おさめ、どきどき、どっきどき
「にょむにょむや……にょむにょむやぁ……ぷくー」
「……ねとんな」
え───。
今、私の手元にはですね。
"しまえない歯車"ってのが、ひとつあるわけですよ。
ベッドに寝転んで、その歯車を手に持って、眺めているんワケなんですが。
……はぁ。
これがまた、ヤバイブツなんですわ……。
「ひとつでも危険なのに、"おふたつ"ですよ……」
『────"紫の時限結晶"は、ギガンティック・ヒールスライムと完全に癒着しています。切り離し不可能判定です。』
手に持って、プラプラしているのは。
紫の宝石が、にょきっと! はみ出て、
しかも何故か、色が真っ白になった歯車でした……。
『>>>やっぱ、ヒールスライムの核として、結合しちゃってるみたいだねー。その歯車の属性まで、光っぽくなっちゃってるもんねー』
「もんねー、って先輩ねぇ……」
『────現在:"赤の時限結晶"の流路機構と、魔杖イニィ・スリーフォウのスキル"価値交流"によって、ヒールスライム体の意識流路の修復を、加速しています。』
「んあ──、やっぱこのスライム歯車、起きちゃうのかぁ……」
『>>>"あばれないでください"って、頼むんでしょう? 言い出しっぺの後輩ちゃん♪』
「な、なんかその言い方むかつくぅ──!!」
『>>>ははは、ごめんごめん。でも、未来の誰かに問題を先延ばしにしないで、自分でやるって言ったのは、流石だなぁ、と思ったよ?』
……そりゃ、スライムさんに大人しくするよう、
説得してみよう、とは言ってみたけどさ……大丈夫かな。
そもそもこいつ、体積がデカすぎるしさ?
スナヌシより、ゼッタイ、遥かに大きいわよ?
スライムの身体って魔法で出来てるから、核以外は格納できてるけど……。
そのかわり、核である"紫の時限結晶"は、しまえないから、出っぱなし。
おもっくそ、歯車の輪っかから、はみでとる。
なので、この歯車は、パッと消してしまえないわけよ……。
「そーいや、杖のスキルを使ってるのよね……? イニィさんって、その……"箱庭なんちゃら"に潜入捜査中なんじゃないの?」
バッグ歯車内に突如として出現した、
"でっかい船"みたいなトコに行ってんのよね?
『>>>"箱庭フォートレス"、だよ後輩ちゃん。というか、あの船の上の建築、どう見ても和風なんだよなぁ……』
わ、ふう……? あ、"和風"か!
「あぁ──もう!! 先輩の記憶! ちょっと覗いちゃったせいで、なんか意味が分かっちゃうんだけど! 変なの!! 知らない知識が、知らない間に知ってる事になってる! 知らないハズなのにぃ─────!」
バタバタぁ───!!
両足バタバタぁ────!!
───枕、ボフん、ボフ────ぅうんッ!!
『>>>は、はは……混乱するよねぇ。いきなり知らない事を、知ってたらさ? 後輩ちゃんに"ダウンロード"されちゃったのは、ぼくのガキンチョの時の知識や知恵っぽいから、まだ、大丈夫かな……? いやぁ、ぼくの変な思い出とか、昔の記憶とか見せてないか、不安だったんだよねぇ』
『────……、……。い、イニィ・スリーフォウの精神体は潜入捜査中ですが:スキル"価値交流"は使用可能判定。』
『>>>……?』
「バッグ歯車にあのフォーク杖が入ってたら、スキル、使えちゃうのねぇ……それとも同期してるから? いや、まあそれはいいのよ! それよりも……」
私が、声を大にして言いたいのはですねぇ──!
「──"赤"も、"紫"も、ここにあるって事なのよおぉぅぉぅぉぅぅ……」
ふにゃふにゃした声になったわ……。
『>>>は、はは……ドンマイ!』
「むわぁ────! なぜムァ────……!」
うつ伏せになって、枕に苦情を染み込ませる。
ドンマイじゃねえぞ、こんちくしょおぉぉ……。
こんな"何でも無限に運べる君"がありゃ、
取り合って戦争になるかもって思ったから、
二代目クルルカンやってんのにぃ……。
それが、2つ!! ──2つですわ!!
いち食堂娘が持っていい、許容量を超えとるわぁ!!
「あああ──……囚われの食堂娘んなったらどうしよう……」
ベッドで頭を抱える私、アンティ・キティラ。
んぎぁ──!! どうせぇっちゅうんじゃ────!!
