ひみつこみゅにけーしょん
『>>>ぇと……』
『────。』
横顔を、少し見る。
クラウンちゃんの髪は、流路の束らしい。
薄い、光と金の、中間のような感じかな?
……。
少し、落ち着いた。
さっき、この子は、ぼくのために怒ってくれたようだ。
そうか、そうだよな……。
……。
『>>>なん『──おこ……。』……』
かぶった。
目を、合わせる。
……ジト目である。
あ、たまにする目だ。
髪は、ずっと女の子っぽくなったけど、
この目で、いつものクラウンちゃんだなぁと、実感する。
ふぅ。ちょこっと安心。
ぐぐっと、縁側で後ろに体を傾け、
手をつき、座りながら、胸板が空を向く。
左手で、「お先にどうぞ?」と、促す。
『────……私は:先ほど、怒ったわけではありません。』
『>>>!』
『────ただ、ただ:我慢できなかったのです。』
『>>>……』
『────あの時、ヨトギサキの一声の後。私の位置から:あなたの顔は、よく観測が可能でした。』
……となり、だったもんな。
"へこたれとったら、いざという時、守りたい女、守られへんぞ──!"
……。
『────あの時。』
『>>>──……』
『────私の中で、鮮烈に:再生されたのです。』
『>>>それって! き、きみ……やっぱり』
あの時のことも……。
『────クルルカン。全てのあなたの記憶を:私は閲覧してはいません。』
『>>>!! そうなのかい?』
ほっ……。
よかった……。
けっこう昔、トラウマっぽいこと、多かったからなぁ……。
後輩ちゃんが、
あの夕焼けの教室で、ぼくの知識を得た時。
ぼくは、記憶を見られていないか、心配した。
"アレ"は、15の女の子に見せるような思い出じゃないし、
この、心地よい関係が壊れるのも、いやだった。
200何年ぶりに、やっと出来た仲間だ。
ぼくは気がねない仲間を、失いたくはなかった。
『>>>やっぱり、"レエンの底"で、"直結"した時だよね……』
『────はい。』
レエンの底。
あの、魔王の元で。
可能性を拡げようと、
ぼくとクラウンちゃんは、つながった。
結果だけ言えば、成功したと言える。
>>>────歯車法独立支援型ユニット:"キングギア"。
ログには、そう残っていた。
ぼくたちの"同期体"は、
クラウンちゃんの言う、『ダウンロード先』から、
直接、情報を得るための、アンテナになったんだと思う。
後輩ちゃんは、ヨロイに秘められた力を少し使えたし、
アドバイスのようなものももらえたようだ。
……あんなチャラそうなヤツになるとは思っていなかったけど。
しかし、やっぱり。
副作用は、あったんだ────。
『────……切断するという選択肢は:放棄しました。』
『>>>! 』
『────あの支援形態は:未開示の情報を高速でダウンロードし、アンティに開示する機能として、素晴らしい性能でした。』
『>>>性能……』
……確かに。
あの形態の時は、鎧の特性の情報や状態を、
とてもはやく処理できたと思う。
『────あなたの記憶が入って来始めた時:最初に私が感じたのは、純粋な"興味"でした。』
『>>>……興味?』
「────当機……"クラウンギア"が発生してから、まだ50日も経っていません。」
『>>>"発生"って、……』
『────私は:気になっていました。擬似的な自我を持つ存在である私が:私を、"私"と、呼称しはじめるようになってから。クルルカン。私は:基幹デバイスです。感情を持っていては、よいオペレーションはできない。』
『>>>そ、そんなことはないよ。きみは、心をもってして、アンティを支えてきたじゃないか! それは、きみだけができることだよ』
『────私は:間違えたくなかった。私は、私の感情野が不完全であると、認識していました。クルルカン:今こそ発言します。私は:あなたに嫉妬していた。』
『>>>! クラウンちゃん……』
『────あなたは、"完全な人の感情"を残したまま、アンティのサポートを行える存在でした。あなたは私にとっては"本物の心を持った者"。私はあなたに対して:私が偽物であると認識をしていた。』
