁあてぇええ〜〜!!!」
「にょんやぁあああああ!!!」
「なんでアナって、いつもあんな元気なんだ……」
「肉ばっか食ってるからだろ……」
……ドニオスに帰る前に、リンゴ入りのサラダでも作っといてやるか。
実家に帰らせていただくと、珍しく、お客さんがいなかった。
ふぇ、めっずらしい。
いつもなら、お昼時を過ぎても、ちらほらしゃべっていく人が多いんだけど。
「おう、アンティ!」
「アンちゃん、おかえり〜〜」
父さんと母さんが、客席で一杯やっている。
あ、こんな明るいうちから飲んで。
ま、父さんらは飲みすぎないから、いっか。
「こんだけお客さんがはやく引くのって、珍しいね。え、もしかして、ココ最近、いつも?」
「やぁねえ〜〜たまたまよ〜〜」
「いつもは今くらいでも、けっこう忙しいぜ! ま、たまたまだろ! 」
「そか、よかった」
「心配しなくても、繁盛してるわよぉ〜〜」
「はは……お酌でもしようか?」
「おっ、いいじゃねぇか!」
「ア〜〜ンちゃん? ここ、座んなさい?」
ずずー。
母さんが、前の椅子を引く。
ふむ。
「よこっしょ……」
「いやぁ、久しぶりの家族水入らずだなぁ」
「やだわぁ、デレクったら、おじさんみたいよぉ〜〜?」
「な、何を言う! 俺はまだ38だ!」
「つっこまないわよ?」
……。
ふへぇ〜〜……。
座席に持たれかかり、だらしなく足をのばす。
久しぶりの実家なんだ、これくらいは許されるでしょ。
「はっはっは、久しぶりの娘との再開に、食べ物の神様が、お客を帰らせたのかもしれんな!!」
「や、父さん、それ、食べ物の神様が食堂にやっちゃダメだから……」
「ふふふ。でも、こうやって、ゆっくりしゃべれるのは、よかったわぁ〜〜」
「そだね……」
……。
まだ、光の魔石を灯すまでは、いかない時。
今のお客さんは、外からの日の光だけ。
あ。薄暗くて、透き通った空気もかな。
遠くのほうで、楽しく笑う、子供の声。
知らず知らず、親子3人で、のぺっと座って。
まだ明るい、店の外を見ている。
────心地よい、沈黙。
「……なんか、この明るさの時にお店がヒマだと、不思議な感じだね」
「ん──……そうだなぁ。ちげぇねぇ!」
「そうねぇ〜〜いつものウチじゃないみたいねぇ〜〜」
「……たまには、のんびりしろってことかな?」
「何がだよ?」
「いや、神さまが」
「はっはっは! ま、いつもがんばってっかんな! そういうヤツほど、こういう時に、そういう気持ちになれるもんよ!」
「え? う? そうなのかな??」
「ふふふ〜〜」
……。
ふぅ。
まぁ、父さんの自論はともかく。
なんか、帰って来たなぁって、感じだなぁ──。
いや、つい20日ちょいくらい前も帰って来たけど、いつもお店が忙しくて、こんなふうにだら〜〜っと座って、のんびり明るい外を見るなんて、なっかなか、できないもんなぁ。
だいたい、夕方過ぎてからの一家団欒が多かったわ。
確かに、このおだやかなる午後は、私たち一家への、御褒美かな?
「あ、プライス君、どったの?」
「くっ、こくっ、ぷは〜〜っ! え? 今日はもう、あがらせたわよ〜〜?」
「まぁ仕込みはちゃんとやるからなあいつ。あっ、でもよ!! 聞いてくれ最愛の娘よ! あいつ、また調味料、誤発注したんだぜ!?」
「ま、またなのッッ!? 私より4つ年上でしょっ!?」
「ふふふ〜〜、ほっぺつねっといたわぁ〜〜〜〜ふふふふふ〜〜〜〜」
あ……この表情の感じは、母さん、割とガチで頬つねりした感触だ……ぶるっっ。
プライス君が、涙目になって帰っていったのが、容易に想像できる……。
「はっ、しょうがねぇヤツだよまったく! まぁ、あいつが仕入れた新しい調味料とかは、たま〜〜に、ウチの料理に革命を起こすけどな! はっはっはっはっは!!!」
「あ! 前にカツソースと間違って仕入れたソース、"醤油"って言うんだって! ナトリの街の調味料だってさ!」
「ほぉ! ナトリってぇとあれか、王都の南の……」
「あら、アンちゃん、行ったことあるの?」
「えっ……! あ、ぅ、うん、入口のギルドの出張所までなら、お、お仕事で……」
「へぇ〜〜、すげぇじゃねぇか! ナトリって、南東の海の方から来た民族が作った街だから、ちょっと変わった文化なんだろう?」
「え!? そなの?」
「そ〜〜よ〜〜。確か、ナトリの街の南に行くと、おっきな湖があって、そこからさらに東に行くと、えーと……こう、南の方から、海が、"にょきっと!"なってる所につくのよ〜〜」
「ええっ……!」
「そう言えば、あのうさ公はどした?」
「魔法使いから逃げてる」
おっきな湖って、レエン湖のことだよね……?
