さしいれナトリ さーしーえー
南の王凱都市、ナトリギルドにて。
私達は束の間の休息をしておりました。
冒険者の方から、思わぬお食事の差し入れがあったのです。
例の"火の玉"と、"光の柱"の目撃から数日。
多忙を極めていた私達にとって、これは嬉しいものでした。
ナトリの街のギルド受付嬢は皆、帯を緩める思いです。
……ホントに緩めたら着物ぬげちゃいますから、しませんけどね?
もぐもぐ、もぐもぐもぐ……。
ずず〜〜……。
「うっまぁ〜〜!」
「い、生き返ります……」
「あの金ピカちゃん、"オークスープ"とか言ってたけどコレ、タダの、めちゃんこ上手い豚汁ですわぁ! うま〜〜!」
「おにぎりとセットで差し入れとは……にくい、にくいねぇ……」
「んぐっ、んぐっ、ぱぁ……。あの長いマントの影から、シュバッ! て大鍋ごと出たように見えましたが、すごい容量のアイテムバッグですよねっ?」
「最初に手紙、一万通くらい、持ってきちゃってくれちゃったじゃない? あん時もあんな感じだったわよ!」
「あれはすごかったぁ……色んな意味で……」
「見て、今回の手紙のリスト……また、紙に文字が焼きつけてある」
「あ、あんたそれ汚すんじゃないわよ?」
「……これ、異常じゃないですか? こんなに内容が整理されてるのに、全部区分け処理されて印字してありますよ……?」
「もう簡易辞書みたいだもんね、コレ……どうやってんだか……いや、私たちはホント楽だけどね!」
「はふ……あっっち! ね、ねぇ、これアイテムバッグに入ってたにしては、ほかほかすぎない?」
「あ〜〜!! それ私も思いました〜〜!」
「このおにぎりも、50個くらいあるけど、みんな温かい……銀シャリとは……やりよる……」
「やっぱり、あの郵送配達職さんの手作りなんでしょうか?」
「"これ、よかったら……"、って言ってたから、そうなんじゃない? いや〜〜私、女だけど、この豚汁はマジでお嫁に来て欲しいレベルだわ」
「ナトリの調味料、興味があるみたいでしたよ? お醤油の名前を間違って覚えていたので、教えてあげました!」
「いや〜〜、なんかあの子さぁ、あんな格好なのに、ついつい話し込んじゃうよね〜〜! 喋りやすいっていうかさぁ? "例の火の玉と光の柱の件で、みんな休み返上なんですよぉ〜〜"って言ったら、本ッッ気で気の毒そうな顔してさぁ〜〜! そしたら、この差し入れですよぉ!」
「あはは、なんか、ものっすっごい同情してくれてましたよね? 仮面の上からでもわかりました! あ、あとなんか、ラビットのぬいぐるみ持ってたじゃないですか! あれ、すごい可愛かったなぁ……」
「あ! あれね、動いてたわよ?」
「……は、はいッ!?」
「え、まさか……従獣だったって事ですかッ!?」
「ら、ラビットの従獣ッ!?」
「なんかね、豚汁の大鍋を見て、怯えてるみたいだったわよ? "あ、あの鍋に落ちてなるものか……"みたいな感じでさっ! あははっ!」
「何それ可愛い……こんど、撫でさせてもらおう」
「──おや、美味そうなものを召し上がっているでござるな?」
「「「「「えっ──」」」」」
ご飯を食べながら談笑していた私達の声に、
男性とも、女性ともとれない、中性的な声が響きました。
受付台を覗いた私達は、目を丸くします。
そこには、
「──ヒ、ヒナワ様ッッ!?」
プレミオムズ"軽技職"、
"ヒナワ・タネガシ"様の、お姿があったのでした。
「ご無沙汰しておる。その後、進展はありましたかな?」
「……」
「……」
凛とした表情。
黒の髪と、目。
天で結われた長髪、膝下まで流れ、
袴は少しくたびれていて。
右二の腕の、金の腕章には、
「風」を表す、鳥弓の意匠が輝いています。
今は、鳥居銃はお持ちではないようでございました。
「おーい、止まってちゃさびしいでござるぅ〜〜」
凛とした見た目なくせに、くだけている優男。
それが私共の受ける、ヒナワ様の印象でした。
というかですねっ!!?
