せまりくるくるじてん さーしーえー
「な、何をしてるんですっ! スネイオ先生」
──ビリビリッ、ビリビリィィ!
オレが崩壊しかけた木箱を積み直して、現場に向かった時には、えらいことになっていた。
「おお、これはジャイアー先生。木箱のほう、任せてしまって、すみませんでしたな」
「い、いや、それはいいんですが……」
ワイワイガヤガヤと、2クラス分の生徒立ちが、広い輪っか状になって、色めきたっている。
円の真ん中には、金髪と、炎髪。
リズ先生のクラスの、アンティ・キティラと、
オレのクラスの生徒の、レンカ・サラマンドだ。
今、オレが焦ったのは、スネイオ先生が、この二人の周りに、保護用のフィールド魔法を展開したのが、動きでわかったからだ。
「スネイオ先生……!! まさか、この二人に模擬戦をさせるおつもりですか!? まずは、レンカを叱らねばなりませんっ!」
「ふむ……」
レンカの態度は、元々、問題になっていた。とにかく、魔法の規模が、でかい。
魔力量が人より半端にあるもんだから、バカスカ、火の魔法を撃ちまくる。
もちろん何度か注意していたが、一度、見るにみかねて、「そんな大振りの魔法が魔物に当たるか!」と説教したが、キッ、と睨まれたっきり、あまり進展はない。女子生徒の扱いは、よくわからん……。
しかし、今回は流石に、ガツンと言ってやらねばならん!! 木箱に、あんな思いっきり魔法をぶつけて、何になる! あれは、じっとしているから、当たるのだ!!
今日の課題は、「魔法のコントロール」だ!! これの重要性をわからせるための授業だというのに……!
あまりの怒りに、オレの全身から、びりびりと雷魔法が、ほとばしってくるッ!!
──ビリビリッ、ビリビリィィ!
「……ま、まぁ、またれよ、ジャイアー先生。生徒は誰も、怪我をしておらぬ」
「なっ……し、しかしですな……!!」
レンカのファイヤーボールで木箱が吹っ飛んだ瞬間、スネイオ先生は、その落下点にいる二人の生徒に、"リフレクション"をかけた。
こういう時のスネイオ先生の行動は、恐ろしく、はやい。確かに、あの生徒たちに木箱が当たっても、効果が切れるまでは、弾き返されただろう。
しかし、そういう問題ではない!!
「あんな危険な行為をする生徒を、放っておくわけにはまいりません!! 一度、雷を落としてやらんといかん!!」
……────ビリビリビリビリ────ッッ!!!
「か、雷使いであるジャイアー先生が言うと、迫力がありますな……」
「な、何を呑気なことを……!! そこをどいてください!!」
「……ジャイアー先生、実を言うと、あなたの言い分はよくわかる。そして、その行動は正しいじゃろう」
「な……ならば何故……!」
「……ジャイアー先生、頼む。今回は、私に預けてはくださらぬか……」
「な……なんですと?」
──ビリビリ、ビュ〜〜……。
スネイオ先生の、意外すぎる発言に、オレの体中の電がしぼむ……。
ど、どういうことだろうか?
あの二人を戦わせることに、何か意味があるのか?
い、いや、しかしだな!
