ひつじさん、運命を動かす
暗と、明が、とけあう、朝の教会で。
赤いドレスを着た生贄の羊は、
光射す空間を、見上げるのでした。
「────……」
よく似た場所で育った、赤い羊の姫にとって、
ここは、懐かしさを覚える情景でした。
血の力を纏ったまま、教会に入ったのは、初めてだったので、
羊の姫は少しだけ、罰当たりなことをしている気分になりました。
「────……、……」
キラキラと、キラキラと、光は、照らします。
お昼とは違い、温かさは、横から撫でました。
穏やかな陽光が、鮮やかな血と、空間を照らし、
綺麗な光の影を、つくりました。
「……こんな穢れた姿で……」
穿たれた胸から濡れる、
自らの鮮血のドレスを見て、
羊の姫は、少し、戸惑いました。
昔、姉と一緒に魔物に襲われた時、
たまたま死んで、それでも死なず、
使えることがわかった、ちからです。
傷つき、心臓が止まった時だけ、
彼女たちは、人を超えた何かになる事ができました。
内側から彼女たちを強くした血は、
外に出ても、大丈夫だったのです。
この時の彼女たちからは、
人の音がしませんでした。
ここは、とても静かです。
光の音がよく、聞こえるようでした。
「──、──……と、と、いけないわ……」
自分を穢れていると思う、羊の姫は、
しかし、ここが如何に、自分に相応しいか、
理解してはいませんでした。
彼女が知らない旧い神話で、
胸から血を流す羊は、
神の御使いだったからです。
彼女は、何故か落ち着いてしまう心で、
しかし、今からここに訪れる者について、考えました。
(……どう、しようかしら。そう言えば何故、彼が教会を目指すのかも、わからない。様子を見た方がよいかも)
身体に、血と光を、織り成しながらも、
辺りを、キョロキョロと見て、
赤の羊姫は、それを見つけます。
それは、彼女がとても馴染みがある場所で、
しかも、隠れるのに、おあつらえ向きでした。
(あ──……でも……)
自身の血で編まれたドレスを見て、
あの場所に入っていいものかと迷う羊に、
黒の男の、足音が近づきます。
目の前のドアは、ふたつでした。
(……仕方ない。御許しを……と……)
どちらのドアか、迷いましたが、
羊姫は、より姿を隠す事ができる、
神官が入る方のドアをあけました。
血は、キラキラと中に、吸い込まれます。
────ギィ───……ガチャ。
懺悔室の中は、古い木の香りがしました。
羊姫は腰掛け、可能な限り、気配を殺します。
膝に両手を重ね、ピンと背を伸ばした彼女は、
この場所に慣れている事もあり、
とても、様になりました。
赤い羊の姫に、王都の教会での、
幼い頃の記憶が、ちらつきます。
しばらくして、黒の男が、光溢れる教会に入りました。
「……──、──…」
顔立ちなどはわかりません。
男は黒いコートを着ていたので、
懺悔室の、木の網目の窓からでも、
光の中の彼の居場所は、よく見て取れました。
彼は光の漏れる空間をゆっくりと見回し、
ハッ、と気づくと、
懺悔室の方に、ゆっくりと近づきました。
(しまったな……)
羊の姫が、
黒の男の目的が、懺悔室であると気づいた時、
既に、隣の部屋の取手は触れられていました。
ギィ─────……カ、チャ、ン。
ギシ……。
「…………」
「…………」
観念した羊姫は、しゃべりだしました。
「……よく、私がここにいると、おわかりになりましたわね」
「ほぅ、随分と麗しき声なものだ。朝早く、不思議な気配だったので、よもや神ではないかと思っていたが」
不思議な気配、と言われて、
それはそうだと、羊の姫は思います。
なにせ、心臓と呼吸が止まっているのですから。
「……お戯れを」
「ふむ、声を発した時は、幾分、こちらに戻られるようだ。しかし、その神聖な赤は、朝の陽射しに見えていましたよ」
「ぅ……」
懺悔室の木の網目の窓から、
朝日に照らされたドレスの赤は、
しっかりと見えていたようです。
せっかく気配を消したのに、
視覚で見つけられてしまった羊姫は、
己の迂闊さに、ぶうたれながらも、
男の声に耳を傾けます。
「不思議な赤の君よ、俺は、悔い改めてもよいのだろうか?」
「……」
羊姫は、顔を隠しつつ、隣を覗き見ます。
ピンと背を伸ばす羊に対し、
黒の男は、膝に肘をのせて、
