ひつじさん、ぶらっとする さーしーえー
前回の反省:おっぱいを控え目に描きすぎた。
(*´﹃`*)
(記憶を、消した……?)
ヒキハ・シナインズは、ヒゲイド・ザッパーが口にした言葉に、警戒を強め、更に息をひそめる。
今、窓の外にいる何者かは、記憶を操作するほどの魔法を使えるのだろうか。
だとしたら、とても危険な人物だと、言わざるを得ない。
やはりヒゲイド氏は、手足となる冒険者を何人か囲っているようだ。更なる情報を得るため、剣士は、沈黙を守った。
デスクの影に、王都で二番目に強いとされる剣士がいるとは知らず、ヒゲイド・ザッパーは言葉を紡ぐ。
「奴は、やはり奴隷組織の再編に、そうとうの資金の援助をしていたらしい。やれやれ……何とも時代遅れなものだ。奴からの連絡が来ず、間者が探りに来た所を、こちらの者が捕らえた。昨日の夜、数十人の幼いエルフが保護されたよ」
(……──!? 今、何と言ったの!?)
『……早いものだ。あれがああなってから、数日も経っていないだろう』
「ふん……どうやら組織の者は、あの金ピカの配達をアテにしていたらしい。しばらくアイツは街を離れていたからな。業を煮やしていたんだろう。待ちに待った配達が一度あり、その中に連絡がなかった事で、動いたようだ。あいつはその……目立つからな」
『……黄金の姫の華麗な姿と、配達速度が、素早い解決に繋がったという事か……』
「ふ、本人は何も知らんだろうがな……」
『……あれはどうなった』
「きれいに忘れている。夫人と娘には、こちらの者が説明した。平民落ちは免れんだろう」
聞き耳をたてるヒキハは、理解する。
"平民落ち"……つまり、どこかの貴族が、エルフを食い物にする奴隷組織を援助していたのだろう。そのような案件は、王都には伝わっていない。ドニオスのギルドマスターの手腕に、心の中で唸るヒキハであった。
『……あの者たちに、罪はない』
「わかっている。だが、夫人の方は何やら、複雑だが、ホッとした表情だったと、報告を受けている。側には支える者もいたようだしな」
『……あの従者なら、たとえ奥方が平民落ちしようと、側は離れまい。それに、娘殿の恋人は貴族。もし、真実の愛を勝ち得たなら……』
「……ああ。もしや、返り咲くかもしれんな……」
(…………)
『報酬は、あればでよい。希少な素材があれば、少し譲ってくれ』
「毎回、殊勝なものだ。あの者の記憶、どうやって消した」
『……聞くな。今回の手段を、快く思っていない』
「何を言う。お前はいつも命を奪わない。自己嫌悪など、俺の責任にしろ」
『……次のターゲットは誰だ』
「大きなヤマが終わったんだ。しばらくはのんびり過ごしてくれ。素材は考慮しておく」
『……さらばだ』
(! ……──く……)
落ち着いた男の声の気配が、窓の外から離れていく。
ヒキハは焦った。
せっかくの情報源が、離れていく。
ヒゲイド・ザッパーの切り札を、把握しておきたい。
力を使うか、迷う。
今は、一人しかいない。
あの森でオークに襲われた時は、あの方々の"万が一"を考え、専用のポーションをとっておいたのだ。
今なら、力を使った後でも、自分にポーションを使う事ができる。
もう、あの男はどれほど離れただろうか。
焦りが、神経を尖らす。
まだ、執務室にはギルドマスターがいるのだ。
しかし、運命の神は、羊に、味方する。
「む……コーヒーがないな……やれやれ、また挽かねばならん」
……ずし、……ずし。
……───ガチャ、ギィ────……。
(────しめたわ!)
