青空とにくきぅ
私の家は代々、由緒正しい炎の魔術師の家系でした。
父も、母も、その親も、ずっとずっと、そうだったのです。
あの炎の杖と共に、我が一族は歴史を歩んできたのです。
私の炎のような髪も、母から譲り受けたものでした。
正直、私はこの髪が嫌いでした。
ピョンピョン、クネクネと、空気を掻き分けるように、
それぞれが違う方へ向きます。
真っ直ぐな髪の女の子に、憧れたものでした。
同じ髪の母が、たまに困ったように微笑んでくれなければ、
私は、この髪のように、
もっと、ひねくれた女の子になっていたことでしょう。
一族に伝わる炎の杖は"レンカ"といいました。
そう、私と同じ名前です。
初めて母がこの杖で炎を起こした時、
私はとても怖がりました。
まるで、生きているかのような炎の蛇が、
うねりをあげて、熱を振りまいたのです。
私は泣き、父がちょっと怒り、母が舌を出しました。
この杖の魔石は、正確には炎の魔石ではなく、
火山にすむ魔物の体内で結晶化したものだそうです。
母がよく、
「まぁ近所の台所にある魔石のすごいヤツよ」
と言っていましたが、
子供ながらに疑っていたのを覚えています。
それほどまでに、母の操る炎は、すごいものでした。
この日、私は自分と同じ名前の杖を継承しました。
私は、子供ながらに疑問に思い、聞きました。
「私みたいな子供に杖をあげるより、お母さま達が持っていた方が、よっぽど役にたつわ」と。
父と母は顔を見合わせ、クスリと笑いました。
聞くところによると、この杖は、今まで必ず子供が若いうちに継承させてきたそうです。
そんな、勿体ない。
大人が年老いるまで使えば、強い力を使い続けられるのに。
まだ私には早いと言い返しましたが、
父と母は優しく首を横にふりました。
私は、とても責任を感じました。
こんな子供に、こんな一族の歴史のようなものを背負えるのか。
なぜ私には、この杖と同じ名前がついているのか。
私は、気づけばかしこまって言っていました。
「この名に恥じぬよう、立派な炎の魔術師になります」
それを聞いた母は、キョトンとした後、爆笑しました。
私は驚いて目を丸くし、父が苦笑いをして私の頭を撫でました。
母は言いました。
「はぁ、はぁ……ね? レンカちゃん、はっきり言うわね? 私はね? これまで、ず──っと炎が受け継がれてきたことを、けっこうバカらしいと思ってるわ。変なこと言うけどね、私はあなたに、その杖を好き勝手してほしいのよ。誰かにあげてもいいし、池に投げてもいいわ。もちろん、好きな人ができたら、その人との子供にあげてもいい。お婆ちゃんになるまで、持っててもいいわ。私はたまたま好きな人が炎の魔法使いだったけど、あなたは、もっと自由でいいのよ。だから、その杖と同じ名前をつけたの。それは、あなたの杖よ」
私は、この時の母の言葉が、よくわかりませんでした。
やはり炎の魔術師である祖父や祖母が、たまに来て、
母と軽い言い合いになっていました。
しかし、最後は困ったような顔で、母に言い負かされていました。
よくわかりませんが、母と祖父たちは、
別に仲が悪いようではありませんでした。
父と母は私が炎を使えるかどうかはあまり気にせず、
逆に、祖父や祖母は私に炎を期待していました。
しかし、それ以前に、
皆、私を愛しているのだな、と感じていました。
もう少し大きくなった私は、炎の鍛錬を積んでいました。
母は好きにすればいいと言いましたが、
やはり、一族の末裔として、炎を消したくはなかったのです。
私の姿を見て、祖父たちは喜び、
母も、たまに頭を撫でてくれました。
でも、たまに、ちょっと残念そうな顔をするのです。
私はある日、その煮え切らない母の表情がどうしても気に食わず、
杖を突き出し、本気の炎を見せてほしい、と頼みました。
いつもは快活な母が、この時はびっくりして、
少し困ったように黙りました。
しかし、私は譲りませんでした。
母は、少し考えましたが、
私が「えんりょはしないで!」と生意気を言うと、
音のないため息をして、私に絶対に動かないように言いました。
母の炎は、恐ろしいものでした。
ギリギリのところで、加減はされていたでしょう。