あそこから東……地図でいうと右に進めば、
えーと、下から海が伸びてきてる、ってことかな?
そんな広い範囲の地図は、持ってないなぁ……。
ギルドに帰ったら、キッティに聞いてみようかな……?
「二人とも、詳しいね!」
「や、オレはソーラから聞いたんだよ!」
「え、そなの? 母さん、詳しいの?」
「私はおばあちゃんから聞いたのよ〜〜♪」
「へぇ……! おばあちゃんって、母さんのお母さんだよね?」
「……そうよ〜〜♪」
ふむ……私、おばあちゃんのことは、全く覚えてないな。
おばあちゃんって言うと、バスリーさんとか、
シャンティちゃんのおばあちゃまの方を連想するくらいだし。
「……昔はさ、一緒に住んでたんでしょ?」
「あ、あ──……」
「……ねぇ、アンちゃん、自分のおばあちゃんのこと、気になる?」
「え? う、う〜〜ん」
ん? あれ?
なんか、父さんと母さんの顔、ちょっと真剣になってない?
や、私におばあちゃんとかいないこと、そんな気にしてないよ?
「……正直に言うと、よくわかんない。だって、ほとんど会ったことない人だし。私が赤ちゃんの時に、一回会っただけでしょ?」
「うーん、そうなんだよなぁ──……」
「今ごろ、何してるのかしらねぇ〜〜……」
「え……? えッッ!? 生きてんのッッ!?」
「あっ、そこからか、最愛の娘よ……」
「あららぁ〜〜、話さなかった私たちも、わるいわねぇ〜〜」
「えええ〜〜……」
私のおばあちゃん、生きてるんだって。
そりゃ、知らなんだ……。
へぇぇ〜〜……。
「びっくり。その、もういないから、話さないようにしてるとばっかり……」
「ははっ……多分生きてらっしゃると思うぞ? ソーラに似て、綺麗な人でな」
「デ〜レ〜ク〜〜? それ、逆ですよぉ〜〜?」
「え、てか、教えてくれんの? その……おばあちゃんのこと」
「……そ〜ねぇ〜〜、いい機会かもしれないわねぇ〜〜……」
さっきから、父さんも母さんも、つまみより、ちびちびお酒の方を飲んでいる。
まだ、外が暗くなるまで、少し、あった。
「オレの親はその、オレが家出してから、それっきりだ。それはずいぶん前に、話したことあっただろ?」
「う、うん。その、軟弱者だったから、家から出たって」
「──はっはっは!! 娘の口から聞くと、おもしろいなっ!」
「そ、そーぅ?」
「……アンティ、おばあ……私の母さんはね? 今、どこにいるか、わからないの」
「え……」
母さん、それって……。
「えと、その……"生き別れ"って、こと?」
「う〜〜ん、そんな悲壮感がある感じじゃ、ないんだけどねぇ〜〜?」
あ、語尾が戻った。
「お前が産まれる前までは、この街に住んでたんだよ。そうだ……確か、あの包丁を作ってもらう前までだな?」
「そうだったわねぇ〜〜……」
「!」
包丁って、ヨトギサキのことだよね。
「それまでは、普通のお弁当屋さんの、おかみさんだと思ってたんだよ」
「そりゃあ、私もそう思ってたわよ〜〜」
「え? どゆこと?」
「いや、な? いざ、お前がもうすぐ産まれるかもなーって時にな? オレと、お腹の大きなソーラの前で、涙ながらに相談されたんだよ」
「え、と……?」
「びっくりしたわねぇ〜〜。簡単にまとめるとね? "昔の仕事場に戻らなきゃいけなくなったから、次に会えるのは、いつかわからない"って言われたのよ〜〜」
「ええっ!」
じ、じゃあ、私が産まれた時は、
おばあちゃん、ここにはいなかったんだ……。
「なんか、すごいタイミングだね……?」
「それ! それなんだよ。流石にオレもソーラも、びっくりしてなあ。だって、孫が産まれる直前に、自分が行方不明になるって言われたようなもんだったからなぁ」
「ほんとに。母さんって、何者だったんでしょうねぇ〜〜」