滑らかに、ヒキハは動く。
窓は、鍵がかかっておらず、少し空いている。
即座に飛び出すと、目の前には建物の壁がある。
このような日の当たらない場所に、窓があるのはおかしい。
この窓は、あのような者と会話するためにあるのだと、理解する。
時が経ってしまった。
人の歩く速さは、侮れない。
見失うわけにはいかない。
ヒキハは、力を使うことにする。
彼女の右腕のブレスレットには、青い宝石がはまっている。
そう、時限石である。
一般に出回っているものよりも、濃い、蒼。
そこから、一本の装飾されたナイフを、とりだす。
ヒキハ・シナインズは、迷わず自身に、突き立てた。
……ザッシュ……。
「ぐっ……」
久しい苦痛に、表情が、歪む。
彼女がナイフを刺したのは、膨よかな両胸の間。
────自らの、心の臓である。
傷は、深い。
鮮血が、鎧の下の生地に走る。
赤く、紅く、朱く。
しかし、その血は、決して地面に流れ落ちることはない。
鎧は、包まれていくのだった。
"羊雲姉妹"と呼ばれるシナインズ姉妹が、なぜ、最強の剣士と言われるか。
その由縁は、彼女たちしか持ちえない、
ある特殊な能力にある。
彼女たち姉妹は、血に、愛されているのだ。
胸から溢れ出る体温。
剣士の身体を、赤が撫でていく。
──その形は、華麗なる衣装となった。
「……──久しいですと、流石にくらつきますわね……」
赤いドレスを纏った女剣士が、そこにいた。
頭には左右一対の、湾曲した赤の巻き角が、形成されている。
滴る血液は、地表には届かず、
時を巻き戻したかのように、深紅のドレスに、戻る。
この力を使っている時、どれだけ傷つこうと、
彼女は血を、失うことはない。
赤の剣士は、壁を蹴る。
────、っ──!
壁に足をかけた瞬間、血のヒールは壁に食いつき、いつも以上の推進力を生む。
逃がす力など、ない。
────ォォオオオ──……!
狭い壁と壁のスキマを、赤のドレスをたなびかせ、飛ぶ。
血に保護された筋肉は、最大の力をかけても、それに耐えうるのだ。
上に来た所で、前後の壁を蹴り、屋根の上に立つ。
陽の光が、鮮血のドレスを照らす。
シルエットは、紅。
「どこへ行ったの。この力を使ったからには、逃がさない」
血が宿る目は、その圧力で、無理やり瞳のレンズを曲げ、いつもの数倍の視力を生み出す。
今、彼女の心臓は、動いていない。
血は、勝手に循環する。
鼓動の必要がないのだ。
息は切れず、呼吸の必要はない。
四肢には、血が酸素を取り込んでいる。
無駄な音を抑えた身体は、多くの音を聞くことができた。
自らを生贄とし、鮮やかな血のドレスを纏った羊が、ドニオスを、見下ろす。
今は早朝。
人はまだ、少ない。
いた。
飛び降りる。
音などしない。
赤の軌跡を残し、
着地の衝撃は血が殺す。
贄となった羊は、人を超える。
彼女は今、鼓動の必要も、呼吸の必要も、ない。
限りなく、音は無い。
その派手な意匠とは逆に、
その特性は、無音。
血の圧力で、駆ける。
──────、──、──、──、──、──。
「────」
見つけた男は、膝下まである黒いコートを来た、黒の髪をした男だった。
後ろ姿だけが見え、顔はわからない。
赤のヒキハは、無音で駆けつつ、考える。
(あの者が、アンティと同じく隠れSランクだとしたら、今の私でも、気配を読まれるかもしれない。それに、音は殺せるが、この力は、見栄えが派手だ。どこかに先回りして、様子を伺いたいですわね……)
早朝で人が少ないものの、
真っ赤なドレスを着た女が、音もなく爆走していたら、ある意味、怪奇現象である。
尾行をするために音を限りなく消せる力を使ったが、ちょっと考えなしなヒキハであった。
黒の男の死角になるよう、建物の影を迂回して、近づく。
「──む!」
(──な!!)