「スネイオ先生! あ、相手はあの、"魔無しのアンティ"ですよ!?」
「ふむ……」
あの金髪の生徒は、この学童院では、とても有名だ。
いつも、同級生の誰かを追いかけている、元気な魔無しの少女。
最近、とうとう"能力おろし"を受けたと思ったら、急に、隣街へ冒険者をしに行ったというから、驚いたものだ。
「流石に実力差がありすぎます! 魔法で保護してるとはいえ、大怪我をしますぞ!」
「……ジャイアー先生。あなたは、ミス・キティラが木箱を空中で蹴り飛ばしたのを、見ていらっしゃったかな?」
「え……? い、いえ。実は、あなたが"リフレクション"を、あの二人に使う所を見て安心してしまって、レンカを怒らねばと、彼女の方ばかり見ておりまして」
「ふむ、そうであったか……」
「生徒達の話から察しましたが、本当にアンティ・キティラが、そのような芸当を……?」
「ジャイアー先生、よく見ていてくだされ。今にわかる」
「……! そ、そこまでスネイオ先生が、仰るなら……」
スネイオ先生は、魔法学の専門の先生だ。
ここまで、この模擬戦をやりたいのなら、何か、考えがあるのだろう……。
し、仕方ない。結果は見えていると思うが、オレは、いったん、ビリビリ雷をおさめた。
「……──ふむ! ではミス・キティラ? ミス・サラマンド? 準備はよろしいかな!」
「待ちくたびれましたわ。いつでもよろしくってよ?」
「いぃで──す……」
な……宝石が付いた杖を持ったレンカに対して、アンティ・キティラは、本しか持ってないじゃないか!
な、なんだあいつ! やる気も全然無いように見えるんだが……。
しかし、そんな両者の様子の違いはそっちのけで、スネイオ先生が、勝負の火ぶたを落とす!!
「あきれた……あなた、そんなモノで勝つつもり?」
「はぁ……さっさと帰りたいんだけど……」
「では、一撃一本勝負! ───はじめじゃあああああ!!!」
「「「「「わぁああああああああぁぁぁ!!!」」」」」
2クラス分の生徒の歓声の中、勝負ははじまった!!
「……───ふん──……!」
──ゴォオオオ……!
「──!」
レンカの腕に、球状に集まる炎!
あいつ、またあんな大きなモノを……!!
「「「うわっ」」」
「「「あっつ」」」
こちらにも熱量が伝わってくるほどだ! だ、だいじょうぶか、相手の子は……。
「……ふ、じゃ、"踊ってね"? "ファイヤーボール"──!!」
……ゴォオオオ、ズォオオオオオ────!!!
わ、バカ! ほんとにやりやがった!
いくらマジックイージスがかかっていると言っても、ありゃあ魔無しなら、恐怖で動けなく────……。
「──ふぇ?」
と、言う、声がした。
……────トぉん──……。
あ、よけた。
……────ゴォオオオ──……しゅぱん。
スネイオ先生の張ったフィールド魔法に当たり、ファイヤーボールが霧散する。
目の前で魔法が消えるのを見ていた生徒は、少しビックリした表情をしている。
「! く……」
ファイヤーボールをよけられ、レンカの顔が、少し歪む。
一方、アンティ・キティラの方は───……。
「……? ???」
本を持ったまま、後ろを向いて、何やら不思議そうにしている。
よ、よくあんな最低限の動きで避けたな……まぐれか? ん? なんであんな不思議そうなんだ……?
「ふ、ふん! それならぁ────……!!」
……ゴォオオオ、ズォオオ、ゴォオオオ────!!!
……ゴォオオオ、ズォオオ、ゴォオオオ────!!!
「「「──!! すげぇ!!」」」
「「「りょ、両手に、いっぱいッッ!!!」」」
あ、あれはヤバいだろう。
左右に3つずつ、計6つのファイヤーボール! 1つが、直径1メルはある!!
「……────くらえっ!!!」
──ゴォオオオオオオ────!!!
辺りを真っ赤に照らして、炎の連撃が、アンティ・キティラを襲う!!!
オレも思わず、目を見開く───!!
しかし────……!!