『>>>それは、違う! ぼくは、まったく完全じゃない! それぞれの、個性があるんだよ! 今まで……苦手な所を助け合って、きたじゃないか』
『────……理論は、理解しています:ですがクルルカン。言った通りです。私は:あなたに嫉妬していました。』
『>>>……』
『────同時に、私はあなたが、肉体を持っていない事が:残念でなりませんでした。あなたが肉体を持っていれば、"本物の相棒"として、彼女の側に、寄り添うことができた。』
『>>>! そ……』
聞いてて、正直、どんな顔していいか、わからなかった。
ようするにクラウンちゃんは、自分を不完全だと思って、
ぼくが、後輩ちゃんの相棒に相応しいんじゃないかって、
心の奥のどこかで、ずっと思っていたってことだ……。
複雑な気持ちが、ひろがる。
寂しいような、悲しいような。
ずっと、隣にいて、そんなふうに思ってしまってたなんて……。
クラウンちゃんは、続ける。
『────ひとつ:誤解を避けたいのです。私は、あなたが嫌いではありません。あなたはデリカシーはありませんが:あなたから学んだことは多い。私はあなたを評価しています。だからこそ、羨んだ。』
『>>>それは……ぼくだって』
『────生まれたばかりの私には無い"経験":それが、あなたの人生にはある。それが、羨ましいと……だからこそ、"キングギア形態"になった時、私の興味は:あなたの記憶へと注がれたのです。』
『>>>……』
『─────あなたの母親は:嬉しい事があると、化粧用の鏡の前でよく踊った。あなたの父親は、頑固ですが、自分が間違っているとわかると、すぐに謝ってきます。』
『>>>──!』
『─────あなたの祖母の家には、庭に、キンモクセイの木が植えてあります。あなたは家の扉を、名前と同じ黄色いペンキで勝手に塗り、怒られましたね。』
『>>>……、……』
『────あなたはセキセイインコを飼っていましたが、とても懐いていたのに死んでしまって、それから二度とペットは飼いませんでしたね。』
『>>>……、はは……』
なつか、しいな……。
『────あなたは……私に怒るべき:です……。』
『>>>……え?』
『────私は:興味のままに、あなたの記憶を覗き見た。ダウンロード:してしまった……。両親の優しさや、何気ない友人達との会話。自転車でよく通る道の、田んぼの水たまりに移る、空の美しさ。学校の屋上に入る、秘密のぬけ道……。』
『>>>……』
『────私は。あまりに不躾に、全てを見すぎた。そして:あの生徒会室から、全てが変わってしまった……。』
『>>>クラウン、きみは、何も悪くない……』
『────……違うんです、オウノ:カネトキ……。』
『>>>……?』
『────私は、全部は、見ていない……。』
『>>>ッ、あぁ……それがいいよ。最後の方の記憶なんか、ほら、見ても、しょうがないヤツばっかだからね……』
何も取り戻せずに、忘れようとして、
好きな女の子ができて、死んだ……。
バカヤローの、記憶さ……。
『────ちがう、んです──オウノ・カネトキ。私は……:全ての記憶を、ダウンロード済みなんです……。』
『>>> ぇ』
『────あなたの記憶野は:100パセルテルジ、私にダウンロードされています。』
『>>>え……だって、いま……』
"ぜんぶは、みてない"、って……。
『────私は、"怯えた"のです……。』
『>>>な、……』
『────キングギア形態の途中で、あなたの記憶を閲覧していた私の感情野は、"興味"から"畏怖"へと移り変わっていきました。あなたの人生は、私の心に、精神的な衝撃を残しました。』
『>>>──……』
『────私、は……興味本位で:あなたの記憶を探り……それに、臆したのです……。』
『>>>そ……』
『────強制的に記憶を見せられる中、"これは私への罰だ"と、思いました……。』
『>>>……んな、こと……』
『────全てを、貰いました。でも、私は恐怖で、見ていない所がある……。私は:愚かなスキルです……。』
……。
クラウンちゃんの話を聞いて、わかった。
