ひつじさん、おしのびる さーしーえー
(*´﹃`*)むずかしいこたぁいい。
ヒキ姉ファンにささげます。
西の街、ドニオス。
地図上では、王都の左に位置する、王凱都市の一つ。
中央には、真っ白な塔が目印となる、冒険者ギルドがあることが知られている。
身長三メルトルテを超える大男。
ヒゲイド・ザッパーがギルドマスターを勤める、ドニオスギルドである。
時刻は早朝。
日が昇るか、登らないかの頃。
そのギルドマスターの執務室に、
一人の女がいた。
(……目立った資料はない……そんな迂闊ではないか)
────王都、剣技職部隊、副隊長、
ヒキハ・シナインズ、その人である。
いま、髪と同じ色のローブは無い。
全身に纏う、革と金属の簡易鎧は、
彼女のために作られた特注品であり、
動きを阻害することなく、その、女性特有のラインを、
緩やかな曲線をもって、包み込んでいる。
サイズの合わなくなった胸部の改良が、今回の任務に間に合ったのだ。
ドレスに甲冑というスタイルを好む彼女も、
人目を避けねばならない今は、姉の鎧に近いものを着込んでいた。
静かな朝のギルドで、羊雲の妹は、"任務"を遂行する。
(ヒゲイド・ザッパー……。元、Aランク冒険者。昨日、話した分には、悪人ではないようだが……)
彼女がこの街に来たのは、ふたつの理由がある。
ひとつは、自身の勝手なわがままを押し付けてしまった、黄金の少女への謝罪。
もうひとつは、黄金の彼女の力を使役する者が、何者かを突き止めることだ。
これは、王族からの、正式な依頼だった。
だが、王はこの事を、まだ、知らない。
ヒキハ・シナインズにこの依頼をしたのは、王ではないのだ。
(そろそろ日が昇る……潮時だろうか)
二ジカは、この部屋を探っただろうか。
昨日の何気ない会話で、黄金の少女と懇意の受付嬢が、午後からの出勤である事は、わかっている。
前に行った調査で、彼女だけが、特に朝がはやい事は、既に把握済みだ。
しかし、外が明るくなりつつある今、誰に姿を見られるともわからない。
「……収穫は、無しか……」
この部屋に忍び込んで、初めて、声を出す。
予想はしていたが、黄金の少女や、その他の隠れSランクの情報など、際立つ資料や痕跡は、まるで出てこなかった。
もちろん、物色したものは、元の位置に戻している。
本来、剣士でありながら隠密任務も得意とする、警戒心の強い彼女が、二ジカも同じ場所に留まる事は、珍しい。
昨日に会話した、ヒゲイド・ザッパー、キッティ・ナーメルン両名が、個人的には穏やかな人格に感じとられ、彼女は少々、気が緩んでいるのかもしれない。
だが、彼らの人柄の良さと、彼女の任務は、別の問題として切り分けられなければならない。
(……力が集まっている場所を、把握しておかないわけにはいかない……)
金の少女を、思い出す。
英雄の意匠を駆る、全てが輝く少女を。
助けられ、共に戦い、たどり着き、知った。
疑うことなかれ。
剣士は、義賊を真に、想っている。
強大な力を身につけて、なお、笑顔を絶やさぬ者。
だからこそ、その力を利用する者を、
剣士は、簡単には信じられなかった。
(もし、万が一……あの子の力が、悪に使われてしまったら……)
ヒキハ・シナインズは、恐れている。
あの黄金の笑顔が、消え去ってしまう事を。
だから、この任務は、半分は、私情だった。
黄金の立つ場所が、どんな環境にあるか。
剣士は、知りたかったのである。
(私は、愚かだ……)
昨日。
彼女は、失敗した。
彼女は、悔いていた。
あの方の救助依頼を、黄金の少女に頼んだのが、
ヒゲイド・ザッパーであることがわかったのは、
僥倖だった。
非常に早い成果である。
あの方も、自身の生命を救った者に名前が付き、
幾分が、落ち着くことができるだろう。
しかし、ヒゲイド・ザッパーは、知らなかった。
アンティ・クルルが、"時限結晶"を、保有している事を。
(また、アンティを、危険にさらしてしまった……)