でも、炎の大蛇に何匹も群がられる事は、
私の中の恐怖の、届かない所までを照らしました。
じっとしながら泣き、母が来てくれ、私をなだめました。
母は「好きにしたらいい」と言いましたが、
私が一番尊敬する炎の魔術師は、母でした。
それは、憧れ、だったのでしょうか。
否。それは「義務感」でした。
こんなすごい炎の血脈を、
私の代で、途絶えさせていいはずがない。
私は、必死に鍛錬に励むようになりました。
母に魔法を必死に聞くと、少しずつコツを教えてくれるようになりました。
私の魔力の量は、次第に増えていきました。
学童院に通う頃には、
かなりの魔力を扱えるようになっていました。
私には、確かな努力から生まれる、自信があったのです。
一族の娘として、誇りがありました。
同時に、周りの同年代の子供たちが、
とても幼く見えました。
私が努力している間、
彼らはどれだけ普通に暮らしていたんでしょう。
いけないと思っても、軽蔑の心が生まれました。
特に、隣のクラスの金髪の女の子は、
いけ好きませんでした。
最初、その子のことを、男の子だと思っていました。
後ろで長い髪をくくって、
前から見ると、まるで女には見えません。
いつも誰かにからかわれ、追いかけていました。
一度、ぶつかられた時に近くで見て、
やっと、女の子だとわかりました。
彼女はどうやら、魔無しのようでした。
それをバカにされて、追いかけていたのです。
私は、その子を一番軽蔑しました。
魔法が使えないにしても、
この子は私並の努力をしたのだろうか。
努力せず、ただバカにされて追いかけるなど、
何の意味があるのでしょう。
小さな頃から、努力している私は、何なのでしょうか。
私はこの金髪の子に、言いようのない嫌悪感を募らせるようになっていました。
でも、母の顔が浮かび、面と向かって嫌味を言うような行為は、したくありませんでした。
なので、無視することにしました。
そうしないと、後で自己嫌悪するほど、
嫌な事を言ってしまいそうだったのです。
この金髪の女の子は、横を通りすぎる時、
たまに、私を見ました。
私は、金の瞳を、できるだけ見ないようにしました。
彼女が前に通り過ぎていった時、
後ろの束ねられた金の髪が、1本の筋になって、
たいへん美しいと思いました。
私は、自分のクネクネした髪を摘み、
少し、悲しくなりました。
努力している私より、
あの、走りまわっている女の子の方が、
輝いているように感じてしまったのです。
バーグベアという魔物が近くで目撃され、
カーディフの街がパニックになりました。
私の一族は、優秀な炎の魔術師の家系でしたが、
カーディフの森は燃えやすいこと、
火が、逆に魔物の目印になってしまい危険だということで、
討伐を控えるという結果に落ち着きました。
しかし、いつでも街のために炎を使う準備はできていました。
父や母も、そうでしょう。
瞬く間に、恐ろしい山火事が拡がりました。
遠くからでも見える、あまりの面積に、
私も、唖然としてしまいました。
あれも、炎……。
空に、炎が吸い込まれました。
神様が、助けてくれたのでしょうか。
あの、金色の子が、子供たちを助けたと聞きます。
そんな、まさか……。
すごい噂を聞きました。
あの、魔無しの女の子が、魔法の授業を全て捨て、
隣街で冒険者を始めたと言うのです。
私は何故か、追い抜かれたと思いました。
言いようのない気持ちが広がりました。
隣のクラスの者は、しばらくとても寂しそうにしました。
私は、それがよく、わかってしまいました。
あの子は、魔無しで、努力なんかしてなかったでしょう。
でも私より、ずっと、輝きがあったのです。
私は何故か、それを痛感していました。
あの子がいなくなっても、
私の心のモヤモヤが消えることはありませんでした。
しばらくして、私は耐えきれずに、
母に学童院をやめて、冒険者がしたいと言いました。
そうじゃなきゃ、私の炎に意味がないと感じたからです。
母が、あんなに怒ったのは、初めてでした。
私は自分の名を持つ杖を持っていましたが、
普通の杖を持つ母に、圧倒されました。
焼け野原で、悔し泣きをする私を、
