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ヒゲクリーム さーしーえー



「……ふむ」


 俺のデスクに、シチューがあるのだ。


 ご丁寧に、大きな木のボールに入れてやがる。

 こんな差し入れをするくらいなら、

 貯金しろと言うのに。


 この建物の真横には、酒場が隣接しており、

 ドニオスギルドの重要な資金源となっている。

 普段は、俺もそこで食うのだがな。


「昨日の物よりは、マトモな見た目だな」


 俺の体のサイズに合わせて特大だが、

 これはまさに、木の器に入ったシチューだ。

 俺はこういう甘ったるいものが、嫌いではない。

 事実、この執務室には、俺の大きさにあわせた、

 キッチン紛いのものまであるのだ。

 こんなデカい図体で、どうせ独り身だ。

 老後は、料理教室でも、(かよ)いたいものだ。


「ふ、あいつに習っても良いかもしれんな」


 昨日、あの金ピカ娘が差し入れて来たのは、

 茶色いソースをぶっかけた、苔まみれのホットケーキの様なものだった。

 ギルマスとはいえ、あの見た目は、初見でビビる。

 思わず正気を疑う眼差しを向けたが、


「騙されて、食べて」


 と、自信満々に黄金の義賊が言いやがるので、

 なかなかの覚悟で含むと、どうだ、確かに美味かった。

 豊かなオーク肉と、キャベツの甘み。

 なかなかの具沢山で、よい食いごたえだった。

 思わず、うなった。

 知らぬ間に無くなり、次はビールがいるな、と、

 つい、思ってしまった。

 あいつの性格だと、頼めば作ってくれるのだろう。

 ……ふん、これでは"貯金しろ"など、偉そうに言えんな。


「ふむ……」


 コト……。


 小柄なあいつが持つと滑稽(こっけい)に感じる程の大きさのシチューだが、俺が持つと、まぁ、こんなもんだな。


 ズズ……。


 俺サイズのスプーンなどない。

 洗って返せばよい。器に直に口をつけ、すする。


「うむ……うまい」


 普段、一人では、クリームシチューなど食わん。

 なるほど、こんな味だったな、と、

 妙な懐かしさがある。

 ふ、一人が長いと、疎遠になる料理もあるな……。


「やれやれ……なぜ料理人でなく、郵送配達職(レター・ライダー)なのか」


 あきれた美味さに、苦笑がもれる。

 これは、商売ができる味である。


 ……ごとん。


 明らかに鍋ごと移し替えた量を、

 流石に俺も、一気には食えん。

 俺にとっては普通の大きさのデスクに、

 デスクに見合った大きさのシチューが置かれ。


 ……そして、あらゆる資料が、広がっている。


「…………」


"爆発するかのような、オレンジの夕焼け"


"天を突くような、光の柱"


「……バカげている」


 内容が、ではない。

 原因が、だ。


「あのアホタレめ……タイミングが良すぎて、疑問すら持たんな」


 やらかしてやがる(・・・・・・・・)

 あんの、うさ仮面。

 シチューを作っている場合ではない。

 ナトリとの調査隊に同意はした。

 だが、アンティの"あの程度"の慌て方だと、

 何も証拠は、出ないようにしたのかもしれん。

 ……ラクーンの者たちは、何かしゃべるだろうか。


「ふぅ……」


 やれやれ。

 今日も、いい天気だ。

 実に、くだらない。

 あいつがもう少し嘘が上手ければ、

 容赦なく聞き出すものを。


 あいつは、恐ろしく素直なアホだ。

 今回の配達も、正直に「おわったよ!」と、言ってきやがった。

 もっと、日にちを量増(かさま)せ。

 はやすぎる。

 普通じゃないと、バレるだろうが。


 ただでさえ、腕力と速力は、全盛期の俺に匹敵すると言うのに。

 なぜ、ああなったのか、不思議だ。

 力があっても、心がぶれん。

 いや、ぶれてはいるのかもしれない。

 しかし、あれは力には溺れていない。

 隠していると言っていた。

 怯えているのだろうか。

 それなのに、どうやら"ドデカイ何か"を、ぶっぱなしている。

 まったく、御両親の顔が、拝んでみたいものだ。


 ……しかし、言いきって(・・・・・)やりたいこと(・・・・・・)がある。


「……大きな力を使い、何かを傷つけた後に、こんな美味いシチューを作れる奴ではない」


 ふ、情に(ほだ)されているのかもしれんな……

 ギルドマスター、ヒゲイド・ザッパーとあろう者が……。



 アンティ・クルルは、大きな力を使った。


 最低でも、2度。


 果たして、それが破壊であったのか。


 ギルドマスターとして、検閲すべきなのか。


 未知の、脅威として。


 しかし……しかしだ。


 もし、アイツが、旅の中で、


 どうしても(・・・・・)助けたいもの(・・・・・・)があって(・・・・)


 それを見捨てられずに、


 隠すべき、その力を使ったのなら──……!