「……??? 」
しゅっ……。
アンティ・キティラが、
身体を、ナナメにずらした。
本当に、そのワンアクションだけだ。
それで、2つ、空振りした。
タンタンタン、トン。
ファイヤーボールは、僅かに目標を追尾するが、
ステップを踏んだ黄金を、
炎が2つ、素通りした。
「よしょ」
まるで、おじぎを、する。
ひとつの炎が上を通り過ぎ、
「よっ──」
金が、くるんと、空中で回る。
持っている本を、軸にするように。
そして、最後のひとつが、
下を、通り抜けた。
──トン。
「…………」
「…………」
「…………」←オレ
「「「「「「…………」」」」」」
まじか。
おかしい。
なぜ、レンカのファイヤーボールが、
あんなに遅く、見えたんだ……。
「「「「「「────うぉぉおおおおお!!!!!!」」」」」」
「くっ───……!」
「え、え、えっ!?」
歓声が、響く。
なんだ、今のは。
まるで、炎魔法を使った、大道芸だ。
「……やはりの」
「──!? す、スネイオ先生、あれは……?」
「ジャイアー先生……。私の見込みが正しければ、ミス・サラマンドの攻撃は、ミス・キティラに、全く当たらんじゃろう」
「──な! な、なんですって!?」
オレのクラスのレンカは、確かに問題児だが、
魔法の威力や持久力は、なかなかのもんだぞ!?
それが、一発も当たらない……と!?
「……ジャイアー先生、よく、見ていてくだされ。本来は、身体強化系の魔法は、あなたが専門分野のはずじゃ」
「──! わ、わかりました……!」
今まで以上に、真剣に見ることにしよう!!
ふんっ!!
────"電撃眼"!!
……──ビリビリビリィ────!!!
「くぅ────……!!」
……ゴォオオオ、ズォオオ、ゴォオオオ────!!!
レンカより連発される、炎の球。
む! 今度は、休みを入れるつもりはないな!
連続ファイヤーボールとは、よくやるぜ。
魔力量の少ないヤツなら、とっくにぶっ倒れてるレベルだ!
「 ……ふぅ────────…… 」
「……!」
この時、アンティ・キティラの雰囲気が、かわった。
なんと言えば、いいのか。
目が、虚ろになったのだ。
トロンとした目を、半分だけ開けて、
焦点が、まるであっていないような。
しかし、それは、彼女なりの、
切り替え、だったのだろう────。
一歩目から、衝撃だった。
少し、アンティ・キティラの体が倒れた、と思ったら、
一気に、彼女の体が、消えた。
「……────え!?」
レンカも、驚きの声を上げる。
火は通り過ぎ、
気づくと、彼女は、ずいぶんと離れた場所にいた。
運動広場の地面は柔らかい砂でおおわれている。
その土煙の形から、彼女が、「C」の字に移動した事がわかった。
「おぉ……!」
横のスネイオ先生が、小さな感嘆をもらす。
今のは、まさか、あの分厚い本で……!
ポカンとしている周りの生徒達が騒ぎ出す前に、
レンカが、攻撃を再開した。
「……──────ッッ!!!」
「 」
アンティ・キティラの瞳は、終始、虚ろだった。
わざと、目の焦点を、合わせていない?
あれはまさか、広範囲を見るために……?
その表情に似合わず、
動きは、"苛烈"であり、"優雅"。
レンカは最初に、"踊ってね"と言っていたが、
これはまさに、その通りとなった。
…………ゴォォォォオオオオ!!!
──タンタン、トン。
ト、ト、ト。
──しゅん。
しゅるるる。
──トン。
──サッ。
シュシュシュ、
───タン、たぁあんん。
くるくるくるぅ──……、
──トッ。
「……見事じゃな……」
「はい……」
スネイオ先生は、彼女が木箱を退けた時、
この動きの奔流を、垣間見たのだろう。
今、アンティ・キティラが、空中で2回まわり、着地した。
そして、右手しか、地面についていない。
左手に本を持ち、足は、左右に開き、停止している。
「───、……!!」
レンカが声も出さずに、
アンティ・キティラを炎で狙うが、
「 ──」
足で、器用に回転をつけた金は、
左手の、分厚い本を、ふる。
体が、ふわりと浮かび上がり、
炎は、明後日に消えた。
……──トン。
今までの彼女の動きには、"角"が、ない。
女性特有の関節の広さを使った、"流れ"だ。
それは、美しささえ、感じさせた。
「…………すっげ」
生徒のひとりが、言う。
しずか、だった。
どうやら試合を煽っていた生徒達も、
まさか、あの魔無しだった少女が、
何十発もの炎を、こんなに華麗に、
すべて、避けきれるとは、
思っていなかったのだ。
金の髪と目の少女は、"うつろ"────。
まだ、あの表情である。
あれは、"集中"しているのだろうか?