どうして自分の性格は、こうなのか。
任務中であるが、少しばかり、気落ちする。
もう、小鳥の囁きが、耳に届いている。
(……だめだ、一度ぬけよう)
ギルドマスターの執務室に忍び込む。
もちろん、咎められる行為である。
新しい情報が集まらなかった彼女は、
その、身体にピッタリと纏った鎧に、ひとつ、ため息をつき、
大きな木で出来た扉へと向かった────……。
……───ずん。
「──── 、っ 」
足音に気づいた剣士は、瞬時に扉から後退し、執務室に戻る。
音もなく、ふわりと飛び上がった身体は、一度、机上に手をつき、大きなデスクの死角に、瞬く間に、滑り込む。
息を、沈める……。
……──ずん、ずん、ガチャ──……。
「……む、しまった……キッティは昼からか……」
やはり、剣士は油断していたのであろう。
基本は人情に脆い性格なのだ。
昨日のやり取りで、今、ここに入ってきたギルドマスターが、
善人であるという事は、理解している。
だが、たとえ善人でも、大きな力が集まれば、
それはトラブルや、権力が関係してくる可能性がある。
その為に、いざという時のために。
ヒキハは、あの高貴な方から、調査を依頼されたのだ。
ヒゲイド・ザッパーは、スーツを来た、大男だ。
当然、使う家具など、大きい。
それが、剣士に幸いした。
ヒキハは、しゃがみこみ、デスクの影に隠れている。
ヒゲイド・ザッパーは"格闘職"であり、ヒキハ・シナインズとおなじ、Aランクの冒険者である。
上から覗き込まれ、掴みかかられたら、面倒な事になる。
しかし、これしきのことで、慌てるヒキハではなかった。
(…………)
「やれやれ……あの金ぴかの事を、相談したかったのだがな」
一方、ドニオスギルドマスター、ヒゲイドは、
同じ部屋に、まさか剣士がひそんでいるなど、
露ほども思っていない。
まっっったく、思っていない。
彼は、余程の事がないかぎり、
基本的に、見た目よりは穏やかで、平和な男である。
剣士が影にひそんでいるデスクの反対側に、
背を向け、腰掛ける。
机の上の水晶球を、大きな手に、持つ。
「……──ゲイン。討伐記録。"配達職"、"アンティ・クルル"」
"── ヴォン ──"
(──!)
ヒゲイド・ザッパーが、ギルド水晶球を使って索引したのは、昨日、アンティ・クルルのギルドカードより読み取った、彼女の討伐記録である。
限られた者が持つ、水晶球は、謎の技術で作られている。
時を知る時計箱の術式も然り、
ギルドカードの技術もまた、然りだ。
その機能の中に、ギルドカードを水晶球にかざすと、その冒険者の討伐記録を、更新した状態で記録する、というものがある。
そう、昨日、ヒキハ・シナインズに、アンティ・クルルがGsランクである事が、バレた。
その際、久しぶりにあの胸の装甲から抜き取られたギルドカードを、キッティ・ナーメルンは、こっそりちゃっかり、水晶球に、かざしていたのである。優秀な受付嬢はチャンスを逃さない、したたかさを持ち合わせているのだ。
ギルドマスター、ヒゲイド・ザッパーは、
昨日もこっそり見た、
黄金の義賊の意匠の少女の、討伐記録を確認する。
「……あんのバカめ、どうやったら、こんな記録が付くのだ」
(……?)
水晶球の上に、浮かび上がる、魔物の討伐記録リスト。
"郵送配達職"、アンティ・クルルは、驚く程の数の魔物を、討伐している。
まるで、手紙の配達中にすれ違った魔物を、かたっぱしから狩っているかのようだ。
なのに、彼女はその素材や、魔石などをギルドには卸していない。彼女は、討伐依頼自体を受けた事がないのだ。
ヒゲイド・ザッパーは、「こんなたくさん魔物を狩ってやがるなら、依頼を受けて素材をギルドに売らんかい」という文句は飲み込み、その討伐リストの、一番下の行を見る。それなりに長い期間、ギルドマスターをやっている彼にすら、それは初めて見る項目だった。
「 "魔王を屠りし英雄"……ときたもんだ。やれやれ……」
(────……なっ!!)