「え、そのぉ、おばあちゃんの昔のしごと? って、何か知らないの……?」
「それがね? "知らない方がいい"って言われちゃったのよ〜〜」
「えええ〜〜……」
何それ、超気になるじゃん……。
「そ、それで、父さんら、どったの……?」
「いや、まぁ、そりゃ驚いてな? 」
「夢みたいな出来事だったわねぇ〜〜」
「でもなぁ、その……お母さんの立場になって、考えてみたらなぁ……」
「えーと?」
「いや、もうすぐ孫娘が産まれるって時に、どうしても、戻らなきゃいけないような事になったんだぜ?」
「???」
「デレクと1日、話し合ったわぁ〜〜。"よっぽどの事情が起こったんだろう"って……」
「あ……」
「あの人、絶対、ソーラの側に居たかったに決まってらァ。でも、泣く泣く離れなきゃいけなくなった。"前の仕事"ってやつで、何か起こってな?」
「そか……可哀想だね」
「お母さん、絶対アンちゃんのこと、見たかったはずよ? だからね? その覚悟みたいなのを感じて、静かに送り出す事にしたのよ〜〜」
「そ、うなんだ。そんなことがあったのね……」
今まで知らなかった、我が家の歴史。
おばあちゃんは、私たちのこと、きらいだったんじゃないんだな。
「で! 1年くらいした時に、1回だけ、ひょっこり帰ってきなさってな?」
「!」
「あれ、驚いたわぁ〜〜! お店の外から、そっと覗いててね〜〜!」
「じゃ、その時に私に……」
「ええ! アンちゃんに初めて会って、すっごい嬉しそうだったわぁ〜〜」
「あ〜〜、あれは嬉しそうだったなぁ……! だっこして、にこにこしてたんだぜ?」
「そか……でも、今もいないってことは、その……」
「ええ。すぐ、戻らなきゃいけないって言って、一泊だけ晩酌してね……?」
「ツマミを作ってくれてよ……料理が上手い人だったんだぜ!? なんか、仕事はほんと、知られたくなさそうだったなぁ……」
「お母さんとは、それっきりなのよ〜〜……」
「そっか……」
……。
「どこかで、会えるかな?」
「! ふふ、きっと会えるわ! せっかく冒険者になったんですもの! お母さん、アンちゃんを見れば、ひと目でわかるはずよ〜〜!」
「ええっ……そ、それはどうかな?」
孫が、まさか黄金の義賊になってるとは、
流石に思わないでしょーよぅ……。
「おうっ! ま、巡り合わせがあるさ! どうやらお前、色々と、街を飛び回ってるみたいだしなっ!」
「えっ、え、はははっ……」
父さん、それ比喩じゃないです。
娘、空飛べます。
「ま、今のお前は、すごく元気そうに見える! 安心したぜ! あと、なんか貫禄がついたよな!!」
「泣いていい?」
胸はまるで全く大きくなってないから、
腹かな? 肩幅かな? 泣いていいかな?
「デレク〜〜? 言いたいことはわかるけど、女の子にそれはダメよ〜〜? アンちゃん、ちょっと大人の顔になったわ」
「えっ、そ、ぅかな……?」
「ええ、そうよ」
「そうだな」
えぇ──?
そ、そうかな?
むぅ……?
「私は、私だよ?」
「あら、だからよぉ〜〜」
「はっはっは! そいや、包丁、大事にしてるか?」
「 あっ!!! 」
「うおっ」
「あらあら」
「──父さん、母さん!!」
「──なんだ、最愛の娘よ!!」
「あらあら♪」
「私ッ、"エンマさん"に、会ったよお!!!」
……。
「……誰だっけ?」
「ぇぇえええええぇぇぇ〜〜……!?」
「あらあらあらあらあらぁ〜〜!!」
このあと、太陽が隠れるまで。
サキと、ダイ姉さんのお披露目会と、
アナの家の庭に、ピーマンが生えてきたという話題で、
家族みんな、たいへん、盛り上がった。
「にょ、にょきっとな……」
「おかえり!」