あの、二人でひとつになった時、
きみには、そんなことが起きていたのか……。
強制的に、映画を見せられてたような、もんだったんだろう。
再生ボタンは、クラウンちゃん自身がおした。
始まった映画は、最初は、アットホームな学園モノ。
途中で見るに耐えない内容になって、
さいごは、一人の男がゆっくり死んでいく、
胸くその悪い、映画だ。
……そりゃ、キツいよな……。
映画のDVDは、持っている。
一度は、再生してしまった。
でも、怖くて、耳を塞いで、
また、見直す勇気は、ない。
だから、全部は見ていない。
そういう、例えになるのかな……。
クラウンちゃんは、顔を両手で覆っている。
『────……。』
『>>>……ごめんな』
『────!。──あなたに:非などありません……。』
『>>>いや……そうでもないさ』
『────……わからない。』
『>>>?』
『────あなたの記憶を垣間見たあと:私があなたに思ったのは、"何故、あんな事を経験して、へらへらしていられるのだろう"という事でした。』
『>>>はは……』
『────私は感情への衝撃が大きく:動揺しているのに、あなたは何故そんな平気なのか……と。筋違いな怒りを感じてしまっていたのです。』
『>>>あ、ああ、"キングギア"から戻ってすぐ、機嫌が悪かったのはそのためか……』
"ほぼ強制的にホラー映画を見せられた"。
そりゃ、機嫌も悪くなるね……。
『────あの後:私はあなたへの反応に、戸惑いを覚えるようになりました。表情野には影響がでないように:配慮しました。ですが、あなたが今も笑顔を作れる事が:とても強い事なのではと、思うようになったのです。』
『>>>はは、けっこうガン見されてた記憶があるけどね』
『────……む、むぅ。』
『>>>それに、ぼくは強いとか、そんなんじゃない。ぼくは、一度ぜんぶ忘れようとして……それで、バチが当たって、死んだんだ。きみだって、見たんだろう?』
『────……。』
『>>>おろかなもんさ……』
『────おこりますよ。』
『>>>ぅ……』
キッ、と、睨まれる。
ほら、やっぱりぼくのために、
怒ってくれてるじゃないか……。
……。
『────あなたは:"ぜんぶ忘れようとした"と発言した。でも、あなたは:レエンの隠れ家にあった"文書ハードウェア"を、回収するようにアンティに頼みましたね。』
『>>>──! あの、本は……』
『────今の私にはわかります。あのデータは、"あの時の事"を、調べたものです。あなたは、まだ忘れてなど、いない。』
『>>>……いたいとこ、つくね』
一度、失って。
一度、調べて。
一度、死んで。
一度、忘れた。
でも、いま、こうして、
情けなくも、まだ、心を持っている。
少しだけ見えた可能性を、捨てきれなかった。
"もう一度、調べられるんじゃないか"、と。
『>>>……"言霊法"……。あいつらが、何故、戸橋の能力に執着したのか、何が目的だったのか……それを、知りたかった……』
『────過去表現の意図が不明。"今も、知りたい"。あなたは、そう思っている。私にもう、嘘などつけない。……あなたの心を:見てしまったのだから。』
『>>>! はは……そうだね』
少し目を塞いでしまったとはいえ、
きみはもう、ぼくのほとんどを、見てしまっている。
でも、彼女は、ぼくの思い出に、のまれはしなかった。
彼女は自分を不完全だと言うけど、
あんな記憶を見せられて、
でも、しっかりと自己を確立しているように見えた。
それはもう、個性として、きみが存在してる証拠さ。
きみは、ちゃんと、一人のヒトとして、不完全だよ。
いや、むしろ、とっても感情豊かに────。
『────……私に対して:もっと怒ってほしかった。』
『>>>……やーなこった。そんな必要はないない』
『────……むぅ。』
『>>>あ……ただ、"机ダァァアアアン!" は、やめといた方がいい、かな?』
『────……はい。』
『>>>……ははッ』
何とか、丸く収まりそうかな?
いや、話きいただけだけどね?
ま、ゆっくり話せて、よかったかな?