「……ここまでくると、私にはわからんな。ジャイアー先生、どうじゃ?」
「……身体強化のスキルは、何か発動してるでしょう。しかし、アンティ・キティラが、なぜあの分厚い本を持っているかは、理解できます」
「ほぅ」
「バランスにも使っていますが……スネイオ先生。あれは、振り子、ですよ。あの分厚い辞典のような本の重さを使って、スナップをきかせ、自分の体の軌道を曲げているんです」
「なんと……! そのための"武装"の選択であったか。何とも、素晴らしい才能じゃな!」
「いえ……それは違うと思います」
「む……?」
「確かに身体強化スキルはあるでしょうが……あの動きは、"経験"ですよ……!」
「……っ、まことか……?」
「あんな流れるような動きが、"才能"だけで、身につくもんか……! スネイオ先生……アンティ・キティラは、隣街でどんな仕事をしているんです!?」
「……。それは、私もわから……レンカが動くぞ!」
──!!
「ちィ……!」
……────ダッ!!
鬼気迫る表情になっていたレンカが、
前に、詰め寄った!!
初めて、移動をしたなっ!!
何をするつもりだ……!?
「……──炎……、かせ……」
────なにか、詠唱しているぞ!
「──! 」
自分の方に向かってきたレンカに対し、
虚ろだった、アンティ・キティラの金の瞳に、
はっきりとした光が戻る!
ぐぐっ……。
「……? しゃがんだぞ……?」
……アンティ・キティラは、何をやってるんだ?
! レンカの詠唱が終わる──!!
「……──き誇れ!! "ノウゼンヴァイン"!!」
────ぼぼぉおおおおお!!!!!
うお──!!
一瞬で、レンカから、炎の華が噴き出す!!
赤い光で、目が熱い! あれは────!
「──"範囲魔法"か!!」
あいつ、あんな魔法まで覚えていたのか──!!
確かに、前に詰め寄って、
自分を中心に炎をぶちまければ、
避けられる可能性は少ない!!
そう、考えたのだろう。
しかし、レンカよ……。
おまえ、気づいてるか……?
……──シュウオオオォォォ……。
──フッ。
炎の大輪の花が、掻き消える。
「……────えッッ!?」
アンティ・キティラの姿は、見えない。
「な、なぜ……」
レンカは、戸惑いの声をあげる。
────そして。
────トン。
「────、!?」
レンカが、振り向く。
当然だ。
自分の肩に、手を置かれたんだから。
後ろには、
辞典で殴りかかる、アンティ・キティラ────!!
「───〜〜〜〜!!!?」
────ピカッッ!
とっさに、だったのだろう。
あれは完全に、反射的に、やった。
レンカは、手の杖の宝石から、
火を、ぶっぱなしたのだ。
「……──と……」
……──くんっ。
──ボンっっ!!
アンティ・キティラが、
分厚い本の軌道を変え、
振り子のように、後ろに投げるように、腕を動かす。
しかし、本は投げられず、
同時に両足で、地面を蹴る。
後頭部にある本を軸にして、
体が、持ち上がる。
後ろに、一回転して、炎は、当たらない。
──トン、と、着地する。
「…………」
「…………」
「…………」←オレ
「「「「「「…………」」」」」」
パチン──☆
「ちぇ──! いまの、おしかったなぁ──!!」
金の少女が、指パッチンしながら、言った。
(;´-`)ぶるっ……