「……まるで、"英雄"、だな」


 ────それは最も、"正義"に近いもの。


「…………」


 情は、入っている。

 希望的観測も。

 俺はもう、ギルドマスター失格かもしれん。


 しかし、しかしだ。


「くっく、くっくっく──……」


 隠してやるか(・・・・・・)、と、思った。

 ────実に(・・)愉快(・・)だと!


 なんだろう!

 この、言い(あらわ)しようのない、

 清々しい、よどみない、おもしろさは!


「くっく──、"冒険者の血"というヤツかもしれんなぁ……」




 ──料理の美味い、Gsランクの、郵送配達職(レター・ライダー)


 ──義賊のヨロイを(まと)いし、黄金の娘。




 ……、ボッ。


 普段、あまりつけない葉巻(はまき)に、火を灯す。

 小指の先から、火魔法を出しているのは、皆には秘密だ。


「ふぅ────……やれやれ。俺はいつ、おとぎ話に巻き込まれたのか」


 ある程度(・・・・)揉み消してやろう(・・・・・・・・)、と決めた俺には、

 心地よい苦笑が浮かんでいた。

 何てこった。

 俺も一年後には、畑を耕してるかもしれんな。


 しかし、見てみたいのだ。

 黄金を宿した娘が、どう、羽ばたくのかを。

 年甲斐も無く、心地よい、(きら)めきを感じるのだ。


挿絵(By みてみん)

「──まったく、少しは自重してくれよ? 義賊クルルカン──」


 一応、苦労してこの席にいる。

 この地位をぶん投げるなら、それ相応の理由を(・・・・・・・・)、だ。

 そうだな、魔王でも倒して────……、


「……はっ、馬鹿らしいな」


 呼び起こされた、いたずらっ子のような感情を、

 短いため息で、しずめたフリをする。

 やれやれ。アイツが初めてここに来た日は、

 まさか、俺の将来を左右する問題になろうとは、思いも……。



 ギ──────……


「あの〜〜……ギルドマスター……」


 そうそう、あの日も、こんな風に──……?


「……こら、キッティ。お前、ノックをせんか」

「あ、すみません……」


 キッティが、またノックをせずに入ってくる。

 まったく、相変わらず度胸があるな。


「やれやれ……で? どうした? 次は"狂銀"でもきたか?」


「はは……それはありませんって……。すみませんギルマス、けっこう、ヤバイかもしれません」


「……話せ」


「正体不明の冒険者が、"クルルカンの格好をした少女"に会わせてほしい、と面会を希望しています」


「! ……続きを」


「もちろん、"お手紙ですか? お預かりしますよ"と声をかけました。アンティさんに会わせたくなかったからです」


「どうなった」


「こう返答がありました。"手紙の依頼ではない。直接、話す事があります"と……」


「……ちっ。キッティ。"正体不明の冒険者"と言ったな。名は聞いたか」


「そこです、ギルマス」


「む?」


「……名前をたずねると、こう返されました……"出来れば、名を明かしたくない"と……」


 ……くそったれが。


「……いやな切り返しだ」


「……ギルマス。私とギルマスは、アンティさんの"事情"を、少しだけ知っています。だから、思い当たります」


「……やれやれ」


「十中八九、あの"火の玉"と、"光の柱"の件に関係あると……」


 くそったれ、

 くそったれ、

 くそったれ、

 ──考えろ。


 タイミングが良すぎて、疑問すら持たん。

 これは、勘違いなどではない。

 経験からくる────ドンピシャだ。


 正体不明の冒険者が、身を隠し、

 例の"火の玉"と"光の柱"の後に、

 アンティ・クルルに会いに来る……。


 黄金の義賊の秘密、

 その何かが(・・・・・)漏れている(・・・・・)

 アンティ、やらかしてやがるぞ、お前。


 葉巻をふかし、頭はまわる。


 力を求め、(ほっ)する者……

 その脅威を(とが)める者……

 脅しをかけ、(さいな)む者……


 考えつくもんだ……

 あぁ……タチが悪そうだな……。


「……理由をつけて追い払いたいが、万が一、後が怖い。あいつの配達を狙い、直接接触することは防ぎたい。やはり身分を知りたいな……尾行の手配は?」


「それなら、大丈夫です。その冒険者の方、まだお待ちですから。しかしですね……」


「……ん?」


「いや……ちょっと脅しのつもりで、"ギルマスの許可なく当ギルドの郵送配達職(レター・ライダー)には会えません"とお伝えしたんです。諦めて帰った後に、尾行役を付けようかと……」


 ……キッティはねぼすけだが、こういう時の機転が利くのは流石だ。


「どうなった?」


「今、この状況ですよ(・・・・・・・)、ギルマス。"取り次いでほしい(・・・・・・・・)"と」


「……そいつは驚いたな」



 俺とキッティの当初の想像は、恐らく、だいたい一緒だろう。


 "何らかの形で、アンティの力を知った、ならず者(・・・・)が、

 その力を欲して、接触してきた"