驚くべきことが起きる。
黒の男が、振り向きそうになったのだ。
赤のヒキハは、辛うじて身をひるがえし、
壁の隙間にドレスを隠す。
振り返えりそうな瞬間を見て、あわてて隠れたため、顔は見えなかった。
「 」
(なんですって!?)
この状態では、かなりの聴力を発揮するヒキハは、黒の男が、"〜〜の気配がした"と言ったのを聞き逃さない。
(な、なぜわかったんですの!? 明らかに気配を感じとられている! この状態の私が、まさかこんな簡単に気配を読まれるなんて……!)
ヒキハはゾッとする。
赤の贄のドレスを纏ったヒキハは、神出鬼没、気配を読まれることはなく、いつの間にか舞い降り、血で装飾された剣で、敵を討つ。それを最も得意とする剣士だ。
なのに、あの男は、完全に近いはずの無音の気配を、明らかに読み取っている。
ヒキハは、右手の時限石を、思わず触った。
ここには、彼女の剣が収められている。
(まさかとは思うけれど、今日、"贄の剣"を使う事態になるのかしら……い、いや、落ち着かなければ。まだあの男が、敵になった訳では無い……)
そっと、顔を出し、覗き見る。
「 」
「 」
何やら、黒の男が、ご婦人に手渡しているところだった。
(な、何故あの女性は、顔が赤いのでしょうか。それに、あんなにクラクラして……ま、まさか! 自分の顔を見られたがために、記憶を操作したのでは……!)
自身が、最高の状態であるのにも関わらず、容易く気配を読まれ、顔を見た者の記憶を躊躇なく消す。先程のヒゲイド・ザッパーの会話から、相手の命を奪う事はしないようだが、なんと恐ろしい相手か。
ヒキハは慎重にならざるを得ない。
思わず、ごくりと唾を飲むところだった。
せっかく心臓ぶっ刺してまで音を消して尾行してるのに、そんなことしたら台無しである。
冷や汗をかくのを我慢しながら、
真っ赤な羊は、様子を伺う。
黒のコートの男は、ある場所に向かっていた。
(……! 教会だわ!)
ドニオスギルドと、教会は、そんなに離れていない。
少々段差があるが、目と鼻の先である。
ヒキハは建物の隙間を迂回して遠回りしたが、
黒の男は、ギルドから真っ直ぐ教会に向かっていたのである。
(目的地がわかれば、先回りができますわね!)
先程のご婦人といい、少しずつだが、人が増えてきている。
この深紅のドレスを隠すには、建物の中の待ち伏せは、理想的と言えた。
赤のヒキハは、再び、屋根まで飛び、駆ける。
血の力で生み出す脚力は、常人のそれではない。
柔らかな女性特有の関節を使い。
躍りでるように、屋根を駆ける。
流れる景色。舞う鮮血。
その姿は、"鮮烈"の一言である。
────、──、──、──、──!
高い位置にある教会の窓の一つが、開いているのが見てとれた。ヒキハは、吸い込まれるように、中に入る。
────、──!
手すりが設けられた渡りがあったが、ヒキハはそこに手をつき、飛び越える。
空中に投げ出される、身体。
スローモーションのように、景色がゆっくりに見える。
下には、たくさんの木製の椅子が並んでいる。
王都ほどではないが、このドニオスのステンドグラスも、美しい。
──────……。
音もなく、ヒキハ・シナインズは、着地した。
所々に魔石が埋め込まれた、魔法陣が掘られた、白い石の台。
陽射しが、ステンドグラスの色を、横に流し移している。
光のヴェール。
朝の教会にしかない、神秘的な空間の中に、
赤のドレスの彼女は、非常に、映えていた。
(さて、どうしたものかしら……)
──もうすぐここに、あの男が、くる。
今回の反省:黒のコートの男の正体バレバレ
((´∀`))あっはっはっはっは