こんなふうに、クラウンちゃんと、
ゆっくり話すことなんて、あまりなかったな。
はは、いつも同じとこにいたのにね。
……ふたりでしか、話せないこと……。
……あ。
『>>>……ちょっと、気になっている事がある』
『────詳細の入力を。』
『>>>アンティとシゼツとの会話ログを見た。その中に、こんなのがあった』
『────。』
『>>>『"概念"が、みっつそろって、あなたはそれを、"同期"できたの。だって、あなたも魔力はなくて、同じものだから"』』
『────はい。確認しました。』
『>>>こうも言っていた。『あなたは魔法なんて、使えない。"概念"だけしか、持ちえない。だから、逆にそっちは、積み重ねられる。あなたは、"噛み合わす"ことは、誰よりも得意だから。だから、3の次に、行けるのよ?』ってね』
『────確かに発言されています。』
『>>>"概念"……』
『────クルルカン?』
……。
『>>>……ぼくらが、"こちら側"に来た時、ぼくらは、こう言われたんだ。
──"きみたちは選ばれたモノだ。
"概念スキル"を持っているかもしれないのだから"──
────ってね?』
『────……確認:しました。』
『>>>ま、実際に力を持っていたのは、戸橋だけだったけどね? ぼくと先生は、彼女のお陰で……』
『────クルルカン:"気になっている事"の詳細入力を。』
『>>>! うん……。戸橋も、"魔力が無かった"……』
『────。』
『>>>"言霊法"、そして、"歯車法"……似ていないかい?』
『────……。』
『>>>アンティは、確かにこの世界の人間だ……でも、"歯車法"は……"概念スキル"かもしれない。シゼツの言葉で、"やっぱりか"と思った』
『────わたしが……。』
『>>>たぶん、アンティの力は、この世界の人の力より、ぼくらの世界から来た人の力に近い……』
『────……、……。』
『>>>それに気づいて、また、調べたくなってしまったんだよ……"概念スキル"を持っていた戸橋に、あいつらは、何をさせようとしていたのか……』
『────……私達が:きっかけだったのですね。』
『>>>クラウン、頼みがある』
『────入力を。』
『>>>自分のことについて、たまにぼくに教えてほしいんだ。その、変なお願いだとは思うけど……"スキルに魂が宿っている"なんて、本当に稀有なことだと思うから』
『────……私から:"概念スキル"とは何かを、探るのですね。』
『>>>うん……あ、そんな仰々しくないっていうか、たまにこんなふうに、おしゃべりさせてくれれば……』
『────……かしこまりました。気づいた事があれば報告します。』
『>>>……ありがとう。すまない。変な事を頼んで……』
『────"戸橋香桜子の死の原因を調べる"を:ミッションに追加しました。この情報は:必要がない限り、アンティ・キティラに開示されません。』
『>>>ご、ごめん。後輩ちゃんに隠し事させる事になるけど』
『────不誠実な内容でなければ、問題はありません。あなたが悪意に走れば:あなたの幼少期のわんぱくぶりを、箱庭フォートレスのお茶の間で披露しましょう。』
『>>>う、うおぉ、こえぇ、なんだそれぇ……』
一応、ぼくも男の子だからな……。
こどもの時なんか、ろくなことしてないぞ……。
や、やばい。
これ、クラウンちゃん……ぼくのこと脅迫し放題だわ。
や、まぁ、そんなことしないだろうけど。
……しないよね?
『>>>……そろそろ、戻ろうか』
『────……。』
『>>>だいじょぶだよ。みんな、心配はしてたかもだけど』
『────……はい。』
『>>>みんなには、ぼくの記憶のこと、ナイショでお願いしますね?』
『────了解しました。』
『>>>……いきなり子供の頃の失敗談とか、言うの無しだからね?』
『────し:しません。覗き見たことは:悪いと思っているのです。』
────すぅぅぅぅ──……。
『>>>──!』
クラウンちゃんの光の髪が、
ゆっくりと短くなっていく。
……おお、ショートヘアーも、なかなか……。
────かぽっ。
──ぱしゅ、ぱしゅ、
──きゅぅういいいいん……!
でっかい王冠をかぶって、
いつものクラウンちゃんに戻った。
きれいな髪なのに、もったいない。
『>>>みんなには、その髪、見せてあげないの?』
『────!?。 あ:あなたが言ったのでしょう……。』
『>>>へ?』
『────も、もぅ:いいです。』
クラウンちゃんが、照れている……?
『>>>んん〜〜?』
『────……むぅ。』
とっとて、とっとて。とてとて。
戻ると、クラウンちゃんが、すみませんでした、と謝り、
ちょっと、うやむやにする形になった。
後輩ちゃんが立ち上がり、
やさしく、クラウンちゃんを抱きしめた。
──ギュ──……。
「……一度、こうしたかったんだ。せっかく身体が、あるんだもんね?」
『────……アンティ。』
「ふふ、あんたらしいわね」
『────な:何がでしょうか。』
「ぜんぜん、スキルっぽくないところよ!」
『────……ぅ。』
「机ぶったたいて逃げるとか、さすが、私のスキルだわ!」
『────……ぅ、ぅぅ……。』
こ、後輩ちゃん……それフォローになってるのかぃ……?
「きひひ……おかえり」
『────た:だいまです。』
後輩ちゃんが、きらきら笑って、
あ、さすがだな、と思った。
その場にいるみんなが、
黄金の女の子同士、戯れているのを、
微笑ましげに見ていた。
「先輩が、なんか変なことしてこなかった?」
『────回答を保留します。』
「……先輩、ソコ、正座」
『>>>ちょ……』
……なぜか、畳の上で、説教された。