討伐記録の中に、"討伐称号"と言われるものがある。
ユニーク個体や、特別な魔物を狩った冒険者には、
その魔物の名称ではなく、それに伴った"称号"が記録される事が、希にあるのだ。
これは冒険者にとっては大変名誉なことで、名を売るチャンスでもあり、自身の活躍の飛躍が約束された事でもある。
しかし、"魔王"を討伐した称号など、にわかに信じられるものではない。ヒゲイド・ザッパーは昨日、この記録を発見した時、目の前にヒキハ・シナインズがいたため、そっと、水晶球の操作をやめたのだった。
ヒゲイドは、思う。
ありえないことだ、と。
しかし、有り得たのだろう、と。
昨日、黄金の少女から、直接、聞いたのだ。
「まおうを、たおした」、と。
本当に、どうしたものか。
ヒゲイド・ザッパーは、考える。
受付嬢の話では、アンティ・クルルは、
魔物の討伐クエストを、極端に受けたがらないらしい。
こわい、のだそうだ。
この前、"薬草つみとかしてみたい!"と言っていたらしい。
もし、本当に魔王を倒しているのだとしたら、
アホである。
「……──くっく、くっくっくっくっ──……」
ヒゲイドは、笑う。
魔王を倒した"郵送配達職"が、何故、薬草つみに憧れるのか。
わからん。実に、わからん、と。
(……──この者は、いったい、どこまで──……!)
一方、忍んでいるヒキハは、戦慄する。
アンティ・キティラは、本当に、魔王を倒している!?
黄金の少女に押しつけてしまった依頼は……ラクーンの里の防衛ではなかったのか。
はっ、と、ヒキハは気づく。
"火の球"。
"光の柱"。
(黄金の御業は、2回行われた……!)
一回目が、ラクーンの里の防衛。
そして、二回目が……。
(本当に魔王、だったと言うの……)
「くっくっく……毎回毎回、もう少し目立たないようにやって欲しいものだ」
(……! ヒゲイド・ザッパー! あなたは、どこまで先を見て……)
ヒキハは思う。
もしや、この男……私や、あの方が思うより、
とても大きなことを、成してきているのではないか。
前もって、魔王の存在を察知し、討伐するような。
あの方の、生命の危機を察知し、手を回すような。
底が見えない。
この男は、今までも、同じように、
たくさんの命を、守り続けて来たのかもしれない。
しかしヒキハは、僅かばかり、戸惑いを感じる。
(大義はわかる──……しかし、その為に、あの子を……アンティを駒にし、危険に晒すのは──)
あの、極端な力を持った、小さな少女を。
世界の平和のために、己の駒とする。
それは、犠牲ではないか。
勝手な、ことではないか。
ヒキハは、あの黄金の少女が、大切だからこそ、思う。
ほんとうに、これが、正しいのだろうか、と。
あの、明らかに普通の幸せを望んでいる彼女が、
力を、利用され続けてるのではないか、と。
ヒゲイド・ザッパー。
彼の周囲を、洗う必要がある。
何にせよ、この執務室から、脱出しなければならない。
ヒキハは、冷や汗ひとつかかず、機会をうかがっている。
その時だった。
……──コン、ココン。
(──!)
ノックがきこえた。
ドアからではない。
窓の外、からだ。
「……ほぅ、珍しい。お前がこんな早朝にくるとはな」
ヒゲイド・ザッパーは、窓を開けず、その側の壁に、よりかかる。
(……何者かしら?)
気配を読みながら、ヒキハはデスクの影から、聞き耳をたてる。
「今回も、上手くやってくれた。まさか、記憶を消すとはな」
『……成果はあったか』
「ああ。あれで、ひとつの組織が、壊滅した」
(──!!)
ヒキハは、ギルドマスターと、窓の外から聞こえる男の声に、全神経を集中させた。