母は後ろから抱きしめて、座らせました。
私は振り解こうとしましたが、
この時の母の抱擁は、とても逃げ難いものでした。
母は、杖の歴史と、胸の内を話し始めました。
この杖、"レンカ"は、"恋の火"という意味があるそうです。
昔、私達の遠い祖先が、火山に住む魔物を倒しました。
しかし、その魔物が死んでまもなく、
火山からは、おぞましい黒煙が上がり、
全く明かりがない世界が広がったそうです。
その魔物を討伐しに行った者達は、離れ離れになり、
暗闇と、熱を持つ地面の中、三日三晩、さ迷いました。
もうダメだと思った時。
魔物の魔石から、大きな炎が、
空に打ち上げられたのだそうです。
その火を目印に、何とか集まった仲間は、
たった、二人だけでした。
そして、その魔石を、杖にした。
その二人が、私たちの先祖なのだそうです。
「……このお話はね、私、好きよ。でもね、それは、もう御伽話……伝説でしかないの。やがて、二人の恋の思い出なんて、どうでもよくなって、優秀な炎の魔術師を育てる事が、私達一族の使命になったというわ。この杖を無駄にしてはならない、私達は選ばれた一族なのだって……」
「……」
「そんなの、呪いよ。そんなことのために、炎の魔術師とだけ結婚するなんて、バカげてる。この杖の名前は"恋を繋げる火"って意味なのよ。なのに、恋を遠ざけてる。お爺ちゃんもお婆ちゃんも、昔、別の好きな人がいたわ。今だから笑って話しているけど。私は、たまたま運がよかったけど……でも、嫌だった。嫌だったのよ……」
「……だったら」
「ん?」
「だったらなんで、私に"レンカ"なんて名前を付けたんですか……」
「……」
「……好きにしていいって、思えますか? この杖を。私、この名前が重いです。何故、今、学生なんてしているんでしょう。お母さま、何故、私は今すぐ冒険者になっちゃいけないんです?」
「……ダメよ。今のままじゃ、あなたは死んじゃうと思う」
「! わ、私だって、普通の子たちに比べれば……!」
「ちがう」
「? ……?」
「"普通の子たち"、なんて考えてるようじゃ、いざという時、あなたは何も考えられない。もっと、自由でいいのよ、レンカ。そうじゃないと、あなたは心の強さを学ぶことはできない」
「わ、わからない……」
「……」
「お母さま……なんで私に、この名を付けたの……なんで……」
「……ごめんね」
それからというもの、私は荒れていました。
いえ、前からかなり、はみ出し者だったのかもしれませんが。
とにかく、大きな魔法をぶっぱなしたくなる日があったのです。
担任のジャイアー先生には、かなり目を付けられました。
一度、「そんな大振りの魔法が魔物に当たるか!」と、
かなり怒られました。
家に帰って、正直へこみました。
さらに追い打ちがありました。
座学テストの時に、あの魔無しの女の子が帰ってきたのです。
卒業に必要な試験だけを、受けに来たのでしょう。
帰り際に、ちらっと見ることが出来ました。
ものすごく、女の子っぽくなっていました。
サラサラの金のストレートの、ワンピースの女の子。
通り過ぎていった全ての生徒が、目で追っていました。
私は自分のクネクネの髪を触り、こみ上げるものがありました。
その夜、母にいきなり、抱きつきました。
母は、黙って抱きしめ返してくれました。
次の日、私は学童院をズル休みしました。
祖母が優しい顔で来て、私に土魔法を教えました。
祖母が炎以外の魔法を使えて、
しかもゴーレムを作れるなど、初めて知りました。
少し、炎の魔法に嫌気がさしていた私は、
その日から、土魔法と、細かな炎魔法のテクニックを磨くことが日課になりました。
その日も、イライラしてファイアーボールをぶっぱなし、
忘れない金の髪を見て、あっ、と思い、
気づけば、あの子にケンカを売っていました。
ある意味、この時の私は、仮面が剥がれていたのだと思います。
本能のままに、模擬戦に持ち込みました。
あの子が懐から本を取り出した時には、
どうしてやろうかと思いましたが、
すぐに、私は戦慄しました。
まるで、私の炎が当たりません。
あれは、本当にスキルで避けているのでしょうか。
あれが、スキル?