前のめりになって、座っていました。
格子状の窓で、お互いの姿はよく見えませんが、
それでも、男の体格が、かなりいいのはわかりました。
幸か不幸か、教会で育った赤の羊の姫は、
なめらかに台詞を紡ぐことができました。
「……迷える子羊よ、汝はいかなる罪をおかしたのです」
「……俺はまた、自分のために力を使ってしまった」
「……?」
「俺は、自分の好きなものを守り、自分の嫌いなものを罰した」
「!」
「俺は、ある婦人の恋を、あきらめられなかったのだ……」
「……あなたはその女性を、大切に想っていたのですね」
「ん? ……ああ。その女性に、真実の愛を教えたかった。俺は、その方を蔑ろにする男に、身勝手に拳をふるったのだ」
(……そうか。任務に、私情を……私も……)
「……俺は、自分の都合のままに、その者に全ての重荷を押し付け、視界の外に追いやってしまった……」
「! 押し、付けて……」
黒の男の告白を聞いて。
羊の姫は彼に、妙な親近感を覚えました。
任務に私情を挟み、全てを押し付けて。
なんということか。まるで、この黒の男は、
自身の鏡のようではないか、と。
危険な力を持つであろうこの男が、
自身と同じように苦悩していると感じた羊の姫は、
まるで、自分を励ますかのように、真剣に、答えました。
「……ですが、あなたは、救えたのでしょう」
「……! それは……」
「ならば、その苦しみは、あなたが確かに救ったという証です。その罪と向き合ってこそ、我らに救いがあるのですよ」
「! これは、意外なことだ……神官どのが、罪を許さず、向き合え、とは……!」
「……あなたは、許されたいのですか? ならば、私が……」
「いや……なるほど。この気持ちは、"救った証"か……良い事を聞いた。ならば、俺はこれを、しっかりと背負って行かなければいけないな」
「……そうです。それこそが、私たちに出来る、唯一の贖罪なのですから……」
「……最初は幻影かとも思ったが、話してよかったな。感謝する、赤の君よ……」
「! ……そ、れは……」
羊の姫は、急に恥ずかしくなります。
神官を装って、男の情報を引き出そうとしたはずなのに、
いつの間にか、真摯に話をきき、
真面目に答えてしまっていたのです。
(捜査対象に、自身の感情に揺さぶられながら意見を言うなど……うぅ)
任務としてでもなく、神官としてでもなく、
言葉を紡いだ羊の姫は、顔を赤らめました。
「……麗しき女性達を守るために、俺は何をすればいいのだろうな」
「え?」
いきなりポツリと発せられた言葉に、
羊の姫は、思わず顔をあげました。
「……体は、鎧で守られよう……しかし、心を守るには……」
「……! ……」
静かな教会の中の懺悔室で、
羊の姫は、男の真摯さに感服しました。
このような男が、ただ、欲望のままに、
自身の力を使うはずがありません。
自身の赤を見て、思います。
私も、今、穢れし鎧を纏っている。
しかし、この者が守ろうとしているのは、
心、なのだな、と。
そう思った時、黄金のヨロイを駆る少女の顔が、
鮮烈に思い出されました。
それは、キラキラと輝く笑顔でした。
「……私は、黄金に輝くヨロイと、それに相応しい心を持つ乙女を、知っています」
「……!」
「しかし、私は本当は、あのヨロイを脱いでほしかったのです。できるのなら、本当なら、あの子はもっと……」
「……」
「あなたは、鎧で身体は守られる、とおっしゃいましたね」
「ああ」
「自ら鎧を求める意志には、それが、与えられるでしょう。しかし、全ての乙女が、鎧を手に入れるわけではありません」
「……! そう、だ……確かに」
「あなたが守りたいと思うものは、とても、儚いのです」
「俺は、どうすれば……」
「────あなたが! 鎧を纏い続ければよいのです」
「────なんだと!?」
「鎧を持つ女性は、戦うことができる。できてしまう。しかし、あなたがこれから助けるであろう女性たちは、いま、鎧を持っているのですか?」
「……──! ……、……」
「──ならば、あなたが代わりに、ヨロイを纏えばいいのです。守り続ければよろしい。まだ見ぬ彼女たちが、鎧を手に入れるまで、もしくは、恋を見つけるまで……そして、いつかはそのヨロイを……」
────ザッ!