 罪人や、権力の関係者かもしれんと、不安が()ぎる。


 しかし、身分を隠したいと言っているのに、

 ギルマスへ面会してでも、会いたいという。

 これは、犯罪者である可能性を、おおいに削る。


「……どこかの国の関係者、とかではないよな……」


「どういたしましょう……?」


「武装は?」


「剣です」


「……ちっ、通せ」


「よろしい、のですか?」


「最悪、腕でとめるさ」


「……私も、同席しても?」


「ならん」


「……お願いします。ギルマス、強いでしょう」


「……! お前……」 


 キッティの目が、友を思う、目だった。


 ……やれやれ。

 俺も所詮(しょせん)、独り身のオッサンの一人だ。

 この目には、弱い。


「……やばかったら、逃げるか、俺を盾にしろよ?」


「はい。お呼びします。お茶をお出ししますね」


 キ──────……ガチャん……。


「ふぅ」


 大きな扉がしまり、束の間の、静寂。

 やれやれ……勿体ない葉巻の吸い方をしちまった。

 ! いかん、食いかけのシチューを忘れていた。

 温めたら、まだ食えるだろうか……。


「どうぞ……」

「ええ……」


「……」


 はやいぞキッティ……。

 クリームシチューがデスクに出たままだ……。

 仕方ない……。


「……!」


 女か!

 フード付きのローブを被っている。

 ……剣が隠れている。

 キッティは"隠し"を経験で覚えている。

 "才能"ではないから、信頼がおける。

 だが性別は先に言っておいてほしいものだ。


 やれやれ、どうしたもんか。


 目の前に立つ、フードローブの、剣の女。


 ……。


 

「なぜ会いたい」


 シンプルに聞く。

 出方を伺おう。


「……個人的に、とだけ」


 ふん。聞き取りやすい声だ。

 あまり悪い印象を受けん。

 踏み込んでよい相手だと、感じ取る。


「なぜ名を名乗らない」


「公式な記録に残したくないのです」


「! ……理由はきけるのか」


「……彼女に、目が、向く……」


「……」

「……」


 キッティは茶なんざ入れに行ってはいない。

 そこで、食い入るようにこっちを見てやがる。

 ……ばかやろう。


 この女、何か知ってやがる。

 しかし、いきなり切りかかられるようにはならんかもしれん。

 "目が、向く"……?

 "アンティの力"にか……?

 なるほど、この女は、それを、防ぎたいのだ。

 防ぎたい理由はわからんが……、


「……お前は、有名なのか?」

「……! ギルマス……」


「……」


 こいつは、アンティを、注目されたくない。

 こいつが正体を明かして堂々と会うと、

 目立ってしまうのか……?


 アンティを注目されたくない理由は?

 力を取られたくないからか?

 だとしたら、誰に?


 ……"個人的に"、会いたい……。


「……キッティ、言わんな?」

「えっ……」

「この者の、名を、だ」

「……職務を、全うします」


 キッティは、一瞬迷ったが、答えた。

 "ギルマスにしゃべるなと言われたら、受付嬢はしゃべらない"。

 そうすることで、この女の名前が、わかるかもしれないのだから。

 ウチの受付嬢は、それくらいの頭はまわる。


「……言わん。顔を見せてほしい」


「……!」


 ローブの女の隠れた顔が、見上げるように動く。


「……なるほど……。ドニオスのギルドマスターに対し、失礼な振る舞いでした。恐れながら、謝罪を」


 いや、今さらんなこと言われてもなぁ……。

 剣持って、ローブで顔隠して執務室来てんだぞ……。

 まったく、どこのどいつなんだ?

 一応、ギルマスって偉いんだぞ?

 自分が有名だなんて、自意識過剰なんじゃ──……?





 ────女が、クリーム色の、フードをとった。



 それは、雲。


 フワリとして。


 流れ、


 すぐに背を包んだ。


 ローブは緩み、


 肩口から、簡易鎧が。


 スリットから、直剣が見える。


 目が、髪の色と似ていた。


 ある、動物を連想して、



 ────これはいかん(・・・・・・)、と、思った────。





 該当するのは、ふたり(・・・)しかいない。


 しかし、こいつは、プレミオムズ(・・・・・・)ではない。


 だから、"妹"の、ほうだ────……。




「……羊雲姉妹(ツインフェルト)、"ヒキハ・シナインズ"……」


「うそぉ……」



挿絵(By みてみん)

「──アンティ・クルルに、会わせていただきたい」





 ……王都・剣技職(ソードマン)部隊、"副隊長"が、


 なんでここにいやがるんだ……。




ヒキ姉、きちゃったぁぁぁあああ───!!!

((((;゜Д゜))))

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裁きの時( ✧Д✧) カッ!!✨......ある意味www
[一言] ギルマスって言わば国の冒険者のトップ5な訳だし、そりゃ強いだけの超巨漢がなれるもんでも無いから実績と人柄と実務能力が有ってこそか。 どうかクビになりませんように(祈り祈り
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