いきなりの若様の訪問に、
流石の私達、受付嬢も、思考が止まってしまいます!
手には、食べかけの銀シャリが……。
「ここここここれは失礼をっ!? 今すぐ片付けます」
「なっ!? いや、よい! なぜメシを片付けるっ!? 件の騒ぎで、連日忙しいと聞いておる! 休むも仕事! ゆるりと食べられよ!」
「え、え、いや、しかし……」
「よいって。ふむ、美味そうじゃ。どれ……」
ヒナワ様が、おにぎりに手を伸ばす。
まぁ……!
「はむ、むっ、うん! これはよい塩加減! ほぅ、たまには銀シャリもよいでござるなぁ〜〜」
は、はは……。
相変わらず、おおらかな方……。
「あ……えと、火の玉の件と、光の柱の件は、新しい情報は入っておりません。しかし、ドニオスは合同調査隊の依頼に同意しました。人を募ってくれるそうですよ」
「む! ドニオスから? ……その知らせ、随分とはやくはないか? 何処からわかったのでござる? よいしょ、と……」
え、若様……こ、ここ座るんですか……。
「つ、ついさっき、ドニオスの郵送配達職の方が、先行して情報を届けてくれたんです」
「! "郵送配達職"、とな……? あ、某にも豚汁、貰えるかの……」
「えっ、あ、はい!! おつぎします!!」
「は、はい。その情報のお陰で、少し一息つけております。最近、ドニオスの街にて、一名だけ冒険者登録が成されたようでして……」
「ずずず……ほぅ。一名だけ、とな? ん……美味いな」
「はい。最初にあの方が、ここに来られた時、何の冗談だと思いましたが、フタを開けると、とても優秀で親切な方でして」
「この料理も、その方の差し入れなんですッ!!」
「ほぅ! このおにぎりと豚汁、その者が?」
「ええ。とても容量の大きいアイテムバッグをお持ちのようで……あの格好といい、不思議な女性です」
「! 女子、と言ったでござるか?」
「は、はい。アンティさんという方で……」
「……"アンティ・クルル"……」
「! 若様もご存知でしたか」
「あ、まぁ、少しのぅ……よい女子であるか?」
「ふふ、格好の通り、明るい方ですよ? 喋りやすいですね」
「ほぅう、この料理の腕に、明るい女子でござるか……かっか! 嫁に貰いたいくらいでござるな?」
「ええっ!? そ、それだと、"黄金の義賊"が、奥方様になってしまわれますよっ!?」
「ん、んん……?? よ、よぅわからんのぅ……どういうことでござる?」
「いや、はは。あの方、格好がですね……」
「──あ! 若様……前に出して頂いたこの書類、書き損じがあるのですが……」
「な、なぬ、それは済まぬ。見せてみよ……もぐもぐ……う、ううん……よぅわからんなぁ……」
「あ、その欄はここから選んでですねぇ……」
若様は、おおらかな方ですが、
きっちりした事は苦手なようですね。
あ、しょ、書類に、ご飯つぶが……。
まさかのヒナワ様乱入ご飯を終え、
私達は、件の調査隊の調整、
ドニオスからの手紙の振り分けを行いました。
……豚汁の大鍋は、今度、手紙と一緒に、
クルルカン様に、わたすことにいたしましょう。
いや〜〜、ごちそうさまでしたっ♪
かんら、かんら、かんら……。
「……ふむ、"一名だけ"、ということは、その女子が、"プレミオムズ配達職"であろうな……かっか! 次の"プレミオムズ集会"が、楽しみでござる〜〜」
かんら、かんら、かんら……。