『────紫の時限結晶と赤の時限結晶は:同期が可能です。────同期しますか?。』
『>>>く、クラウンちゃん……それは……』
「……それやったら、"紫の時限結晶"も、私から切り離せなくなっちゃうんじゃないの……?」
『────予測範囲内の結果です。ありえます判定。』
「ひいぃ、ぃぃぃぃ〜〜!」
やめてェ〜〜!!
これ以上バクダンいらなぁあ〜〜い!!
「……だめだ、心が乱れる。誰か私を癒してくれ」
『>>>すごいコト言い出したなこの子……歌でも歌おうか?』
「"箱庭"で会った先輩って、体もあったよね。今度殴るね?」
『>>>理不尽だ……』
『────今は口しかないので、全てが災いの元です。』
「あああ、えいっ!」
───きゅううううんん……!
『────"魔盾ダイオルノシュオン"を召喚。』
『>>>え、なんで……』
なんでって。
そんなこともわかんないの?
見なさい、このステキなフライパンを!
サキも綺麗な包丁だけど、このダイオルも、
同じくらい宝物だわぁ〜〜!
癒されるぅ〜〜……!
「えふふ、えふふふふふふ……」
『────……。』
『>>>…………』
相棒と先輩が、絶句しているような気もするが。
んなぁこたぁ、今は関係ない!
んなぁこたぁ、今は関係ない!!
大事な事なので、2回言いました!
すばらしいわ……!
この洗練されたフォルム……!
フライパンという、本来、汚れゆく存在にも関わらず、
そのボディカラーは、汚れなき純白……!
他にはない、おしゃんてぃーなカタチの持ち手!
底面には、炎を受け止める、太陽のような花のモチーフ!
す、すんばらしいわ……!
すぺさるぐっじょぶ、エンマさん……!!
ホントはサキとイニィさんも出して、一緒に愛でたいけど、
流石にベッドの上で包丁とフォークはマズいと、
私の中の何かが、待ったをかける……。
包丁を見ながらベッドの上でニヤニヤしたら、
まず間違いなく、夢の中で母さんにしばかれよう。
いいもーん。今はダイオル見るもーん。
「えへへー、えへへへへ──……」
『────……クラウンギアは困惑を提唱。』
『>>>もどってきなよ……顔、やばいよ……』
「すんばらしぃ……まるでエルミタージュ様の馬車だわ……」
<やぁ〜〜、わっち照れてまぅわぁ〜〜>
【安嬢……今の、褒めとんのかぇ……?】
ん? いま、なんか声が聞こえたような……。
ま、いっか。
『────クラウンギアより:魔盾ダイオルノシュオンの、クールタイムの説明を提案。』
「きれいだわぁ〜〜」
『>>>あ、そだそだ。アンティ、そのフライパンの底に、太陽みたいな花の意匠があるだろう?』
「さいこぉだわぁ〜〜」
『>>>……興味もとぅ……その花の絵、今はオレンジだけど、大きな攻撃を無効化したら、真っ赤になってね?』
「神様のフライパンだわぁ〜〜」
『>>>……しばらくしたら、花弁が一枚ずつ、赤からオレンジに戻るからね……それが、クールタイムのカウンターだかんね? 聞いてる?』
「うわぁ〜〜父さんらに自慢したいぃ〜〜」
『>>>……ごめんクラウンちゃん、ぼくじゃダメだった……』
『────慰。あなたの今の努力を:認めない訳にはまいりません。』
『>>>食堂娘、侮りがたし……!』
当然よ、食堂娘をナメんじゃないわよ。
何故か、魔王を倒したのよ。
……なぜだ。
『──────震音感知。』
「え────?」
"……──ッ、カッ、カッ、カッ、カッ!"
「にょ! にょむ……?」
うさ丸、起床!
「──! 足音?」
『>>>塔の階段じゃないか』
「それ、しかないよね」
誰だろう。
キッティなら、下から"クルルンベル"を鳴らして、
私を呼ぶはずだ。
あの、"コルルゥ────ン!!"って鳴るやつ。
キッティ、階段きらいだから。
誰だろう。
「クラウン。"変身"── 」
『────レディ。
────変身シークエンス。
────スタンディング:バイ。』
──ギャォオオオ、オオ、オオ、ンン……!
床に置いておいた、黄金のドラゴンのヨロイが、
音を立てて、私を包む。
四肢を食らう肉。
しかし、敵意は無く。
肉はやがて、金の意匠となり、
私は、絵本の者となる。
……なんつて。
最近、このヨロイを装着する音が、
ちょっと変わった気がするの。
なんでかな?