「──!」
「……赤の君よ、"我"は今、大きな決心をした」
「──え?」
「感謝する。儚き赤を纏う乙女よ」
「あ、あの……」
「……むぅ、乙女よ、あなたが神に使える身であることはわかっている。しかし、この圧倒的感謝……"我"は、あなたに贈りたいものがあるのだ……」
「お、贈りたい……? 私に、ですか……?」
「……お互い、顔は見ないこととしよう。ここに、置いておく。我がここを立ち去った後に、是非、手にとってほしい」
「は、はい……」
黒の男は、コートの内側に手を入れ、
何かを取り出して、椅子に置いたようでした。
「さらばだ……また、どこかで逢う日までな」
「! ええ……!」
ギィ────……。
コツ、コツ、コツ…………。
「…………」
キィ────……。
黒の男の気配が、遠くに消えて、
赤の羊の姫は、外に出ます。
「……裏の仕事を請け負いながら、なんと純粋で、清らかな方なのでしょう。ヒゲイド・ザッパー、頼もしい仲間を持っているものです……」
太陽の光が強くなる、静かな教会で、
先程までの心の中の焦燥が、
嘘のように溶けているのでした。
彼女の動かない心臓に、何か、温かなものが宿っていました。
「……とと、いけない。そろそろポーションを飲まなくては」
小さな小瓶に入った、強力な薬を飲もうとして……、
赤の羊姫は、隣の部屋が気になります。
「贈りもの……。と、殿方から何か贈られるなど、初めてかもしれませんわね……」
すこしソワソワしながら、
羊の姫は、本来、羊が入るべき方の、扉を開けます。
中の椅子の上には、
小さな紙の包みがおいてありました。
「……、……なんでしょう」
あの、気持ちのいい男が、
ここで毒や、罠をしかけるとは思えません。
羊の姫は、少しずつ紙を、広げました。
「……! 赤い、リボン……? まぁ。女物の小物でしょうか……」
赤の羊姫は首をコテンと傾け、
両手で、リボンをつまみ、
上に、そっと、ひっぱりあげました。
────しゅるるる……。
「…………?」
ぱちくり。
「…………、〜〜〜〜!!!」
ほっぺたまで、ドレスの色になりました。
「これ、下着じゃないでぇすのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおあおおあおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォ────────おお!!!??」
─────────────────────────────
ヒキハ シナインズ は
『 うるとら れっど らんじぇりぃ 』
を てに いれた ! ▼
─────────────────────────────
赤の羊の姫の絶叫が、
朝の教会の中に、とてもよく響きました。
今日も、よい天気です。
ガチャ────。
『──ガルン? ガルンガルゥ────ン!!』
「ただいま帰ったのである……やれやれ、コートなど久しぶりに着たわ」
……バサァ。
『──ガルン!』
「おお、我の仮面……! ガルンよ、すまぬな!」
『──ガルゥ〜〜ン!』
「どれ……、ふんッ!! ──────装☆着ッ!!!!!!」
───────ガッ、キュウィィインン……!!!
────きゅピィ────ん!!
──きらん。
「……ふふふ、ふふふははははははは……!! ふはははははははは……っ!!」
『──ガ、ガルン……?』
「……ガルンよ、我は、決意した」
『──ガルル?』
「我は、今まで、せくすぃのための鎧を作り続けていた……女性の更なる飛躍を願って、そのせくすぃばでぃを全てから守るために……」
『──ガルルラ?』
「だが、今日、我は"赤の君"に諭されたのだ……"鎧を持たないせくすぃを、あなたが守ればよい"、と……!」
『──ガルルゥ〜〜!!』
「……我は、男物の鎧など、全く興味がない。熱血冒険者さんと、暑苦しい鍛冶屋さんのやり取りなど、もっっってのほかだっ!!! 我がフィールドは、そのような展開をする場所ではないッ!!」
『──ガ、ガル……』
「だが……未来のせくすぃを守るために、我は、ひとつ、自らの"せくすぃNG"を、解放しよう……!」
『──ガルガ〜〜ル』
「────我は、"我"のヨロイを作ることにした──!!」
『──ガ、ガルンッッ──!!?』
「ふ……驚くのも無理はない! だが、決めたのだ! この身からほとばしる、せくすぃ・おぅらの輝きが、ヨロイによって阻害されるのは、痛ましいことだがな……。我は、未来のせくすぃを導くため、強くならねばならぬ」
『──ガ、ガルン……!』
「! おお! わかってくれるか、黒の兄弟よ!! 今、我には、男のヨロイを作る素材が不足している……かなりの時がかかるだろう……しかし! 我はあきらめん! これは、"せくすぃ宣言"であるッ!!」
『────ガルンッッ!!』
「む? ガルンよ、どうした?」
『──ガルルルルル、ガルルルルルゥ──……!』
……パキ……パキ……!
「な!? どうしたガルンよ! そなたの装甲が、盛り上がっているぞ!?」
『────ガルルゥン────!!』
……──パキン、パキン!!
ガラン、ゴロンゴロン……!
「な、なんと……これは……まさか!」
『──ガルンガル〜〜ン』
「……なんということだ、ガルンよ。そなた、この"黒の素材"を、その身から、少しずつ生み出せるというのか!?」
『──ガルンガルン!』
「わ……我、感、動!! ……いける、いけるぞ!! 我は、この"せくすぃちゃんす"を、必ず、必ずモノにしてみせるッッ!! うぉぉ、たぎるぜぇええええええええ!!!!!!」
『──ガルルルゥゥウウン!!』
「ふはは、ふは、ふぁ──はっはっはっはっはっはぁ────ッ!!!」
『──ガ──ァルルルルルルルゥゥ────ン!!!!!』
「……えぇ、う、うそぉ……このランジェリー、なんで私にこんなにピッタリなんですのぉ……!?」
宿に戻って、鏡の前で試着した羊の姫は、
黒の男を滅するか、わりと本気で迷ったそうである。