あれは、経験です。
あれは、積み重ねだと思います。
人1倍努力した、私だからこそ、わかる感覚でした。
私の中の、彼女への侮りが、
ガラガラと音をたて、崩れるようでした。
周囲の生徒が「すげ〜〜!」みたいな事を言っています。
バカ言わないで。
そんな、程度の低いものじゃないわ。
……本物よ。
まだ、2ヶ月も経っていない。
この子は、魔無しだったのよ。
修羅場を、くぐっているわ。
あなた達が思っているより、
ずぅっと、この子はすごいのよ……!!
私は、何なのだろうか。
皆より、自分が努力していると思っていた。
それが誇らしく、すごいことだと。
でも、違う。
この子のキラキラは、ぜったい、偽物なんかじゃない。
冒険者というのは、厳しい世界なのだろうか。
私に、バカにする資格なんてなかった。
「私は滑稽?」 ときくと、
「楽しい」と返された。
こんなふうにみんなでやるのは、初めてだからと。
彼女なりの、苦悩があったのだと、察する。
あの追いかけっこは、私のファイアーボールと同じ。
全てを、ぶつけてみようと思った。
今、最後のゴーレムが、破壊された。
2体目は、下に押しつぶされ、
今の3体目は、上に打ち上げられた。
わかる。
横に被害を流さないために、上下なんだわ。
先生の結界があるけど、
あのうさちゃんのパンチなら、どうなるかわからない。
なんで爆発するのよ。
上を、見る。
うさぎの王様みたいなのに、
金のお姫様が、のっている。
服はドレスではないけれど、優雅。
その動きは、苛烈。
太陽が透けて、金が輝く。
騎士がいなくなった私は、空に向け、炎を放った。
あの時の、母さんの魔法。
まるで、炎の蛇の群。
周りから、悲鳴があがる。
……だいじょうぶよ。
ほら、見なさい。
うさちゃんが大きなグローブをかざすと、
空中で、炎が掻き消される。
目を見た。
金の、ひとみ。
あれがさ、怖がってるように、見える?
私は、初めての炎の蛇で、泣いたのに。
前まで魔無しだったはずのあの子に、
感じる、あの光は────?
……そうか。
バカにされても、人より劣っていても、
関係ない、めげない──!
ああいうのが、ほんとうの────……!
────ぼしゅん!
「にょやっっ──!!?」
マヌケな音がして、
うさぎの王様が、まぁるい、ぬいぐるみになった。
空に舞う、金と、うさちゃん。
私は、最後の魔力を込める。
あなたに敬意を表して、
さいごまで、あきらめたりなんか、しない。
少しの、力でいい。
一撃を────────。
「──このときをぉぉお、待っってたわあああァァァ───!!!」
金色のお姫様が、男の子みたいな声をあげた。
空中で、うさちゃんを、わしづかんでいる。
え、ちょ──……、
「にょきっとおぉッッ、ばすたァァあああああああああァァァ────!!!!!!!」
「ふぎゅうううううう─────!!!!!?」
白い何かに、私の炎が掻き消され、
顔面に、もふい何かが、弾着した。
気がつくと、見えるのは、青空と、にくきぅ。
小さなうさちゃんが、私のあご辺りに、座っている。
上を向いて、倒れていた。
「……にょきっとな?」
至近距離のうさちゃんが、「だいじょうぶ?」
みたいな感じで首、というか胴体を傾ける。
……ずいぶんと、ぶっとんだ鳴き声ですわね。
両手で、持ち上げる。
かわいい。
「負けたわ……」
そばに、誰かが立っていた。
「へっへぇ────! ねらいどぉ────りぃ!!」
明るく、笑った。
はは、ははは……。
何なの、この子……。
「立てる?」
手が、差し伸べられた。
……。
「……ねぇ」
「ん?」
「……"にょきっとばすたー"って、何ですの?」
その手を、しっかりと、にぎることにした。
「勝負ありィッッ!!! 勝者、ミス・キティラァァああああああ!!!!!」
私と彼女の周りで、爆発したような歓声があがった。