「んッ……ふぅ。よし……先輩、仮面ガッチャン!!」
『>>>あいよー』
──ガッチャン! キュキュッ!
頭上に召喚された義賊の仮面は、
上から覆い被さるように顔へとスライドし、
耳元の歯車が、それを固定する。
……簡単には、とれないわよ?
『────装着完了。全身の流路結合率が:前回より上昇しています。』
「そなの? あ、今、私の……じゃないや、歯車法のレベルって、いくつだっけ?」
『>>>アンティ、後で。くるよ!』
「お」
……──ハァ……ハァ……。
……家のドアの前まで来てんな……。
ん? てか、この声ってやっぱり……。
「にょ、むぅ!」
『────声紋照合。』
「いや、いい。わかるよ」
手元の金ピカグローブに付いた歯車をひとつ、バッグ歯車にして、
コップと、お水。
オマケに"焼き魚の氷魔法"を出して、入れてあげる。
──ぽちゃん。コロコロ……。
ドアに近づく。
──キン、キン、……ガチャ──。
「──キッティ、どした……?」
「はぁ、ハァ……あ、あんてぃさん……!」
「のめる?」
「あ、りがとぅ、です……」
──ごく、ごく、ごくっ……。
「──ぷはぁ!」
「階段ぎらいは治ったの?」
「あ、アンティさん……ヤバイのが、来ました……」
「ふぇ?」
「お茶を入れてくるフリをして、抜けてきたんです……」
「??」
「アンティさん……どうしましょう……」
い、いや、涙目になられてもね?
「や、"ヤバイの"? ま、魔物でも出たの……?」
「そうじゃないんですぅ……人間ですぅ……」
「ぅん?」
「アンティさん、今回、ハデにやらかしたでしょう……」
「……、……」
『────……。』
『>>>…………』
「その人に、バレてるかもしれないんです……いま、ギルマスが、何とか隠そうとしてますが……」
「……、ぅ……」
ぐ
ら
り
。
……ぅ、ぁ。
くらくら、して、きた……。
急に、世界の色、かわる。
「キッ、ティ……わたし、逃げたほうが、いぃ……?」
「ううううう、逃げると犯罪者になっちゃうかもですぅ……」
「……ヤバイの……って、私を、しょっぴきに来たってこと……?」
「王都の、騎士の方なんですぅ……」
「…………」
「規律に厳しい方で、有名でして……」
「…………そ、か……」
「うう、ううう……」
「私、逃げたら、ギルマスとキッティに、迷惑かけるね?」
「そっ、れはぁ……」
……。
…………はァ。
"年貢の納め時"、ってヤツかな……?
……。
うわぁ。
父さん、母さん、ごめん。
でも、ギルマスとキッティおいて、逃げらんないしなぁ……。
まぁ、人助けして捕まるワケだから、
そこは、良かったかな……?
「ん……いく」
「アンティさぁあああん!!」
「しゃあない。逃げないよ」
「で、でもぉぉお!」
「悪いことはしてないから、まぁ何とかするわよ」
「相手がわるいんですって! ちょっと、流石にアンティさんでも!」
「いーからいーから。ホラ、行くわよ? 掴まんな」
「ぅ、うぇぇええええん……!」
「にょ、にょんや……!」
「!」
うさ丸が、ぴょ──んと、私の肩に乗る。
……あんた、私と一緒にきたら、
料理されちゃうかもよ?
「うっ、うっ……」
「ほらぁ……泣かないの」
半泣きキッティをお姫様だっこして、
塔の空洞へ、飛び降りる。
いま、キッティが私に抱きついているのは、
高さが怖いワケでは、ないだろう。
歯車は重力をころし、
ゆっくりと、落下していく。
あーあぁ、魔王倒したのに、しょっぴかれんのか……。
ま……いっか……。
……魔王、倒したもんね?
頭上になびく、一対の、マフラーマント。
地面は、もうすぐだ。
相棒と、先輩が、言う。
『────危害を加えられた場合:クラウンギアは、アンティを守ります。』
『>>>悪いけどさ、理不尽な攻撃されたら、体、のっとるよ? "逃げ"で、ぼくにかなうヤツは、いない──』
……はいはい。
そんな熱くならないの。
まっっったく。
二代目クルルカン、未だかつて無いピンチだわ。
さぁて……。
私を捕まえに来た人は、
狼? 鬼? 龍?
どんな人かな────?